五十五話
日曜日の今日は家でゴロゴロする事に決めていた。なにしろ、弥生とはなんとなくだが仲直り出来たんだからな。
お陰で、家に居ても全然居づらくない。
弥生は真横で音楽を聴きながら左右に身体を揺らしている。口遊む曲は今の中高生の間で流行っているラブソングだ。
俺はネットで調べ物をしていた。屋根の上などで、素早く動く訓練がないか調べて居たのだ。このままだと、マジでマズイからな。
いや、俺ってばなんだか焦り過ぎなのか?
でも、焦りってのは止めようとすればするほど、余計に加速してしまうのは何故だろう?
焦る俺の心を癒したのは意外なものだった。
それは空気だ。
より具体的に言うと部屋の中に優しくて温かな空気が流れていて、すごく心地良い。
まるで、弥生からマイナスイオンが出ているようだ。
このまま一生こうしていたいな。
まぁ、こうして居られるのも弥生が嫁に行ってしまうまでなんだろうけど。
今だけはこの優しい空気を感じていたかっ‥『ピンポーン』
インターフォンの無機質な音が優しい空間を破った。誰だよ、人の至福の瞬間の邪魔をするのは。
怒り半分で玄関のドアを開けると、目の前に口紅のお嬢様が立っていた。
『相変わらず、美人だ』なんて考えていたが、重大な事に気付き、背筋が凍りついた。
な、なんで、この人、ウチの場所知ってんの?
「御機嫌よう。」
お嬢様がスカートの裾を少し持ち上げて挨拶する。その洗練された仕草が貴族じみていて彼女によく似合っていた。
「あ、こんにちは。というかなんで家を知ってるんですか?」
もちろんだが、住所はおろか、名前さえも教えてないんだから。
「えっ?あっ、そうね。GP‥運命の導きって事かしら?」
GPS???
イヤイヤイヤ‥‥運命関係ないし。
とはいえ、気になるのは、お嬢様の左右に居る黒スーツ、サングラスの男達だ。
「で、何の用ですか?」
「あらあら、そんなに警戒致しませんでもよろしくてよ」
お嬢様は妖艶な笑みを浮かべる。
それは、まるで誘惑の魔法でも付与されているかのように俺の理性を奪っていく。
フラフラと無防備にお嬢様に近づいたところで、背後から弥生から声がかかった。
「お兄、なにしてるの?」
なんだかいつもより温度がない口調で背筋が寒くなる。
「はっ、、あっ、お客さんが急に来てさ。」
「だったら上がってもらわないと。」
弥生は急に営業スマイルを浮かべた。
しかし、そのスマイルも秒すら持たなかった。
「また、女の子?もしかして、この人もお仕事のお客様とか言うんじゃないでしょうね?」
弥生がジト目でこちらを睨みつける。
「んな訳ないだろ。えっと、、誰だっけ?」
俺は説明しようとして言葉に詰まってしまった。なぜなら、俺は彼女の名前なんてしらないからだ。
「ところ、、で、あの、、、その、、あの、、お、、、お、お兄との関係は、、、ど、、ど、どう、、なん、、で、、しょうか?」
俺と話していた時と違い、やたらとたどたどしくなった口調が気になりはしたが、その内容も物凄く気になった。
「フフフッ、、関係ですか?変わった聞き方をするのですね?」
お嬢様は妖艶な笑みを浮かべている。
そして、視線をやよいからそのまま俺へと走らせた。
ほんと、思わせぶりでドキッとするからやめてほしい。
「そうですねぇ。2人だけの‥‥ひみつです」
いや、お嬢様。
セリフも思わせぶりだな。
「ふ、ふ、ふたりだけの?ひみ‥ひみ‥ひみ」
その声色に騙されたのか、弥生が今まで見たことのないくらい動揺しているんだが、、、
「ちょっと、待て待て待てぇい。おかしいだろ、俺たちの関係っ‥」
その先を続けることは出来なかった、なにしろ、俺の口はお嬢様に塞がれていたのだから。
もちろん、お嬢様のあの艶めかしいツヤツヤの唇で塞がれた訳ではない。綺麗に整えられた柔らかな人差し指が 俺の唇に当てられていた。
「2人の関係をこんな形で問い詰めるなんて、本当に不粋ですわね。」
そして、すこし俯き加減になりながら頰に手を当てたけど、、、どこまで思わせぶりにすれば気がすむの?
惚れたら責任取ってくれるのだろうか?
「お兄、、どういう事?私?聞いてないんだけど?」
気のせいか?
弥生が今にも人を殺しそうな目でこちらを見ているのだが、いや、気のせいだよね?
非難がましい目でお嬢様を見つめると、
「クックックッ、、、」
お嬢様はまるで魔王か、悪役令嬢のような笑いを浮かべていた。一瞬、幻聴かと思ったが、どうやら幻聴でも聞き違えでもないらしい。
「おいっ、悪ふざけが過ぎるぞ。」
「フフフッ、ごめんなさい。正直に言いましょうか?私達の関係を知ったら、きっと妹さん驚くわよ。」
だ、か、ら、思わせぶりだって。
「‥‥一体、どんな関係だっていうんですか?」
弥生は鋭利なナイフのような鋭い口調で切り返す。
余裕がなくなってきた影響か、たどたどしさがまるで手品のように一瞬で消え失せている。
「クックックッ、もちろん、名前すら知らない赤の他人よ。」
また、魔王みたいな笑いだ。
普段はすごく綺麗で優雅な口調、仕草なのに。
「えっ?」
弥生は口をポカンと開けて驚いているが、まぁ、そうだろう。あんなに勿体つけて、『赤の他人』だなんて有り得ない。
まぁ、事実だけど‥‥
「クックックッ、なんなんですかその顔?優雅さに欠けますわ」
お嬢様は心底楽しそうに笑うので、弥生はギュッと手を握りしめて我慢している。
「そ、、、ですか?あっ、お帰り、、、あっち、、二度と、、、、、、、しね」
弥生がブツブツ、、何か言い返してるが全く聞き取れない。さいごの『しね』が『死ね』じゃなくて『‥だしね』なんてことを祈りたいところだが、肝心の弥生の瞳からは一切の光が消え失せていた。
俺がお嬢様の立場なら恥も外聞物凄く捨てて逃げ出してしまっていただろう。
「いいえ、今日はこの連続女児猥褻犯に用事がありますので。」
しかし、お嬢様の心臓に毛が生えているのか、この場面で今日イチの笑顔を浮かべたのだ。
お陰様で俺の心臓が止まるところだった。
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宜しくお願いします。




