八十四話
「遅い、、何してるのよ。」
不機嫌そうな表情を隠そうともしない、少し生意気そうな美少女が待ち合わせ場所に立っている。
その美奈さまは腕を組んで態度でも俺に不満を示してきたのだが。。。
問題があるとしたら、胸が寄せられる形となっている為、どちらかというとバツというよりはご褒美にしかなり得ないところだろうか?
「悪かった。前の予定がつかえてて」
俺は目線を彼女の胸元に固定したまま美奈さまに謝罪してしまう。
いや、悪気はないのだ、そうだ、、そこに谷間が有れば見るだろ?
、、、『そこに山が有れば登るだろ?』みたいに格好良さげに言ってみたものの、全然格好がついていないな。
「ん?前の予定って‥‥あら、なにか頬についてる‥‥あれぇ、これってファンデーション?もしかして〜、また女装してたの?今日、オフじゃなかった?」
目の前の美少女はまるで相手の弱味を握った悪徳商人のような悪そうな笑顔を浮かべていた。
わかりやすく言うと、越後屋とお代官さまの笑みだ。
いや、例えが分かりやすくないか。
マズイ、『今日は仕事が無い』と予め美奈さまには言っていたのが裏目に出たようだ。
じゃあ、なんでファンデなんて塗ってるって話だよな。どう誤魔化すのが良いのか?
「なんで女装してたの?」
美奈さまは無防備なほど顔を近づけてくる。
それでも、毛穴が見えないくらいの滑らかな肌。吸い込まれてしまいそうな瞳。
鼓動が高鳴った上に正気を失った俺を誰が責められよう。
「そ、そ、それはお嬢様とデートしないといけなかったから、、、あっ、、」
しまった。。正直に答えてしまった。
どうする?
いや、このまま美奈さまがスルーしてくれれば。
怖々ながらも、落とした視線を美咲さまに向けると、、、彼女は瞳を爛々と輝かせていた。
そうだよな、、ネコに鰹節、、JKに恋バナと言われるくらい、思春期の女の子には恋バナは格好のエサだ。
しかも、それにさらに俺の女装が絡んでいるとなると、、
「えっと、、彼女居たの?意外〜っ。」
「驚くのそこかよ?」
拍子抜けした。
そうか、女装はスルーしてくれたのか。
「それもあるけど、なんで女装なの?もしかして彼女さん、男の娘が好きとか?」
いや、全然スルーしてくれてないな‥
「いや、俺のこと普通に女だと思っているみたいだな。それで止むを得ず‥な。」
「ふぅん、、そのお嬢様って可愛いんだ?」
「可愛いな。」
俺は即答した。
「なにぃ、ノロケ?」
「いや、、本当に可愛い、いや、綺麗か?だと思うぞ。そう、美奈さまとは別ベクトルの方向‥‥だけ‥どな。」
そう、美奈さまとは系統はかなり違うが、なんとなく似ている部分もあるのが不思議だ。まぁ、美形ってのは突き詰めれば似てくるものなのかもしれない。
「なによ、私をディスってる?これでも私、結構モテるんだけど。」
美奈さまはほんの少しだけ頬を膨らませる。
その仕草が年齢より幼くて、なんだか可愛らしい。
「いや、美奈さまは可愛いし、モテるのはわかるって。」
言われ慣れているのか、全くの無反応がさすが美奈さまと言ったところだ。
「グェッ」
俺はビルの屋上から真っ逆さまに転落した。
本来ならそのままヴァルハラへ召されている筈なのだが、もちろんここは現実世界ではない。
俺は美奈さまと共にVRルームで訓練していた。
他の女の子とはデートみたいな雰囲気だが、美奈さまとはただの特訓なので全くドキドキしない。
しかも、その上、体幹や、道具を扱う際の練度は明らかに美奈さまが格上で、俺が訓練相手として適切なのかは甚だ疑問‥という表現だとややオブラートに包みすぎだろうか。
まぁ、もっと端的に言ってしまえば、俺は完全に足手まといだった。
「まったくぅ、、VRだからってそんなに簡単に落ちてたら、現実でも墜落しちゃうよ。ほら、立って。」
やや呆れ混じりの声色ながら、こうやって気にかけてくれるのは俺に気があるから‥‥ではなく、美奈さまが面倒見の良い性格だからなのだろう。
そう、どうやら学校での楓様の面倒を美奈さまが見てくれているようなのだ。きっと、根っからの長女気質なのだろうな。
「いや、だって、あのビル間の距離は越えられないだろ?飛んでも、ダメだし、鉤縄は届かないし、飛びながらワイヤーを射出なんてしても狙いが定まらないし」
もう、10数回は転落していて、本当に手は出し尽くしていた。
さすがに無理ゲーだと思う。
それに、別にビルを渡っていく必要があるとは思えないが、、、
「‥‥本当に無理だと思ってるの?」
しかし、俺を正面に見つめた彼女の視線が焼けるように痛い。そう、俺が馬鹿げた弱音なんか吐いたからだろう。
その責めるような眼差しは俺を鼓舞しているようで、男としては立ち上がるしか選択肢はなかった。
「いや、そうだな、、何事も出来るまでやらないと、出来る様にはなんないもんな。逆説的に言えば出来るまでやればなんでも出来るってことだな。よしっ、あと100回位失敗してくる」
そう言って俺が駆け出そうとすると、肩を掴まれた。
「うん、、お手本。。見せてあげるよ。」
右目をパチリと閉じた、いわゆるウィンクを決めてから彼女は隣のビルに向けて走り出す。
そして、右足を踏み切ると走り幅跳びの要領で身体を反らした。そして、最高到達点に達するかなり前にワイヤーを射出した。
放たれたワイヤーは向かいのビルの鉄製の手すりよりも更に上の何も無い空間に向かっている。
どうやら狙いを外してしまったようだ。
しかしそうでは無かった。ワイヤーは次第に放物線を描き、見事に鉄製の手すりに絡みついた。
「はぁ?なんで?」
思わず間抜けな声を発してしまったが、手段に対して結果は必然で、只々、俺が間抜けなだけだったのだが。
「あのねぇ、、流石に見本をみせれば君だって勘違いに気付くかと思っていたんだけど、、買い被り過ぎだったのかな?」
真顔で言われてさすがに気付いてしまった。
「あっ、、重力か?」
そう、今回においての最大の間違いは下に落ちるということを計算に入れてなかったことだ。
いや、もちろん普段ならそんなことはないのだが、ここがVRだということと、失敗による焦りからバカみたいなカミカゼアタックを続けてしまっていたのだから、本当に笑えない。
「そうよ。それにしても、君も反省とかするんだ?」
美咲さまは心底ムカつく笑みを浮かべる。
まぁ、バカにされても仕方がないくらい俺が抜けていたのだが。
「いや、悪かった。よぉくわかったよ。」
俺は隣のビルへ向かってジャンプ。
そのまま、重力に囚われる前にワイヤーをやや上向きに射出する。
ワイヤーは放物線を描き、鉄製の柵に絡みつく。そのまま、ワイヤー巻き取りボタンを押して
隣のビルへたどり着いた。
「Excellent!、やるじゃない。」
言いながらなぜか頭を撫でられた。
「えっ??」
屈託のない笑みと、優しい手つきがいつもの美咲さまっぽくなくて、驚いてしまった。
「あ〜っ、ごめん、ちょっといつものクセで。」
ん?なに?歳の離れた弟でも居るのだろうか?
「ん?兄弟でも居るのか?」
俺は素朴な疑問を投げかけた。
そしてそれをすぐに後悔することになる。
「姉が1人‥‥ってなんであなたなんかに話さなきゃならないのよ?」
彼女の明らかに陰のある瞳が、俺が探ってはいけない胸の内を暴こうとしたことを如実に物語っていたのだった。
久方ぶりの投稿ですが見捨てないで頂けるとありがたいです。




