二十四話
「シンヤちゃん、相変わらず肌のキメが細かいんだから。男にしておくの、もったいないわよ。」
俺にベタベタしながら話しかけるのは瀬川さんだ。
オーナーパティシエでありながら、メイクまでこなすとはかなりスペックの高い人だとは理解している。
しかし、俺の頭のてっぺんから足先まで、全ての細胞が瀬川さんを拒絶している。
それはきっと、この人を受け入れたら、開けてはいけない扉がひらけゴマなのが本能的にわかっているかのようだ。
「いや、そんなことはいいですから早くお願いします。いくらここから近いといっても、俺は昼休みの間に自分の学校まで戻らないといけませんから。」
そう、昼休みの1時間の間に配達を完了してシレッと教室までもどらないといけないのだ。
「わかってるわよ。出来る女の子ってのは、口を動かしながらでも決してメイクの手は止めないものよ。」
発言のとおり、瀬川さんは超高速で仕上げていく。
だから、瀬川さんが女の子だという発言はとりあえずスルーしておくことにした。
「いや、まぁ、とにかく急がないと、今回の依頼人の美奈様ってば、俺が焦っているのを横目にニヤニヤしながら、わざとゆっくり食べるからな。」
いわゆる、ドSというやつなのだろう?
見た見はお嬢さま学校である聖リオン女学院の学生に有るまじき、ギャルギャルしい格好なのだが、素材がいいからか見た目だけはとても魅力的だ。
メイクが終わるとすぐに自転車で聖リオン女学院に向かった。
そして、俺はいつものように裏門の錠前をピッキングで開けて、見事に女子校に潜入した。
あとは素知らぬ顔で目的地であるB棟の屋上に向かうだけだ。
しかし、ここは名門女子校らしく、挨拶で「御機嫌よう」なんて信じられない言葉が使われているし、なんだか女の園という感じで妙に惹かれるものがあるな。
俺は誘惑を振り切って校舎に入ったところで、声をかけられた。
「あっ、あの?何か落としましたよ。」
振り返るとハーフアップのいかにもお嬢様然とした女の子が目に入る。
ちなみにハーフアップなのだが、いわゆるお嬢様結びとも言われていて、この髪型をするだけでお嬢様感が30%アップするとかしないとか言われている。まぁ、俺調べだが。
「あっ、これヴィーナスの新作ですわね。」
そのお嬢様の手に握られているのは口紅だ。
よく見ると化粧直しの為に瀬川さんに持たされたバックの口がキチンとしまっていなかったらしく、開いている。そこから落としたようだ。
俺はイタズラを見咎められた子供のようにビクッとしてしまったが、それは仕方のない事だろう。
男が口紅を落として、それを拾ってもらうシチュエーションなんて一生に何度もあるものではない。というか、何度もあってたまるか!
悪い、興奮しすぎた。
そうそう、報告し忘れたのだが、俺は現在女装中だ。
『何を趣味の悪い冗談言ってるんだ?』
って言いたいんだろ?
しかし、これは紛れもなく事実なんだ。
はぁ〜っ、死にたい。
まぁ、女子校に潜入して1人とも会わないで目的地にたどり着くなんて、俺でも不可能だ。
例え、ネズミのように這いずり回っても、食べ物を扱う以上、下水道なんかを通るわけにはいかない。
で、仕方なく、この手を選んだのだ。
だから、美奈さまは俺のスッピンは知らない。
まぁ、この話は話せば話すほど泣けてくるから話を戻すとしよう。
とりあえず、お辞儀をして受け取ったが、本当に恥ずかしく、思わず赤面してしまった。
「あら、お照れになって。本当に可愛いらしいですわね。下級生かしら?」
お嬢様は少し笑みを浮かべたが、口元を手で隠してしまう。
奥ゆかしすぎて、俺は彼女に『KING of OJOUSAMA』の称号を送ろうと思う。
はっ‥‥しまった‥‥!
時間がないのに、俺は何してるんだ?
彼女はお嬢様なだけでなく、時間泥棒でもあったらしい。本当に困ったお嬢様だ。
声を出すと男だとバレてしまうのでそのまま小さく会釈してその場を逃れた。そして数十秒後、やっと目的地である屋上にたどり着くことができた。
屋上のドアを開けると、女子生徒が一人佇んでいた。その女子生徒は間違いなく美奈さまだった。
「おそ〜い。もう私、お腹が空きすぎて死ぬとこだったじゃ〜ん。目覚まし時計ですら時間が守れるのに、君はそれ以下って訳なのかな?」
口に棒付きのキャンディーを咥えながら言われても全然説得力がないんだが、、、謝らないとどんどん時間がなくなっていく。
「も、申し訳ございませんでした。」
俺はななめ45°を超えて、90度くらいまで体を曲げて謝罪したのだが。
「んっ、誠意が足りない。もう一回」
美奈さまは微笑んで一本指を立てたのだ。
モンスタークレーマーか?
いや、完全に楽しんでやがるな。
「申し訳ご」あっ、ごめん。やっぱいいや」
しかし、俺が再度頭を下げかけたところで、美奈さまは飽きたのか、あっさり取り下げた。
彼女は女の子特有の気まぐれ感が強くて、まるでネコみたいだ。猫耳をつけて『ニャー』とか言わせてみたいものだ。
いや、2000パーセント俺の趣味だけどな。。。
「かしこまりました。それでは用意をさせていただきます。」
俺は感情を殺して準備に取り掛かった。
それにしても、屋上だと床に置くしかないのだ。
ものすごくセッティングしづらいな。
「ところでさぁ、君、制服似合ってるよねぇ。ねぇねぇ、女装好きなの?」
美奈さまは前かがみで俺に顔を近づけて話しかけてきたのだが、上から2つまでボタンを開けているせいで胸元がチラッと見えてしまった。
「‥‥‥仕事に必要なことですので、毎回この服装で配達しているわけではございません。」
そうだ。本当に女装に目覚めてしまったら、もう、コッチの世界に帰れない気がする。
「プロフには男って書いてるし、それは知ってるけどぉ〜っ。下手したらぁ、ウチより似合ってない?」
美奈さまか更に近づくから今度はブラがチラッとだけ見えてしまった。
なんとなく、ギャルだから黒かと思ったがパステルブルーだったのが意外だ。
「人を変身させるのが得意な人がいるんですよ。本人が変身したところはみたことないんですけどね。はいっ、マンゴーのパンケーキ完成です。美奈さまお召し上がり下さい。」
「それじゃ、今日もいつも以上にゆっくり食べよっかなぁ〜」
美奈さまは意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
ワザとゆっくり食べて、今回も俺が焦るのをみて楽しむのだろう。相変わらず趣味が悪い。
というか、絶対、絶対にドSだろ?
まぁ、俺もヤラレっぱなしじゃない。
ちゃんと対応策を考えてきていた。
「はい。構いませんよ。今日は午後は授業がないので帰ったら寝るだけですし。せっかくのスィーツ、ごゆっくりお召し上がり下さい。」
これはもちろんウソだ。
もちろん、午後からも授業はあるのだが、、
結局のところ、美奈さまは俺をからかいたいだけなのだ。
ということは俺が急いでいなければ、興を削がれて普通の速度で食べるだろうことは容易に想像がついた。
ダメ押しで俺は爽やかに微笑む。
ばぁか、ばぁ〜か。
ファイブスターを舐めるなよ!
彼女に一泡吹かせて気分はストップ高だ。
「そっかぁ。昼までなんだ。」
今まで一度も見たことのない美奈さまの憂いを帯びた表情が更に俺の気分を上げていく。
騙し合いの勝負で相手をだし抜けた時、人ってのはこんなにも極上の優越感を得られるものなのか。
「はい。ですから美奈さま。ごゆっくりとお召し上がり下さい。」
しかし、俺の笑顔は次の瞬間引きつった。
「じゃあ、今日は1時間くらいかけてゆっくりと食べようかなぁ〜っ。」
美奈さまがニタァっと爬虫類のように笑ったからだ。
完全に俺のハッタリはバレていたみたいだ。
ウソだぁ〜、ウソだウソだウソだぁ〜っ。
信じたくはない。
でも、認めなくてはならない。
どうやら出し抜かれたのは俺の方だったらしい
結局
美奈さまがパンケーキを食べ終わったのはきっかり1時間後だった‥‥そして、学校に帰ると、数学の教師にコッテリとしぼられることとなった。




