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11「全解決」



 ボグゥ!僕は手加減された拳で鳩尾みぞおちを打たれ、たまらず討ち取られた。



■ハイパーハイスピードハイ解決


(ーー討ち取られやがった!)


 トルシャは後悔していた。


 雇った友達二人は馬鹿だった。自分たちの仕掛けたクスリで幻覚に溺れて転び、EDMに合わせてダンスフロアでピチピチ溺れはじめたあげく、マドを拝み始めたコーツォを皮切りになぜか敵を救世主よばわりして平伏し始めた。あまりに無害なので手加減すらされて討ち取られた。


「マド様!おやめください!!」

「監視役が粋がるんじゃねえ!!」


 ふいに血塗れの女が駆け寄る。


「ジプレキシャ!? まだ動けたのか!?」


 それは女性型の機械従者だった。斥力刀を構えている。

 トルシャはミタミタに聞いたことがあった。星光共和機構からマドを追って脱走してきたーーという名目で監視していた、機械従者。しかし、真実はさらに複雑なようだ。


「あなた様を軽んじた者たちは殺しました」

 機械少女のスカートから、バラバタと首が三つ転んでいった。愚連隊と女だ。


「いまならやり直せます! もう、こんな都市は離れてお逃げなさればよいのです!足のことは残念ですが、ですが!」


「うるせぇえ!!」


 マドは男泣きし、頬を濡らしている。


「軍はーー見捨てやがった!!障碍者なんざいらねーんだとよ!!義肢をつくったところで、一人前の兵士には戻れねえって!!だから、もうーー死にたいんだよ!!おまえは軍に戻れるだろ!!」


「マド様の望みが私の望みでしょう、わかっていることを言葉で確認しようとするのは、悪い癖ですよーーあなたが望むなら、自壊はロボットの権利です。受け入れましょう、ですからー!」


「うるさい!もう昔じゃないんだ!姉気取りはやめろ!ーーお前とは長い付き合いだ、一息にぶっ壊してやる!!軍の監視アプリに見張られるのは、これっきりだ!!」



 電磁円影加速重砲が、甲高く唸り光り始める。

 最小出力の電磁光輪ハロ内部でオーロラム・トロンが回転し、トレースされ制御された素粒子は回転機構の中でトロンと呼ばれる極限素粒子を分離させる。それは六次元世界を横切る素粒子紐の可能性だという。可能性世界と乱反射する素粒子群は相互作用を裏切り、回転機構内部のりきばに仮想エネルギーのみをインフレさせた。


 後光を背負ったマドは、姉代わりの顔を一瞬みつめる。苦痛に頬を歪ませたと同時、大気を切り裂く轟音と奔流する光が、全員の意識を覆った。


 そうしてーー斥力刀を構える少女型機械の腹部は切り裂かれた。オゾンの匂いがあたりに漂う。


「マド様、ようやく……よくできましたねーー」



「あたしはーーもう、背を向けない!!」


 パッと飛び出したミタミタを追って、トルシャは駆け出した。


「マド!足のことは残念だけど、それでも、軍の監視役だからって相棒を殺しちゃーーだめじゃない!成敗してやるわ!!」


 少女型の機械から斥力刀を拾いあげ、それらしく正眼に構えたミタミタは、悲しみにくれる重外骨格の男へ刀身を向けた。


「ミタ。おまえの無限の勇気はどこから湧いてくるんだ?」

「ミタミタ、おまえまで、敵になってしまっのか……?」


「二人共黙れ! マド! トルシャは機械工員だから、きっと、足を助けてくれる機械をつくってくれるわ!! 義足だってトルっ……ト、トルシャのお兄様ならつくれる!! もう悪い奴らとは手を切って、そんな外骨格捨てるの!! そうしたら絶対にあたしが助けるんだから!!」


「そっ……そうだぞ、マド! 業腹だが、ミタミタの友だちなら助けてやる!! 今だけだ!チャンスは今しかない!! 


 チャンスは今しかないんだ!!」


 ビープ音が鳴る。ビープ音が鳴る。


《自爆シークエンス起動!自爆シークエンス起動!》


 ビープ音が鳴る。ビープ音が鳴る。


《自爆シークエンス起動!自爆シークエンス起動!》



「「「えぇっ!?」」」


「マド様、お慕いしておりました……好きに、好きに生きてください。昔お話してくださったではありませんか……オーロラ兵なんてやめたい、と。此処を、胸を、撃ち抜いてください。自爆シークエンスを止めるにはそれしかありません、あなたは、もう、自由になるときが来たのですよ。姉からの、最後の……」



「胸を、撃ち抜けばいいんだな?」



 電磁円影加速重砲〈オーロラ〉は唸り声をあげた。




《ビープ音が鳴る》



ーーギアが入れ替わる。

ーー人の世界観は可変的だ。信じていた世界そのものが、根こそぎ変わってしまうことがある。


ーー裏切り、裏切られた僕は、軍の訓練課程で投与された薬物にのめりこみ、薬物中毒者となった。


ーー軍の訓練課程から逃げ出した落ちこぼれ、市民権を剥奪された負け組に選択肢はない。


 迷宮を這い回るようにして日銭を稼ぎ、命の危機につぐ、魂の危機ばかりが連続する。隣人の死は何度も巻き戻っているかのように繰り返されて、機械たちよりも人間のほうがよほど恐ろしいと魂に刻み込まれた。


《ビープ音が鳴る》



「よくわかんねえ。テメェ死んだほうがいいんじゃねえか?」


 俺は血まみれで教官に銃を突きつけた。


 苦しみを解決するたった一つの方法を教官に教えられていたからだ。



《ビープ音が鳴る》



 病院の集中治療室、ビーピーピー鳴る機械が煩くて目が覚めた。

 ヒュドラが抜けそうになっている。立ち上がると腕の針がチクリとする。点滴の薬剤は肝機能のーー


《ーーーーーーーーーー訓練は最終段階に入った、成功例はーーーー》


■イーリ■


「起きろ!起きろイーリ!ラリってんじゃねえ!」

「へぶぶっ」


 頬の痛みで目覚める。コーツォが僕を見下ろしていた。

 紫の瞳、金髪のポニーテールが鼻をくすぐって鬱陶しーー


 僕は思い出した。


「いやおまえがヤク撒き散らしたせいでしょ!? よりにもよってーー」

「よし!!イーリが起きた!撤収だ!!」


 両手に厨房のフライパンを握りしめ、ありとあらゆる金目のものを漁り尽くしたコーツォはキリッと指揮をとりはじめた。


 盗賊まるだしだ。だが頼もしい。

 ヨロヨロとする脚を抑えつつ、バッドトリップのせいかガンガン痛む頭を抱え、用意していた逃走用機械車両に乗り込む。


「みんな乗ったなぁ!?地下で車両を乗り換えるぞー?」


 ドグドック、ロールガン。

 疲れ切ったトルシャ、トルシャの頭を叩き続けるミタミタ、爛々と金目のものを数えているコーツォ、少女の頭を抱えたマドーーマドっ!?


マド!? 機械の頭!? なんでマド!?


「おまえなに当たり前の顔して乗ってるの!?」


「わがまま言わないの!」「わがまま言うなよ」『バウバウ!』


「こんなの、ぜったいおかしいよ!!」





 帰り道についてホッとした。

 大型移動機械の中で戦利品を抱え、コーツォと売却金について談笑する。


 なぜか車に乗っていたマド、その足を診るトルシャ。

 機械工としては三流なので、診察のふりをしているだけたと僕は見抜いていた。案の定、兄なら何とかなるかもしれない、と無意味な言葉を吐いて座りなおした。


 そしてミタミタは、男二人の肩を竹刀で叩きまくっていた。


「なあ、ミタ。姉さんに顔を見せてやれよ……」


 パシィ!! 竹刀が唸る。


「バカっ!お姉ちゃんのことばっかり考えて!あんたが考えてることなんて全部わかってるのよ!」


「そうだぞトルシャ。ミタはーー」


 パシィ!! 竹刀が唸る。


「マド!今日のあんたに意見する資格はないわ!クスリ、ほんとに捨てたんでしょうね!?よりにもよってヒュドラなんて──」


 ああっ!! 僕は叫ぶ。


「そうだ思い出した!コーツォ、テメー、自分が大丈夫だからってクスリを僕たちに……」


 ピュー!! ぴゅーぴゅー。

 コーツォが口笛を吹いて明後日を向く。


「さて……ミタにも久しぶりの実家だろう、安心してくれ、たとえ兄貴夫婦が離婚しても、家族を見捨てたりしねえ。


 ーー俺たちには、帰る家があるんだ。

 マド、しばらく面倒見てやるけど、トラブルはごめんんっ?



 んっ?


 ーーあ、あっ? うぇ?」 


 トルシャの顎が落ち、両目を見開いて窓の外を凝視した。到着したトルシャの実家は、シャッターが降り、人だかりが集まっていた。あっ黒猫がいる。


 シャッターには、一枚の張り紙がペタンと貼られている。


 恐る恐る近づいたトルシャは、やがて、ぷるぷる震えて寒天のように崩れおちる。


 なになにーー


『平素より機械工房〈メキシコの夜明け〉をご愛顧の皆様、まことに申し訳のしようもございません。


 当店はピュタゴラスの貿易封鎖にて、かねてより資金繰りに難儀しており、残念なことに、これ以上の営業を続けることはできないという判断にいたりました。


 言えた身分ではございませんが、取引先の方々もご理解のほどをよろしくお願いいたします。手前らに借財はありませんが、こうして信頼を裏切る形で閉店し、ご迷惑をかけることとなり、まこと無念で頭の上げようもないことです。


 私たち夫婦がこの地に根ざして早ニ十年、地域のかたがたには本当に良くしていただきました。しかし、ピュタゴラス出身の私たちは、夜逃げしなければ、バーナード政府に捕縛される恐れがあったのです。


 昨今の緊張感ある政治事情ではありますが、ピュタゴラスとの関係が悪化してもなお変わりなく接していただいた皆様には深い感謝の念があり、改めてこの場を借りて謝罪と感謝の意を表明させていただきます。


 本当に……本当に、本当にありがとうこざいました!!!


エリアムド・カーバンク

ナビ・カーバンク

トラーシャ・カーバンク

ミナト・カーバンク


より』



「親父ィィィイイイイイイーー!


    兄貴ィイイイーーー!!!」



 空に遠吠えが響いた。



「姉さあーーーーーーーーーん!!!」


 ミタミタも石壁に手をついて泣いている。



「「「……!?」」」


 僕とマドとコーツォは、一足遅れて事態を理解した。してしまった。

 トルシャとミタミタの身の寄せどころであった実家が閉店し、あろうことか家族全員まるごと夜逃げしたらしい。穀潰しが二人取り残されたわけだ、すこし笑える。


 ……いやーー?


「ーーハッ」


 僕は嫌な予感がした。


「おい、トルシャ!! 僕の、僕の遺物を買い取ってくれるって言うから仕事に乗ったんだぞ!? これだめか?だめなやつとちゃうんか!? 契約不履行か!? 僕の死闘は無意味だったのか!? そこに命を賭してまで闘う価値は本当にあったのか!?なあ、ぽまえ!ドドどうなんだ!?」


 僕は人語に落ちぬ勢いでトルシャの首をカクカク揺さぶったが、放心状態の〈伊達男〉は、へんなりと女座りで俯いた。まるで歌舞伎舞台の女役のようだ、変な艶さえ感じさせる。


「ミタ……前言撤回するしかない、俺たちに帰る家はなかった……」

「そうね、トルシャ……私たち捨てられたのね。とても残念だわ……」


「ミタミタ!ト、トルシャっ……くん!おっ……オレの足は!?オレの足はどうなるんだ!?〈伊達男〉のトルシャくん!」


 マドは膝をカクカクさせながら走り寄ろうとしてパタッと倒れた。

 義足の手配が怪しいとみて仲間意識を高めるため、いきなり(くん)付けで媚びだしたあたり生命力はありそうだ、心配ない。



 コーツォが頭のうしろで両手を組み、フッと切れ長の目で微笑む。


「やれやれ……ほら、キャビアでも食べて落ち着けよ。なっ?キャビアを食べる余裕さえあれば、人間、そうそう悪いことにはならないもんさァーー」


「ーーそれっ盗品だろうがーっっ!!!」

 正気のマドは倫理観があるようだ。文字通り足をつければこいつはまともになる気がする。



「イーリィ!ヤ、ヤサをみつけるまで泊めてくれないか……?いまなら、ほらっ!……家事や泥棒避けにミタミタがつくぞ??大丈夫、ミタミタが働きだすまでの辛抱だ、友情に免じて……」


 さっそくミタミタに食わせて貰おうとしているトルシャは卑屈な笑みを浮かべて切羽詰まった金欠オーラをだしている。

 〈伊達男〉の面目躍如といったところか、ミタミタを守るため命を賭した男ぶりで密かに見直していた僕が馬鹿だった。更生の余地がない。


「あは、あははは……ね、姉さん……義兄さん……ト、トルシャーっ!どうするの!?ねえどうするの!?あたし水商売は嫌よ!?あんた……い、いや……お、お兄ちゃーんっ!コ、コーツォお姉ちゃーん!!泊めて!!」


 しょせんはトルシャの親戚か、ミタミタは媚びることに躊躇がない。

 僕は関わりたくないので顔を背け、同じく仰け反るようにして顔を背けているコーツォと目が合い、アイコンタクトをとりあった。


 ーーアクション!


 僕は伸びをして「今回の仕事は、疲れたなあ……」と呟く。

 コーツォはアドリブで僕の肩を優しく叩いてきた。


「ひとつ飲みにいくかい?」


「ああ……ちょうど、酒の肴にぴったりのアホ共をみかけたことだしな……!」



「おまえら……ちょっと相談が」


だっ だっ


僕たち二人は歓楽街へダッシュした。


「薄情者どもーーーっっっ!!!」


《ビープ音が鳴る》



ウゥゥウウウーーーーーーーーーゥウウウゥウーーーー




ゥウウゥウーーーーーーーーーウウウウウウウウーーーー





ドーム内に、甲高い龍警報が響いた。




■■■


【ピュタゴラス】【ピュタゴラス商人】

 北の三角フロートにて繁栄する世界商国家。

 王国ではないが、古王の血を継ぐ王族がいるので、八割王国。

 【聖神エィビト】を祀る【真理教会】の総本山でもある。かつて経済的優越により世界中の旧文明技術を蒐集していたので、科学技術が優れている。が、王族の婚姻外交による結びつきを盾に、ピュタゴラス商人は世界中で経済を回しつつ搾取しているので、わりと憎まれている。リプラポーン貿易摩擦によって現在は緊張感が高まっており、ピュタゴラス商の評判は悪くなるばかり。


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