21‐外伝3「ビィズィの臨時徴税②〈蝶々のモスク〉」
18日分です。最近、体調がマッハなので推敲ちゃんとできてないとこ多いですがそのうちこっそりなおします…
・この話は外伝です。合わなかったら飛ばしていただいても本編を読むのに支障はありません。
・この話の語り部は悪いことを平気で行います。不快な方は飛ばしていただくことを推奨しております。
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「ビィズィ・バルネッコもついにお終いか。三人委員会の決定が下った、彼女を殺すのはこの私だ。ルブルムどの、手出しはお控えいただこう」
警棒を吊り下げ、紅の警察機構を率いる男が歯をむき出しにして笑う。
「やれるもんならやってみな。とっつぁんは戦争屋じゃなかったな。ビィズィ姐さんは、それはもう、すげえんだぜ」
「尻尾を巻いて逃げた女がか? みなが恐れている。だが、私は違う。百人の軍人では足りなかった、ならば次は一万人を追手に出そう。容易なことだ、それでも無理というか? スコーンリカオン」
「ああ、一万人じゃあ足りないね」
「……紅い毛皮のルブルムよ。私は、君を育てたじゃないか。手伝ってはくれないのかい?」
「勝てないからなァ。三人委員会の誰かァ引っ張り出せれば違うんだろうが、いまだに雑魚を殺すのと同じにやってるからな。とっつぁん、忠告しとくぜ。|あんたは格上と戦ってるんだ《.............》。はじめてなのに緊張しないなら、食われるのはどっちか、わかるだろ?」
「……そうか。よりにもよっておまえが、そう言うかーー充分な準備は整えたつもりだが、ならば私は、まだ見誤っているということだな……。だが、獣の長としてやらねばならぬ。そうだろう? 死を恐れ、尻尾を巻いて逃げるには、ずいぶんと歳をとった。私が死んだら、後継者はおまえだよ」
「……お子さんは?」
「あれは、器ではなかった。妻と息子は必ず殺せ、禍根を残す。余裕があったら……娘たちは生かしてやってくれ。ふん、嫁にもらえとはいわんさ」
「仰せのとおりにしましょうぜ。だが、まだあんたが死ぬと決まったわけでもない」
「ビィズィを殺しきらねば奴の部下どもは私を必ず殺しに来る。……私も、もう歳だよ。早めに死ななければ、害を撒き散らすだけになる」
「とっつぁんはァ長老共にゃだいぶ苦労したって言ってたなァ……懐かしいぜ。ビィズィ姐さんに和解は申し込んだのか?姐さんは情けというやつを知っている。裏切りも狂気も残虐も知っているが、どうも、その日の体調によっては慈愛があるらしい」
「無理だ、やつの可愛がっていた側近を殺した」
「そりゃ無理だ」
■ビィズィ・バルネッコ■
攻撃を仕掛けてきたセクトは間違いなく〈獣たちの長〉の率いる中堅セクト。
わたしの失脚は既定路線のものだが、フライング気味で暗殺者をくりだしてきたということは委員会に許可を貰ったということだ。
うかうかしてはいられない。
表沙汰にはならない戦争であるからこそ、時が経てば雁字搦めになる。
被害を嫌う委員会がマザーから与えられた権限を凍結し、我がセクトをかき混ぜることだろう。
セクトへ被害を出すまえに中央を離れなければならない。
だが、まずは復讐だ。
◯
〈獣たちの長〉は郊外のモスクに本拠地を起き、哀れな亜人の庇護者として事実上のコミューンを築いていた。
エフィームを殺しやがった軍人たちの装備と軍機ヘリを拝借し、自動操縦で高高度を飛ばす。
天龍の勘所は曖昧なので、高高度といってもわたしたちが飛べる空は高度五千メートルに満たない。
ヘリの中で死体から剥ぎ取った糧食を身体に入れつつ、最終調整。
軍団と戦うわけでもあるまいし、針はニ本でいいだろう。一本は首に差し込み、もう一本は保険として延髄のスロットへ横から差し込む。
第三世代金属骨は採算を度外視したオールインワン思想の一品モノ。骨董品だが、使いこなせるならばーー
座標だ。
タラップを蹴り飛ばす。パラシュートを開きつつの降下ーー
ーーヘリが陽動位置についたと同時、パラシュートを切り離し、バラバタ鳴る音のなかを落ちてゆく。
ゆっくり、ほんとうにゆっくりと大地が迫ってくる
地に背を向け、空へ目を向けた
エフィーム、死んでしまった
空は青いが、遠くには夜がみえる
きっと今日の夕焼けは美しい。
美しい夕焼けは魂へ焼き付いて永遠に離れない。
美しさは呪いだ。
人は美を覚えていられないから、美しさを求めつづけるしかない。
死人の思い出は美しくないほうがいい。死人には夢に出てきてほしくない、悲しくーー
ーー夕焼けが暗闇に変わるまでに目的を達成しなければ、わたしも危うい。
夜に紛れて脱出できるかどうかは、考える必要はない。逃げ道とは当然あるものであって、逃げ道すらない場所や状況に放り込まれるほどわたしは無能ではないからだ。
最悪死ぬだけだから。たぶん、最高でも死ぬだけ。でも。
部下はなんのために死んだんだ?
よくもやってくれた。
背筋が満たされる。このために産まれてこのために生きていてこのために愛があるのだとわかる。
背骨が直線となってエナジーが巡回する。
純粋な復讐ほど、人の魂を融かす快楽はない。
憎悪ですらないもの。攻撃衝動は、増幅しきるとエクスタシーを超え、宇宙を吹っ飛ばせる極彩色の感情となる。根拠を必要としない憎悪は自らの尾を食らうしかない。
尾を喰むテロメアの味。
トロメロオ、これを教えるために龍なんてものが生まれたんだろ?
◯蝶々のモスク
蝶の遺跡は、全長数キロにわたり羽根を開いていた。
巨体の上を緩やかに青と緑の光が流れゆく。燐光で全身を波打たせているようかのようだった。数万人を収容して夜の海を切り裂く軍艦のような威容がある。
モスクは特別な遺跡であり、だいたいが巨大で、だいたいが武装していて、現存しているものはすべて生きている。
〈獣たちの長〉が拠点とするモスク・ファラーシュは約ニ万人を収容できる生きた都市。ドンパチで内部に侵入すれば、その免疫反応は苛烈なものとなる、だから這い回って隠密に徹する。
◯
やがて目的地に昇りつく。蝶を模した生き建築物、その触覚のあたりから侵入したが……。
生活があった。
学校帰りの若者がいた。
幼子を連れた家族連れがいた。
ねこみみがいた。カップルがいた。俯いて端末をいじりながら歩く若者もいた。
生活があった。
足のない老人が機械に乗って伴侶と氷菓を分け合っていた。
わたしの指揮した作戦で負傷した兵士かもしれない、歴戦の顔をやさしそうに歪めている。
天井の光を指差す三歳児がいた。
天井付近で僅かに点滅するグリーンの光はモスクの目だ。住民を見守っていて、管理している。
十人ほどの学生集団はパッドをいじってふざけ合い仲睦まじい。恋人同士も混じっていることだろう。
全身を機械に寄生された狼男はカップを握りしめてベンチに座っている。きっと、彼もここでなら、いつかはやり直せるはずだ。
天を舞うヒード装備の龍刈りは、忌々しい赤熱光の尾を引きながら飛んでゆく。蝶々の目から出ていって、迷い龍でも狩るのだろう。
……生活が、あった。
◯
その地下モジュールでペタペタ爆弾を貼り付けているところを発見され現在である。
「応援!応援頼ます!ピュタゴラスの特殊工作員と見られる子供が、よりにもよって〈前胸〉区域にて破壊工作中!避難指示を」
ポチッとな。サッと耳を塞ぐ。
快音!モスクが唸りと軋みをあげ、遠い区画からオレンジの光がみえた。
爆炎と爆音が下半身に響いて頬がとろけるように熱くなる。命を奪うことは命を救うのと同じ快楽がある。
「ルル〜ルゥラルゥ♫ラァ〜ハッハッハッハッハッハ!!無辜の市民を守れなかった無能警備諸君!!このカカシめ!!藁人形には、目玉も心もないんだろうなあ!!ハハハ!恨むならば長を恨みたまえよ!!鎮魂は盛大にーーわたしと共に死者を貶め、嘆こうではないか!!ラッハッハ!!」
「キサマーッッ!!!」
用意していた簡易バリケードへ潜り込む。
樹脂泡のバリケードは軍用コーキング・ガスガンで仕立て上げた。不本意ながら体の小さなわたしだけが通れる道を仕込むのはよくやるやり方。兵士たちはテロリストの出現により、爆破の後始末に追われ、重要施設と要人の警護に集中することだろう。爆弾はあと四箇所ある、さて、兵士が足りるかな?
「ふ……ふふっ」
なんせ民間人が狙われたのだ。
守るべき家族を狙うテロリストの存在は、いかなる高給士官の頭にも撃ち込める銃弾だ。彼らは存在意義を問われ、マニュアルどおりに居住区の捜索を徹底し……やがて混乱に満ちた都市は新たなハレルヤの音階を聞くのだろう。まさしく痛みこそが扉なのだ。耐えられない苦痛に襲われた魂は、快楽を超越した恩寵に気づかざるを得ない。
ーー人は死ぬのだから。
息を止めてダクトを這い回ったあと、調達した服を着込んで子供になりきりスキップで人波に紛れる。蝶の羽の隅々まで行き渡った兵士は、単なるテロリストを想定してしまっている。中隊やそこらなどゴリ押しで突破できるわたしを止めるためには、羽根を切り捨てなければ不可能だが……むろん羽根を千切られた蝶など虫の餌になるしかないのだが。
ニュー・ソンシいわく、後出しジャンケンを強要すれば負けようがないとある。運任せの要素をできうる限り減らせということだ。ゲームのルールをひっくり返せということだ。状況の対応策を考えておけばすばやくズルができるということだ。
……狙うはモスクの頭脳、蝶の頭。警備はあるが援軍は払底している。勝ちだ。
多少の破壊工作などではへこたれぬ生体建造物とて、脳髄の修復には時間がかかり、さらにモスクを利用している奴らが新しい頭脳を教育するのには、さらなる時間がかかる。その莫大な時間の浪費で〈獣たちの長〉と自称するチンケな男とそのセクトは力を失う。
わたしの一時的な失脚は三人委員会の力関係をも変えてしまう。とくに〈塩〉のフレイザーはわたしの空き巣を狙い政争に打って出る。動乱に対応できない中規模セクトなど衰えるしかなく、焦ったセクトは本性をむき出しにする。しなくとも、わたしが皮を向いて中身の血潮をむき出しにしてやる。
決戦が控えているのだ。
三角フロートの邪教徒ども〈ピュタゴラス〉はマザーの怨敵である。
彼らとの決戦が控える中、二国に狙われるのは沈彗帝国だ。かの帝国のケツを叩き味方につけたほうが勝つとも言えるが、帝国の人形兵器──〈軍象〉たちもまた舐めてかかれる相手ではない。当然、ありとあらゆる諜報員に富に殺意が行き交う。真にどうなるかわからない三国の情勢に干渉するため、わたしはもとより本国を離れなければならなかった、だが。
ーーこいつらは、革命勢力だ。前々から情報はあったが、マザーの忠臣たるわたしの殺害を狙ったことで一線を超えた。マザーには友情がある。見え透いた敵を残しておくわけにはいかない。
……偉大なるマザーの権力を狙う反社会的勢力。なんて悪い奴らなんだ。子供たちはその犠牲となって爆破された。偉大なるマザーの統治に意義を唱える民族など族滅するしかないので、せめて苦しまずに死んだということにしよう。
うん、五十年後くらいに。反政府組織に潜入した正義の軍人、我が名はビィズィバルネッコ!とか映画にしてもいいんじゃないか?
ーー死しても陵辱してやる。
ーーハレルヤのメンタリティは潰えぬ。何者にもマザーに手出しさせる訳にはいかない。前大戦より六十余年、チンケな紛争を餌に、ここ最近台頭してきた新参セクトどもは、まだまだ、星の光の暗さを知らない。
〉侵攻
「やめっ……ヤメロー! ハイパーシールドっ!!!」
叫び声で威嚇しつつ、突っ込む!
〈モスク・ファラーシュ〉中枢へと、市民のふりをして近づき、警備を殺さざるをえなくなった地点で樹脂密閉し、後方との線を切った。
さすがに抵抗は苛烈だ。だが、足を止めれば事態を理解している士官が応援を殺到させる。行かねば。バリアフィードのゴリ押しで、火点を制圧し数メートルずつ攻略していく。
豪奢な区画を抜けると、神妙な雰囲気のホールに入った。電気が落とされた広大なホールに、火薬銃にエネルギー銃の光が乱反射する。最後の樹脂密封ボールを後ろに放り投げ──突貫する! 兵士たちはウヨウヨ湧いてくるが、並の諜報員ならそれで対処できただろうが、私を殺せるはずもない。
神殿など、侮辱してやる。汚濁をなすりつけ、屈辱の快楽を全員に教えてやる。信仰の再誕の日だ。
小柄さと素早さ、そして黒骨からのジャミングが相まって、わたしを捉える銃口は少ないが、20からの自動メーザー砲が追ってくる。素早さが得意だ。私の戦闘力を支えるもの、あらゆる能力いぜんに認識スピードとそれについていける身体が龍の領域にある。パンデュラムの開発したヒトに取り付ける骨は、また一点物のナノマシンの巣でもあった。第三世代金属骨に匹敵する兵器など、この世にそうはない。
背の低い兵士の頭に針が刺さる。ある女は足が千切れて這って逃げる、ある男は半笑いで腰を抜かしてそのまま死んだ。火線を横切って手をつくと、手には血がついていて、その匂いが──匂いが私を高めてくれる。
いつも……いつもなんだ。
いつも……ヒトが死ぬと悲しくなるけど……もう苦しまなくてもいいんだなって、祝いたくなるんだ。
人は全員死ぬ。なのに人の死が悲しみだけであってはならないから。
悲しいのはしかたがないけれど、どこか救いがあるはずなのだと──唇を噛み切ってでも、自分だけでも、言い切りたいんだ。
せめて、そのなにかを信じよう。我ら皆がひとひとしく浴びているその運命を、たとえ虚無にすぎない運命だとしても──すべての人間の虚しい苦しみが無意味ではないのだと、虚無ではないと私だけは胸を張って言い切ろう。
エフィーム、死んでしまった。
針をばら撒いて銃口を沈黙させるうち、バリアフィード・キューブは一瞬でその役目を果たし、一基、二基、三基、四基……と沈黙していく。だが中枢コンソールへ近づけた。
「近づけるなーっ!! 守れッ!! 俺達の未来を守るんだーっ!!」
ドバダダダ!!と施設へのダメージを戸惑うことなく発砲してくるがーー
ーー弱い、弱いな、弱すぎる。わたしの居る区画を1片のウルトラムで消し飛ばす、そういう覚悟が感じられない。マニュアルどおりの士官は正しい判断しか取らない、それはたしかな強みだが、マザーの望む強さではない。絶滅戦争を闘いぬく士官こそが星光共和機構の財産である。やつらは死んでもいい軍人にすぎない。つまり、潜在的に死を望まれているということだ。
「退避! 退避ィー!!」
うん? 前方からキレイな青白い光ーー
ーードンドン輝きが増していく。
サンダーウェポンなんて持ち出しやがって!!
「条約違反だろうがーッ!! 警告する!! 貴殿らは人間に対して使用が許されていない非人道的な対機械兵器を…」
「うるさいテロリストー!!」
バシュウッ
サージ電流を利用した使い切りのトライデントが射出され、超反応で避けたわたしの四メートル隣に刺さった、放電!
「グギギギッ!」
体内を雷が通り抜け、眼球が白濁し内蔵に火傷を追い血液が沸騰し神経が誤作動し焼き切れ飛び跳ねた筋肉が断裂する。
「仕留めた! こい!」
が、尾を食む二匹の蛇は無限を描くテロメアだ。
機械たちの発明した第三世代金属骨から緊急出動したナノマシンが臓器を修復・代替し、培養されていた万能細胞を配置して、クリアなレンズをめざして眼球内を掃除し神経細胞を植え付ける。
尾を食む二匹の蛇は、無限と円と陰陽と循環と完全性、すべてに無関係ではいられない。人はすべての他人に無関係ではいられない、成長を過剰促進する層化伝達物質、仮想世界で数億年分の遺伝的淘汰を繰り返した万能細胞を埋め込んだトロメロオ、〈心臓食のアバブゥ〉に強請り強請り甘えて奉仕し、最後はやつの自宅前で16時間ほど泣き喚いて手に入れた次世代人造内骨格。そう、やつから強請りとった第七世代金属仙骨が尻で疼き、飛び出した二匹の龍が背骨を昇って頭蓋骨にぶつかり回復は増し増し加速する。
笑みが溢れる。
ヨダレが垂れる。
視野が光の渦で狂いかける。
全身が甘い響きで蕩け、腹を抑える。
必死に見当意識の手綱を取り戻す。
エルヴァーナとエクスタシーの勢いに任せたまま加速して、わたしはクルリと一回り針を飛ばして19人の兵士を皆殺しにした。
メタリックな床は〈前文明の敗北勢力〉特有の無機質趣味。
ツカツカ急ぎ足で歩み寄り、モスク・ファーシュの脳髄、蝶々を模した宝玉、脳髄をうっとりと眺める。
美しくって、光に溢れてる。
大型戦闘機ほどの蝶々が翼を広げて、ステンドグラスに止まり、触覚をピコパコ動かし動揺している。鷹揚にひらめく羽根は凛とひろがり、妙に奇麗で癇に障った。
モスクの脳髄、それは青と緑のきらびやかな宝石に満ちた蝶々そのものだ。
蝶々の止まるステンドグラスは輝いて、黄昏のイエローと終末のレッドはきらびやかに組み合わさって、蝶々を、一種の御神体のように祀っていた。すべてが調和していて、破滅をなかったことにしている。死など遊びであるかのようにして、生命を軽く扱い蔑ろにしている。冷たい機械の生き物め……すべての人間は、いつだって人に見下されている。機械にまで見下されたくなどない。
「ーー偶像崇拝め」
地下深くのコアが無事であるかぎり、生き建築物の脳髄は再生するが、この蝶々を殺せばすべては初期化する。
すまない、〈縞模様の毛皮を持つビストレイ〉。個人的には嫌いなやつではなかったが、政治的には大嫌いだった。死ねばいい、死ねば悲しむ奴と喜ぶ奴がいる、だれが死んでもそれは同じだ。ビストレイ、大した男だった。おまえの死で、亜人はまた食い叩かれるかもしれない、良い後継者に恵まれていることを祈らずにはいられない。
蝶々に祈る。
くちびるが自然と微笑みをかたどる。
わたしは首を斜めにかしげ、暖めに温めた太い針を己の延髄から抜き取ってーー
ーー蝶々の胴体。真中を針で貫きピン留めとした。
《キィヤアアアアアアアアアア
ィィィォァァアア
キァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア》
不気味で、甲高い、非人間的な叫びがモスクいっぱいに響く。
「きもちいいだろう? ごめんね蝶々、死ぬべきというだけで殺してしまって。でも、いたいのはきもちいいからゆるしてほしいーー」
……飼い主を恨め。偽の命をもった忌々しい機械奴隷め。溶針を両手に構え、大仰に震える羽根へ八本ほど烙印の痛みを飛ばす。おとなげなく全力で投擲したおかげか、うまいこと刺さって癒着してくれた。羽根は二度とはばたかない。もはや触覚を狂乱させて泣き喚きうめくだけの蝶々はその痛みの快楽に溺れて発狂し喘いで死にかけている。
兵士の死体から、小銃を拾い構える。残弾37と表示されている。
「ーーまた幼虫からやり直しだな」
ーー全弾、蝶の頭へ叩き込んだ。
人の大事なものをぐちゃめちゃにしてやった。無意味で愚かな復讐だ、だが、わたしの魂は愚かを祝う。愚かさを単に忌避するだけなら、人は安全に死にかねない。安全に死ぬほど恐ろしいことは他にあるまい。
◯
「母さん、もうやめにしませんか?」
「ーーわたしを母と呼ぶのはだれだーっ!」
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【星光共和機構②】
マザー直属の〈三人委員〉および委員会のメンバーが権力の頂点にいる。マザーは国体そのものなので別格。
本部委員会と外様のポラトリク議会が並列しているので力学が複雑。軍事と経済の優越をすべての力点とし、周辺国に〈ポラトリク経済圏〉という共栄思想を植えつけ、経済プールとして利用し絶大なる富と力の優越を維持している。リソースの発展を怠らないから常に強く、星光共和機構・本国はおおむね幸福な社会だが、守らなくていい周辺国で経済奴隷を養殖しているがゆえ成り立つ幸福でもある。
委員会のセクトとセクトの対立によって行われる、軍人政治家たちの争いは、大きな武力が用いられ陰惨となりやすい。ポラトリク議員たちは、戦力に対抗するためセクトに貢物を行う。マザーは戦争力の研鑽をなにより優先としているので、政治理念があるかぎり身内争いは歓迎されている。あと末端民の不幸は統計から弾かれているのでカウントされない。
政治闘争の圧力が外敵に向かうと殺戮の嵐となるので世界的に恐れられている。本国の市民たちは悪と戦う正義の国に住めて良かったと思ってる。