七十四話
しかし、不意に電子音が鳴った。
あっ、電話か?
慌ててスマホを取り出して画面を見ると、スマホは完全に沈黙していた。
その代わりに目の前の眞姫那がスマホを取って話し始めていた。
あっ、れ〜、勘違い?ハズカシィ〜。
「えっ、今?だって今、、デー、わかった。えっ、店の奥?うん。。ごめん、ハッシーちょっと待ってて」
眞姫那はスマホを切ると、そのまま店の奥に消えていった。こんなアウェーで一人きりとかほんと心細いんだけどな。
そして、気まずさに耐えかねて商品を選ぶフリをしていたが、はっきり言って心ここにあらずだ。
この店レベルでも、1人取り残されるのは辛い。
水着売り場で彼女の着替え待ちの彼氏ってどんだけメンタル強いんだよ?って話だ。
まるで刹那が永遠に感じられるような辛い時間を経た末にようやく眞姫那が帰ってきた。マジでハグでもして出迎えたい気分だ。
帰ってきた眞姫那は相変わらず、目は飛び出しそうなままだったが、なぜだか歪みは消えていた。
『もしかして、負傷ポーションで回復でもしたのだろうか?』そんなどうでもいいようなどうでもよくないような事を考えていると、
「ハッシー、お礼の品なんやけどなぁ、これとかどうなんかな?」
眞姫那は木彫りの熊のような石を指差した。
ちゃんと鮭を加えていて中々見応えはあるんだが。
なにこれ?お礼というより嫌がらせ?
「いやいや、これだったらとなりの熊、テディベアの形した石の方がいいだろ?ところで、この石ってなにに使うの?」
「石って‥これはアロマストーンやよ。」
ゾンビでドヤ顔のひとは生まれて初めて見た。
なんて感動している場合じゃない。
ストーンって結局は石じゃないか。
ところでアロマってなに?
「もしかして、ピンときてへんのん?ほら、帽子とかヘルメットとかかぶるあれなんよ。」
「それ、アタマな。ロは空欄じゃねぇよ。」
というか字面じゃなくて、会話で眞姫那のボケに気づいた俺を褒めて欲しい。
ほら、俺って褒められて伸びるタイプだから。
みんな俺をもっと甘やかしてくれてもいいと思う。
「あははっ、それでわたしは小ア□マ?」
「いや、小悪魔感ゼロだろ?そんな女に引っかかる男はいない。」
「え〜っ、ひっかかるチョロイ男の子ならここにおると思うねんけど。なぁ、チョロ君?」
「いやいや、謙遜するなよ。HAHAHAHA〜っ、チョロさで言えば眞姫那も負けてないぞ。」
俺はアメリカ人のように手を天に向けた。
そして、本来であれば『へっ、帰ってママのミルクでも飲んでな。』なんて素敵な結び言葉をリボンを付けて眞姫那へプレゼントするところだったけど、突き刺すような視線を感じて振り返った。
そこには、先程まで仏のように慈悲深く微笑んで居た店員さんが、瞳孔を濁らせ、虹彩に闇を宿らせていた。確実に2、3人は殺っている顔をしている。
そして、良く良く聞いてみると舌打ちの音が不規則に耳に響いてくる。
ん、それにしても、不規則でありながら何か規則性でもありそうな。タンタンタンツー‥?あっ、モールス信号か?
えっと、、、は や く か え よ こ の う し‥いや、『し』じゃなくて『じ』か?
そのあとが、『む』 『し』
それを踏まえると、
『早く買えよ、この蛆虫が!!』
ひぇ〜、たかだか安もの一点買うだけで、ひどく時間をかけている俺たちに苛立っている。
危険を察知した俺は、テディベアのアロマストーンとやらを購入してさっさと店を出た。
「今日は付き合ってくれてありがとう。このお礼はいずれ、、」
俺が頭を下げたが、
「えっ?用事を済ませたら後は遊ぶだけやよ。
次はあれ、あれに入ろ。」
眞姫那は爽やかに受け流して、期間限定でオープンした話題のお化け屋敷を指差す。
えっと‥‥この人、、何言ってるの?
ゾンビがお化け屋敷に入るのか?
マジか?
まぁ、そうは言っても、買い物に付き合ってもらってここで断るのは相手に失礼だろうか?
「あははっ、もしかして、怖いん?」
「はぁ〜っ、怖いわけないだろ?ほら、今日はそんな気分じゃないだけだ。」
「ははぁ〜ん、やっぱり怖いんやあ?泣いたら慰めてあげよっか?」
なぜだか声がめちゃくちゃ弾んでいる。
「怖くなんかないし、むしろ俺がなぐさめてやるよ。ほら、行くよ、行けばいいんだろ?」
眞姫那煽られてアッサリ乗ってしまった俺はやっぱりチョロいのかもしれない。
結局、お化け屋敷に入ることになってしまった。
眞姫那の分まで料金を払って、お化け屋敷の中にはいった。眞姫那は自分で払うと言ってくれたがまぁ、ここは奢るべきだろう。
中に入ると屋敷内は真っ暗で、かすかに足元が見える程度だ。
それだけならまだ耐えられたが、かすかに悲鳴が聞こえたり、障子がガタガタするような音が聞こえたりして、正直言ってかなり不気味だったりする。
「あれ?もしかして。ピッチャービビってるぅ〜。ヘイヘイヘイヘ〜イ。」
しかし、眞姫那はむしろ楽しそうに俺をヤジりだした。もしかして、怖いの得意なのか?
「ビビってないって、っていうか、昭和の野球少年かよ。」
「ふふふ〜ん、さすがハッシー。ビビっててもツッコミは丁寧にやりはるんやなぁ。しょうがない。お姉さんが手ぇ握ってあげるからなぁ」
そう言って俺の手を強引に握ってきた眞姫那の手はかなり震えていた。なんだ強がりか。
そう考えると、今度は俺が冷静になってくる。
恐怖の本質というのは未知からくるものだ。
ということは逆によく見ればいいのかもしれない。
俺は仕事でよく使う能力、視界拡張(訓練すれば割とだれでも出来るが)を使った。
アンゴラウサギの視界は355度もあると言われているが人間はせいぜい200度と言われている。しかし、俺は視界拡張で250度まで見ることができる。犬と同じくらいなんだから凄いだろう。
これで、いきなり驚かされることによる恐怖は完全に防ぐことができたはずだ。
俺は能力を使いながら力強く一歩一歩進みだした。
視界の端に何かが映った。
あ〜っ?人間が背後から近づいてくるしかも、客ではなく、白い着物を着たお化けのようだ。
ひた、ひた、ひた、と近づいてきて、お化け役がガシッと眞姫那の肩を掴む。そして、眞姫那が振り返ると、大きな悲鳴が屋敷内に響いた。
「ギャ〜〜〜ッ。」
‥そう、まさかのお化け役の人の悲鳴だった。
人間、予想外の事態には対応できない。
それは残念ながらファイブスターである俺も例外ではなかった。
ビクッ。
全身に震えが走って声すら出なかった。
同時に可愛くて短い声が隣から聞こえてくる。
「キャッ。」
見た目に反して可愛い悲鳴でなんだかホッコリしたが、ここでまだ終わりではなかった。
お化け役が腰を抜かしてしまったようだ。
あっ‥もしかして、眞姫那のせいか‥?
そのせいでお化け役が悲鳴‥‥
どうすんだよ?
お化け屋敷でお化けを怖がらせる客って‥‥
眞姫那は首を傾げて不思議そうな顔をしていたことだけが、救いだった。そう、眞姫那はこの事態に気付いていない。
「フフフッ、最近のお化け屋敷はお化けが悲鳴をあげるんやなぁ。」
なんて呑気に笑っているのだから。
これは気づかせてしまうと眞姫那が傷付いてしまうよなぁ。俺は背中から汗が止まらなくなってきた。
「だな。変わったお化け屋敷だな?ところで、眞姫那、さっき可愛い悲鳴あげてたよな?もしかして、ビビってる?」
「ふふぅ〜ん、ハッシー。今、手を繋いでるって忘れてる?さっき、ビクッとしてはったよ」
ば、バレてる。。。
「いや、アレはびびるだろ?」
「うんうん、正直でよろしい。正直に認めないと、今度は手汗の事言うとこやったんよ。」
て、手汗?
俺は呆然と彼女の瞳を見つめる。
そこには深淵しか映されていないということもなく、暗がりでよく見えなかった。
「、、手汗‥‥ホンマにすごいんよ」
そして、次の言葉で俺は反射的に眞姫那から手を離す。
うわぁ、女の子と手を握って、、手汗でまくるって、、いや、さっきの背中から汗が止まらなかった影響か。まぁ、容姿の事は言えないし。
まぁ、とにかく冷静にだな。
「すまない。女の子と手を握るのなんて滅多にない事だから緊張した。」
そう誤魔化すしかなかった。
「フフフッ、緊張。あれ?滅多に?手握ったことあるん?ウチはないのに。」
彼女の声がなぜだか1オクターブほど下がった。
そして、体感温度は10度くらいさがり、背筋が寒くなる。
「いや、ほら幼馴染と手を繋いだことはあるけど。。。ないの?」
「うん、ほら、男のコってら怖いやん、近づいたら食べられそうやなぁ」
「男をクマみたいに言うな。」
うん、人間相手に使う言葉じゃねぇ。
「だったら死んだフリするわぁ。」
『あはは、ゾンビが死んだフリしてたら完全に死体だろ?』と言いたいけど。そう言うわけにはいかないよな。
「いや、ところで、さっきからお化け役が俺らを見ると悲鳴あげたり、腰を抜かしたり。なんなんだろうな?」
そう、明らかに眞姫那にみんなビビっていて、
お化け屋敷なのに全然怖くないのだ。
挙げ句の果てに、お化けがでてこなくなってしまった。いや、原因はわかっているのだからこれはただ気付いていないふりをしているだけだが。
「うん、不思議やわぁ。でも、ほんま全然怖くないなぁ。」
眞姫那は余裕綽々といった感じで、まるでピクニック中みたいな気軽な表情を見せる。もちろん気づいていないのだろう。
「だな。ほら、やっと出口が見えてきた。」
その表情で俺の気持ちも緩んでしまったのだろう。
思わず死亡フラグを口にした。
「ほんまやぁ、楽勝やったなぁ。あれ?右に誰かいる。」
言われて少しビクビクしながら右側を見る。
はぁ、なんだよ。
単なる鏡じゃないか?
俺の陰気臭い顔が鏡に映っているだけだった。
しかし、俺が鏡を見ると同時に短い悲鳴。
その後にドサッという音がして眞姫那は倒れていた。
えっ?
なんでだぁ。
しかし、女の子と年配の男性がいきなり現れて眞姫那を運んでいく。予想外の事態に思わず思考停止したが。
「なにしてるんだ、やめろ。」
俺は2人を追いかけた。
「あっ、すみません。忘れてました。お嬢様が倒れられましたので今日は屋敷に連れて帰りますね。あっ、今日は一日お嬢様のエスコート有難うございました。」
女の子はそう言いながらペコリと頭を下げると、眞姫那を運んでそのまま去っていく。
結局、眞姫那は綺麗に死亡フラグを回収していったのだった。
感想‥‥頂けたら嬉しいです‥‥




