12「アイヨー」
生き抜いた。
コーツォ主催!地獄の飲み会を、僕は生き抜いたのだ。
◯+1day
「アイヨー!司祭さま〜迎えにきたゾ〜!」
子供の命を預かる。いざ天王山という大切な夜だったが、僕は少しだけ酔っぱらっていた。
「イ、イーリくん。……多くは聞かないけれど……大丈夫かい?」
「よ、酔ってないよ〜。全然酔ってないっスから〜。ひっく。おぉ……! ノエ……ノエ……! 生きていたのか〜!!」
前に会ったときは、あんなに強気な顔をしていた子供が、いまとなっては どうだ?
戸口から出たときはふんむと口を結んでいたのに、護衛である僕と顔を合わせて気が緩んだのか、むちゃくちゃ不安そうな焦り顔で司祭さまの裾を引っ張っている。
……やはり命を狙われている恐怖はそうとうなものだったようだ、僕がしっかりしないとな。
「ズズ」
僕はウォッカを煽って気合をいれた。
冷凍したことでトロミのついたウォッカは喉を焼くし、啜りすぎて頭がキーンとしてきた……ウォッ!!
「痛ッ!!」
しばらく蹲ったあと、冷徹な目で僕を見つめるノエ…の頭に手を伸ばす。僕が守らないとな……。ノエ……ノエ……
ノエ太郎?
「ちぇんじ!!」
ばしっと打ち払われたがガシッと大人の腕力で押さえつけ、当社比三倍の早さで金髪を撫でまわした。
「ウァアァァ!ヤメロー」
「わかるよ、不安だったんだろ? 僕が来たからにはオロロロロォ」
ゲロを溝に吐いて少しスッキリしたが、これ以上飲める気がしない。
両手に握りしめたウォッカを司祭さまに土産として渡し、代わりに子供の手をガシィとつかむ。
「たすけっ」
「司祭さま、行ってきます。この子は安心して僕に任せてください。必ずやスターにしてみせますよーーこのイーリ・プロデューサーがね。はては学者か、大統領か……」
「……うん。後払い金はほとぼりが覚めたあたり、半年がすぎてノエルが生きていたら送金します。たまには近況のメールを送ってね」
「ムゥ!ムゥゥウウ」
口を覆われた子供をチラチラみやり、ホロリと涙を流した司祭さまは背を向けた。
「じゃ」
「ゥェエー!?」
筆舌しがたい声をあげ、司祭さまへ手を伸ばす子供は、まだ現実を理解できていないようだ。
僕はスターの卵を任された高揚感にあてられ、子供を折り畳んで背負い上げニンジャのように夜を駆けはじめる。
「誘、拐ッッ!」
「端末に親権が送られてきた。みろ、おまえは俺の所有物となった」
現実を認められぬ子供はフリーズした。
街灯からすこし離れた路地に子供を立たせ、混乱している顔を見据える。
動揺して震える黄金の瞳。
くせっ毛の金髪、自閉傾向のある子ども特有の整った顔立ち。
言葉が遅いとのことで、情動の有無を心配していたが、めっちゃ嫌そうな顔をしているのであまり心配もないだろう。
僕は柔らかい子供のほっぺをパチンと両手で固定し、顔を近づけた。子供は震えて言葉も出ないようだ、安心させなければ……。
「いいか……誓うよ。僕は僕を信じている。だから僕の信じる僕を信じるんだ、ノエ太郎」
スンと真顔になって首を振ろうとしてくるが、万力のように固定しているので振れない。
本気で抵抗しないということは、なんとか了承してくれたようだ。脇に手をやって空中で一回転させ、一瞬、両手を伸ばした二人が戦闘機のように重なり合い、背中に乗せなおしてホームへと駆ける。
子供一人を背負った有酸素運動によって汗をかきはじめる、背負う重みが心地良い。これが人を背負う重み、ということか……。なぜかすべてがなんとかなる気がしてきた。
「ゆくゆくは格好良い二つ名を考えてやるからな。デビ……インフェルノ……シャドウ……ダーク……ダークヴェーダ? いや、もうダークヴェーダーでいいか? ねえ聞いてる? ノエ太郎」
「ノエル」
「あれだ、男のふりをしたほうが、地下の野獣に襲われなくていいんじゃないか? ノエ太郎のほうが似合ってるし、覚えやすいだろ? なっなっ? なっ?」
「ノエル」
「……ダークベーダー卿がどうしてもというなら、無理にとは言いませんが……」
「ノエルだしダークヴェーダーってなにコロスぞ」
「まずは酒とクスリを覚えないとなッ!! この歳で息子を持つとは思わなかったが、キャッチボールとかしたいな!」
「ダメ……これ、バッドエンドだ……」
「行くぞ! ヒー・ハー!! アイヨーノエル!!」
「……アイヨ~」
諦め顔で片手を伸ばしたノエルを肩に乗せ、アイヨーと叫びつつホームに帰ろうとしたが途中で力尽きて眠くなり、抱きまくら代わりにノエルを抱えて、路上で一夜を明かした。
〉朝
一度通行人に蹴り飛ばされ、適当に拳銃を盲うちすると逃げたのを覚えている。
う〜ん……。
うん? パチッ。
世界が蒼い。早朝の匂い、清々しい朝だ。
目を眩ませながら起き上がると、体がバキバキしてる。
路上特有の寝心地だった。
「ブルルル!」
獣の声!
拳銃を抜きーー
??
子供とミニブタが対峙していた。
市民のあいだで流行ったペットのミニブタは、すっかり野生化し、路地裏を闊歩するミニイノシシ種として人類に敵対している。豚はなんでも食べるし、わりと死体も掃除するから、見逃されていた。
「ブルルル!」
「(ムン!)」
止めなくては!
僕は酒に痛めつけられた体でヨロヨロと割ってはいる。
「……僕のために、争わないでくれ……」
ミニブタが後ろ足をかき、対峙するノエルは円を描く動作で半身に掌底を構えた。
「神よ……」
僕は間で神に祈った。
空を仰ぐと、朝日が登り始める。
新しく創造された一日がはじまるのだ。
「ぶるるー!」
「(ヌン!)」
戦いの結末を記す必要はないだろう。僕とノエルとミニブタはトルシャの店に向かった。