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四話

あたりは真っ暗。


通風口は狭いので四つん這いで進んでいるのだが、、、、思ったより進まない。

ちょっとツライな。




しばらく進んで、俺は絶望した。

何しろ、眼前にコンクリート色の味気のない壁が立ちはだかっていたのだから。


ま、さ、か、、行き止まり‥だと?




いや、よく目を凝らしてみると、道が直角に右に曲がっているか?



「おいおいっ、こんなのどうやって曲がるんだよ。」

うん、カラダを無理矢理曲げてみても曲がれる感じじゃない。



いや、、こういう時は根性だ。

【心頭滅却すれば火もまた涼し】なんて言うものな。俺は諦めはしない。



ぐぬぬぬぬっ〜っ、、、あれ?



無理矢理、曲がろうとして中途半端に挟まってしまった。



全く動けない。

どうしよう?



大声をだす?


‥‥ダメだ。助けを呼んだ時点で、下着泥棒の犯人が俺になってしまう。


弥生になんて言い訳していいのかわからない。



じゃあ、このまま動けずに死んでしまうか?

そこでポケットに入れたスマホが震えた。


あと、2分‥‥しかないのか?



俺はファイブスターの称号を捨てたくない。

もちろん、それだけじゃなく、俺は家族の為に金を稼がないといけないんだ。




ちょうど10日前のこと、俺は四天王の1人である美奈さまへのデリバリーで精神的に弱ってしまい、家で深くため息をついてしまったことがあった。


「お兄、ため息つくくらい辛いんだったら、仕事やめたら?」

ウンザリした様子で弥生がとがめる。

ため息、そんなにうざかっただろうか?


まぁ、働いている人で、ため息ひとつつかず、楽しく仕事し続けられる人間なんて、いるのだろうか?



「ため息なんてついて悪かった。」

【俺様が稼いでやってるんだぞ。】感がでていたのだろうか?



「ほんと、やめたら?私だってモデルにスカウトされてるし、お兄より稼げるんじゃない?」


今弥生が読んでるファッション誌だが、その雑誌のモデルにならないか、大手事務所に誘われているらしいのだ。



断ったというのに毎月律儀に雑誌を送ってくるのだから、その事務所もまだ諦めていないのだろう。



「いや、兄ちゃん仕事大好きだぞ。ため息ついてすまなかった。」

俺は拳を握りしめて力説する。



「本当にぃ〜っ?だったら、ため息なんてやめてよね」

そう、これだけだとウザい妹だろうが、俺は知っている。


俺がこれ以上弱音を吐いたら、弥生は本当にモデルの仕事を始めてしまうだろう。


わかりづらいが弥生は家族思いの良い娘だ。

遊びたい盛りだろうに、家事も俺より多く引き受けてくれている。


ウチは金はないけど、家族に恵まれているな。

でも、これ以上家族に心配をかけるわけにはいかない。



「ぐぬぬぬぬっ〜っ、おぉ〜〜っ」

俺は最後の力を振り絞って右折に成功した。



腕があらぬ方向に曲がっているが、きっと気のせいだろう。そうであってくれ。





「美咲さま、大変お待たせいたしました。champ d'amourの期間限定メニュー【彩りイチゴのパンケーキ】をお持ちしました。」

なんとか指定の部屋の上にたどり着き、一気に部屋に降りると営業スマイルを浮かべた。



「謝らなくて大丈夫。」


黒縁のグルグル眼鏡(漫画でしかみたことのないタイプ)をかけて黄色のニット帽をかぶっていた。服装は上下えんじ色のジャージでセンスのかけらも感じられない。



まぁ、呼び出されるのが大体こういったライブ会場なので、きっとイベントスタッフかA.D.さんなのかもしれない。


しかも、なんだか地味な雰囲気が漂っており、男にモテなさそうだ。



【異性にモテない。】

そこだけは俺との共通点で、親近感が湧いているのは美咲さまには内緒だ。



「いえ、それでは準備に入らせていただきます。」

俺はパンケーキを容器から取り出して机の上に置いた。


半径15センチメートルはあるのに、コンパスで描いたようなまん丸なパンケーキの上に温かい苺ソースをかけると、甘ったるい匂いが部屋中に充満して吐きそうになった。


そう、俺は甘いものが苦手だ。



「お待たせいたしました。それではごゆっくりお召し上がり下さい。」


言いながら会釈すると、すぐに部屋の隅に陣取って食事が終わるまで待機する。


そう、美咲さまは猫みたいに警戒心が強く、パーソナルスペースが広いから、安心して食べてもらうにはなるべく離れる必要があるのだ。



「美味しそう。いただきます。」


手を合わせると、上流階級の子女のように流れるような仕草でパンケーキを食べ始めた。


しかし、食べている様子が妙に艶かしくて、なんだかいけない気分になってくる。


だから、彼女から目を逸らしたのだが、


「‥アッ‥‥‥アンッ‥‥‥ウ〜ンッ‥‥フゥッ‥‥ア〜ッ」


今度は耳から彼女の艶かしい声が入ってくる。

やめろ、こんな所でおっきしたらマジでクビになるかもしれない。



俺は平静を保つ為に素数を数え‥3.1415926535897932384626433832795028841971693‥‥ってこれ円周率だな‥‥



「あの、そういえば橋本さんは学生さん?」

俺が円周率を数えていると、美咲さまに話しかけられたので彼女に向き直る。


美咲さまが俺に関心を持ちだしたのは最近のことだ。

やっと心を開いてくれたのか?

しかし、生来、クールな性格なのか、言葉にあまり感情がなっていないように感じるのは気のせいだと思いたい。



「高校生です。年齢はたぶん美咲さまと一緒くらいですよ。」



「そう?私は高校ほとんど行っていない。高校って楽しいの?」

美咲さまは少し遠い目をする。


不登校だろうか?

それともフルタイムで働かなければならないほど生活が困窮しているのだろうか?


確かに何らかの事情があるのだろうが、そこまで踏み込むのは配達人の仕事ではない。



「そこそこ楽しいです。しかし、それは本人次第ではないでしょうか?結局どんな環境に居ても感じ方は本人次第ですから」


少なくとも、クラスメイトにトモヤがいる時点でまぁ、楽しいが‥別にトモヤが居なくてボッチになってもそれなりに楽しみを見出せば良い話だからな。


それに美咲さまだって不登校だっていいじゃないか。高校だけが正しい道じゃない。



「そう言えば、深夜のコンビニの店員って暇よね?暇つぶしになにしてるのかな?」


美咲さまは完全に手を止めてこちらをジッと見つめる。


一瞬可愛い女の子なのかと錯覚しそうになって目を擦るが、やはりタダのグルグル眼鏡の地味女がそこに座っているだけだった。


いや、その前になにが『そう言えば』なのだろうか?

完全に話変わってないか?



「えっと、何もしてないんじゃないですか?コンビニ店員が客を待っている間に一人で人生ゲームしてても寂しいだけですよね?」


というか、店に入って店員のそんな姿を目撃したら、たぶん、泣いてしまうわ。



「そうそう、また新曲できたかも」


「‥‥美咲さま、よく話が噛み合話ないって言われません。」


「なんでわかるの?預言者?」

美咲さまは可愛らしく首を傾げた。


「いや、ちょっと会話が独特というか、イライラするというか?」



「あ〜っ、、、、キュンです?」

美咲さまはあくまでも無表情だ。



「いや、キュンじゃないです。」


うわぁ、噛み合わない。

というか脱線し過ぎて元の会話に戻ってこれないんだけど、どうすればいいんだ?



「学校楽しいなら良かったね?ちょっとだけ羨ましい」


しかし、何故だか会話はいつのまにか戻っていた。

はぁ〜っ、とため息をつきたくなるけど、、、仕事中だぁ、我慢だ。




「いや、そのジャージのくたびれ具合から見て、もの凄く頑張っているんでしょう。そんなに頑張れるって事はやっぱり美咲さまも仕事が楽しいのではないでしょうか?だから、美咲さまは隣の芝生なんてみないで、自分の芝生に寝っ転がりまくればいと思いますけど」


「途中まですごくいい話だったのに、なんで最後は芝生に寝っ転がるの?でも、ちょっと眠くなってきたかも」

美咲さまは完全に手を止めてしまい、俺はヤキモキする。もしかして、このまま寝るつもりじゃないだろうな?



高い金を払っているのだ。

なるべく最高のコンディションで最後まで食べてもらいたいものだ。



「そうですか?そこに芝があれば寝っ転がりますよね?」


「何、【そこに山が有れば登る】みたいな言い回ししてるの?ホントに変わってる。」


自分よりず〜っと変わっている人に言われるとなんだかムカッとするのはきっと俺だけじゃないだろう。



だから俺は仕事中にも関わらず、皮肉が口をついて出る。



「いえいえ、美咲さまほど個性的言動は致しませんよ」


俺は肩を竦めて手の平は上向きのポーズをとった。そして、より芝居掛かった仕草でユーモア色も少し入れておく。



「変なの。ごちそうさまでした。」

美咲さまは皮肉に気にすることなく、むしろ微笑みを浮かべた。


そして、彼女が目をつぶって手を合わせると、俺は早速片付けに入る。



「これ、チップ。」


美咲さんは真顔で2000円札を差し出したのだが




「いや、いつも言ってますが、弊社は現金の受け取りは厳禁ですから、気持ちだけ受け取っておきます。」

俺は静かに礼をした後、例のセリフで締めようとして、機先を制される。



「待って、、」

美咲さまは頰に人差し指を当てて、数瞬考えた後に上目遣いのままこちらに近づいてきた。



やはり、真顔のままだったが、朱鷺田さんの時と全く行動が同じだ。

もしかして、またほっぺにキスをされるのだろうか?



今回は心の準備も出来たし『ばっちこい』だ。



しかし、予想に反して、美咲さまは俺の目の前に封筒を差し出した。


「あの、現金の受け取りは「現金じゃない。レイヤードのライブチケット。行けなくなって困ってたんだ。」


どうやら、ライブに行けなくなったからくれただけのようだ。



これならオッケーだろう。レイヤードが何かは俺は知らないので、凛花にでも聞いてみよう。

この会場でやるみたいだし、この会場の規模なら最悪行かなくてもバレない気がする。




「喜んで受け取らせて頂きます。本日はご注文を頂きありがとうございました。お手数ですが評価は五つ星【ファイブスター】でお願いします。またのご注文を心よりお待ちしております。」


いつものキメ台詞を一切噛むことなく言い切ると、そのまま通風口に上がろうとする。



その時、ノックの音が聞こえた。

「美咲ちゃん、時間よ。準備はいい?」

これはブラを落とした雪菜さんの声だ。

さっきの冷たい凍えそうな声と違い、とても暖かい声だ。



ヒゲ面オヤジはもう警察に突き出したのだろうか?


「準備は万端です。」


俺が見つかったらダメって条件で依頼を受けている筈なのに美咲さまはそんなことを言う。



だから、雪菜さんは部屋に入って来てしまった。俺はとっさに扉の上のスペースにへばりつくのが精一杯だったが‥2分と持たないぞ。



『どこが準備万端だよ?あんた、パンケーキ食べてただけじゃん』なんて言いたくなるけど、それどころじゃない。


なんとか美咲さまにアイコンタクトを送るが、それが良くなかったかも知れない。



「美咲ちゃん、急に上目遣いなんかしてどうしたの?」

目線がバッチリこっちを向いていた。


もしかして、美咲さまってバカなの?



「いえ、、あの、、、う、上目遣いしたい気分だったんです。」

美咲さまはそう言いながらスマホを操作し始めた。後、目が泳ぎまくっている。



ゴマかすの下手か!!!

というか、もう落ちそう‥‥だ、ダメだ!


全ておわ‥‥っ‥‥



「美咲さ〜ん、雪菜さんも、早く来てくださ〜い。」

ギリギリのところで、2人は誰かに呼ばれて部屋を出て行った。



俺はそのまま力尽きて地面に落下して、尻を打った。痛い。そして、逃げるように元来た道を戻るのだった。






家に帰ってベッドに倒れこむと、ヴゥーツ、ヴゥーツ、ヴゥーツ、、、とスマホが震えた。



「あっ、、、評価5かぁ。まぁ、当然。あれ?

今回コメントがあるぞ。」



『若いのにプロ意識を持ったすごい人。私も見習わなくっちゃ。』

まぁ、美咲さまの場合、仕事中にパンケーキを食べてるようじゃプロ意識とは程遠いけどな。




よほど疲れたのか、俺の意識はそのままベッドに溶けてしまった。


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