四十話
「先輩、あの人、何者なんですか?」
莉奈が耳元で囁く。
「何者って、タダの幼馴染だよ。」
まぁ、そう言ったが疎遠になっている時期も、物理的に離れていた時期もあったのだ。正直まだ距離は測りかねている。
ちなみにあの人というのは凛花のことだ。
「あんなオーラを持った只の幼馴染とか聞いた事ない。ハッキリ言ってラスボス級。もしかして、あの人もファイブスターですか?」
莉奈は目を細めた。目を細めると、美形の顔も相まって少し冷たい印象を受けてしまうな。
「いや、違うって。凛花はふつうに飲食店で接客バイトしてるし。」
「冗談は止めてください。あんな人が注文を取ってくれる店に入りたいお客さんがいると思います?」
莉奈は真顔で顔を近づけてくる。
「いや、普段からじゃないぞ。莉奈と居る時だけ怖いんだよな。よっぽど相性悪いんだろ。」
そう、凛花は性格は悪くないと思う。
実際、以前は凛花のことが本当に好きだった。
それに今の彼女が何考えてるかいまいちわからないが、それでも彼女は人気者なんだよな。
「そうですか。話は変わりますけど、仕事も出来ないし、今日は家に帰るだけですよね?」
「そうだけど」
なんだか、嫌な予感がする。
「何処かいきましょう。」
予感は的中だ。今は全く稼げもしないのに散財なんてしている場合じゃないって。
でも俺はちゃんと逃げる手は考えていたのだ。
「却下。そんな金ないし。第一、働いてもいないならせめて家事をしないと。」
「でも、その手で家事するんですか?」
あっ、、、、そうだった。
結局、莉奈を家に招く羽目になってしまった。
「お邪魔します。」
「誰もいないからもっと気楽に入ってくれ。」
小学生とは言え女の子を部屋に招くなんてドキドキしている。ただ、それがバレると気まずくなるだけだ。
だから俺は平静を装っているんだけど、ちゃんとうまく隠せているだろうか?
「誰もいないんですか?あっ、汗かいたんでシャワー浴びてもいいでしょうか?」
「いやいやいやいや、おかしいだろ?」
しかしこの少女、ヤバイ台詞をいきなりぶち込んできやがった。
「、、冗談ですよ。先輩ってリアクション可愛いですよねぇ」
莉奈は無表情で俺の頰を突っつく。
いや、仄かに笑ってるような気がする。
「はぁ、なんだかこの数日ですっかり打ち解けたよな。最初はツンとした印象だったのに。」
しかも歳下なのに俺より仕事が出来るんだから最初は本当に話しかけにくい印象だった。
「あっ、よく言われます。なぜなんでしょう?」
莉奈は首を傾げながら部屋に入る。
まぁ、整った顔ってのは憮然としていると、やたらと冷たい表情にみえるからな。
「いや、気のせいかもな。こうやって話してみると莉奈がいい奴ってのは分かったし。」
俺が彼女にフォローを入れている間に莉奈は勝手に家捜しを始めた。
「えっ、、ごめんなさい、私人見知り激しくて。あっ、これ、可愛い。先輩って昔はこんなに可愛かったの。」
勝手にアルバムを広げて見始める。
俺が小学校低学年の時の写真だ。
「やめろよ。めちゃくちゃ恥ずかしいだろ。」
カシャン。
スマホのシャッター音だ。
よく見ると写真をスマホで撮っている。
そんなの撮ってどうするつもりだ?
「おいっ、なんで、撮ってるんだ?」
「写真、、部屋に飾ろうと思って。」
莉奈は真顔だ。
とても冗談を言っているようには見えない。
こいつってば、ロリ‥‥いや、ショタとかいうやつだろうか?
「なぁ、人の趣味にどうこう言うつもりはないけど、(相手が)嫌がらないように適度な距離感でやっていって欲しいもんだ。」
そう、あんまり度が過ぎると通報されるぞ。
「ですね、気をつけます。私も嫌われたくないですから。」
「それにしてもありがとうな。まさか掃除、洗濯までやってくれるとは。それにやけにこなれていたな。」
話しながら手際よく掃除洗濯をこなす莉奈は控えめに見ても家事に慣れていた。
そんなイメージはなかったけど、意外と家庭的なのかもしれない。
「大したことはないですよ。これくらいは2、3回やれば誰でもできますから」
まるで、誰でもそんな技が出来るような感じで言うが、手際はが良すぎる。
「あの、莉奈ってば見ただけで大抵のことは出来るタイプなの?」
「何言ってるんですかそんな訳ないですよ。」
莉奈に即答されて、安心した。
そりゃそうか。一瞬、莉奈が天才なんじゃないかと思ってたがそんな訳はなかったらしい。
「100mを9秒台ではフォームは完コピ出来ても私の身体能力では走れませんよ。それに、心臓カテーテルはちょっと見ただけでは出来ませんでした。」
‥‥次元が違いすぎる。
もはや、こんな後輩に尊敬されるのは重荷でしかないんだが、、、
「あっ、これ?ストーカー女じゃない?」
莉奈はアルバムの中の凛花を指差した。
写真の中の凛花は日に焼けていて、髪が短くて、なんだか美少年みたいだ。
この頃は本当に仲が良かったんだけどな。
最近の凛花は本当に何を考えているかわからなくなってしまった。
それは変わった凛花が悪いのか?
変わらない俺が悪いのか?
考えてみても結論は出そうにない。
「ストーカー女じゃないって。凛花は最近は変だけど、莉奈と相性悪いだけだろ?」
俺がそういうと、莉奈が顔を近づけてきた。
そして、手をのばさなくても触れられそうな位置に来ると、俺の目をジッと覗き込む。
全てを見透かされているような、それでいて何も見ていないような瞳は俺をたじろがせるには十分だった。
それに。俺は女の子とこの距離感で話すことは殆どない。
「‥‥先輩って、、ダメ可愛いですよね。仕事の時はあんなにカッコイイのに。」
ん?褒められてるか貶されてるかさっぱり分からない、、、いや、やっぱり貶されてるな。
「まぁ、モテなくて悪かったな。」
「フフフッ、、おバカさん。」
莉奈の笑いがおさまらない。
貶されてるというかバカにされている。
「ただいま。はぁ?誰?」
そこに弥生が帰ってきてしまった。
もちろん、朝にも顔は合わせているんだけど、ちゃんと挨拶はしてなかったか?
「こんばんは、お邪魔してます。これ、つまらないものですが皆さんで召し上がってくださいね。」
菓子折を持参してたのか?
しかも、流行りのスイーツではなく、やたらと格調高い入れ物だ。
ただ、ケーキが桐の箱に入ってるってどうなんだろうか?
「むっ、、これって、、代官山の、、1日限定5つの。ありがとうございます。ところで、もう遅いし帰ってくれませんか?」
しかしうちの天使が信じられない発言をする。
「ちょっと、弥生、まだ4時半だけど、、」
「おに‥‥シンヤは黙ってて。」
弥生は口を尖らせる。
これ、マズくないか?
また莉奈が喧嘩するパターンの気がする。
「‥‥心配させて、ごめんなさい。それじゃ、帰りますね。」
しかし、莉奈は凛花との時と違い、意地を張ることなることなく頭を下げた。そして、笑顔で帰って行った。
「ちょっと、あの女と仲良すぎないかな?」
弥生が珍しく、顔を近づけてくる。
キス出来そうな距離だ‥‥しないけど。
「あっ、あいつはいい奴だよ。」
「おかしいよ、私の中では泥棒ネコの臭いがプンプンするんだけど。」
泥棒ネコ?
現実世界で初めて聞いたよ。
「心配するな。泥棒ネコどころか幼児以外にモテたことはない。凛花はどうなんだろう?」
いや、あれは恋とかそういうものではないような。だって恋ってもっと楽しいものの筈。
「おかしいな。俺、涙が出ちゃうよ。」
「何言ってんの‥‥まぁ、いっか。たまには慰めてあげよっか?タダじゃないけど。」
いや、割とよく慰められてるぞ。
主に俺が寝ている時にだけどな。
「タダじゃないんだ?」
「あっ、払えないなら分割でもいいよ。」
「一体、いくら払わせるつもりだよ?」
「あはっ、時価。」
弥生はなんだか楽しそうだ。弥生が楽しそうだと俺も楽しい。
「寿司屋でしか聞かない用語を。」
「私達回転寿司しか行ったことないけど。」
弥生は両手を広げるが、仕草が妙に芝居掛かっている。
「悪い、兄ちゃんの稼ぎが悪くて。オマケに怪我までして。」
「そんなのどうでもいいよ。それより、けが人は休んでて。」
弥生はトントントンと軽やかに包丁を扱う。
その技術は莉奈と違い、経験によって身につけられたものであることを俺は知っている。
そういう歴史みたいなものが俺たちの絆をより固くするから、俺は益々弥生が好きになっていくんだろう。




