22「殺人ロボットABC」
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「おまえならば、カリンを救えるかもしれん……!」
「お断り申し上げまーす」
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「な?な?な?なな、な?な?な?」
こいつほんとしつこい。
◯
「今後のカリン様のご健闘をお祈り申し上げます」
「もしかして・犯罪仲間を探してる ではございませんか?」
「護衛の雇い方をお探しですか?
う〜ん、結論をいうと、護衛の雇い方はわかりませんね……。おそらく専門家でなければわからないでしょう。機械狩り連盟に行きたい方は市のホームページをクリック! 参考になった方は〈離してね〉という頼みを聞いてください」
とか自動応答ぎみで連呼してるのに、ジャーゴン男はそれでもしつこく粘ってくる。
「Uダイナマイトを持ち込んだことをチャラにしてやる。そのクソ根性を見込んだんだ、オレたちを失望させるなよ? 人間には生まれてきた役割ってものがある。あの星をみろ、輝いている。これは宇宙の意思だ、不安ならこの安定剤を吸えばいい。けっきょく世界ってのはうまくできていて、収まるところに収まるもんだし、収まらないやつは早死にするだけだよォ…………殺されたいのかッ!?」
「やめろッ! 雑なゴリ押しで納得するにはむりがある話だろ! いったん持ち帰って検討させてもらう! カリンなんて女ァ、僕は人柄もそんなに知らないんだ!」
「ならよかった、いま着く」
シャッ
エレベーターから出てきたのは二人の女。
腰に縄を打たれた赤毛少女はひょこひょこ歩き、後ろにはコーツォが付き添って、すっかり僕の味方だったことなど忘れ去り神妙な顔でリンゴにかぶりついている。うんうん頷いているところをみると、リンゴの味に集中しているようだ。こいつは爆弾だと思ってかかわらないようにしよう。
「カリン、災難だったなァ」
「うん!」
なに嬉しそうな顔してやがんだ?
僕のお金を奪い、僕の肝臓を痛めつけて、僕が暗闇で冷たい地面をかきむしっているときに、金勘定をしてベッドで眠っていた女だ。
ジャーゴン男の態度に安心した女は窮地はすぎたとばかりにコーツォからリンゴを与えられている。
助かったとでも思っているのか?
舐められてるんだ、こいつを殺せたら思い残すことはない、舐められてるんだ、殴り殺せないと思い込んでるんだ。ぶっ殺してやりたい。ぶっ殺すわけにはいかないが、その感情を蔑ろにされてるんだ。僕の苦しみに満ちた生活、死の恐怖と内臓の痛みに震えながら食べた、あの死を噛みしめるようなワカメの味をこいつは知らずにいて、僕のお金でなにかしら食事を楽しんだりしていたのだ。それはワカメ味ではないのだ。
復讐しなければならない。腹に重たい憂鬱が溜まって気持ちが悪い、でも殺さなくちゃならない……
本来は殺すだけで許せる恨みではないが、殺すだけで許してやろうとしているのに、この女はもう自分が踏みにじったものを忘れてのうのうと人生を続けるつもりなのだ。それはそこそこの妥協と暖かさに包まれた人並みの生活で、こいつは下手したら老衰で死ぬのだ。自分は精一杯生きたと考えたまま。
ふざけている。ふざけている。ふざけている。
家を燃やさなければやらない。こいつの家族や仲間やペットの四肢を切り取って蠱毒のように共食いさせなければならない。両親や兄妹を檻に閉じ込めて苦しむ様を特等席で見物させなければならない。そうでなくては、そうでなくては、僕のあの苦しみはなんだったんだ?だれもかれも知らないだろつから、僕だけはなかったことになんてしたくない。してはならない。たとえ僕の末路が拷問のすえに殺されることになっても、やり返さなくてはならないのだ。
言い訳や理由は必要がない。
本当は復讐なんてやりたくないが許せねい。
この世のすべての人間に罵倒されようとも、僕だけはその罪と罰を信じて贖わなければならないのだ。
《愚かなことをすればするほど、それでも人間だって思えるんだ。》
《ドン底のドン底に長くいればいるほど、次の日の空が美しく感じられるんだ。》
《賢いふりを強要されたら、最悪の気分になるんだ。人間様だなんて呼ばれると、そうじゃないんだよって泣きたくなるんだ。この世でわかりあえなくても、それはいつか約束された救いに感じられるんだ。》
《ーーイーリアス、生きるってのは難しいよなあ? 答えはかんたんだ。楽になるための、とっておきの方法があるんだ。教えてやる、さあ、闘えよーー》
ーー怒らないよう、怒らないように自分を押さえつける。
いまは警戒させてはならない。
いつか殺す。いまは殺せない。それだけだ。
「……恨みは忘れるよ、それでいいんだろ?」
「それでいい。カリン、財産キューブはどこにある?」
「そんなのもってないわ」
「オレが指示してるのに、その言い訳は無理がないか? とにかく今回だけはそれで許してやーー」
「リンゴうめぇ」
深い怒りが目の奥でズンズン頭を重たくする。
喉を這い回る怒りが飛び出ないよう必死で抑えつけて、いらだちを忘れようとする。いつか殺す。いまは、まだ。
だけども……僕は何度もそうやって怒りを抑えてきたけれど、そんなこと、今までだって何度も何度もたくさんあったことではないだろうか?
いつか殺すと息巻いて、殺せないことが、たくさんあったのでないだろうか?
繰り返している。
怒り狂ったドラゴンのようになにもかもをぶち壊すことができないから、吐き出せない怒りが臓腑を灼いて、気が狂いそうになる。
ーー遺跡都市バーナード。
こんなところは嫌だ。
こんなところに生きている人間なんて、全員、苦しんで死んでしまえばいい。
僕もいっしょに死ぬから、生き残ったやつは復讐もできずに一生みじめな恨み言でもーー頭が痛い
ーー頭が痛い
本当はわかっている。
ーー頭が痛い
できもしない復讐をいくら抱えても、自家中毒になって死ぬだけだ。こんなものはすべて無意味だ。爆弾魔にすらなれやしない。すべて、すべてーー
ーー頭が痛い
◯
ーーどうして無意味な我慢なんかしているんだ?
すべてやめてしまって、いま決めればいいーー
耐え難いならば、ヒュドラをーー
◯
「そんなに睨むなよ、イーリ」
気がつくと全員が僕の顔をみつめている。ふへっと半笑いになった。なにもかも自分の思い通りには行かない。頭が痛い。赤毛の少女は隠し持っていた財産キューブをとりあげられ、ダバぁと涙ながらにキューブを目で追っている。死ねばいいのに。
正方形を4つ組み合わせた形の財産キューブは、十字に走る筋交いがほのかに黄金色に光り、貯めれば貯めるほど光が強くなるアイテムでーーーーなんかめちゃくちゃ光っている!
「ーーいくらあるんだ、それ」
「おおう……聞いて驚くなよ? 400万ピエゾはある。貯めたなぁ、エレェエレェ」
「かえして! あたしのマネキャットちゃん、かえして!」
あだ名までついている!
「額が大きいし、やっぱその金いらんわ。代わりに、その女を殺させろ、いますぐ、すぐ……」
赤い髪に赤い瞳。右耳元の髪を編み込んでいて、健康的な肌をしている。僕の苦痛に慰めを与えなくてはならない。半笑いで目を覗き込んだ。
「ぴぅっ!」
「それは許せねエなぁ……イヒッ、コーツォのダーリンでも許せねエよ。タダですむわけねぇよ、なあコーツォ?リンゴはうまいか?」
「? ……(こくり)」
「あ゛あ゛っ」
狂いそうだ。
憎悪に身体を乗っ取られそうだ。
目から血が吹き出しそうだ。
暴れられない身体が耐え難く、左腕を手すりへ叩きつけると痛みで正気が戻った。流れる血を止めるため、舐めながら腕を噛みしめる。鉄の味が鼻から抜けた。
「う゛ぅう゛ぅうぅぅ」
うめき声が漏れる。
殺す。
殺せない。
殴る。
殴れない。
殺す。
殺せない。
殴る。
殴れない。
ーー胸が痛くなって抑え込む。
「ハァハァハァ」
「よ、ヨォ。大丈夫か? あんまり苦しいなら、ほら、安定剤やるよ……リンゴはやらんが……恨むなよ?」
いらないの!
縄を解かれた少女が怯えながら見つめてくる。
「ご……ごめんなさいね?」
血が冷たくなる。
すべてが明晰になる。
立ち上がった。
誤解されるとよくない。
警戒するジャーゴン男へ、安心させるように笑いかけてペコリと頭を下げた。
「恨みはもう忘れました」
「あやしすぎるぞ?」
目を見開いて友好の笑みを送る。
血に氷をぶち込まれたような憎悪。
血の凍るような怒りとはこのことだ。
頭が明晰になっている。
背筋と頭を串刺しにする全能感に気づきが後追いしていく。
なにもしなくとも、勝手に用意されることを邪魔しなければすべてがうまくいくという確信。
頭と体が羽のように軽い、もうなにも怖くはない。
「それ以上近づくな。金を受け取るか、選べよ」
いまはミジンコどもの警戒心を解きほぐし、罠を仕掛ける段階だ。予測不可能な因子さえなければ勝利は約束されたもどうぜ…
「ジャーゴンとイーリは仲が悪いんだなあ……シャクッ。高い金を払ったほうの味方になるぞ? キヒヒッ、さあ、いくらだす?」
きちがいめぇ!
この金髪ポニテは敵に回ったら何をするかわかったものではないし、味方にしても金とかノリで転びかねない。ああ、だからソロのヴァルチャーなのか……。納得……。深く腑に落ちた。
ジャーゴン男は紙巻きに火をつけ、チンピラの偶像みたいな顔をさも申し訳なさそうに歪めつつ煙を吐き出す。
「でよォ、場も暖まってきたことだ。さすがに400万はやれねえし、代わりにおまえにやってほしい仕事があるんだが……」
「テメェ、頭イカれてんのか?」
この血族はもうだめだな。関わってろくなことがないし、その遺伝子に虚言癖が刻まれている。たぶん優性遺伝だろう。
◯
エナジー・キューブを差し出すジャーゴン男をみつめる。
冷たい肌に這い回る刺墨。顔面をところ狭しと紋様が覆っている。
一瞬威圧されるが、よくみたら格好良い絵柄を追加していったらどうしようもなくなった場当たり的なアホ面だ。このぶんだと、ピアスもノリで開けたんだろう。
僕は、ふいにこの男を理解した。
真面目で、無気力で、サボリ屋で、しかし命に関わることだけは冷徹にこなす人種。コーツォを鬱病にしたてあげ電卓をぶちこんだような計算高さ。殺人ロボの血族。
危険だと判断されれば殺される。殺人をおろそかにしたりする人種ではありえない。そうしてマンホールは生き残ってきたし、すべての非合法組織はそういうふうに人を殺せるという優位性だけは大切に扱うはずだ。そういう切れたナイフみたいなノリで一生を送る奴らなんだ、関わりあいになってロクなことはない。地獄に落ちろ!
◯
けっきょく、百万ピエゾを受け取った。
「ではこれで手打ちということで。コーツォ先生、約束の金です。すこしイロをつけておきました、今後ともーーよしなに」
「わかってるじゃないか、これで|ミッションコンプリート《仕事達成》だな……今回のミッションは難物だったが、まあ、あたしの腕にかかればこんなもんよ」
ペンペンと腕を叩く忌々しい女に、曖昧な顔を送った。
狂人と関わってロクなことはない
やさグレた気持ちで、ジャーゴン男に頭をペコリと下げる。
「ジャーゴン様、寛大なご…」
「いまさらおもねるな、気持ちワリィ。わかってると思うが、カリンが近うちに死んだらテメーも自動的に死ぬってことだぞォ?」
「もう恨みは忘れましたよ、では」
「お帰リはアチラでぇス」
エレベーターのボタンを連打し、尻尾を巻くような気持ちで屋上をあとにした。
ーーカリンとやらは数年ワインのように寝かしたあと考えよう。真の復讐は美酒でなければならない。復讐のために身を滅ぼすつもりなどないし、金ができたらチンピラを雇ってサクッと火事とかにしよう。うん、あんまひどいことしたくないし、それでいい。ごくっ。永遠にわかりあえないなんて、寂しいことだもんな……。僕はコーツォから手渡された謎のピンクの錠剤を飲んで、とても優しい気持ちになりつつエレベーターの浮遊感に身を任せる。
ーー
ーーーー
ーー
ーーーーチン
着いた。さあーー
「悪いがここが地獄の三丁目だ。おれも逆らえねえんだ、わかってくれ」
「ピー・コロス・コロス・ココロス」
殺し屋だ。
◯
「ピッピッピー。標的の顔を確認、データと一致。安全装置解除。弾倉から初弾を装填。倫理基準をバイパス。意図せぬループによってクラッシュ。再起動シマス…………ピー。マスター・ご指示を。介護ロボJBF9−Dは老人介護の抜本的な解決策に挑戦し……」
あと安物のロボだ。