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10「電磁光輪」



《《ーーーーWARwarWARwarWAR》》


 音楽が唸り始め、重低音が内臓を煽りたてる。

 ダブステップに合わせ、グラデーションライトが点滅をはじめた。


「だれだ!? オイ、バックヤードみてこい!!」


 用心棒パウンサーの一人がスタッフルームに入ったと同時、バォン!と男は腹から身体をくの字にして飛ばされて退室してくる。物理的な占いの結果は大凶、嫌な予感が加速していった。


「ええ、好き勝手やってくれたなトルシャァァアア。ミタの義理の兄だからって余裕の面しやがって。戦争はこれからだぞ……」


 重外骨格を着込んだ筋肉ダルマがのっそり出てきて、血走ったイカれた目でトルシャを睨みつける。


 

「マ、マド! おまえまだミタのことを諦めてなかったのか……!」

 トルシャは動揺しつつ叫んだ。


「トルシャもマドもクズよ! あんたら! だれか殺したら一生口利かないからね!!」

 ミタが子犬のように唸り、愚連隊を庇う。


「トルトル! 悪気はなかったの! マドもあたしのおかけでミタミタと!」

 派手な女がこの期に及んでトルシャへ色目を使う。


「ふざけるなッ、僕はこんな痴話喧嘩の関わり合いになりにきたんじゃない! こっこんなところにいられるか! さ、先に帰らせてもらうっ……!」

 狂ったやつらと関わり合いになりたくない僕は帰宅の意思を示した。



 盗賊コーツォがキャビアを口にしながら酒を開けていた。

「おい、キャビアうめえぞ。あいつらの痴話喧嘩を見物したら帰ろうぜ。かなりの金になるな……!」


 もう、なんなの?

 ミタさんは魔性の女かなにかなの?

 こいつらバカなの?


「あのマドって男は知り合いだ。星光の軍人崩れだからチンピラよりは話がわかる……おい、マド! あたしらっは関係ねえんだ! やるならおまえらでーー」


 マドと呼ばれた筋肉ダルマは、脂汗を垂らしながら、ニコッと微笑み……おもむろに、片手をこちらにーー「えっ」ーードゥルダダダ!!!


「マドおまっラリってるなーっ!?」


 七色の曳光弾が備品へと突き刺さり、音楽に合わせて踊るかのように痙攣する。ウーファーがビリビリと鳴り、ソファから綿が飛び散って、EDMに震える空気とグラデーション光が舞い散った綿へと投影され踊り狂った。


「斥量型重機スーツだ。叶うわけないな……よし! 幻覚剤をバラ巻いてマドを混乱させて逃げるぞ! ロールガンを壊されちゃわりにあわない!」


 マジかよ頼りになるなコーツォ、混乱魔法の使い手かよ。拳銃を握りしめ、ドクドク鳴る心臓が落ち着くよう息を吸って吐いた、三秒。


「おいイーリ。あたしを信じられるか?」


 真摯な声で問いかけてくる。

 金髪ポニーテールの女が至近で顔を見つめてくる。紫の瞳をした深緑の戦装を着込んだ女ヴァルチャー、仲間として窮地を切り抜けるための絆が必要なのだろうか。僕はキリッとして見つめ返した。


 返事しようとしたつかの間、女の鼻から、つうと鼻血が……。……この一瞬のスキに安定剤やりやがったなこいつ!!!


 僕は真摯な瞳でこくりと頷いた。ハンカチを取り出して鼻血を吹いてやる。いまは急ぎだ、細かいことは忘れよう。


「信頼する。あと、スニッフィングは程々にしとけよ」

「へへっ、サンキュー。おまえの電磁パルス(EMP)手榴弾、あと何発ある?」

「持ってきたのは、あと三発……どうするんだ?」


「マドの外骨格は軍の重機スーツだ。前線用じゃあない。遺跡直産のEMP兵器なら一瞬は止まるはずだ。壊れるほどヤワじゃないが、三発連続で時間差をつければ五秒は稼げる。あたしに任せろ。やつをこの〈スキアーオルタナティブ〉謹製の〈代替ヒュドラ〉で幻覚イリュージョンにかけてやる」


 このイリュージョニストはあまりにも頼もしいが、なにか見落としているような……ま、いいか。


「マド! あたしを殺しなさい! そしてあんたも死ぬの!トルシャも殺しなさい!あの雇われヴァルチャーどももみ〜んな殺しなさい!そのあとあんたも死になさい!それですべて解決よ!……なんなの?できない? アハハッ!ブワァーカッッ!!できもしないのにイキがるんじゃないわよぅ!!!」


「ミタミタ!やめろ、やめてくれ!肝の太さで勝負するのやめてくれ!心臓に悪い、ラリったヤク中はクマと同じだぞ!!」


「うるさい、クズゥ!! あたしが必死にみんなの仲を駆け回ってたのに、あんたはヴァルチャーを雇って殺そうとしたのよ!! あんたは最低の人間なのよ、なに〈伊達男〉って!能無し!あんたなんか、芋洗いがせいぜいじゃない!……すん……姉さんのことは忘れるって言ったのに! 嘘ばっかり!!うわぁぁぁぁ!!」


「トルシャアァアア、よくもミタミタを奪いやがったな……みろこの足を! 外骨格なしじゃあ物乞いにしかなれやしねえ! 俺はもう戦うしかないのに金もねえ! 女もいねえ! スーツを失いたくねえ!


 ぐ、愚連隊の屑どもは俺の足を笑いやがった! ミタミタだけは俺を笑わなかった!! なのに!! 金曜日のゴミ出しを忘れてた、帰ったら生ゴミ捨てないとな…………トルシャアァアア! 俺の最後の逃げ場所も奪うのか!!?? ゴミに出されたいのか!!? でも今日は金曜日じゃない……ああっ!! なくなった足が痛え!!」


 芋洗いのアホ共が醜い口論をしているうちに、僕たち二人は準備を終えた。

 示し合わせて走り出す!



《ビープ音が鳴る》



スゥーーーー


コロン


《キンッッ!!ッィィィーーーーーーーン》


 カーリングの要領でマドの足元に転がったEMP手榴弾が破裂すると同時、コーツォがダンスフロアの中央へ駆け出す。

 そこには彫刻があって、竜血樹を模したスチームアロマが設置されている。

 

 すぐさまマドが再起動し銃口で撫でようとするが、二発目、三発目と時間差で転がしたEMPが破裂し、混乱の極地が生まれた。こっそり出口に向かっていた愚連隊と女が悲鳴を上げる。



 僕は役目を終えたので安全そうな席に退避して一息つく。


「遺跡産のEMPは体に悪いんだぞ!! イーリ、どうすんだ!?」

 トルシャがミタミタとかいう女を片手にすべりこんできた。


「おまえらがきたら狙われるだろ!! でていけ!はやくでてイッテ!!」

「それが友達に言うことか? いや護衛じゃなかったのか!?」

「ほらっ!! トルシャの類友よ!! 我が身が大事っ!! 冷酷!爬虫類!心なきマキャベリスト!! 殺人ロボッ!! 金で転がる回転体!! エクソシストが必要ね!! ほらほら聖水を怖がりなさい!!」


 言いすぎじゃない?





シューーー


成功だ!!


《ビープ音が鳴る》


 蛇のような擦舌音が聞こえたと同時、芳しい霧があたりを漂いはじめた。

 スチームアロマが全力で稼働している。


 霧が吹き出している。人は煙に隠された目的に向かうよりも、ただ前に進むほうが簡単だしその先には得てして目的すべてがみつかるものだ。真の目的とは常に人間の思惑の外にあるものだからだ。僕は煙に隠れて自分だけ外へ脱出する計画を練り始めた。僕の安全が第一だ。



 コーツォはうまくやった。これでアロマ近くのマドはいまごろ混乱してーーーーうん?濃い霧が寄ってきた。これ僕達も巻き込まれてないか?念のため背負いザックから簡易ガスマスクを取り出し、そっとバレないように装着しーー


 外骨格ダルマの大男が顔を真赤にして叫んでいる。


「吸うなミタミターーッ!! ヒュドラだ!!よりにもよってあんのヤク中、ヒュドラを巻きやがった!! コーツォのやつーー自分が常習者だからってーー吸うなァ!ミタミタァーーッ!!」


 マドが叫んでいる。いい気味だ。やたらと人の心配をしているようだが……人を心配してる場合かよ!あいつはもう倒したな!!


 代替ヒュドラがなんだ。僕にはマスクがある。ニヤリと笑いつつ僕は簡易マスクをつけようとしたが、忍び寄ったトルシャにパシッと奪われマスクはミタミタの顔にあてがわれた。えっ?


「トルシャァァ!! ドロボー!! テメーいったいなにをっ」

「依頼を忘れたのか?ミタミタがやられちゃ失敗だぞ?」

「ドロボー!ドロボー!ドロンボー!!」


 女からマスクを奪い取って自分だけ助かろうとしたら、なんか絵面がやばい気がするし、あとでトルシャに責められそうだし、僕はそもそも自分だけ助かることなんて望んでいない。


 僕は己の胸に真摯に問いかける。やるべきことを決めるんだ!


 だが事態は決意する僕を放って進んでいった。



「コーツォ! もう許さねえ!」


 マドの背がガチャガチャとざわめき、一瞬で複雑な構造を持った機械が組み上がる。

 円形のメタリックな巨大チャクラム。


「やっーーやめろーっ!? マドォォオオ!! それーーハロじゃないの!!」


 コーツォの甲高い悲鳴、はじめて女らしい口調になった女は、すばやく駆け抜け……僕の安全地帯に滑り込んできた。


「狙われてんのあんただろ! でてイッテ! はやくでてイッテ!!」


「うるせえ! マドがハロを起動しやがった逃げるぞ!!」


「……ピーポポパ、のあれか? ポピ?」


「なに言ってんだスカンピン? おまえ身のこなしが軍あがりだ、なら知ってるだろーー〈オーロラ〉のことだ! あの輪をみろ!」


「……!? !!!??? !? !? !?」


 プチュン。僕はフリーズした。ありえない!


「……ハッ。逃げるぞ! あのマッチョのキチガイにヤクでもなんでも叩き込んで」


「ーーもう、遅い」



 外骨格搭載戦略兵器ーー電磁円影加速重砲ーー制式名称〈オーロラ〉。

 ニトナカイ諸島戦役で二千万人は殺した兵器だ。兵士の背を円形の後光で照らすその姿から、電磁光輪とも呼ばれる、星光共和機構の有名な大量殺戮兵器。


 ……マドは完全に狂ったのか。

 橙色と黄色に光り輝く、光磁回転機構を背負った姿はまるで聖人。

 見た目がもう……怖いを通り越してありがたい。


 ジジジジジジーーーー


 オレンジ色の光が純粋な白熱光として視界を覆いかくした。


「来るわ! 伏せろォー!!」


 僕は両手を組んで、どこか拝むように伏せる。




ーーーー爆、音ッ!!



《ビープ音が鳴る》




ーー思い出せ思い出せ思い出せ思い出せーー


ーー忘れるな忘れるな忘れるな忘れるなーー


ーー無意味な人生に、なぜ痛みが残っているんだ?ーー




ドクドグン!



 すべてがグニヤッとする。

 自分の体が意識の中で小さくハッキリと鮮明になる。意識の25㍍プールの中に身体が放り込まれ、漂っているかのような遠近感の狂い。



ドグドグン!


 心臓が跳ね上がり、眼球が痙攣して視界が揺れる。

 意識が針の先のように細くなり、クルクルと回って落ちてゆくような錯覚。


 四つん這いになり地面を凝視する。喉をかっぴらいてヒリヒリする中身を吐き出そうとする。背に赤い龍の翼が生える。それは皮膜がところどころ破れてボロボロで、空中からエーテルとか魔力とかそういうものを補充するものだ。


瞼の裏の扉が開きかけてーー

耳の奥から汁が流れ出てーー

心臓に鋭い痛みが走ったかと思うと、逆に暖かくてスーッと安らかな気分が体中に広がり。


やがてーー


ーーすべてを、そのすべてを思い出した。




 俺は軍の訓練でヒュドラを投与され、狂ったんだった。

 点眼ヒュドラは目から摂取しないと効果はない。希釈された薬効が眠る意識を呼び起こしたが、また、深い底に沈んでいく。


ーーどうして忘れていた。


ーーまた忘れるのか?



ーーここは、どこだ?


■???■


「アウロ・ララム……いや……我がオーロラよ……


我がオーロラよーー願わくば、懐かしの無為歌むいかを奏でたまえ。


忘れられるはずもあるまい……

セレビィの民は、かつて、共喰らいの供犠をおこなったではないか……どうか、憐れなる旋律を……あの無為歌を……。


ひさしい時が流れた……いま一度、いま一度だけでも、守り人たちにせめて誇りを与えておくれ。

いまとなって骸さえ残らぬ、セレビィの民の抜け殻のような哀れさよ。


鮮血の大河を跨いで我々は時代を超越したのだった。

赤子を縊り殺して不死を得たものだった。


その結果がこのざまでは、もはや罰でさえない。


残酷者メゾロスの残酷には際限などなかった。それでも守り人たちは、いまだ魂を守ろうとしているのだーーアウロ・ララムよ。


ーー我がオーロラよ……どうか、懐かしの無為歌を奏でたまえ……


次の千年を耐えられるだろうから。……次の次の千年には耐えられなくなるだろうから」



《ビープ音が鳴る》



 巨大な穴から月明かりが差して惨状を照らし出す。


 僕とコーツォは神を……そう、神を拝んでいた。

 神妙に手を合わせて御神体に念を送りつづけるコーツォを、神はおもむろに腹パンして気絶させる。

 そう、電磁光輪ハロを背負った外骨格の男……つまり仏の化身が顕現なされている。我々は此処にあたらしい信仰を手に入れるのだ。


 全身がふわふわとした倦怠感と恍惚に支配される中、僕は御神体の足元に緑のガラスをみつけた。


「おお、その緑は……蓮の葉ですな!?」


 蓮華の暗示、ますますこれは本物だな!

 蓮の葉ならぬ緑のガラス破片は、透き通った水色に輝いていたが、ライトの加減で翆にも藍にも7変化する。ほぼ神話に記される光景だろう。


 漂う霧が意識の中で浮き上がっている。光り輝いている。天界の霞か。

 マド・ブッダが雲の上の存在であることが明確に理解できる。僕はこの世のすべてを理解した。


 ザックから意識覚醒用のお高いブースタータバコをつかみ取り、吸って吐くと煙が漂う様が完全に美しい。


「あなたが神か」

「ラリってんじゃねー!!」


 ボグゥ!

 マドブッダの拳で鳩尾みぞおちを打たれ、僕はたまらず気絶した。




■■■



【電磁円影加速重砲】

制式名称〈オーロラ〉。開発名称〈パンデュラム・トロン〉

災厄の機械種族〈パンデュラム〉に搭載されていた兵器を、星光共和機構が研究し劣化複製した大量殺戮兵器。

ニトナカイ諸島の戦役では、外骨格を着込んだ数万の兵隊が電磁光輪ハロウを背負い、諸部族を皆殺しにした。仮想素粒子の暴走で諸島そのものが吹っ飛んだ。


円形の後光を背負うので若干ありがたい武装。

電磁光輪のコアは〈マザー〉謹製なのでコピー品は存在しない。




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