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14「ガジュラ・ホーム②」



〉未踏破区第六番廃都〈ガジュラ〉


「ウボァ」


ノエルが呻いた。

霞むような全景は廃棄された未来都市そのままだ。


ちょうど正午。天頂の太陽はクリアドームの中心に位置し、眩しい陽光が廃都全体をきらめかせ、いびつな建造物は同心円状の影を伸ばしていた。雲の影がそのまま都市に投影され、ゆっくりと流れている。


上空を泳ぐ龍の影が雲の影を渡っていった。


増殖龍の甲高い鳴き声が聞こえたかと思うと、ばぁとばかりに黒目と白目がみえる距離を翼竜が滑空していき、ビルディングの隙間に消えていった。ちょっとびびったが見栄を張って平気なふりをしている。


「なに!?ここっ!?」


子供は目をキラキラさせて首を振り回し、僕の裾を引っ張って先へ先へと走ろうとする。


「僕の秘密基地だ。秘密なんだ」


ハァーーと息を吐きながら手すりに駆け寄った子供は、一瞬クンッと急制動をかけ、首を回しこちらを見つめてきた。不審を隠さぬ疑惑の表情で見上げる、その黄金の瞳は、どこか薄暗い陰が染み付いている。


「……。……秘密?」


「この秘密を知ったからにはーー〈沈黙の掟(ベッキオ・オメルタ)〉に同意してもらう」


スン……と瞬時にテンションの下がった子供は、理解できぬものを見る目をしてきた。


「……。……オメルタ? 掟?」


「一度しか言わないから、よく聞いてくれ。


1、このホームは唯一無二でありイーリは家長である。

2、このホームのことを、外でみだりに口にしてはならない。

3、このホームから無許可に出たり入ったりしてはならない。

4、ドグドックを先輩として敬うこと。

5、人のものを盗んではならない。悪いことを口にしてはならない。

………45、生ゴミはコバエが湧くのでビニール袋で縛って捨てること。

…………46、卵の殻は洗って肥料に使うので捨てないこと。以上だ」


アドリブで途中から主婦の掟みたいになったがまあいいだろう。

さすがに薬物の残留したSランク合成完全食を与えるわけには行かないので、ノエルには家庭菜園を任せる。下手したら半年は缶詰だ、植物を育てることはいい気晴らしにもなるだろう。そんな計算があった。


おもいきって、(ターンエー)ランクの完全合成食を買い込もう。内臓がやられていく恐怖と付き合いつつ護衛をしていたら色々追い詰められると判断した。必要経費だ。





白くてすべすべとした材質の倉庫へ入り、片隅に設置された簡易ベッドへ案内する。僕は当分のあいだデッキチェアで寝ればいい。



「ここがおまえの寝床だ」

「……なに、すればいいの?」


ベッドの前で俯く金髪をくしゃくしゃに撫でる。


「何もしなくていい。司祭さまといいお前といい、どうも誤解があるみたいだが、本来の僕は慈善家なんだ。そのうち金持ちになって慈善活動の賞でも狙おうと考えている。おまえの過去に何があったかは知らんが、いまは狙われている命を守ることに集中しろ」


僕の意図が伝わったのか、ポスっとベッドに寝転んだ子供に、必要なものを訪ねた。

子供の履いているハーフパンツはサイズが合っていなくて、白い太腿がのぞいてブカブカだ。怪我をしかねない。司祭さまから渡された着替えは最小限だ。本がほしいとも言っていた。いまのうちに入用なものを聞いておけば徐々にーー


「パソコンッ」

「……パソコンなの?おまえ状況わかってる?」

「ピー・シー。最悪、パッド。ワンコの世話する、ここネットある?」

「…………」


どうやら僕はノエルを舐めていたようだ。適応している。


ドグドックは洗脳されかねないので当然触らせないが、うまくやれば使い物になるかもしれない。ノエルのあがりで生きるのも夢ではない気がしてきた。


「ネット回線はあるけど……余計なこととかしない?」

「しな、い、よ……?」


ほんとかなぁ?

音が、遅れて、聞こえる、よ…?みたいな言い方だったぞ。。


「しばらくはネットなしでいいだろ?」

「ネットなし……死ぬかも……」


ネット回線がないと死ぬとか、生まれながらのニート(適合者)かこいつ? やっぱ何事にも才能ってあるんだな。これパソコン渡したらなんやかんや言って僕のホームに兵隊が突入してきたりしない? 大丈夫? 余計なことしない?


「前のラップトップはあるけど……予備だから壊さないでね?」

「OS変えていい?」

「だめだしパスワードもなしだ。当たり前だろ張っ倒すぞ。点検するからな」

「……(シュン)」


納得してくれたようだ。




あぐらを組んだノエルがラップトップに覆いかぶさるようにして鍵打する。


まず、マップフィー(※セキュリティソフト)をみて熾烈に眉をひそめ、親の敵とばかりにアンスコしたあと、猛烈な勢いで謎の仮想ソフトとかエディタを入れはじめたのを観察した段階で、僕は在りし日のラップトップが戻ってくることはないと悟ってしまぅた。


「もうそれやるよ。おい、娯楽品は借金だぞ。そのうち金返せよな」

「サンクス」


むかつくなこいつ。


僕はぷりぷりしながらドグドックの貴重品入れを開き、ホームに置いてあった金目のものを隠し、あのチビニートに洗脳されないようドグドックにしっかり言い含めた。


「マイフレン。いいか?けっして心を許すな。心を許せばいつか必ず裏切られるぞ……」

『ガルル…』


いつのまにか機械従者をクラッキングされ自分の機械に殺されるというのは、ない話ではないのだ。


薄暗い屋内をのぞくと、うつぶせに寝転んで足をパタパタさせ人の家でくつろぐ子供。


「ああ……」


僕の聖域が侵されている。

僕の、唯一の安息の地に、他人が関わっている!


ーー頭が痛い。


僕はルーチンを乱されるのに弱い。プライベートな領域で子供型の不可解なオブジェクトが動き回ることへの激しい不快感に耐えているが、ノエルの責任ではないことを理解しているのでかろうじて当たらずにすんでいる。


自室に他人がいると風水的な安定感が下がり不快になるので、うまいこと生活スペースを区切りたい。



とりあえずパーテーションを区切り終えた。


「こっちは?」

「ああ、そっちの部屋か……」


白い壁の建物は二部屋に別れていて、倉庫として使っている部屋は……。頭痛の種だ。



「まあ、話すよりも見るほうが早いだろ……ほらな?わけわからんのよ」


僕は自分の困惑に共感してほしくて説明していく。



「〈ピカソみたいな絵〉があるだろ?


あの絵のしたには、なぜか〈壊れた計量器〉と〈天秤〉がある。

〈5種類の分銅〉が2つずつ置かれ、空の〈ビーカー〉が並んでいる。

そしてくぼみには〈水〉が溜まっていて、こんこんと〈湧いてくる〉んだ、つまりは…………〈水飲み場〉だろう、間違いない。


備え付けの机には〈大小の鍵束〉が入っていた、あと〈アンブレラマーク〉の書かれた〈ジェラルミンケース〉も置いてあったが、どうしても開かないので放置している。〈奇妙な卵型のマトリョーシカ〉も置いてあったが、〈底に穴〉が空いているので……〈鋳造品の安物〉だろう。〈金〉にはならない。


なぜか〈チェス盤〉まであった。配置してある駒が盤とくっついていて動かない。

〈唯一動く駒〉があったから…………〈文鎮〉として使っている。

ほら、なんていう駒かは知らんが……〈知的でカッコイイ〉だろ?


ほかにも……」


「………。………」



この部屋への困惑を精一杯伝えようと説明したが、ノエルの目線はなぜか冷たくなっていくばかりだ。ばかめ、前の住人がとち狂って構築した偏執狂の試練場にこれから付き合わされるのはおまえも同じなんだぞ?

 子供にわからないことを説明してやる僕に感謝してほしいくらいだ。


「……これで最後だ。〈碁石〉の入った〈3つの器〉。器には〈記号〉が描かれている…………〈マイカップ〉だな。身内でお茶を飲むのにちょうどよさそうだ。つまりーーこの部屋は、〈茶室〉だったんだよ!!」


「アホウ?」


怪訝そうに、嫌らしく目を細めたノエルが僕をみつめている。


「ようやくわかってくれたか……。この部屋をつくったやつはバカだ、気にしないようにな」


「……ウン。アポウ……はリンゴです」

「リンゴ?」


スッと虚無の表情になって頷くノエル。こうして無表情になると顔立ちに貴賓がある。

はやく放流しないと面倒ごとに巻き込まれかねない。どっかロリコンでレズのお姉さんとかいないかな、中年のおっさんに引き渡せば罪悪感がありそうだけど、レズ…いや、百合なら絵面で中和されて罪悪感生まれんだろ。うん、百合のお姉さんを探しておこう。




メールをチェックすると、真理教会のサイン入り出頭命令があった。何事かと開くと顔見知りのシスターから速やかに来いとのこと。罠ではなさそうだし行くことにする。


コーツォから来ていたメールには、強盗商売…いや…違法クラブで収奪した押収品の目録と換金額が記されている。あと、〈落とし穴〉で売買している他のヴァルチャーはやはり僕ほど搾取されていないことが確認できたということ、

ついでだからクレームについてってやると……


……あいつ天使か?

待ち合わせ場所をメールし、金のあてもできたので、物資を買い込むこととした。


身体は疲れ切っているが、いま動いておかなければ死ぬので仕方ない。それに、死ねばゆっくり休めると聞いたことがある。楽しみの一つだ。死ねば、ゆっくりと……


「一仕事して物資買ってくるから、ぜったい余計なことするなよ」

「パッシブならいい?」


……?

あっ、受け身でバーナード・ネットから情報を受信するってことか。


「ネットってアクセスするんだからぜったい痕跡残るだろ?プロキシとかかましても、相手がなんかこう、ごくA級のハッカーとかなら…」

「ないよ。素人はこれだから」


口では言えないことしてやろうか?ああ?

やれやれとばかりに半笑いで頭を降るガキに内心とてもイライラしたが、僕よりは機械全般に詳しそうだ。……使えるんじゃないか?


脳内に計画が立ち上がり肉付けされていく。


適当に教育コストをかけて実験として育てよう。

本当に命が危うい段になったら僕は高確率で見捨てるから、その代わり、せめて一人でも生きていけるように才能を伸ばしてやりたい。



そして……ものごとがわかる年になるにつれ、奴は疑問を抱えるようになる……。縁もゆかりもない子供に教育コストをかけた僕のイメージがやつの中で勝手に聖化され、僕を養いたくもなるだろう。左団扇……ご隠居……悪くない響きだ。



あと下手したらなんか恨まれて殺されかねない気がするので、わかりやすく金をかけておくことで保険になる。才能ある子供に羽を与えたいみたいな……そういうフワッとした自分語りをたまに入れとけば、間違いないはずだ。


実は僕の内なる良心がそういう働きかけをしたと言えなくもない。良心と理性が折衷して金を出す言い訳をつくった…みたいな物語性を匂わせておけばノエルはサブリミナル良心を植え付けられ僕を撃てなくなるかもしれない。



僕はさっそく険しい顔をして、短い間だが義理の子となるノエルへ教訓を与える。


「ノエルーー我が息子となったおまえには」

「むすめ」

「ーー我が義理の娘(ハイパードーター)となったおまえには、教えなければならないことが幾つかある。そう…………【ギャンブル】だ!ギャンブルが好きなやつに悪いやつはいない!」


まじかこいつ?みたいな顔してるノエルには悪いが、こちとらマジである。


「ギャンブルとはなにか?わかるか……?」

「クズが破滅する踊り(ハードラック・ダンス)


「間違っている。間違っているぞ、ノエル! ギャンブルとは……賭博とは、一人前の男がやる紳士的な……おい!ラップトップいじるな!ちゃんとこっちみろ!」


反抗期の中学生かよ。


「人間は賭けをしなければならない。

神があるかどうかといった究極の問いにはじまり、賭けは人の認識を鍛え上げるものだ。リスクとメリットを計算し、何度も負けることを想定した上で利益を上げるようなギャンブルをしなくてはならない。


ギャンブルとビジネスの隙間にこそすべてのコツがある。

物事を確率で捉える目を養う姿勢、現実は自分に都合が良くも悪くもなくただ動いているという絶対中立の認識、人間というものが大金を得たり失ったりする感情の経験と考察、追い詰められた人間がいかに藁にも縋るかといった体感、危険と情報の交換価値、貨幣と自己統制の縄の締め上げ方、時間は買えないし、時間が過ぎているということに気がついている人間があまりにも希少であるということは強い優位性だ。俺はたまたま運悪く十年を無駄に過ごしたがこれは運のせいだろう……フン、優位性を扱えないものは奴隷であり、貧困に操られるものも奴隷だが、しかし、貨幣に操られるものもまた奴隷であるということ。人間が金を扱うということは家畜が金を使うこととは別次元の行いであり、ゼロサムゲームではない実際の貨幣をゼロサムゲームとして捉えてなおトリックを明かさない幻術士はピエロのようにおどけて邪悪な笑顔で退場する。もうね、これだけは言っておく。言葉は重々注意して扱わなければならないということ、なのに俺はどうしてこんなにわけのわからない与太話をしているんだろうな?なっ? お喋りって、災いを招き寄せそうなのに、滑稽なことを話せば話すほどいい気分になれるよな。なっ? ……内なる天真爛漫な子供を愛するように世界を愛そう、そんな格言がある気がフワッとする。賭けよう、魂すべてを賭けられぬなら、人生を生きる価値がない方に賭けているぞ。

 つまりは、だ。ノエル、ギャンブルをしろ。若いうちに百万ピエゾを飛ばすことは百億ピエゾを得るに勝る価値がある。奴隷は空財布で身も心も寒くなるが、ギャンブラーは募金したと言い張ることができる。まるごとだ!まるごといけ!熱くなれよ!ギャンブルほど一人前の男を育てる訓練はないのだ!」


「……まず男じゃないし……。え……えっ?百万ピエゾ……負けたことあるの?」


まったくもう。僕はギャンブルの話を後回しにして、とりあえず物資を買いに行く。


「行ってくる。なんか買ってきてほしいもんとかあるかー?」

「……良い護衛」


もういるだろ。照れ屋さんかよ。



■■■


【クズ】

ギャンブルを熱く語って子供に賭けを教え込む無収入の男など。


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