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19「暗闇へ…」


■■■



〉待ち合わせ


地上にて、陸亀を模した小山ほどもある建築機械〈地ならし〉が歩く様を見物している。


大通りにはヒード装備を着込んだ龍狩りの学生たちが並んで若々しいバリケードとなり、カップルや親子連れや学生たちは賑やかに大通りを歩いる。


ヒードレーサーの卵たちを見物する野次馬は、ほろ酔い気分でお祭り騒ぎを楽しんで銭を使っていた。休日だからか、祖父母に連れられた子供たちも多かった。


〈地ならし〉の名のとおり。大亀機械が四肢をおろすたび軽い振動が走り、幼児たちか振動にキャーキャー騒いで飛び跳ねている。


バーナード市の地上は、地下と違って健全な生活がある。


ーー頭が痛い。


《世界が平和で幸せなのを見ると、なんだかぶち壊さないとだめな気がしてくる。

 世界が汚濁に塗れて子供たちが痛めつけられているのを見ると、なんだか彼らを救ったりする良い力が自分にあるような気がしてくる。


 世界を楽園だと勘違いしているやつらをみると、拷問したくなってくるんだ。世界が辛いところだと勘違いしてるやつらをみると、美味しいものを食べて暖かい布団で眠ってほしくなるんだ。


 許しあって善人面している奴らを見ると、顔面を蹴り飛ばしたくなるし子どもたちを朝から晩まで労働させたくなるんだ

 絶望している奴らを見ると、こんな自分だって彼らを救うためならなんだってできる気がしてくる。不幸な子供たちに里親を見つけたくなるし、ガス室に送り込まれる雑種犬たちのために寄付をしたくなるんだ。


 イーリアス……軍人ってのは良い仕事だよな?》


頭が痛くなると、なんだか脳裏に変な景色が浮かんでいる。



ーー待ち合わせに向かう。

コーツォとの待ち合わせ場所は、トルシャの店とした。

ちょっとしたサプライズだ。



へそ見せルックでぶらぶら歩いてきたコーツォは、僕とまったく同じリアクションをとって静止したあと店に乗り込んできた。


「おいィ!!タコス屋!どうなってんだ!」


僕は野菜を切りながら返答する。


「来たか。ちょっと待ってくれ、これが終わったら行く」

「テメーもグルか!? ふざけたやつらだ……!」


ブルブルと震えたコーツォは、懐からピンクの錠剤を取り出し飲み込んだ。


「ふぅ……タコス一つ頼む。あたしはおまえらの門出を祝いたい……」


「はいタコス一丁! トッピングはかけ放題ですヨオ!」


「マドのやつ、すっかり元気になりやがって……」


優しい気持ちになったようだ。

タコスをキザな所作で受け取り、一口食べると旨かったのか無邪気に驚いた顔をした。こいつ、年相応の顔もできるのか。



トルシャやミタミタに一通り挨拶したコーツォと、ミニブタに餌をやりながら仕事の算段を練り込む。


「じゃあ、行くか。〈ジャーゴン男〉は顔見知りだ。きっちり話をつけてやる、仲介料は10パーセントでいいぞ」


仲介料の話は初耳だし、すこしびっくりしたが、逆に考えると金が絡むかぎりこの女は強力な味方となるだろう。


〈マンホール〉と交渉するにあたり、コーツォに裏切られたら終わりだ。

ドグドックは連れていない。機械従者で戦闘を匂わせてもろくなことはないし、こちらから戦端を開かなければいいだけの話だ。コーツォがいるかぎり強気でいられた。一人なら不意打ちで殺せるものとして舐められるかもしれないが、複数人のヴァルチャーは下手に殺せば芋ズル式の抗争になりかねない。


うかつに手を出せない、それが平和だ。


「平和にいこうぜ、平和に……」


僕は油断していた。

まさかあんなことが起きるなんて、思いもよらなかったのである……。





ーーおぅら おぅら おぅぅぅら



ーーおうら おぅら おぅーーら


狭い地下道、不気味な音がこだまする。

一瞬いま来た道を戻ろうかとおもったけれど、連れ合いがいた。


「なんだなんだ? これ……男の声だよなっ?」


楽しそうにニシシと笑いかけてくるコーツォは頭のネジが吹っ飛んでいる。野生の生物としては即死レベルで危機感がないのかもしれないが、恐れ知らずは人の世では肝のある人ーー勇者だ。


僕は頼もしさを覚えつつ、狭くて薄暗い路地をズンズン進んでいった。



「「「おぅらおうらおぅらぉぅらおぅらおうううらーーー」」」

「「「おぅらおうらおぅらぉぅらおぅらおうううらーーー」」」


人だかりがあった。

頭を抱えこんで亀の姿勢になっている子供がいて、三人のおっさんが取り囲み、不気味なうなり声を浴びせかけ幼子をいじめている。


「その亀をいじめるなーーーッ!!」


コーツォがダッシュでフライングキックし、あとは丁寧にヤクザキックでおっさんをたたんでいく。


「お、オレたち親ァ亡くした子供を煽って酒の肴にしてただけだ。堪忍してくれや」


迷宮の闇は深い。手を出さないだけ善人だ。


子供なんかいくらでも泣いてるのに、コーツォは柔らかい顔をして背負い上げ、汚い子供の背をしきりにポンポン叩いてあやしている。

僕とコーツォは子供を連れて路地を歩む。

今までの印象にそぐわないので、たぶん売りに行くのだろう。


「その子供どうするの?」

「マンホールのやつら、孤児院の真似事やってんだ。ヴァルチャーに訓練させて兵隊つくってる。とりあえず連れてって、この子に帰る場所がないなら引き取らせるよ」


……売らないの?


……えっ、マジで?


僕は急に自分が恥ずかしくなった。

人間捨てたもんじゃねえな。思いもよらぬことってあるものなんだ。


僕はコーツォを見直した。

それがあんなことになるなんて、思いもよらなかったのだった……。



マンホール唯一の直営購買店〈落とし穴〉で、今日も僕は赤毛の少女にブチ切れた。


「明細があった、明細が……!おまえのピンハネは見抜いているんだぞォー!!」


「うっさい虫もいるものね……こほん。文無しのクレームはお断りでーす。お帰りはあちらでーす」


「今日という今日は年貢の納めどきだ!ほらっっ!頼もしいヤクザの人を連れてきたぞ!」

「あたしはヤクーザとかじゃないんだが」


似たようなもんだろ。ささっ姐さんとばかりに前に送り出すと、コーツォはトグルスイッチを押された殺人ロボのような走り方と勢いで詰め寄り拳を机に叩きつけた。


「オラ!!テメーみたいな殺人処女じゃ話にならねえ!!ジャーゴン男をだせ!!店をぶっ壊されたいのか!?(バンバン!)ヒキャア!!死にてえのかテメー!!??」


やべえ。

なにがヤバイって、こいつ怒る理由ないのにマジギレして圧迫をかけてるところよ。前世は総会屋のオッサンとかじゃないか?ぜったいに深く関わりたくない


バン!

カウンターに拳銃を叩きつけたコーツォがメンチを切る。



「オラッ!!文句があるなら撃ちゃいいだろ!!この銃でよ!!人様の時間を、このドブ腐れ沼生まれの知◯遅れが奪いやがって、ほんとにぶっ殺されてえのか!!?アアッ!?」


自身が目覚めさせてしまった殺人ロボの恐ろしさに気づき、僕は及び腰になりつつあった。だがコーツォは依然として孤児を背負ったままなので、子連れ狼みたいになってるとこがほっこりする。子供は眠剤をぶちこまれスヤスヤ眠っているので安心だ。


「ひうっ、ひう……ひうっ!」


あんなに小憎たらしかった少女が、いまではどうだ?

現実から逃げるように赤毛を振りながら、カウンターの端っこで目をまん丸にして震えている。



そりゃ怖いよなあ。僕だって怖いもの。こいつ普段は気の良いねえちゃんってところが逆に怖いわ。ムービーにでてくる殺人ロボはふとしたときに優しさとか見せてくるもん。


「コラッ逃げるな!!逃げれば終わるとでも思ってんのか!?自殺したら地獄までも追いかけてやるからな!!ジャーゴン男を呼べ!!」


「泣けば許されると思ってんのか!!?? どんな腐れ売◯が産んだらテメーみたいな能無しが生まれんだ!?オラッ!!親連れてこい!!二匹とも虫けらみてーに死んでるだろうから、いっぺん死んで地獄から引きずりだしてコイヤァァアア!!説教してやる!」


僕は恐怖でフリーズした。

女とか男とかじゃない。こんな首真っ赤にしてマジギレしてるやつ日常生活で見たことないわ。遺伝子の深いところから、根源的な恐怖を感じる。


そして言ってることが悪人もびっくりするくらいひどい内容だ。人様の親から責めてくるあたり、性根の腐り方が一線を超えている。ここまでくると演技だろうが、演技だとしてもどうなの?っていう。この人なにか人としておかしい。


「ひうっ!ひうっ!ひうっ!」


赤毛の少女はついに大泣きし始めた。

できることなら止めたいが、怒りの矛先がこっちにきそうな気がして止めるに止められない…すまぬ…すまぬ…

僕は無力な傍観者だ…すまぬ…すまぬ…


傍観のツケは、いつだって高くつくらしい……。



「手ェあげろ!コーツォ、またおまえか!?」


マンホールの自警団、通称インペリアルガードが駆けつけてきた。野次馬を切り分け銃を突きつけてくる。


「四番隊隊長を呼ぶぞ!」

「至急応援を願います!ブラックリストのラリったヴァルチャーが……」


「誤解するな、冷静に話し合おう」


パッと腕を広げて、首をコキコキ鳴らしたコーツォは、舐め腐った悪人そのままの表情で舌を見せた。


「ジャーゴン男を出せ。落とし前をつけさせる」

「まずは発電鉱山に連行だ。事情は穴蔵で聞く」


自警団〈インペリアルガード〉、犯罪集団がそのまま雇われた自警団だ。発電鉱山とかそれらしい名をつけているが実態は盗電のためのマイニング坑である。リンチされかねない。


「そこの男、〈落とし穴〉から出ていけ。捜査の邪魔をするなら…」

「そりゃねえだろ?ダーリンはあたしの相棒だぞ?」

「!?」


事実無根も甚だしい!


「ち、ちがう。話を聞いてくれ。俺はこの店から正当なーーなんだ!?キマサらーっ!人様をこんな形で威圧していいとでもっ」


四人小隊の自警団は俺を険しい顔で囲み、まるで負のインペリアルクロスのような陣形を形成した。


「おまえも連行だ」


「嘘だろ?」


こんな無意味な窮地はじめてだ。



和解は早かった。


なぜか服をはだけだしたコーツォは、お腹のあたりがポコンとしていてみながびっくりした。

そう、腹マイトである。軽いホラーだ。泣き出した子供はコーツォに謎のクスリをぶちこまれて安らかな顔で眠った。


大得意になって腹マイトをみせびらかしたコーツォのイカれた笑顔に、僕を含めた全員の頭がノックアウトされたあたりで和解できた。


下手したら僕死んでたな?と戦慄しつつ、マンホール中枢への道を歩く。


「走るなよ!!走れば……お願いだから、走らないでくれ……嫁と義理の娘がいるんだ!」


歩く金網の下には超大型のダクトが這い回り、不気味な煙を漏らしている。

化学工場というかぶっちゃけヤクをつくっているこの大型キッチンは、マンホールの命綱であり、政治家からピンク店までにブツをおろし顧客の影響力で生き残っているとかなんとか。はやく滅びればいいのに。


「ドンのところでは爆発物を押収するぞ」

「できるものならやってみな。……ポン、だぜ!?素粒子にされたいのか?」

「…………」


取り囲むインペリアルクロスは隙一つない物々しい雰囲気だ。いつ暴れだすかわからない狂った凶悪犯みたいな扱いをされている。


「大袈裟なやつらだぜ。なあ?」


笑いかけてくるコーツォは、ポニーテールを振り回しキラキラした瞳で周りを見回している。常用している安定剤とゆかりの深そうな施設に親しみを感じているものとみた。


……トルシャの昔なじみということで気を許してしまっていたが、今後の付き合い方を考え直す必要がありそうだ。


線香花火は綺麗だが、寿命は短い。ふとした衝撃で命を落としてしまう。夏が終われば激安で叩き売られる。コーツォは秋まで生き延びられないだろう。花火の季節は短い。



やがて、うってかわって真っ白な通路に着く。


「ドンに失礼のないようにな……〈機械喰らいの女〉……そして〈ホームレスのイーリ〉」


「「その名で呼ぶな」」


僕とコーツォはシンクロしつつ、真っ白な扉をくぐった。




【マンホール自警団〈インペリアルガード〉】

マンホールの自警団。


都市から盗電しピエゾを無から産み出すマイニンググループとして名を馳せている。ある程度の盗電が察知されたら電力はシャットアウトされるので、組織的な面制圧によってマイニングブランチ坑から盗電する彼らは、いつしか〈マンホール〉の警備員となった。


盗電のおり培われた官警への鋭い敵愾心が買われたのと、盗電中の仲間を警護するガーディアン役の仲間を見捨てない心意気が〈初代リーダー〉の目についたようだ。


〈初代リーダー〉ーーかつて、孤児たちに頼られ皇帝と呼ばれるにいたった、数奇な人生を辿った男がいた。彼、マンホール初代リーダーの通り名が〈地下皇帝〉だったので、なし崩し的にインペリアルガードと呼ばれている。


盗電軍団の主要メンバーはパブリックエネミー(民衆の敵)として指名手配されているが、その反骨心は地下においてディストピア政府と戦う正義の革命心みたいなものなので、地下住人の根強い支持を受けている。しかし、言い訳の余地のない犯罪集団なので、本物の警察にみつかったら一発で捕まることだろう。



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