表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/105

三十四話


その日の空はどんよりとしていて、今にも雨が降り出しそうな天気だった。それでも世界は回っていて、生活がある。


だから、仕事は休むわけにはいかない。



今回もまた2人で組む仕事だったが、相手の男と俺との相性が悪すぎた。


「通風孔はアイドル達の更衣室を通らないといけないから地下下水道から進入するのが一番いいと思うで御座る」


坊主の男は真顔でそう告げる。

いや、その前に『御座る』ってなんだよ?



「待て。食料品を運んでいるんだぞ?ここはお客さまに配慮すべきじゃないのか?」


いくらケースに入っていってるといっても下水道を通ってきたなんて客が知ったら、あんまりいい気はしないだろう。



「いや、そんな目に見えない配慮に気をとられて本質を見誤ってはいけないで御座る。」


坊主が人差し指を立てて左右に振る。

ちょっとドヤ顔なのが腹が立つ。



「本質?この仕事に本質なんてあるのか?」

本質とか意味が分からん。


「そうだ。配達はいかに効率良く相手に商品を届けるか。その一点に尽きる。更衣室なんて経由したらリスクが増えるだけで御座る」


坊主の男はまたもドヤ顔を浮かべた。



「言いたいことは分かるが、配達ってのはサービス業だってのも忘れてはいけないんじゃないか?」

そう、お客様は神様だなんて言えないが、やはり気にしておいた方がいいだろう。




「むむむぅ、ノラはやっぱり駄目で御座る。サービスなんて不確実な物の為にリソースを割くなんて馬鹿の所業で御座るな」


‥‥バカってディスられている。


こんな御座る御座る言ってるやつにディスられるのは本当に心外で御座る。あっ、感染った。



まぁ仕事中での屈辱は仕事で返してやるさ。



「なら、お互い自分の信じる道を行くってのはどうだろう?」


そう、今回も配達人2人ともがパンケーキをもっているのだ。こんなことしてたら完全に赤字だろうが。

運営は何考えてる?



「わかった。拙者のデビュー戦を勝利という花で彩ってやるで御座る」

坊主は既に地下道へ向かって歩き出していた。



それにしても、連続でデビュー戦の人間と組まされるなんてな。とはいえ、ああ見えて、また俺より優秀な奴かもしれないんだよな?



劣等感と嫉妬を焙煎したようなドロドロした感情が自分の奥底から湧き上がってくる。



自分より優秀で、生意気な後輩が入ってくると知りたくない感情まで知ってしまう事になるんだな。


社会に出たらもっと醜い感情がドンドン生まれてくるのだろうか?正直、社会人になんて一生なりたくないのだが。


俺はどうしようもない未来を思い浮かべてしまったが、今大事なのは目先の事だ。


今回も武道館だ。ただ、前回のようにバイトくんの制服が簡単に手に入る訳ではないんだよな。



ただ、この状況は想定済みだった。

俺はそそくさとトイレに向かう。






「良いですよ。通ってください。」

若くて茶髪のお兄さんがゲートを通してくれた。


俺は関係者入り口から堂々と入る事に成功した。俺が中をドンドン進むと背後から話し声が聞こえた。


「おいっ、あの子結構かわいかったよな。正直、俺のタイプだったわ。」


ん?それって俺のことだよな。



「あの娘、あんまり胸ないじゃん」

「いや、それがいいんじゃん」


こ、こぇ〜っ。

無い方が良いのか?

俺ってマジで狙われてる訳じゃないよな?

身の危険を感じるんだが。



ちなみに、俺の現在の状況だけど、、セミロングのウイッグ着けている。

そして、服装は紺のキュロットを履いて、トップスはボーダー柄の長袖Tシャツを着ている。


そう、女装だ。


そして、メイクはしていないのだが、ある道具で顔に光を当てているのだ。それはプロジェクションマッピングのようなもので、俺がメイクしているように見える優れものだ。しかも、関係者用のパスを下げてるようにも見せられる。



あれ?

今、重大な事実に気づいてしまった!



そう、関係者用パスを下げているように見せられるなら、女装する意味ねぇじゃん。


瀬川さんに完全に騙された‥‥



とはいえ、男物の服は置いてきてしまった。

このまま進むしかない。スカートは流石に履きたくなかったのでキュロットを履いているが、それでも下半身がスースーするな。



それでも俺は気を引き締めて先を進むのだった。







むっ、更衣室内に誰かの気配がする。

流石に入るわけにはいかないか?


あの坊主に負けるわけにはいかないのに‥‥中から聞こえる黄色い声が俺の苛立ちに拍車をかける。


「葵、また、胸が大きくなったんじゃないか?」

「そうなのよ、きっと、美咲さんの恋人騒動が落ち着いて、安心したからじゃないかしら?」


「うわぁ、否定しないんだぁ?まぁ、美咲さんが恋愛からこっち側に戻ってきてくれたのは良かったけど。ほんとレイヤード解散の危機だったもんねぇ」

たぶん、苺さんの声だ。


女ってのはなぜこんなに身支度に時間がかかるんだろうな?まぁ、余計な話をしているからか?


落ち着かないので、扉の前を行ったり来たりしていると、扉が開いた。



「あれ?バックダンサーの娘達はもうリハーサル入ってますよ。早くしないと秋山ピーに怒られちゃう」

結衣ちゃんが天使の笑みを浮かべる。



『ありがとうございます。だけど、皆さんに迷惑をかけたくないから、皆さんが終わってからにさせて頂きますね。』

俺は筆談でそう答えて作り笑いを浮かべた。

だって、声で男だとバレちゃう。



「きゃる〜ん、この娘すっごく控えめで夢カワイイ。持って帰りた〜い。」

「こらこら結衣、この娘、結衣のテンションに困ってるでしょ。葵が着替え終わったみたいだし、もう入っていいよ。」


苺さんに促されて更衣室に入って、俺は固まった。

まだ、葵さんは服の前をはだけたままだったのだ。


紫色のブラに包まれた豊かな隆起に目を奪われた。

D?いや、Eか?

圧倒的な存在感に目が離せない。


ま、まずい、巨乳に徐々に引き寄せられていく。

というか、ここで俺の下半身がおっきしたら全てがおしまいだ。



俺は命がけで理性を総動員すると、一礼して回れ右することとなった。そして、3分後には俺は更衣室の上の通風口に進入することができた。





「お待たせしました、美咲さま。マンゴーのパンケーキをお持ちしました。」


あっさりとたどり着いたので、いつも通り美咲さまへの道挨拶を済ませた。



「えっ、あっ、、シンヤ君なの?」

「あっ、、これは、、潜入で、仕方なく。」


最近プライベートでもよく絡みがある女の子に女装姿を見られるのは正直キツイ。



「そうなんだ?とても可愛いよ。やっぱりすごくメイク映えするね。」

「くっ、こ‥‥ありがとうございます。」


あぶねー、くっ殺するとこだった。



「写真‥‥撮っていい?」


美咲様はどこからともなく、スマホをとりだした。しかも、両手に一台ずつ。



「美咲さま勘弁してください。めちゃくちゃ恥ずかしいんですから。」

「そうなの?残念っ。」


美咲さまは軽く舌打ちをした。


まぁ『こんなに俺と打ち解けてくれたんだ。』と思うしかないよな?こんな打ち解け方、嫌だけど。




「そんなこといいですから、美咲さま早く召し上がって下さい。冷めちゃいますよ」

「ケチっ。いただきます。」


美咲さまはパンケーキを口に運んだ。



「シンヤ君、、あらためて、おめでとう。」

「ん?なんで祝われてるんだ?」


もちろん、俺の誕生日でもない。


「だって、、凛花ちゃんとお付き合いすることになったんだよね?」


‥‥あれ??


「あぁっ、あらためて祝われると、なんか照れるな。」

俺は照れた訳じゃなかった。それでもそう言い訳したのは俺が赤面したからだ。


実は美咲さまって『俺のこと好き』なんだと、思っていた。なのにあんなにいい笑顔で祝われると、、、、



あ〜っ、恥ずかしい勘違いっ。




「ご馳走さまでした。」

俺が物思いに耽っている内に美咲さまが食べ終わっていた。相変わらず、手を合わせる所作が本当に綺麗だ。


まぁ、最近は一緒に昼飯を食べる機会もあるから彼女の艶っぽい食べ方や所作は知っているんだけどな。



「お待たせしました。」

片付けを済ませたタイミングで、坊主が入ってきた。


「お、お疲れ様、今、終わったから、帰るよ」

俺が言葉を発すると、坊主の顔が曇った。


明らかに落ち込んでいる。

まぁ、あれだけ大口を叩いたのだ。

あっさり負けてしまい、恥ずかしいのだろう。


美咲さまの前なので俺は坊主の肩を掴んで部屋を出ようとしたが、スッとかわされた。


なんだ?

反抗期か?


「あなたは?そんな姿で」

坊主が物凄く距離感のある声を出す。


「俺は‥‥あっ、、、」

それで気付いてしまった。坊主に女装姿をさらしたのはこれが初めてだったな。


めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。



帰り道は恥ずかしさのあまり早足になってしまう。

そして、武道館を出てそのまま坊主を引き離すつもりが彼が小走りで俺の横に並んだ。



そして、

「また、、会えるかな?」

なんて殊勝なことを言い出した。


全身に鳥肌が立ったが、これってお互い全力を尽くして友情が芽生えたという奴なのだろう。



まるで少年マンガみたいなアツイ展開だな。



そんな余計な事を考えていたからだろう。


俺は着替えるのを忘れて女装のまま家に入り、妹の弥生にめちゃくちゃ怒られた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ