三十八話
お昼休みまで、こんな調子で進んだ為、俺は正直ウンザリしていた。だって、莉奈は年下なのに俺よりずっと頭がいいんだからな。
まぁ、昼休みは自由時間だ。
やっとこの可愛くも憎らしい後輩と距離が置ける。
「はいっ、お弁当、カバンから出しておきました。蓋を開けますね。」
しかし、手際良く弁当を広げてくれた莉奈は俺の横に陣取った。
そういえば、莉奈と俺、同じ机で授業を受けていたのだ。そうなると当然、俺の席で昼メシを食べる羽目になるのか?
しょうがない。屋上行くか?
席を立とうとして肩をおさえられた。
莉奈の方を見ると無言で首を横に振っている。
しばらくにらみ合いが続いたが、結局俺が折れることになった。
「いただきます。」
手を合わせてさっそく食べようとしたところで、莉奈が口を開く。
「先輩ってどれから食べる派ですか?」
「もちろん、唐揚げからだな。宮下は?」
莉奈のことはずっと名前で呼んでいたが、さすがに教室で名前呼びなんてしようものならどんな勘繰りをされるかわかったもんじゃない。
「それじゃ、あ〜〜ん。」
莉奈が唐揚げを口元に持ってくる。
いわゆる、『あ〜ん』というやつを強要されているのだ。
もちろん、俺は口は閉じたままだ。教室であ〜んなんてしてしまったら、名前呼びなんて比べ物にならないほどマズイ気がするしな。
お互い、無言で押し問答したが、俺はもちろん口を開けるつもりはなかった。
しかし、ここにきて莉奈は不可解な行動をとった。左手の平を俺の目の前に持ってきたと思ったら、今度はそのまま左手でスカートの裾を捲ったのだ。
まぁ、軽くめくっただけなので、彼女の白い太ももがあらわになっただけなのだけど、
「あっ‥‥アグッ」
俺は驚いて『あっ』っと声を出してしまったところで、口に何か詰め込まれた。そうか、左手で視線を誘導したんだな。
ハムハムハムッ‥‥唐揚げだな。
それからは終始、莉奈のペースで、俺は知らぬ間にあ〜んを受け入れていた。
それにしてもこの弁当は美味いな。さすが、弥生が作っただけの事はあるな。
最近メキメキと料理の腕前が上達して、俺なんて完全に抜かれてしまった。
しかし、上達の理由が『好きな人ができたから。』なんて言われたらなんて想像して素直に喜べないんだよな。
あれ?
今更ながらに気づいてしまった。
今日の弁当はオムライスに、串に刺さった唐揚げ、他のものも串に刺さっていたのだった。
利き腕を骨折した俺でも食べやすいようにしてくれたのだろう。
相変わらず、優しさが分かりにくい妹だな。
まぁ、そこが愛おしく感じるのは俺がシスコンだからだろうか?
まぁ、とにかく、あ〜んは必要ないメニューなんだから早くやめた方がいいな。さっきから、チラチラ見てくるクラスメイトの視線が気になって仕方がない。
しかし、残念ながら手遅れだったようだ。
視線を感じて振り返ると目が合ってしまった。
教室の後ろ側の扉。
それを少しだけ開いてこちらを覗き込む凛花は人を殺しそうな勢いでこちらを睨んでいた。
この位置からでは聞こえないはずの舌打ちすら聞こえてくるのは俺の第六感が目覚めたのだろうか?
まぁ、普段弱いモブキャラが急に力に目覚めるのは大抵は死亡フラグなのだけど‥‥
「凛花、どうした?なにか用事があったっけ?」
「私はシンシンの彼女なのに用事がなかったら会いにきたらダメなのかな?」
凛花は潤んだ瞳に憂いの色を浮かべている。
「いや、ダメじゃない。ダメじゃないから」
そこまで言いかけて、俺の言葉は宙を彷徨う。
そう、続けようとした言葉に問題があった。
『ダメじゃないから、殺さないで』
なんて言いかけてしまった。
ふぅ〜っ、ヤバイとこだった。
戦場では一瞬でも気を抜いたら死ぬとかいうが、今はここが戦場だ。
負傷兵が戦場に駆り出されるなんて、、、きっとこれは負け戦なのだろう。
「なんで他校の生徒が此処にいるのかな?」
凛花が首を傾げる。
「学校の許可は貰ってます。他のクラスの人こそ勝手に入ってこないで下さい。」
莉奈が手をフリフリ、ぞんざいに凛花を追い出そうとする。
すると、また凛花の体からゴゴゴゴッっとありえない音が鳴っているんだが。
「まぁ、待て。こいつら付き合ってるんだから許してやれよ。」
しかし、ここで救世主トモヤが参戦した。
なんて心強い味方なんだ。
ちなみに、こいつらってのは俺と凛花のことだ。
「この2人のどこが付き合ってるんですか?」
「毎朝一緒に登校、下校も一緒、んでこんなに仲よさそうなんだぜ、お前の目はガラス玉か?」
実際はトモヤの目の方がガラス玉だが、援護してくれるのはありがたかった。
「ふふんっ、このスト女のせいで、先輩がひいているのがわからないんですか?」
まぁ、ひいているのは確かだが、莉奈と凛花の相性が悪くなければ、こんな修羅場みたいな状況は起こりえないんだよな。
2人ともお互いの何が気にくわないのか、俺ですら2人のバチバチした火花が見えてしまう。
それに対して『素晴らしい!ホラ、見て御覧なさい!トモヤさん、こんなに綺麗な花火ですよ・・・』なんて言えるほどの人生経験は積んではいないんだよ。
どうしよう?
俺は悩んだ挙句、逃げ出してしまった。
「先輩、ごめんなさい」
昼休みが終わるギリギリに教室に戻ろうとすると、莉奈と廊下で出くわした。どうやら、俺を探していたらしい。
「いや、なんであんなに凛花と仲が悪いんだ?正直仲良くして欲しいんだけど。」
「だって、、先輩の恋人だなんてウソつくから。先輩もなんでウソの片棒を担ぐんですか?」
珍しく、言葉に怒りの色が乗っていた。
「あぁっ、そうだな。絶対に誰にも言わないって誓ってくれるか?」
「永遠に誓います。」
結婚式みたいな返事だが、莉奈の目にはふざけたような色は全くなかった。
「なんか返事がおかしいけど、まぁ、いいや。
俺と凛花は付き合ってるフリをしているんだ。元々は俺が今日休んでいるクラスメイトと凛花の二股をかけてるってウワサが流れて、そのウワサを払拭するために正式に付き合っているフリをしているんだ。分かった?」
「‥それって‥なんだかおかしい。その話が本当だとして、凛花さんと付き合ってもクラスメイトとの二股状態は変わらないですもん。」
莉奈は首を傾げている。
あれ?あれれ?
言われてみればそうなのか?
‥うん、、確かにそうだな。
別に俺と付き合うフリをしても、二股の解消にはなっていない。
凛花に言われてそれが正しい事だとおもっていたが、全然そんな事はなかったらしい。
「確かにそうだな。むしろ、こんな俺みたいな奴と付き合う方が凛花の評判を落としてしまいそうな気がするな。」
「評判が落ちたりなんてしない。だけど、二股のウワサを消す効果がないから止めるべき」
莉奈は少し頰を膨らませていて、なんだか可愛い。
「確かに。凛花だって、俺と付き合ってるフリなんてムダな努力してる場合じゃないもんな」
そう、凛花は頑張り屋さんだが、今回は頑張るベクトルが根本的にズレているとしか言いようがない。
「そうです。先輩ならもっといい娘と付き合えます。」
「いやいやいやいや凛花や莉奈と違って俺はほんっと全然モテないからな。」
「私、全然モテない。お姉ちゃんみたいにコミュ症モンスターだったら良かったのに。」
恥じるように下を向くが、莉奈は美形だしモテると思うんだけどな。いや、、同年代は近寄りがたいのかもしれないな。
「コホン、まぁ、とにかく凛花には俺がフられたことにしてもらうよ。それで、すべて解決するからな。ただ、アイツも悪い奴じゃないんだぜ。だから、あまりきらわないでくれるか?」
「‥‥わかりました。先輩って思ったよりもダメダメなのかも」
莉奈は女子小学生には似つかわしくない、ドキリとするような妖艶な笑みを浮かべる。
「ダメダメってどういう事だよ?」
俺はドキドキを誤魔化すかのように、早口でまくしたてた。
「フフフッ、ダメダメなところも私はいいと思います。また明日。」
莉奈は満面の笑顔を浮かべると、元気に走り去っていった。




