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20「通じないジャーゴン」



白くて光沢のある部屋に入った。

その中央にはひときわ輝くパールホワイトの球体が鎮座していて、おもむろにコーツォが近寄りポッケに手を突っ込んだままガンガン蹴り始める。


「出てこいジャーゴン!来てやったぞ!」


こいつに恐ろしいものはないのか?


シャッと横滑りした球体内部をのぞくと、壮年の白人がドレーンに絡まれつつ、物憂げな瞼を開いた。


「よぉランネ。おひさぁ」

「話があるんだ、〈プル・ウテルステルマ〉から出てこいよ。あとで一回それ使っていいか?」


こいつがあのジャーゴン男か。

マンホールの三代目。雪国生まれのような白くて筋張った肌に、背にかかる黒髪。顔中を埋め尽くすような刺墨と要所のピアス。そして……紫の瞳。コーツォと同じ色の瞳。


「あんたはぁ?」

「……わたくしめ生まれはバーナード、名はイーリといい…」

「あたしのダーリンだ」

「それ気に入ったの?」


男盾をダーリンとか隠語で呼んで馬鹿にしているやつでしょ?使い捨てにされるんでしょ?僕知ってるんだからね。


「お、おおぅ……ランネに男ができるとは……イーリくん、兄弟とかいないか?家族は?」

「それコーツォさんのジョークですから。僕を安い男だと思わないでくださいね」


僕はなぜか場の流れで身持ちの堅そうな発言をしたあと、あらためて簡潔に自己紹介し本題に入る。


「ジャーゴン……〈落とし穴〉だが……ありゃあなんだ? このイーリはボッタクられて死にかけてネズミとか虫を食って腹を壊しながら戦ってたんだぞ?限度ってもんがあるだろ、ヤクを寄越せ」


話を盛るのやめろ。


「クレームは下に入れろ。機械狩り連盟で売らないんだから、それ相応の事情があるんだろぉ? 手数料はチョイ高めだが、当たり前だろうが……後ろ暗いイーリくんが納得しなけりゃ売らなきゃいいだけの話ですねぇ?」


「ニヒ……〈落とし穴〉が、事情のあるやつから上がりを掠め取ってるみたいだぞ?このイーリなんか機齒虎〈ジギーチ・ラオフー〉を二万くらいで買い叩かれたんだってよ。正気かよ!そのうえで同じこと言えんのか?あたしは忠告にきたんだよ、正気に戻れオジちゃん。あとのない奴らにかなり恨まれてるぞ?」


ジャーゴン男が紫紺の瞳をギョロつかせ、サッと手元の端末を操作する。


「……事情を聞く」

「イーリくんには補填してやれよ?ひひっ、こいつ、腹にUダイナマイト仕込んだあげく、マンホールを素粒子渦にするとか息巻いてたぞ?」


それはおまえだ。

こいつ、虚言癖まで持ってるのか。三下が装備過剰で死ぬやつだな……。


僕はむなしく首をフリフリすると、ジャーゴンさんはウンウンと頷いてくれる。



「お呼びでしょうか」


シャッと開いた扉から、パシッとスーツを着こなした美人がツカツカ入室する。


「〈落とし穴〉はいまァ誰に任せてる?」

「……カリンですね。西からの亡命者をパートナーにしていて彼が護衛になっている。トラブルが少ない、順調ですよ」


「余計な仕事をしているのかもしれん。帳簿といっしょに連れてこい。あいつ……なんか金に困ってたことでもあったのか?」

「……そちらの方から、なにか?」

「従兄妹だ。嘘はついてない」

「……失礼いたしました。呼び出します」


あれ?僕も闇ファミリーに組み込まれてない?

コーツォとジャーゴンさんを見回すと、ニシィ…と邪悪にわらったコーツォがゴツン!肘でこめかみをノックしてきた!



「痛ッ……!なに!?なんなんですか!?僕なにかしましたか!?」

「あたしに感謝しろよ。ジャーゴンに庇わせなくちゃ、近いうち死んでたろ」

あのネーチャンそんな力ある人か。

「ーージャーゴンさん……!ありがとう……ありがとう!」

「あたしに感謝しろっつってんだよ!!」



女のフックを避けて床へ両手をつき、カポエラもどきのキックを見舞う。

孤児院で夜な夜な電気紐を相手に練習していたカポエラを披露するチャンスがついに訪れた!

僕は奮起して嵐のようなブレイクダンスを見舞った。


「な、なんだその技は!?」

「……聞きたいか? そう……手錠を嵌められし奴隷たちが主と戦うため鍛錬した足技……なぜか、EDMに合わせて踊り狂いながら戦う舞踊武術、カポエーラのことを……!」


「連れてきました」


シャッと開いた扉には、赤毛の少女が涙目で震えている。


ジャーゴン男がパンと手を叩き、とりまとめた。


「よし……事情を話せ。そのーー



 ーーカポエーラとやらのことを……」


長くなるよ?



EDМに合わせて逆立ちし、足をバタバタさせているコーツォは部屋のすみに隔離し、秘書っぽい美人を交えて僕とジャーゴン男と敵で車座となった。

敵ーー赤毛の少女をみつめる。なんとか死刑まで持っていきたい。






「カリン……〈落とし穴〉はどうだ?なにか不都合はないか?」

「な、ないわ……ありません……そ、そいつの言うことを信じたの?そいつはね、えっと……」

「帳簿ォ」

「はい」

美人さんから手渡された帳簿をめくるジャーゴン男に僕は記憶の限りに罵倒を吐いた。


「高位ギアジーの特殊カメラ……一万で買い取りとあるが」

「ジャチボウギャク! 千ピエゾ商品券しかもらってないッ!!」

スーツの冷たい顔をした美人が帳簿をパラパラめくり、パタンと閉じた。


「証拠は?」


「アァ?」


もうそういう段階の話じゃ……わかってないのか?


「……僕の食事はずっとSランク合成食だったんだぞ?なぜかわかるか?」

「証拠は、ないということですよね?」

「……もういいよ」


金はどうでもいい、都市から出るときはこの女二人をぶっ殺して逃げる。それでチャラにするか……。


ふざけやがって!

命を削った金をちょろまかすってのは殺し合いだろうが。家を爆破してやる……。


「待ァて」


タバコに火をつけたジャーゴン男から一本勧められたが、敵から施しを受けてはならない、遠慮した。


「カリン、本当のことを言え。オレは身内びいきはするが、嘘は嫌いだ。わかるな?」


赤毛は空ろな目となり下を向いた。


「……。ちょろまかしました」


「ドン、カリンは近く死ぬ人間を選んでいました。マンホールに累が及ばぬよう市民権のない相手だけ火ーー」


ーーこいつが黒幕か。


僕が銃を抜くと同時、壁から細いメーザーが放たれ、腹にとてつもない衝撃! 前に倒れそうになるが、手をついて足をたわめる。


生体分子ナノマシンを急活性して止血を施し、強い活力が湧き出ると同時に飛び込む! 黒髪の秘書は銃を抜いたが、僕は獣の動作で這いつくばって赤毛の少女を拘束、人質とした。


手早く銃を二丁持ち、赤毛と敵につきつける。


「軍隊あがりですかーードン、護衛は」

「おまえ、裏切ってたのか?」

「違います、話を聞いていただければわかります」

「フゥーーー」


「おいぃ! あたしはどっちの味方すりゃいいんだ!?」


コーツォは混乱している。味方になるか敵になるかわからないのって、そういうの一番対処に困るわ。


「例の換金物を半分やる! 味方になれ! このスーツ女は僕より弱いぞ!」


「私はその倍を支払いましょう。ランネ嬢、〈マンホール〉を敵に回すおつもりですか? 預かった孤児たちはとうするのです? 私とは長い付き合いですよね。で、その男は? カリンを人質にとっているのです、敵ですよ」


「フゥーーーーナンコラァ、メンドクセェ」

「こら! ジャーゴン! サボるな! なにがどうなってんだ!? あたしのカポエーラが炸裂するぞ!?」


自信あるの!? あんたツルピカピンの初心者じゃねーか!


「むぐぅ! たすけーっ! たすっ!」

「暴れたら撃つぞ。人間は顎がなくなったくらいで死なない」


銃を顎下に突きつけ、強く抱きとめた。女の匂いが服につきそうで気になる。チョロロ…下履きに熱い感覚ーーこいつ、漏らしやがった!


「ふにゅ……」



「ドン! 警備を呼んでいるのにーー扉をロックしているのですか!? 誓って裏切ってなどおりません、私腹を肥やすためではーー」


そんな言い訳、僕には関係ないよね?



「ふわぁーん!! びちょびちょ! びちょびちょ!」


泣きたいのはこっちだ。

精神年齢十歳系の人間かこいつ。


「あ、あたしはどうすれば……どっちに……」


そしてコーツォ。なぜおまえは悩んでいるんだ。

味方になるなんて全部嘘っぱちじゃねーか。



「フゥーー

 ーー屋上に行こうぜ」



えっ?



「そこから屋上へのエレベーターがある。乗れよ。落ち着いて、上で話をしよう」


「……」

「…………」

「…………」



そういうことになった。





【ジャーゴン男】

マンホールの三代目リーダー。

帝国辺境から流れ付いた男。ヤク中の王。蝋細工じみた肌に黒髪。全身に脈絡なく刺墨とピアスを入れており、三下っぽい見た目をしている。


この世すべてのヤク中が憧れる〈プル・ウテルステルマ〉を個人保有している。中に入れば、完璧に健康を保ったままヤクを楽しめるが、違法でおそろしく効果。実際は安価に製造できるが、〈プル・ウテルステルマ〉に入った人間は二度と労働しなくなるので、ありとあらゆる政府が禁じていて値段が高い。富裕層のあいだでは第三国のバイヤーから〈そうとは知らずに〉レンタルすることが流行っている。


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