五十三話
俺は逃げるように飛び出したが、友達と遊ぶ約束があるとかは特にはない。
トモヤは用事があるらしいし、俺は他に友達がいない。だからと言って、今の状態の凛花を誘う気にはとてもなれなかった。
思わず空を見上げると、ハナマルのようなまん丸な太陽が脳天気に燃え盛っていた。
ったく、こういう日は家で猫のようにゴロゴロするのが一番なんだけど。今、弥生と2人で家に居ても気まずいだけだもんなぁ。
結局、特に行く所のない俺は聖リオン女学院のある美園ヶ丘駅に向かう事にした。
そう、口紅を拾ったあのお嬢様を探すためだ。
そこで奇跡のような出来事が起こったのはきっと俺の日頃の行いが良いからなのだろう。
決して悪運が強いからとかじゃないぞ。
その奇跡についてだが、駅に着いて電車を降りた俺の目の前にキングオブお嬢様であるあの女の子が居たのだ。
相変わらず、品があるし、美少女だし、天使だし、正直にいうと、俺のような地味な一般人は話しかけ辛い。
まぁ、話しかけ辛い理由はもう一つある。
それはお嬢様と向かい合っている爽やかイケメンが、ちょうど彼女に告白している所だったからだ。
というか、こんな人通りの多い所でよく告白なんて出来るな。まぁ、男の俺から見てもモテるだろう容姿と、いかにもお洒落な服装。そして、背が程よく高く足も長いときたものだ。
おおよそ欠点らしい欠点が見当たらなくて、勝利を確信しているからなのだろうか?
俺ならこんな敵に包囲された状態ではなく、退路を確保して戦うのだけど。
「前から電車で一緒になって。ずっと気になって見てました。俺と付き合ってくれませんか?」
言い終わった後も、緊張感は特になく、爽やかに笑みさえ浮かべていて本当に憎らしいくらい余裕があるな。
しかし、告白を受けた彼女の方は時を止める魔法を自在に操る魔法少女のようだった。
つまりは彼女は完全にフリーズしていた。
まぁ、いきなり、こんな人通りの多い所で告白を受けてかなり驚いただけなのかもしれなかった。
しかし、次の瞬間、急に再起動したお嬢様はその愛らしい桜色の唇を開いた。
「あっ、ごめんなさい。ずっと見られてたとかストーカー以外の何者でもないですよね?正直に申し上げて不快感で虫酸が走りますわ。お引き取りいただけませんでしょうか?」
そして、少し顎を上げて見下す。先程とは雰囲気がガラッと変わって温度のない視線が彼を射殺す。
天使が堕天使に変わる瞬間を初めて見た。
しかし、爽やかイケメンはさすがだった。
「えっ?」
認めたくなかったのか信じられないといった表情を浮かべていたのだ。
「ですから、私とあなたが付き合う未来なんて断じて許容出来ませんわ。」
そこにお嬢様が容赦なく追い討ちをかける。
俺ならこのセリフの時点でショック死していただろう。
「えっ、と?俺、結構モテるよ。」
しかし、イケメンはやはりすごい。
少しドヤ顔で自らを指差したのだ。
メンタルつぇ〜っ。
「それが何か?それとも、端的に申し上げた方が宜しいでしょうか?」
お嬢様はニッコリと笑う。
なまじ、作りが整っているせいか、少し作り物めいた笑顔はなぜだか背筋がゾクッとした。
「端的にって?」
「今後、私の人生にモブとしてでも登場しないように切に願いますわ。それではまた来世。」
お嬢様は軽くスカートをたくし上げて一礼した後、くるりと踵を返してその場を去ろうとした所でイケメンに肩を掴まれた。
「お前、人が下手にでれば、いい気になりやがって、ちょっと見た目がいいからって」
「あら?奇遇ね?今、初めて気が合いました。私も貴方にそう思っていましたのよ。」
綺麗な花にはトゲがあるとは言うけれども、綺麗なお嬢様には毒が、あったようだ。
側から見ていても言い過ぎだと思う。
案の定、爽やかイケメンがお嬢様のか細い肩を掴んだ。
ちっ、行くしかないか?
俺はイケメンの腕を取り、関節を決めた。
そして、そのまま相手に膝をつかせる事に成功した。もちろん、まぐれだ。
俺はちょっと得意げな気持ちで、お嬢様に視線を走らせる。すると彼女はなぜか満面の笑みを浮かべていた。
予想外のことであっけにとられた刹那、イケメンは俺から逃れてそのまま走り去った。
あれ?
俺ってばめちゃくちゃ格好悪い?
いっそのこと俺も逃げ出したい気分になった。
まぁ、今日は彼女に用事があるし、逃げ出すわけにはいかないんだけど。
「あっ、あら?あははっ、ごめんごめん、思ったより抵抗が強くてあっさり逃げられたな。君、大丈夫だったか?」
俺は無理やり作り笑いを浮かべるが間違いなく引き攣っていただろうな。
「存じ上げておりますか?」
しかし、お嬢様はいきなり神妙な表情を浮かべる。それはさながら世界の重大な理を伝える神の使いじみていて、俺は目を逸らせない。
「はっ、いきなりなんだよ。」
「嘘つきは連続女児強制わいせつ罪の始まりなんですわよ。」
グボッ。
こいつ、何言ってんだよ?
周りは女子生徒だらけで、こんな所でこんなこと言われたら俺が死んでしまう。
社会的に。
「うっ、嘘でもそういうのはやめてくれ、周りの俺を見る目が痛い。」
「えっ?やっぱり嘘なのですか?」
なぜ、ニヤリと笑うんだ?
そんなに俺が犯罪級のロリコンに見えるのか?
「嘘だよ。本当な訳ないだろうが。」
「やっぱり、わざと逃したのね」
しかし、お嬢様は今度は訳のわからないことを言い出した。
「はぁ?なにいってるんだ?」
しかし、お嬢様はまたも予想外の表情を浮かべた。困惑?戸惑い?なんだこれ?
「えっ?抵抗が強くて逃げられたっていうのが嘘なんですよね?」
「ちゃうわ。誰が犯罪級のロリコンやねん 。」
「東京訛りの関西弁‥‥」
しまった。お笑い芸人みたいにツッコンでみたけど、やっぱり無理があったか?
「なんや?文句でもあるんか?」
「それって関西人が一番怒るやつよね?」
‥そうかもしれない。
でも、、、
「ちゃうわ。関西人が一番怒るやつは『なんか面白い事言って。』っていきなり振られるやつやんかぁ。」
「‥あなたがあやしい人と言うことはわかりましたわ。それではご機嫌よう、また再来世で」
来世じゃないのかよ?
あんなことした奴でもイケメンのが優遇されるこんな世界、、、滅んでしまえばいいんだ。
みんな死んじゃえ。
「おいっ、再来世ってあの告白逆ギレ魔神よりも扱いがひどいじゃないか?」
「些細な事を気にするのね?Petite personne」
言いながらお嬢様は踵を返す。
しまった、逃げられてしまう。
俺は慌てて回り込んで例のブツを差し出した。
ブツを見た瞬間、お嬢様のただでさえ大きい目がこれでもかというくらい見開かれた。
もしかして、この口紅、珍しいものなのか?
「な、何故あなたがこれを持っているの?もしかして、女装の趣味でもあるのかしら?」
‥‥?
しっ、、しまったぁ。
もしかして、正体がバレちゃった?
俺ってば女装癖があるように思われているようだし、控え目に言って泣きそうなんだが、、、
「いや、、、そっ、、じょ、、友達なんですよ。そうそう、女友達なんですよ。あははっ」
俺は無理矢理笑みを浮かべる。
ちゃんと笑えているだろうか?
「その女友達が、なぜ私が彼女にあげた口紅をもっているのかしら、早く説明しなさい。原稿用紙2枚半以上、3枚以内で。」
えっと、、女装して女子校に潜入して、、、って説明できるかぁ〜っ?
というか、読書感想文かよ?
「いや、これは学校に落ちていて、あの娘が落としたと勘違いされて君に渡されたっていってたぜ。それで、落とし主の心当たりがあればと思って。」
俺は配達98のスキルの一つ、『口から出まかせ』を使用して、誤魔化しにかかる。
いや、やっぱり仕事中じゃないので斬れ味はイマイチだが。
「えっ?あっ、そういう事。私のだから、これは返して。」
「はぁ?自分のものをなんで落し物と称してあの娘に渡したんだ?意味わかんないだけど」
まさかの、お嬢様の口紅だったのか?
せめて間接キスだけでもしておけば、、、って何考えてるんだ、俺は。
「私の言い方が悪かったのかもしれませんわ。ところで、あの娘の連絡先、教えて頂けませんか?」
よしよし、なんとかバレていないようだ。
それにしても、こんな美少女に連絡先を聞かれるなんてものすごく光栄なことなのに、
「悪い、あいつ、携帯持ってないから、、あっ、、あいつのことは忘れた方がいいぜ。どうせ、もう会うこともないんだし」
「っつ、ミジンコのような方に言われる筋合いはございませんわ。」
見た目の印象とは違い、かなりの毒舌家だな。
「ん、じゃあ、いいや。目的は果たしたし、それじゃあな。うわっ、あっ、電話‥もしもし、、あぁっ、病院行ってくるよ。あぁ?彼女に会いに?‥あ〜っ、切るからな、じゃあな」
俺が逃げるように、踵を返したが、そこで電話がかかってくる。相手は妹だ。
俺を追い出したくせに行き先が気になるらしい。というか、俺の怪我についてやかましく言ってくるくらいだから、弥生も実は俺が心配なのだろう。
しかし、なぜ 凛花に会いに行ったと思い込んでたんだろうな。というか彼女じゃないけど。
まぁ、俺だって弥生に近しい男の子が居たら勘違いするし、兄としてはめちゃくちゃ気になる。
チャラい奴だったら絶対認めたくないものだ。まぁ、弥生に嫌われたくはないので表立って反対なんて出来ないのだけど。
まぁ、とにかく口紅は返したし今日はもうやる事はないので近くの公園ででも時間を潰すか?
俺は公園へ向けて、力なく歩き始めた。
公園に向かうとベンチに座る。
まだ、真昼間なので子供達が楽しそうに駆け回っている。まるでリストラにあったお父さんみたいにボォ〜ッと子供達を眺めていた。
しかし、次の瞬間には頭をブンブンと振って正気をとり戻した。
そうだ、莉奈について行く方法だ。
今のままではきっと彼女には一生勝てない。
何か良い手を考えないと。。。
思考の海に没頭していたからだろうか。
いきなり視界が暗転した。




