五十六話
「えっ?お兄‥‥嘘だよね?モテないからってそんな事を?」
弥生の顔からは血の気が一切ひいていて、このまま倒れてもおかしくない状況だった。
まさか、お嬢様のあからさまな妄言を頭から信じているのか?俺ならやりかねないと?
「いや、違うから。あのお嬢様になぜだか嫌われてて、めちゃくちゃ言われてるんだ。」
俺は慌てて弁明を始める。
「きらわ‥‥そうなんだ?まぁ、お兄だったら仕方がないよね。」
すると、なぜだかこのタイミングで弥生が今日一の満面の笑みを浮かべる。本当に意味がわからないんだが。
俺は笑顔の意味を探るように注意深く弥生を見つめるが、その意味を探り当てる前に邪魔が入った。
「‥‥兄弟喧嘩は後にしてくださる?私もゆっくりと庶民の相手をしている時間はないのですけど」
硬質的で皮膚さえ傷つけそうな声が飛んでくる。
仕方なく声色の主へ視線を向けると、お嬢様が目線さえ合わせずに背を反らせて腕を組んでいた。なんだか偉そうな態度だ。
「で、何の用だ?口紅なら返したはずだけど」
「、、、、あの娘の事を教えて欲しいの。」
お嬢様は急にボソボソ声になって何をいってるのかはよく聞こえないのだけど。
それに、なぜか顔が戦隊モノのヒーローのリーダーのように真っ赤だ。なぜだ?
「えっ?なんだって?」
俺は鈍感系主人公のように聞き返した。
「あの娘の事を教えなさい。教えないと‥」
お嬢様が軽く手を上げると、お嬢様の左右に居た、黒ずくめの男がフトコロに手を入れた。
なになに?
この安全大国ニホンで本物の銃とか取り出しちゃうのか?
別にニホンとホンモノで韻を踏んだわけでもない。どちらかというと、そんな余裕は俺にはなかった。
「いや、待て待て。なんなんだよ?なんであの娘のこと知りたがるんだ?」
「そうよね、いきなりそんな事を言っても警戒させてしまうだけかしら?じゃあ、話が長くなるけど最後まで聞いてくれるかしら?」
少し目を細めて、窺うような表情を浮かべたお嬢様はほんの少しだけ不安な色を浮かべていて、なんだか頼りなげな様子を受ける。
「おおっ、い、いいぞっ」
庇護欲をそそられて思わず首肯したが、すぐに後悔することになるのだった。
「あの、貴方達2人はすごく仲が良いわよね?」
「あ、あぁ、『いきなり何話すんだ?』って思ったけど、、まぁ、仲良いよな?俺、弥生大好きだし。」
俺は笑顔で弥生を見つめる。
もちろん、答えはイエスしかないよな?
「えっ?バッ、、、なんでよ?」
しかし、弥生は目を三角にして怒っている。
心なしか顔も赤い気がする。相当怒っているようだ。
いや、これ、怒るとこなのか?
弥生の怒りスイッチが全くわからない。
「クックックッ、ごめんなさい、片思いなのね?お兄さん。」
お嬢様の口調は明らかにからかい口調だった。
「いやいや、そんな笑いしてる時点で、全然悪いと思ってないよね?」
「バレてしまってはしかたがありま‥話しして良いですか?怒りますわよ。」
またお嬢様が軽く手をあげる。
黒ずくめの男達がまたフトコロに手を入れた。
もう、俺に選択肢は残っていないらしい。
「ごめんなさい。続けてください。」
「わかりましたわ。私にも可愛い可愛い、それはとても可愛い過ぎる妹が居ましたの。」
お嬢様はそれはそれは幸せそうな、夢見る少女の様な表情を浮かべる。
「そうなんだ?」
他人の妹に興味のない俺は棒読みで先を促す。
「はい。そして、そんな彼女は居なくなってしまったのですわ。」
そこまで聞いてしまって、俺は後悔した。
弥生との仲良しアピールなんてするべきじゃなかった。だって、お嬢様はもう仲良くしたくても妹は居ないのだろう。^_^
きっと、文脈から察するに、空に輝くお星様になってしまったのだろうな。
こういう時、とくに気の利いた言葉が浮かばないが、この娘の悲しみはたぶんこの娘にしかわからない。
だったら、無駄に共感しているふりをしたりするのはきっと不誠実なのだろう。
「辛い事聞いてすまなかった。それに、俺に人の死についてなにか言える事も出来る事もほんと何もないんだが、どうすればいい?」
言われたら、土下座でもなんでもするつもりだったが、、、お嬢様の答えは予想外のものだった。
「はぁ?何を言ってるのかしら?妹は生意気にもピンピンしているわよ。」
えっ?
生きてるの?
じゃあ、なんだ?
親が離婚でもして、お嬢様が父親に、、妹が母親にでも引き取られたのだろうか?
「あぁ、じゃあ、生き別れたのか?」
「‥‥なにを勘違いしてますの?妹とは同じ屋敷で暮らしてますわ。か・わ・い・い・妹が居なくなっただけですわ。」
ん?
意味がわからない。
やっぱり妹が居なくなったんだよな?
「まぁ、よく分からないけど、それと口紅を拾った彼女と、何の関係があるんだ?」
「いも‥‥うとになってくれる、そんな女の子だったのに」
‥‥?
俺が?
お嬢様の妹に?
まず、股間のブツを取れと?
まったくもって意味がわからない。
しかし、まぁ結論は変わらないか。
俺は正体を明かせないし、ブツを取る気もさらさらない。
でも、お嬢様の顔は今までになく真剣だ。
「いや、、、あの娘は地雷を抱えているんだ。」
だから、俺は自分を指差して真実を口にした。
彼女?というか彼は地雷だと。
それを聞いた彼女はもともと大きな目を更に大きくして驚いていた。口元は手で押さえていたが、きっと口も半開きになっていたことだろう。
「そ‥う、なの?わかったわ、、、」
伝わるか心配だったが、お嬢様の全てを諦めたかのような表情がちゃんと伝わったことを如実に表していたのだった。




