三十五話
数日後の夜、俺はとあるビルの前でとある女の子と対面していた。
もちろん、デートなんかではないし、俺に弥生以外の妹も居ない。
そう、対面の相手は今回の仕事のバディなのだ。
なぜだか今回も2人で組む仕事に、、、、
しかも、今回の相手は1回目に一緒に組んだ莉奈だ。
前回は彼女1人に仕事をさせてしまったからな、俺にだってプライドがある。今日は絶対俺が活躍してやる。
「またノラと一緒‥」
しかし、俺の気合とは裏腹に莉奈はまるでゴキブリでも見たかのように、顔を顰めて不快感を露わにする。
でも、今日こそは聞きたかった。
「ノラって何?」
「スクールに通ったこともない奴のこと。それより、ボーズとの配達の時、配達を途中で女の子と代わったって本当?」
また、知らない言葉が出てきた。いや、言葉自体は知っているのだ。『スクール』つまりは学校だ。しかし、俺は学校には通っている。
それよりも、気になるのは次の言葉だ。
「いやっ、ちゃんと最初から最後まで俺が配達を済ませたよ。俺はこの仕事に責任をもっているから、いい加減なことはしない」
そう、ファイブスターは俺の誇りだ。
「そうなんだ?じゃあ、ボーズがホラを吹いたの?『きっと弱みを握られているんだ?あのノラ悪魔の手から姫を救い出してあげなくては』なんて言うから‥」
姫?
もしかして坊主ってば、その女に惚れたのか?
そして、あの場にいた女の子は美咲様だけだ。
ということは?
それにしても、、俺と坊主の間に友情が芽生えたと思ってたんだけど、俺、悪魔とか呼ばれてんな。
「そんな訳ないだろ?それより、スクールって何のことなんだよ。」
「もう、質問は終わり。」
お互いのスマホを操作して、ルートの確認を行う。前回の坊主とはここで揉めたのだ。
その前の莉奈の時はそもそもルートの確認すら怠っていたんだからな。配達人失格だった。
「それじゃ、隣のビルから飛び移るって事で。」
今回は美咲さまの部屋が目的地だ。
まぁ実績もあるし、問題無いだろう。
どうやら、莉奈も鉤縄のようなものを持っているらしい。
早速、隣のビルの屋上に登り、莉奈は美咲さまの住んでるマンションの屋上の手摺を目掛けてワイヤーを放った。
勢いよく放たれたワイヤーは重力には逆らえず、軽く放物線を描いて手摺に絡みついた。
一回で成功なんて、中々の腕前だな。
そのまま、莉奈は器用にワイヤーを手繰って隣のビルの屋上に向かっていく。その姿に俺はクルーズ船での苦い思い出が蘇った。
結局、クルーズ船の時に出会ったあの女の顔はちゃんと見えなかったが、莉奈と同じく『スクール』に通っているのかもしれない。
俺が回想している間にも莉奈はスルスルと登り、美咲さまの居るビルの屋上の手摺に手をかけようとしたところで、ぐらっと手摺が傾いた。そう、手摺のボルト留めが甘かったのか、手摺自体がビルからはみ出して、今にも落ちそうになったのだ。
莉奈はその瞬間こそ耐えられたものの、手摺が傾いた反動でワイヤーが激しく揺れて、手を離してしまった。
しかし、莉奈はそのまま、落下‥‥はしなかった。
なんとかワイヤーの端をギリギリ掴んでいる。
そうは言っても、ワイヤーの揺れで今にも手がはなれそうだ。
俺は鉤縄を素早く投げてビルの受電施設に引っかける。そのまま、莉奈の所へ‥‥しかし、ちょうど莉奈がワイヤーから手を離してしまう。
「うぉ〜〜〜〜グェッ」
俺は鉤縄を手にしたまま跳躍した。
直後、体に凄い衝撃を受けることになる。
何故なら、落下する莉奈を空中で受け止めたのだ。
ハッキリ言って奇跡的に運が良かった。
次、やれと言ってもやれる自信がない。
しかし、反動で縄から手を離しそうになる。
自分の手はマジマジと見ると失神してしまいそうなほどボロボロだけど、俺だってこんなところで死んでしまうわけにはいかない。
「くっそ〜っ」
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ、なんとか耐えているけど、このままだと2人とも落ちてしまう。
どうすれば?
「もういいよ。私のミス。君だけでも助かれば」
少女の全てを諦めたようなスッキリした笑顔を目にした瞬間、俺はホッとしてしまった。
そう、手を離せば俺だけは助かるのだ。
そう手放しで考えた事自体、酷く自己嫌悪に陥ることになるのだが。
バカか俺は?
女の子を見捨てて小さなプライド(ファイブスター)を守って、これから胸を張って生きていけるはずがないだろ。
逡巡するまでもない事だ。
最初から選択肢なんて一つしかない。
覚悟を決めろ!
「ぜった〜、い、いや〜だ〜っ」
俺はありったけの生命力を乗せて叫んだ。
所謂、火事場の馬鹿力なのだろうか?
彼女を抱えたまま、ワイヤーを手繰っていく。
その時間はたぶん五分もかかっていないだろうが、夢中になっていた俺の体感では一瞬だった。
そして、あっさり隣の屋上まで登りきった。
そこで終われば俺はただのヒーローだったのだろうがそこで痛みに気付いて屋上を転げ回った。
「って〜、マジかぁ。死ぬう〜」
そう、興奮で痛みが麻痺していただけで、腕は死にそうに痛いし、手のひらの傷も吐き気がする程酷いものだった。
「マズイ、、あっちゃ〜っ、、」
しかも、料理は見事に転落を果たしたようで、俺の手元にはなかった。つまり、配達失敗だ。
しかし、目の前には莉奈の持っていた料理があった。そう、ペアの時は何故かお互いに料理を持っているのだ。
お陰で、失敗ということはなくなりそうだ。
まぁ、また莉奈に『役立たず』なんて罵られそうだけどな。
「あっ、怪我。」
「大丈夫だから、早く配達を済ませてくれ」
「う、うん。。大丈夫?すぐに戻ってくるから。」
彼女が走り去った事だけは覚えている。
それからすぐに意識が暗転した。




