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21‐外伝2「ビィズィの臨時徴税①」


・この話は外伝です。合わなかったら飛ばしていただいても本編を読むのに支障はありません。

・この話の語り部は悪いことを平気で行います。不快な方は飛ばしていただくことを推奨しております。





■ビィズィ・バルネッコ■


わたしは端末を放り出し、天井を眺めて思案した。


『〜〜協力者およびその近縁者五名、通常警戒で軟禁。以後は〜〜』


いくら有能でもこれでは部下として使えない。

政治的協力者を亡命させるついでに、その家族まで連れてきやがった。

ナルァカは北の出自だけあって情を優先してしまう。それだけならまだいいが、他人まで情で動いていると勘違いしてしまっている。


余計な紐をつけないためにも、亡命させるなら単独で連れてくるのが最善だったし、ムベーはいまさら家族を見捨てられないだろう。家族を捨てさせれば女をあてがうこともできた。はじめて任せた単独任務だったが、残念なことに落第だ。


まあ、ある意味、必然の失敗だ。

隠しポケットからピルケースを取り出し、優しい気持ちになれるピンク色のクスリを体に入れてみた。


「ハーハァー……」


優しい気持ちが無意味に溢れでてくる。

しかし……やはりだめだな。動かそう。


ナルァカは有能だが、直截に言葉で言ったところで犬のように従う人間ではない。気に入っている。だれかと仕事をさせて、情よりも現実を優先すべきときがあると理解させなければならない……。


鈴を鳴らし、補佐官を呼ぶ。



「何用でしょうか?」

「入れ」


やってきたエフィームに微笑みかけると、やつは無意味に時計をチラ見した。照れているのか?


……ナルァカには、贅沢の代償を支払わせるよう手配しよう。もちろん他人の情を見殺しにできればできるほど自分の情を守る機会が増える。理屈ではない、ハレルヤのメンタリティだ。彼女が覚えるべきことは、守るべきものと切り捨てるべきものを峻別しようとする無限に貪欲な態度である。


エフィーム補佐官に椅子を勧め、緑茶を入れる。

せっかくの茶なのに砂糖を入れるエフィームを眺めつつ、さっそく、ナルァカには試練が必要だと告げた。


「……お言葉ですが、余計なお節介ではありませんか? ナルァカ士官に玉瑕はみとめられません。情け深くとも用兵ではほどよく部下を殺します。指揮官の、かつての部下には劣るでしょうが……現在麾下におられる士官では最良の一人です」


「だが、あのムベーの家族まで連れてきた。ムベーの家族なんて、もう存在する意味すらないだろう」


「ムベーだけ連れてきていたら、家族は死にますからねぇ……無意味な人殺しをしないだけですよ」


「そこだ」


エフィームに屈めと合図する。

なにかを察して、緊張したように膝を持つ男のーーさらけ出された生白い首筋を、私は品定めした。舐めれば塩の味がしそうだ。


「ナルァカには長期の独立行動を任せられるようになってほしい。わたしの政治的立場を斟酌してくれ。ポラトリク経済圏のメンタリティはもはや古い軍人を必要としていない。我らのセクトはいぜんとして危うい立場にあり、クリメントが失脚するのも時間の問題だろう。わたしは、中央からしばし離れる」


「指揮官、あの……」


そでから針を取り出す。

鍼灸しんきゅうに使えるが、痛みも感じる絶妙の太さ、お気に入りの四号針だ。

ふふっ……痛みを克服したときーー人は、その恩寵に気づく。


ッ……!」

「痛みに、悪いものはない……。なぁ……わかるだろう?エフィーム。ナルァカに、この痛みを教えてやってくれ……」


自然と息が荒くなる。痛みを与える者と、受け取る者。同じなにかを共有できると信じている。エフィームがすこし羨ましくて、端正な青年が痛みに怯える光景は腹を疼かせてやまない。


「あ、あのっ、バルネッコ指揮官……!」

「なあ、頼むよ……わたしの指示だ、おまえは逆らえないんだから……」


エフィームはーー痛みを、受け入れ始めている。

口うるさく、会計の誤魔化しをみつけてしまうので地味に邪魔だし、緑茶に砂糖をいれるおよそ味覚のない男だが、才能がある。


「わかり、ました……」


整った彫りの深い顔は硬直している。緊張をほぐすよう、眼鏡を優しく撫でてやる。

……そして針をもう一本、袖から取り出す。

この針は戦闘用の太さで、要所に刺さると死にかねないものだ。

恐れ、針を凝視するエフィームの肩を抱く。低い背丈のわたしに従って、針を刺されるためかがむ人間は、どうしようもなく愛おしい。怯える人間の汗の匂い。


「わたしは地方へ臨時徴税におもむく。ナルァカの責任となるよう、ムベーの家族を惨たらしく殺してやってくれ。手配を頼んだぞ、この際ムベーはどうなろうとかまわん。あれはしょせん都市国家一つ分の器だ。金にはなるが、部下とは比べられん……ナルァカに子どもたちの内臓をみせてやれ」


耳の外側を舐める。

薫陶の効いた可愛い部下と、たかが都市国家一匹分の金。比べられるわけもあるまい。



「外套」


このままエフィームで楽しく遊びたいが、予定が押していた。

差し出しされた外套を羽織る。

エフィームが移動機械を呼び出すあいだに、徴税経路を整理整頓する。不法蓄財をおこなう非国民ならび反逆的自治都市への追加徴税権を買ったので、できるだけ金満都市を横切りたい。


徴税権を競り落とす人間はおよそ手加減などしないが、わたしなら過去の記録を塗り替えられるかもしれない。

最低50億ピエゾ、150億ピエゾに到達すれば最高記録だ。



どのような都市にも蓄財をおこなう貴族気取りはいるし、常態として税を滞らせる都市は狙いどころ。混乱していて、腐りはじめ、その柔らかい腹が膨れ上がっている。たかが百億だが、されど百億。やるべきことがあるというのはとてもいいことで、わたしの旅路はみかじめ料を回収するための、必然性に満ちた旅となるだろう。他人の大切なものをめちゃくちゃにして遊び、恨まれ抜く快感というものは、知ってしまえばいくつになってもやめることができない。


……手始めは、都市国家サクート。支配的な立場にある一族が牛耳っている。ほんの十年前までは兵糧の集積・供給を条件として免税権が与えられていたが、その役割も終わったいま、ここ数年の徴税でごねているとの報告がある。


……かれらは星光共和機構の根幹を成す経済圏に参与している。なのに、その代償を支払わない。

マザーとの契約を甘くみている、星光共和機構を舐めているやつらの都市。最悪、滅ぼしても構わない。どうせ遅かれ早かれわたしは一度失脚する。遠慮は無用だった。


「おい、背が伸びたんだ。この外套は前のやつだぞ、心なしか小さい気がする」

「気のせいかと。誤差の範囲です。あるいは縮んだのでは?」

「……」


エフィームの尻をハイキックで蹴り飛ばし、尻に手を添え恨めしそうにみてくるメガネを無視し、クルマへと乗り付けた。


端末をいじって必要な武装を指示し、ついで部下に有力者への適当なメールを送らせる。

主目的は徴税のふりをした逃走、そして徴税のふりをした路銀の調達であり、十年以内に帰還できるかどうかすら未知数だ。念には念をいれて私財で物資を買い込み、自律機械を放って砂漠に散らせることとする。


わたしのセクトは現在の主流派と水面下で敵対してしまっている。寿命のある部下を付き合わせることはできない、他のセクトは有能な部下たちを吸収したがるだろう、友人には部下を頼んでおく。


あとは、ちかしい者たちへの、お別れメールを思案。武力も権力もない部下には情報を送ってこないよう指示、逆に強力な部下にはいままでの恩やらなにやらを適当にコピペして情報を送るよう指示する。些細な嫌がらせだ、楽しい。


「なにを尻なんて抑えてグズグズしてるんだ。はやく乗れ。出れんだろう」

「…………すこし治まってきました」


よし、乗れ。出発だ。







気分よくドライブしているとミサイルが飛んできた。


「何故だァー!?」


わたしはビビって思考を停止した。

だがエフィームに抱えられ、ドアからゴロゴロゴロォと転がりつつハイウェイの端に寝転ぶ。


「おいエフィーム!なんだ!?なんなんだ!?」

「確実に攻撃です」

「わかっとらわい!!」


 ビンと立ち上がり、自分に針を指してナノマシンを活性化させる儀式。首の血管と気道を縫って横一文字に太い針を入れる。


「ハァアア──なんか、ビンビンだ!楽しくなってきたな!」

「みてるだけで痛いですし楽しくありません。近場の軍に出動を要請しました」

「そんな殺意あったかァ? ミサイル一発で死ぬわきゃないだろ」

「普通は死にます。あっ──」


スクイップヘリが高架下からザァと飛び上がり空中に停止した。ポッケの端末を手先で読み取り、念入りにサーチするが、ヘリ1基のみの強襲だった。しかし、感覚ではどこか遠くから見られている気もする。


「お逃げください。私ひとりで対処できます」

「逃げんでも軍人の十人くらいなら……あっ」


嫌な顔がみえた。みえたばかりか、みるみるロープで急降下してくる。


日々の生活で並の軍人よりも訓練されている市民たちが車両を停止し、自発的な市民協力で置かれたケミカルライトが遠くをぐるっと囲った。ここから出るなという無言の圧力だ。

そうして生まれたチャチなリングのなか、かつての我が部下が狂った目ン玉をして近づいてきた。正直、逃げたい。


「任せていいか?」

「無理です、勝てません」


「隊長ォォォオオオ!!!」

「ムショからでてたのか……逆戻りだな、二度と出てくんなよ。処方箋トランキライザーをだしてやる、今度はヘロイン漬けで管理するからな」


「生けとし生けるもの無意味デスカ?

 あなたにわたし意味アリマスカ?

 楽しくて怖いソレ人生ネ?

 見下し見下されハイ乞食って!


 ラァァァブゥゥゥ!!ビィズィ隊長!!

 あなたのメリシャ!!あなたのメリシャが参りましたヨォォォオオ!!」


首をグルングルン横に回して女が近づいてくる。

どこから調達したのか、装備は軍装だった。黒い外骨格に点々と血が光っているところをみると、まぁ、ロクな出どころではない。狂った女ってタイトルの動画みたいだ。


「さらにぶっ壊れちまったなメリシャのやつ」

「隊長のせいでしょう」

「言うな」


エスエムしてたら拷問のようになって壊れてしまったが、わたしの責任ではない……。合意の上だ……。裁判でも勝利した。


「アイラビュゥウウウ! みてみて、隊長の刺墨いれたんですヨォ!!」

 ガバっと開いた腹には、白髪の愛らしい子供がひとりつまりわたしだ。愛らしいわたしをあんな変態的な刺墨にしやがって……


「この変態がァ!!」

「隊長にそのセリフを言う資格はありません」

「エフィーム!どっちの味方だ!!」

「中立です」

「中立は一番憎まれるんだぞ!!」


エフィームは懐から拳銃を取り出しパンパン撃つが、メリシャには牽制にしかならない。個人戦闘力においてわたしに近づいてきた唯一の女だ。エフィームを蹴り飛ばす。


「ボゥッ!?──タイチョォォォ!!」

「すまんエフィーム。骨折ですむだろ、死ぬよりマシだ」


エフィームは高架下へフェードアウトしていった。

部下を守るのも隊長の務め。わたしってなんて優しい軍人なんだろうか、頬が火照って赤くなっているのがわかる。心臓が脈打つ音が大きく聞こえる。ナノマシンのギアが戦闘用にまで上がり、血流を伝って代替機関が脈動し、置き換えた金属の骨からエナジーが湧き出てくる。


「メリシャ、個人的に飼ってやってもいいんだぞ?ラバーマスクをつけてケージにいれてやる。冷たい水でときどき洗ってやる、ムショよりは清潔になるだろう。なあ、きみ、わたしの愛がわからないのか」

「嘘ばっかりぃ!隊長は殺して食べてあげないと!隊長はもう苦しまなくても──いいんですヨォォォオ!!」


なんて独善的なやつだ。カニバリズム趣味の変態女が。わたしの愛を無視しやがって。


『ぶっ殺してやる』


始原への衝動、エンヲロンが開く。


◯◯◯◯


市民に死人はでなかった。

けが人34名、被害は最小限に抑えられた。


◯◯◯◯


「ナァ──エフィームぅ、殺してくれよー、わたしもう生きてるの嫌なんだよー」

「ぜったい反撃してくるから殺しません」

「しないよぅ──」


車両たちの盛大な火災はようやく収まった。

機械の燃える匂いと煙がわずかに届くなか、血まみれで、アドの煙を吸う。

温度管理された気密シャーシからでてくるアドの煙は特別で、ダウナ~な気持ちを少し広げてマシにしてくれる。


「おんぶぅ──」

「怖いからしません。はやくもとに戻ってください、時間が押しています」

「ナァ──エフィームぅ、いっしょに徴税いかないかァ?さみしいよ、一人で十年だぜぇ──?」

「……。行きません、出世コースを外れることになります」

「いま、迷ったな?かわいいやつめ」

「……。治りましたね、行きましょう」


かわいいやつだから、守らなければならない。

アドの煙を最後に一吸い、気密シャーシを蹴り飛ばして収納したあと、換えの車を持ってきた軍人に蹴り渡す。


「大事に扱えよ」

「ハッ……あの襲撃犯、どうしましょうか?裁量は効きますが」

「今度は軍人死刑囚の監獄に放り込んどけ。あれで使いみちはあるし、かわいい部下だ。殺すわけにもいかん。小佐、頼むぞ」

「ハッ──バルネッコ様のお役に立てたようで──光栄であります」


かわいい軍人。もうすぐ政治に汚染されるんだろうなあ。かわいそう。

星光共和機構の高級軍人は政治と無縁ではいられない。この子犬のようなツラをした中年男も、いつしかセクトの命令にしたがってわたしを殺しにきたりあっちを殺しにいったり。なんて因果な都市だろう、罪と罰って小咄みたいだ。




風呂はいって武器受け取って旅の道連れにバーナードの市長でも連れて、そろそろ、いくか。十年は帰れない気がするが、グズグズしていてもいいことはない。セクトの内部監査命令が出ている予定だ。内通者アンド内通者オア内通者カネカネ内通者の嵐によって、むしろ情報は一定の広さと深さで安定し拡散している。委員会のやつらもわかっている。わたしと真正面から闘えば必ず犠牲がでるけども、政治的闘争というものはときに利害を超えてしまうし、わたしはよい子なのにわりと憎まれているので、言い訳を与える。言い訳を与えてやる、これは極めて大切なことだ。






少佐に背を向ける。

片刃のエンダーナイフを抜き放った軍人が、わたしの首を狙ったのがわかった。

振り向き際に針を投擲し、雑魚の部下を始末。

前腕の置換骨を盾としたが、少佐の銃が頭を狙っている。躱せない、が、わたしの頭蓋骨は特別性だ。頭まで金属骨に置換しているとは知らないのだろう、額を地面に向けて眼窩に弾が侵入しないよう傾斜をつけ、太腿の筋肉を爆発させて姿勢低く走り寄る。


弱い、比べ物にならない、弱すぎる。


首に刺したままの針を掴んで抜き放ち、目視確認、生体分子ナノマシンがへどろのように付着し、爆発の時を待っていた。


少佐の腹の近くへへどろを撒き散らすよう投擲し、機関銃を用意しているヘリに命中、爆音とともに命の炎が燃えて立ち上る。


弱い、警告のつもりだろう、わたし相手に暴力を警告に使えると考えている雑魚、弱すぎる。



「ーーーー弱かったなあ、エフィーム?」


──エフィームの首が、無造作に、路端に転がっていた。




弱いなぁ──



フフ、殺す。

殺してやる。

こいつらのセクトをまるごと爆破して逃げてやる。


楽しみで顔が笑ってしまう。いくらかは怒りだ。


腹で千切れた少佐が決死の表情で首を持ち上げる。


「バルネッコ様……部下は、部下は助命していただけませんか?好きで、好きで命を狙ったわけでは」

「知っている」


さきほどの少佐の挨拶には嘘ではない尊敬が浮かんでいた。だから不意を打たれた。

恩人だろうが親だろうが師だろうが権力者だろうが恋人だろうが友達だろうが哀れなる者だろうが才ある者だろうが愛おしかろうが娘だろうが息子だろうが親類だろうが人類みなみな兄弟だろうが、それでもなお例外なく戦うのが星光共和機構というものだ。恨みなどない。この少佐も、すでに政治に汚染されていたというだけの話だった。


口元から血あぶくを吐く少佐に、安心させるような顔で止めを刺してやる。


「豪壮なる死であったな、少佐!! 

 君の仲間はすべて送ってやる──このビィズイの琴線に触れたがゆえに」


皆殺しだ。ヘリが近づいている。鋭敏になった感覚と頭が最適な行動を選択させる。




車両に瀑針を投げつけ火煙幕とし、舞い散る火の粉を舐めながら中央へ駆けた。



■■■


【ポラトリク経済圏】

星光共和機構を盟主とする経済的共栄圏。じつは共栄圏ではないが、共栄しているということになっている。



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