八十三話
「ミサちゃん、久しぶりね。げ、元気にしてたかしら。」
どこから見てもお嬢様な女の子は目の前の妹に緊張気味に話しかける。握る手にジワッと汗が滲み出した。
「えっと、、、こんな所で油を売っていて大丈夫な、、、んですか?」
妹は目も合わせず、他人行儀に敬語まで使っていて仲の良かったあの頃の面影はカケラもない。
ジワっと目の奥から涙が溢れそうになって、お嬢様は妹から顔を逸らす。
側から見ると姉妹2人が互いに目を合わせない不自然な状態に彼女達は気付かない。というより、気付く余裕すらなかった。
そう、かつてとても仲の良かった2人は、今ではたまに会う親戚同士よりもギクシャクしていて、綺麗な姉は妹との関係の修復を諦めるのだった。
「お待たせしました、お姉様」
俺はスカートの端を少し持ち上げて挨拶をする。
まぁ、なんとぎこちない挨拶だと自分でも思うが、仕方がない。当初、凛花のストーカー騒ぎの借りを手紙を俺の女装姿(どうやら男だとは思っていない)に渡す事で返したんだが。
どうやら俺が病気だと思われてたようで、病院を紹介されたり、先端医療について説明されたりした時点で、何かやばい事になっていることに遅まきながら気付いてしまった。
だから、結局、元気な姿を見せる羽目になったのだが、いつ女装がバレるかヒヤヒヤものなのだ。
「‥‥可愛いわね。。。コホン、、今来たところだから大丈夫よ。さぁ、手を出して。」
俺はなぜだかお姉様にエスコートされるままリムジンに‥あれ?リムジン?に乗り込む。
座り込むと座席がギュッと沈み込んで何だか快適過ぎてかえって以後心地が悪かった。
そう言えば、今日は一緒にどこに行くか聞いていなかったが、行く場所って俺が考えなくてもよかったんだっけ?
普通は男の方がリードするもんだよな?
いや、今の俺はある意味男じゃないからいいのか?ダメだ。自分でも何言ってんのかわからん。
しかし、俺の思考に鈴の音のような良く通る声が割り込んできた。
「ところで、レイヤードはお好きかしら?」
声の主であるお嬢様はいつも通りの綺麗な笑顔を浮かべる。しかし、なぜレイヤード?
「レイヤードってあのアイドルグループのレイヤードですか?」
別に好きでも嫌いでもないが、お嬢様はアイドルなんて1ミリも興味なさそうなのだが、話題を庶民オブ庶民である俺に合わせてくれたのだろうか。
「そうよ、じゃあ、早速お茶に参りましょう」
ニッコリ笑顔で向かった先はレイヤードのライブ会場だった。
「えっと、、、あの、、、なぜ、、こんな最前列にテーブルが?あるんですか?」
そう、最前列の更に前に低めのテーブルとソファーがあった。ライブ会場にはかなり不釣り合いの超特等席が誂えられているのだから驚きだ。
「あっ、驚かせたかしら?母がこの施設のスポンサーなの。それであなたの身体の負担にならないように。。。ねっ」
軽く右目を閉じたお嬢様はいつもより三割り増しで可愛く見えるが、これはやり過ぎじゃないだろうか?
案の定、ファンからは不躾な視線がこちらに寄せられてくる。いや、お嬢様が美人過ぎるからかもしれないが。。。
そういえば、『美人過ぎる〜』から始まる人って、よくテレビ等で見かけるけど。。。そこまで持ち上げるほど美人ではないよね?
ただ、お嬢様は本当に美人だ。
そのお嬢様と俺が2人でいたのに周りから舌打ちが聞こえなかったのは、ただ単にリムジンで移動したからと、俺が絶賛女装中だったからに過ぎない。
それでも、やはり視線はとても痛いのだけど、お嬢様は特に気にした様子もないし、刹那と同じく、人の視線に慣れているのか?
ということはお嬢様もゾンビ特殊メイクをしても周りの視線の変化に気付かない可能性すらある。そんな訳ないか。。
「‥‥レイヤード、、あまり好きじゃなかった?」
俺がゾンビに思いを馳せていると、お嬢様が上目遣いでこちらを伺うような表情を浮かべる。
正直に言うと別に好きというほどではないし、弥生なら喜んだだろうが。
ただ、彼女のこちらを楽しませようとしてくれる気持ちは痛いほど伝わってくるのだから嘘でもファンとか言うべきだったか?
俺が思案している間が思ったより長かったのか、彼女の瞳が不安で揺れていた。
「いえ、前に来た時よりすごく近くてビックリしてたんです。本当に嬉しい。今日も結衣ちゃんのトーク楽しみです。」
俺は精一杯口角を上げて喜びを表現する。
それに『前に来た』なんて言うとまるでレイヤードのファンみたいに聞こえるのはうまくフェイクが効いて我ながらうまい言い回しだったかもしれない。
「そう、良かったわ。ちょっとウチの会社にツテがあってね。」
えっ?ウチの会社って言った?
お嬢様って高校生だったような。
「あっ、、、ごめんなさい。社会勉強で会社を任されているんですわ。」
彼女は話しているウチに説明不足に気付いたようで、ハッとした表情を浮かべると少し落ち込んだように補足説明をする。
「いえ、えっと私と同じ高校生だと思っていたのでビックリしてしまって。」
「そうね、私もただの高校生なのだからそんなに畏まらないでね。」
お嬢様は少し悲しげな笑みを浮かべる。
そんなに余所余所しい態度をとってしまっていただろうか?
「はい、ごめんなさい。」
俺は申し訳なさに反射的に頭を下げてしまう。
「なぜ謝るのかしら?」
しかし、俺の様子に気づいたお嬢様はビクッとしたかと思ったら、首を傾げた。
「えっと、、、あの。お‥私が何か失礼な事をしてしまったの思って」
まぁ、女装してお嬢様と会っている時点でかなり失礼な事はしているが、たぶん、それには気づいていないはずだ‥‥だよね??よね???
「いえっ、ね、、私が会社をひきついだ頃から、、妹も、、凄くよそよそしくなってしまって。」
どうやら、俺が何か失礼な事をしてしまったわけではないらしい。
「‥‥お姉様が忙しいから気を遣っているのではないですか?私が妹さんの立場なら、お仕事の邪魔にならないように気を使います。」
フォローはこんな感じでいいのだろうか?
「あら、やっぱりあなたってば可愛い娘。。でも、違うわ、あの娘は私を嫌っているの。」
俯き加減でそう告げたお嬢様は心の痛みのせいか、綺麗な顔が歪んでいた。
こういう時、なんて言っていいかわからないのは「俺が女じゃないから。」なんて下らない理由ではなく、俺が彼女の痛みをどこか他人事に感じているからだろうか?
まぁ、『相手の身になって考えてみる。』なんて思っても実際は彼女の痛みは彼女にしか分からないだろう。だから、俺が伝えなくてはならないのは借り物の言葉ではなく自分のありのままの言葉なのだ。
俺が彼女の立場なら、、、いや、俺にも天使のように、、いや、天使より可愛いくて本音を言うのがとても苦手な妹が居るじゃないか。
「お姉様、、少し話を聞いていただいて良いでしょうか?」
「どうしたのかしら?急に真剣な顔をして。いいわよ。一晩中だって聞いてあげる。」
いや、一晩中って‥誘ってる訳じゃないよな?
「ありがとうございます、お姉様。実は私にも妹が居るんです。」
俺は分かりにく過ぎる愛情表現の持ち主である弥生について思い返す。
そう、あれは父親が出て行った後、母親が働きに行き出した時の話だ。少しでも母親の負担を減らそうと、俺は料理に掃除に洗濯となんでもやった。今まで家事なんて殆ど手伝い程度しかやっていなかった事が悔やまれるくらい段取りが悪くて、本当に暫くは家事のことで頭がいっぱいだったのだが、その日はいつもと違った。
「お兄、マズイよ。よくこんなの人に食べさせるよね?信じらんない。」
俺の野菜炒めもどきと、味噌汁とご飯というシンプルかつ栄養バランスの良い料理に弥生が初めてケチをつけたのだ。
ちなみに自己評価は70点ほどで、まぁ、美味しいかと言われるとアレだが、まぁ、イケると思っていたのだが。
「悪い、作り直すよ。」
俺が作り直そうと席を立つと、弥生は目も合わせずボソッと呟く。
「違う、、明日から私が料理するから。」
予想外の返事にガバッと振り返ってしまった。
お陰で、弥生がちょっとヒいていた。
それにしても、それが言いたいが為にわざわざ憎まれ口を叩いたのか?
よくよく見てみると、頬が朱に染まっている。
もしかして俺に意図を気づかれたのが恥ずかしかったのかも。
それにしても相変わらず素直じゃないな。
俺が兄じゃなかったら、誤解しか生まない行動だからな。
話はそれで終わりではなかった。
翌日には俺の洗濯物の畳み方を、俺の精神が削れるほどディスって洗濯も彼女の役割にすることに成功したのだった。
「なに、それ?可愛い。でも、分かったわ。ちゃんと話し合って見なさいって事よね?あなたって案外しっかり者なのね。でも、ありがとう、心がほんの少しだけ軽くなったわ。」
俺の話を聞いたお嬢様はいつもより少しだけ無邪気な笑みを浮かべ、俺はそれに見惚れてしまうのだった。




