六十六話
「あっ、着いたけど。何か文句あるの?」
彼女が澄ました顔で指差したのは、俺でも知っているミシュラン三つ星のフランス料理店だった。
「いやいや、美奈さま、俺の話聞いてました?はっきり言って、ここがパルクールが出来るところには見えないのですが。」
俺は戸惑いを隠さず、嫌われるの覚悟で踏み込んで話した。つもりだったけど、、彼女の予想外の反応に、思考停止した。
「そうね。わたしにも見えないけど。」
あれ?
もしかして、からかわれてるのだろうか?
かなり期待していたのに。
まぁ、ギャルギャル、チャラチャラした美奈さまなんて信じた俺がバカだったのかも。
「いや、わざわざ俺をからかう為にこんなところまで連れてくるなんて、冗談にしても悪質じゃないですか?」
俺にして珍しくカチンときて、美奈さまに詰め寄ったのに、その怒気は彼女の笑顔で軽くいなされた。
‥一言も話していないのに、仕草だけでっ。
コミュ力強者ってのは言葉に頼らなくてもちょっとした仕草で主導権を握れるものなの?
正直に言ってレベルどころか次元が違う。
そして、彼女が店の勝手口を開けたところで、、、頭が真っ白になった。
「九条さま、お待ちしておりました。お荷物をお預かりします‥‥‥では、こちらへ。」
タキシードを着た、まさに紳士オブ紳士然とした40代くらいの男の人が目の前に立っていて洗練された動きで一礼したのだ。
もしかして、予約していたの?
一方で、俺は重大なことに気付いた。
俺ってば黒いストレッチジーンズにグレーのTシャツ、、明らかに三つ星レストランに来る格好じゃない。
そして、遅まきながら美奈さまの意図に気付いてしまった。
貧乏人である俺をからかったのか?
その為に『パルクールを習える場所に連れて行く』なんて嘘までついたのだから本当にタチが悪かった。
俺が恥ずかしさに身を竦ませていると、誰かに手を掴まれた。いや、手を握られているのか?
柔らかな感覚にふと視線をあげると美奈さまと目が合う。
そう、手を握っていたのは美奈様だったのだ。
「ほら、こんなとこで突っ立ってないで、早く行くよ。」
そう言ってどんどん先に進んでいく。
その間にも俺の頰は照れで熱を持った。
美奈さまは意識してないのか?
というか、ギャルっぽい美奈さまは経験豊富で、この程度で照れたりしないのだろう。
むしろ、俺が小学生並みにウブすぎるだけなのかもしれない。
そして、案内された部屋はまさかの個室。
大勢の前で恥をかかされる説は消えた。
「どういうことだ?意味がわからない。」
「そんな悲壮感を滲ませて言うこと?訓練前に少し栄養補給しようかと思って。」
美奈さまはメニューを渡してきたが、それを見て俺の目玉は飛び出そうになる。
千円以下のメニューがないんだが。
俺って今、何円持っていたっけ?
いや、水だけ頼めばいいのか。
そう考えた俺はかなり浅はかだった。
メニューには水らしきものが載ってはいたが‥
えっ‥‥水で千円だとっ?
嘘だよな?
「えっ??まじ?というか、服装‥」
「なに気にしてるの?個室なんだからどんな服装でも構わないし、、、まぁ、裸だったらここから追い出すところだけど。」
美奈さまは少し口を尖らせる。
「なんで裸なんだよ。俺、変態かよ?」
「う〜ん、似たようなんじゃん?」
美奈さまがニヤニヤしているところをみると、ただからかっているだけなのだろう。
「あの、俺、そんなに持ち合わせがないんだが。」
「あっ、もちろん、私の奢りだから、好きなもの頼んでいいわよ。」
なんだと?
奢り?本当に?
相手は同じ高校生だぞ。
そんなわけないだろ?
「そんな山から下りてきた野生動物みたいに警戒心むき出しの表情されても‥‥あの、、私ってどんだけ信用されてないのよ?」
「いや、違う、、高校生がこの金額をポンと奢るとか普通に考えておかしいだろ?」
そう、いくらバイトしててもすぐ無くなってしまうよな。それこそパパ活とかしていない限りは。
「あぁっ、なんだ。そんなこと。気にしなくて良いわよ。ここ、うちのパパが常連で、まとめて払ってくれるから。」
‥‥ず、図星か‥‥パパ活‥‥
というか、フツーは隠したいものじゃないのか?そんなにあっけらかんと言える神経が凄いんだが。。さすがギャルの生態ってのは
「そうか、、、でも、、そんなことまでして稼いだ金をそんなにパーッと使うのはどうかと思うけどな。」
俺はつい口を挟んだが、、彼女の反応を見て後悔することになった。
「そんなことまでして稼いだ金???何言ってん‥‥んっ?えっ‥‥?ウソ?嘘でしょ?何勘違いしてんのよっ。パパって実の父親のことよ。ウチは両親共に会社を経営しててね。普通の高校生とは金銭感覚が違うの。」
丁寧に説明してくれてはいるが、口調には明らかに怒りのエッセンスがふんだんに含まれていた。
あと、妙に笑顔なのが逆に怖過ぎる。
いや、よく見ると目は笑ってはいない。
そのまま、机の下で思い切り足を踏まれた俺は潰れたカエルのような悲鳴をあげることになった。
その後、松坂牛の赤ワイン煮込みという料理を頼むことにした。奢ってもらうとは言ってもここで高いメニューを頼むとさすがに浅ましいからな。ちょうど千円の最低ランクの金額のものを選んだ。
それにしても、メニュー名の後にある『ロッシーニ風』ってなんなんだろうな?人の名前?
注文をすませたら、あとはやることはなかった。別に美奈さまは今は客じゃないしもてなす必要はないだろう。
そして、沈黙が訪れたが、その沈黙も長くは続かなかった。
「そう言えば、君ってなんであんな仕事始めたの?それに女装までして。」
美奈さまが首を傾げている。
「いや、たまたま稼ぐ必要があったんだよ。バイトだとシフトに入れてもらえなかったらあんまり稼げないだろ。」
「ん〜っ、何か欲しいものでもあるの?」
「いや、家計の足しにな。綺麗な言い方したら、家族の幸せが欲しいから。なんて」
自分で言いながら照れ笑いをしてしまった。
それだけにおさまらず、その照れ笑いがなんだか恥ずかしくて頰が妙に熱っぽい。
「‥‥バカじゃん、幸せがお金で買えるわけないし。」
対照的に、美奈さまの表情は完全に冷めきっていた。
一瞬、俺の自分語りがウザかったのかと思ったけど、そうではないのだろう。
俺が金銭的問題を抱えているのと同じで、世の中を舐め腐っているようにしか見えない美奈さまも色々抱えているのかもしれない。
「‥‥っ。ごめんね。君の家族まで貶すつもりはなかったんだよ。ただ、、ううん、なんでもない」
美奈さまから『全然なんでもなくないオーラ』がバンバン出ているんだけど、、俺のトーク力で挽回出来るはずがない。
「結局、俺は無言で1000円の煮込み肉を頬張ることしか出来ないのであった。」
「何言ってんの?」
「あれ?今、声に出てた?」
「バカじゃん。出てたよ。それに、赤ワイン煮込みって、、確か10000円だけど。」
「‥‥えっ?マジですか?」
見間違えてたぁ〜っ。
俺ってば同い年の女の子に10000円も奢らせてしまったのか?
「いや、、なんだかすまない。」
「あははっ、馬鹿っぽい、、、相変わらずだね。お陰で深刻になるのが馬鹿らしくなったじゃん。」
俺が謝ると、なぜだか美奈さまが笑顔になった。
「まぁ、、元気になったならいいけどな。綺麗だな。」
「なによ、ジロジロ見て。」
言いながら胸元を隠す仕草をする。
そんなことするくらいなら最初から胸元までボタンを留めておけばよかったのに。
本当にこの人は純情なのかビッチなのかさっぱりわからないな。
「いや、違う。綺麗だって言ったのは食べ方だ。俺と違ってナイフとフォークで綺麗に食べるよなぁ。」
そう、俺はもちろんお箸でたべている。
一方で美奈さまは背筋を伸ばして滑らかな手つきで綺麗にサラダを口に運んでいて、お世辞抜きで見惚れてしまった。
一方で俺は尿意を催していた。
はぁ、トイレって食事中に行ったらマナー違反だよな?
「ふぅん、別にいいけど。。。」
それにしても、よほど美味しいのか美奈さまが笑顔を浮かべている。控えめに見てもレアクラスに珍しい。
まぁ、いつもこんな無邪気な笑顔なら、惚れそうなくらい可愛いのだが。
「へぇ、そんなに好きなの?意外だったよ」
「むぅ〜ぅ、べっ、別にあなたのことなんて、ぜんっぜん、、、好きじゃない、むしろ嫌いだし」
何言ってんの?この人?
っていうか‥‥
「‥‥ダメだ。我慢できない。」
本当に俺の下半身のダムが崩壊寸前、、、だ。
もう、2人とも食べ終わったし、さりげなく立って、さりげなく部屋を出てトイレに走れば大丈夫だよな。
俺が席を立つと、なぜか美奈さまも席を立ち、こちらに寄ってくる。まさかとは思うのだけど美奈さまも尿意が‥‥
「あの?怒った?」
しかし、なぜだか上目遣いの美奈さまに、狼狽えた俺は机の脚に足を引っ掛けて倒れ込んだ‥‥イタ‥‥くない?あれ?
何だか柔らかい感触‥というか、美奈さまに覆い被さるように倒れこんでしまったらしい。
しかも、完全にに抱きついているような状態だ。
美奈さまの鼓動が聞こえる。というか、身体全体で美奈さまを感じて、自分の鼓動が暴走したかのようにドンドン高鳴っていく。
対照的に頭は完全にフリーズしてしまって、機能不全気味だ。パソコンなら間違いなく再起動させるところだが、残念ながら俺はパソコンではない。
というか、本当にかなり動揺してるな。。。
世の彼氏彼女はこんなこと、というかもっと過激な事を普通にしているんだよな?
いや、まて、今回のこれは単なるラッキースケベなだけで、俺があのリア充世界に浸かっているわけじゃないんだけど‥‥というか、このままじゃマズイだろ。
慌てて彼女から少し距離を取るつもりで手に力を込めると、今度はお互い正面から見つめ合う形となった。
あと、15センチ近づけばキスできるくらいの距離だけど、冷静に考えると、これは美奈さまのビンタ攻撃の射程範囲なのかもしれない。
しかし、予想に反して彼女は目をギュッと瞑って、ボソッと呟いた。
「私、初めてだから。」
よく見ると顔全体、いや、耳まで桜色に色づいている。
しかし、それの意味するところを理解するには俺は切迫詰まり過ぎていた。
げ、限界だぁ。オシッコ漏れそう。
そう感じてガバッと体を起こそうとした時に個室の扉が勝手に開いた。もちろん、自動ドアではない。
顔を出したのは先程の紳士オブ紳士の店員さんだ。
よしっ、チャンス到来だ。
トイレの場所を聞こう。
そして、ダッシュすればきっとまだ手遅れじゃない。
しかし、俺たちに気付いた店員さんは
「お楽しみ中失礼致しました。それではごゆっり」
そう言って扉をそっと閉めたのだった。
感想など頂けるとありがたいです。
そんなこと言ったら「もっと早く更新しろ」
って感想がはいりそうですけど‥‥




