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プロローグ「崩壊世界にようこそ!」



■イーリ■



 ライトで通路を照らしだす。瓦礫で埋まっていた。

 進むには危険な、比較的あたらしい時代の区域のようだが、同業者が避けるような場所にこそ金目の品が眠っているものだった。


「ほら、見て来い」

『キャオン』


 拳銃の安全装置を外し、ドグドックの頭を撫で、瓦礫の隙間を進ませる。ライトに埃が散り、首元のマスクを引き上げて防塵とした。


 後方警戒のため拳銃を楽に構え、癖でマガジンホルダーを弄りつつ成果を待つ。

 崩落の危険はあったし、もっと昔の頑丈な通路を選んで進みたかったが、機体従者を所有している利点を活かさなければ生き残ることは難しい。


──暇ができると、怒りが湧いてくる。

──市民権がないからってあのモグラ野郎ども、買い叩きやがって。


 僕は荒む心を抑えきれず、拳銃で八つ当たりしたくなる。銃弾がタダだったら盛大に打ち鳴らしていただろう。


「あれは商売人じゃない、ドロボウだ……」


 〈マンホール〉の奴らは、孤児にロクデナシにヤク中の集まりだったが、ニ月前まではまだマシな金額で取引をしてくれていた。

 だが二月前、受付のクソ女はさも申し訳なさそうな顔をして、今は三分の一が適正金額だと告げた。


 いきなり三分の一!

 足元を見るにしたって、やり方というものがある。僕の晩御飯は必然的に消えてなくなり、合成完全食料なるモソモソとしたゴミでギリギリ生きながらえている。最近、右腹が痛い。肝臓への負荷があるという噂は本当だった。


 我慢の限界はとうに訪れているが、とにかく金を貯めてこんな危険な仕事はやめなければ、近いうちに死ぬなんてことはわかりきっていた。



 なにか、なにかを、変えなければいけないのだ。


 機械を殺して部品を漁り、遺跡を発掘し、金のために地べたを這う仕事。

 探求者、ゴミ拾い。ヴァルチャー(禿鷹)ジャッカル(腐肉犬)なんて言われることも多い。


 二年続けた仕事だけど、愛着なんてない。

 ここから脱出しなければ、虫のようにあっさり死ぬという確信のみがあった。



 


『アオーーーン!!』


 なにか、あったか。

 腰に据えたキューブのスイッチを入れて、瓦礫の隙間を這って進む。


 このバリアフィード・キューブは高級品だが、バリアを使えばそのぶん金を消耗する。普段は消すようにしているが、命も金はどちらも似たようなもので、使いどころを間違えればすべてが失われる。


 ドグドックのやつは賢くて、僕の這い進める隙間を、先の方から心配そうに照らしてくれていた。

 塵芥を吸わないよう口元は覆っているが、それでも埃がわずらわしい。瓦礫から苦労して這い出ると、思っていたよりもはるかに巨大な空間があった。


 腰から警棒、兼、指向性ライトを取り出して、スイッチをいれる。


「……この線、貯水地か?」


 ねずみ色の壁、柱に走った線、高い天上。赤錆びた柵を、細長い虫が這っている。

 どうやら、貯水のための空間のようだ。


『バウバフッ』


 興奮したように足を引っ張るドグドックに連れられると、扉があった。

 ここ百年開けられた形跡すらない扉。金目の品の匂いがしている。


 僕もワクワクして開こうと手を伸ばし引っ張ったが、扉は固まっている。ドグドック備え付けのアンカーロープを絡ませ、引っ張らせる。ガゴン!という音とともに、扉は外れた。思わず周りの暗闇を見回して、敵がいないか警戒。



「お手柄だぞ、マイフレン……なんだ?」


 目を赤く光らせたドグドックは、警戒シグナルのピィィーンという高音を鳴らす。

 僕は素早く拳銃のライトを点けて、2丁目を手にとって構え、あたりを見回した。


 ついで、僕の耳にも物音が聞こえてくる。


……ハウ


……ハウ……ハウ……



 左手の拳銃をセミオートにして、内蔵されている飛び出しナイフを突き出して固定する。

 サブの拳銃はジャンク品だったが、近接武器としては最適で、命を救われたことは一度や二度ではない。人の命を吸ったことも、一度や二度ではない。


 柄に銃を仕込んだナイフのようなもので、少々不格好だが理には叶っていて盾にも短剣にもなる。急襲してきた二匹の機齒犬〈ギアジー・スキロス〉のツメを受け止められたのも、そのおかげだ。


「マイフレン、火器使用自由!アタク!アタァク・アタァーック!!」


 アタタタタ!と叫びつつ、地面に背をつけたままギチギチ押し切られそうになり、生体分子ナノマシンが急激に消耗していくのを感じた。


 運が悪い!

 倒れ込む僕の目の前で、ガチンガチン顎を鳴らす機齒犬〈ギアジー・スキロス〉は、稀にしか遭遇しない敵だ。強いがゆえに優先的に狩られ、浅部から追い出され、深部で増殖しているらしい。


 ナノマシンへとエマージャンシーを送り、要所に形成されている代替臓器から一気にエネルギーを抽出する。

 上半身をバネにして、金属の硬い腹を蹴り飛ばし、弓なりに飛び起きる。ついでパツパツンと拳銃を当てるが、油をプシュッと漏らすだけ。剣山のような牙を備えた機械の四肢獣と睨み合って、数瞬。


 ーーこちらを睨んで唸りつつ、機歯犬は壁を昇って逃げ去った。割に合わないと判断してくれたようだ。


『ガガガガウ! ガウバウ!!』


!?


 おもわず拳銃を構えた先、白光に照らし出されるようにして、もう一匹の敵と戦っていたドグドックが狂ったように〈ギアジー・スキロス〉の首を噛み上下左右に振り回している。


 瞳は紅く光り、興奮したドグドックの各部からモーター音が高鳴った。

 壁を走る上位種をやるなんて、並の機械従者じゃない。僕は並のヴァルチャーだが、いつもドグドックには助けられている。


「よくやった!……いや、もう死んでるよ」

「ガウ!……がう?」


 ポテンと落ちた機齒犬は、虚空をみつめ、虹色の油たまりに寝転んでいる。もとから生命などなかったのか、あるいは彼らに意識があったのか、詳しくは知らないが金にはなる。それがわかっていればいいだろう。


「解体、頼んだよ。なにか来たら教えてくれ」


 冷や汗を拭い、水筒から水出しコーヒーを一口飲んだ。金持ちはアンフェタミンを使うが、貧乏人はカフェインを摂取することが推奨されている。


 火花散らしてプラズマ切断を始めたドグドックを尻目に、僕はマガジンを替えつつ、少し探索したら切り上げて帰還することを決める。心臓がハンマーで叩かれるようだ。


 生きるか死ぬかの鍔迫り合いは、一日に一度が限界だろう。戦闘狂のように楽しめる気はしない。


 平和な日本にも文句はたくさんあったが、こんな時代よりはよほどマシだと感じる。



 ーー日本に戻るなんて高望みは、もう諦めた。



 解体された機齒犬の心臓部、そのまた動力中枢には碧い結晶があった。

 アタリだ。エナジークリスタル。サファイア色の等級は高い。


 この廃棄都市に巣食う三つの生き物のうち、機械種〈ギアジー〉の動力源には、稀に、エネルギーを秘めた貴石が内蔵されている。それはギアジーたちにとっては時間をかけて貯めこんだ予備エネルギーなのだという。地球時代、生存競争においては有利に働くはずの脂肪を狙われ、絶滅の危機に瀕した生き物がたくさんいた。そんな生き物のサイクルを、僕たちはまだ続けているようだった。



 大都市バーナードのエネルギーを賄っているのは、この結晶だ。

 とうぜん高く売れるし、ドグドックのエネルギー源にも使える、エネルギー資源。


「よくやったな」

 ドグドックの首元がシャコンと開き、貴重品入れとして使用している棚に、僕は結晶を収納した。



 相棒に警戒を命じ、あらためて、さきほどの扉へ向かう。

 緊張で足先がむず痒く、瓦礫を踏む足を慎重に降ろして進む。



 扉を開けると、事務所のような中部屋。

 密封されていたのか、埃が堆積していないので、換気されるのを待ってから踏み入った。ブーツで踏みしめる床がツルツルすべすべだ。



 朽ちた事務所を、隈なく探索する。なんのために使われた部屋かは、よくわからなかった。だがーー



 解体の手を止め、ドグドックに工具を放り投げる。


「フフッフフフッ」


 ーー半年に一度の豊作だった。


〈廉価ナノマシンスターターパック〉、生体ナノマシンは分裂時に悪性変異する可能性が僅かにあり、無害な親株ナノマシンは極めて貴重な品だ。廉価品でも遺跡モノなら高く売れる。


〈生体分子ナノマシン補助剤〉×6、使ってよし売ってよし。前文明の遺産は現代製品と性能が違う。

〈壊れた小型バッテリー〉×4

〈破損した記録媒体〉×4

電磁パルス(EMP)手榴弾〉×12

等々……


 書類や電子機器は漏れなく朽ちていたが、メモリデータ処理用のEMP手榴弾があるんだから 民間施設ではなかったのだろう。かつて、どのような時代に使用されていたのだろうか。もしかすると建造者は、人間ですらなかった可能性すらある。


「……フフ、フフフっ」


 ーー地図のない区域に出張った甲斐があった。大当たりだ! 胸がどきどきする!


 とくにパウチされたナノマシン補助剤は高く売れるだろう。ナノマシンを延命目的に使用している老人は金持ちが多く、前文明の品をうまく売れば、かなりの金になりそうだ……だけど。


 市民権がないからボッタクられる!


「闇市……闇取引……非合法ルート……」

『バウバオン!』

「おお、よーしよーしマイフレン……牽引車は畳め、な?興奮しすぎたぞ?」

『……キューン』


 ドグドックは興奮して機体から取り出した貨車を組み立てていたが、瓦礫の中を超えなければならないという、当たり前のことを失念していたようだ。悄然とうなだれていそいそと貨車を折りたたんでいる。


 気持ちはわかる。経済事情が激悪化してから、彼のエナジーを満タンにすることも叶わない。嬉しいのだろう、もちろん満タンにはしないが。


「さて、戻ったらどうするか……」


 今回の探索は大アタリだ。これで最低でも、一月は生きていけるし、依頼された仕事もこなせる。



 そのあいだに策を練り、なんとか──この仕事から脱出する方法を探し出したい。


 思わぬ幸運、おそらく最後に近いチャンスだ。

 最後か、最後から一つ前のチャンス。

 胸が高鳴り、喉元が締め付けられる。


 すでに怠惰の対価は、命で支払われる段階にきているのだ。


 セーフティネットなどない。遺跡を漁る人類には強力な敵対種族がたくさんいるし、人類同士の争いはそれに輪をかけて激しい。


 自分の命は自分で守るしかない。そうでなければ、死ぬだけの話だ。


 どうやら。


 文明は、何度か崩壊したらしいーー





 ーー世界は、いま、黄昏時だ。





■■■




【ギアジー】

〈歯車の精神〉と呼ばれる、機械種族の一派。繁殖する。

人類に敵対的な機械種族だが、〈パンデュラ厶の機械〉に比べると災厄度は低い。


個体が自己進化するので、それを補う工場があると手のつけられない軍団になったりもする。人類の使う機械従者はギアジーを奴隷化したものが多い。





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