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十九話


「やっと授業終わったな。トモヤ、ちょっと話したい事もあるし、一緒に帰らないか?」


俺はさりげなさを装ってトモヤを誘ったが、そこで邪魔が入った。俺の真横に美咲さまが立っていたのだ。



「橋本くん、一緒に帰ろ。」

美咲さまが右手を差し出した。


いやいや、それ、舞踏会でダンスする時の手の差し出し方だから。



「えっ、水下さん。どうしたの?」

俺は意味がわからず、首を傾げた。


もしかして、ここでダンスを踊れとか言うんじゃないだろうな?イングリッシュワルツなんて教室で踊ったらいい笑い者だ。



「せっかく同じ学校になれたんだし。ほら、帰り道も」

美咲さまは更に半歩踏み出した。

近い、近い、近すぎる。


正直鼓動の音すら聞こえてしまいそうな近さだ。

いやその前に帰り道、正反対だから。


いや、その前にちょっと色々釘を刺しとかないとヤバイ気もしてきた。



「わかった。俺もちょっと水下さんには言いたいことがあるから一緒に【ピンポンパンポーン♪水下さん。水下まさきさん、すぐに職員室に来て下さい。】

呼び出しの放送で思い出した。


そういえば水下さん平野先生に呼ばれてたな。




俺も一緒に怒られていては仕事の時間がなくなるので、水下さんを職員室まで案内すると、サッサとウチに帰ることにした。


トモヤはいつのまにか居なくなっていたので、明日にでも聞いてみるか?






「シンシ〜ン、遅い。遅いよ。」


俺は1人で校門を出て、声をかけられてしまう。


声の主は幼馴染である凛花だった。

驚いてしまったが、俺は平静を装うことにする。



「いや、待ち合わせとかしてないだろ?」


「ふふふっ。そだね。今日は私がシンシンに用事があったんだ。シンシン家に寄ってもいいかな?」


凛花は上目遣いで俺を見つめている。

その瞳は潤いをたたえており、ジッと見つめられるとなんだか落ち着かない。



幼馴染でもなければ俺なんかにこんな瞳を向けてはくれないだろうということは分かっているから、少し虚しさはある。しかし、それを差し引いても反則級の可愛さなんだよな。



「いい。って言ってあげたいけど、今日は弥生は居ないぞ。また今度にしたら?」


そう、凛花は俺をたずねて家に来たりはしない。

家に来るのは弥生に用事がある時だけだ。



「ふふふっ、知ってるよ。ねぇ、ダメ‥‥かなっ?」


しかし、今回は俺に用事があるらしい。

弥生が居ないのを知っていてわざわざ2人きりであう用事か?なんなんだろう?



「ダメじゃないけど、俺に用事があるのとか珍しいな。何かあった?あっ、わかった。俺もその件で凛花に相談したいと思ってたんだ。」


しかし、俺の灰色の脳細胞はアッサリ答えを導き出してしまった。そう、来週の日曜日は弥生の誕生日なのだ。プレゼントや誕生会の件だろう。



「そうなんだ?ちょうどよかったよ。じゃあ単刀直入に聞くね。あのオンナはなんなの?」


初めて見る険しい表情は、凛花には似つかわしくないし、瞳は沼のように濁ってしまったが、今はそんな感想を抱いている場合じゃない。



あのオンナってのは誰だ⁇



「あの?凛花さん?言ってる意味がわからないんだけど、どうかしたの?」



「誤魔化さないで。」


凛花が俺の両肩をガッチリと掴んだ。

ギリギリと肩に指がめり込んで痛いんだけど、、、あんなに細い腕のどこにそんな力が宿っているんだ?




「い、いや、本当に意味がわからないんだよ。誰だよあのオンナって」


「‥‥ふぅっ、あっ、シンシンの隣に越してきた女の子の事だよ。本当にどう思ってるの?」


やけに婉曲的な表現をしているが、俺の隣の建物に住んでいるのは凛花だ。引っ越してきたのは随分と昔だけどな。



「いや、凛花のことは大切な幼馴染だと思ってるぞ。まぁ、毎朝起こしに来てはくれないけどな。」


そう、世間一般の幼馴染ほど仲良くはない。

いや、漫画に出てくる幼馴染が世間一般の幼馴染とズレているだけなのかもしれないが。



「シ、ン、シ、ン?なに言ってるの?あの転校生のことなんだけど、なぜ、あんなに仲が良いのかな?」


なぜだか背中に冷や汗が出てきた。



「とりあえずおちつけ、俺も相談したいことがあるから、部屋に入ってくれ」

俺が手招きして、家に導いた。



「お邪魔しまーす。本当に誰もいないね。」


凛花は続いて俺の家に入り、後ろ手でガチャリと鍵をかけた。



「あの、、凛花さん。なんで鍵をかけたの?」

思わず聞いてしまって後悔した。



「なんでかなぁ?なんでだと思う?」


凛花は笑顔なのだが、なぜだか俺の背中の冷や汗が止まらない。現代生活で鈍った本能が再び目覚めて俺に命の危険を知らせているかのようだ。


おまけに俺の頭の中にジリリリリッと非常ベルのけたたましい音が流れた。



そして、凛花をよく見てみるとカバンに手を入れて何かを出そうとしている。そういえば、今日、調理実習あったな。



も、も、もしかして包丁か?

う、うそだろ?




まずい、唯一の出口は凛花に押さえられている。

窓ガラスを割って窓から逃げるしかないか?


ここは三階だが、今は配達ではないからひみつ道具はもっていない。


まぁ、それでも飛び降りても死にはしないだろう。

やるしかない?



「なんだか怒ってる?転校生のことで?」

悪い事はしていないはずだが、、、なぜこんなことになった?


もしかして、美咲さまを凛花の友達である委員長に押し付けた事を怒られてるのか。


それで、この殺意。ってのも納得いかない。



「すごく仲良しで、つ、、つきあってる。って聞いたんだけど何かの間違いだよね?」


だ、だ、誰だよ?

そんなウワサ流したの?



つきあってなんかいるわけがない。


それにしても『何かの間違いだよね?』って、妹に幼馴染‥‥親しい女の子はみんな俺の男のモテ部分の評価が低すぎる。



なに?俺ってそんなにモテないの?

ちょっと、マジで泣けてくるのだけど。



「間違いに決まってるだろ?あの人はただの客だよ。

ほら、レイヤードのチケットをくれた人」


俺は必死で命乞いを行う。

求められれば土下座くらいはしてしまう勢いだ。


「シンシン、シンシンまで、私にウソつくんだ?すごく仲良しさんで、い、イチャイチャしてたって‥‥」

しかし、何故だか信用してくれない。


それどころか、目を見開いているのにその瞳はいつものように輝いておらず、ひたすらに。ただひたすらに深い闇が内在している。


本当に窓から逃げないと、もうダメかもしれん。



しかし、これは、、、アイツのせいか?



「転校生と俺がイチャイチャしてた。ってトモヤが言ってたか?んなわけないだろ?」

俺はすかさず図星を突くことにした。



「えっ?あれ?ホントになんでもないんだ?なぁんだ。そっか。うん、シンシンがモテるなんてあるわけないよね。えへへっ。」


すると、凛花がいつもの人懐っこい笑みに変わった。


俺がまたもディスられている気がしたが。

まぁ、危機は去ったようで俺はホッとした。



「なんか腑に落ちないけど、まぁ、イイや。で、俺の要件聞いてくれるか?」


結局、土曜日に弥生のプレゼントや日曜日の誕生会の買い出しに付き合ってもらえるようになった。






そして、凛花が帰るとすぐに弥生が帰ってきたので、俺は配達のアプリを立ち上げてしばらく待っていた。




「お兄、机をトントンするのやめてくれない?」

弥生が少し苛立ち気味にこちらを見る。

そう、俺はまだ家に居た。


普段ならアプリを立ち上げたら殆ど待つ事なく依頼が入るのに、今日に限って依頼が全く入らないのだ。



いや、それはウソだ。


美咲さまからは依頼が入っているが、依頼内容の開封はしていない。もちろん、凛花の件があったので、なんとなく依頼を受ける気にはならなかったのだ。



「悪い、勉強の邪魔だったか?」


「ん、別に勉強はいいんだけど、お兄、今日はなんだか浮かれてない?」

弥生の笑顔がなんだか怖い。


「いや、浮かれてないって。」


「ほんとにぃ?凛花ちゃんとなにか良いことがあった?」

弥生はロンTに短パンで相変わらず綺麗な足を晒している。まだそんなに暑くないし、もう少し露出を抑えられないのだろうか?


それにしても、今日の凛花は怖かったな。

優しい凛花が怒るくらいだ。

きっと俺が何か失礼なことでもしたのだろう。



「いや、違う女の子なんだけど、もしかしたら少しだけ俺に気があるのかもしれない娘が居るんだ?

いや、俺の自意識過剰かも知れないけど。」


「ぜ〜〜〜〜」

弥生がいきなり、大声を上げた。

意味がわからないが、もしかして女の子の日なのだろうか?



「ぜ?なに言ってるんだ?」


「〜〜ったい、あり得ないよぉっ。」

‥そんなに強く否定しなくても、、いいと思うんだよな。凛花に引き続き、なんて酷い仕打ちなんだ。


せめて家族くらい、ひいき目でみてくれないかな?



「いや、兄ちゃんって、女の子からみたらそんなにモテないかな?」


「う〜ん。モテないよ。」

弥生は断言した。


「な、なんでだ?」


「えっ、あっ、だって‥‥‥‥デリカシーないし、、、、、。それに‥‥シスコン‥だし」

なに?シスコンが駄目だと?

そんな世界なんて間違ってる。


「妹を一番大切に想ってなにが悪いんだ?」


「たっ、一番たいせつっ。私が?」


「ああっ。」


「そっ、そぅ、なの?」

弥生が疑い半分、戸惑い半分の眼差しでこちらを見つめた。


「当たり前だろ。」

俺は弥生を正面に見据えて、真剣な顔でそう答える。


「そぅっ。」

弥生は逃げるように席を立った。

あっ、どうやら冷蔵庫に麦茶を取りに行っただけのようだ。俺の発言にひいて逃げられたとは思いたくない。



「たった2人の兄妹なんだからな。」

俺は今までのは2人の思い出を滲ませながらそう締めくくったが、弥生の反応はことのほか悪かった。



「‥‥はぁ〜〜っ。お兄のシスコン、変態、ばーかばーか。」

そう言うと、振り向きもせずに部屋を出て行った。



「はぁっ、俺らって相変わらずだな。」

お兄ちゃんってのはきっと原初から報われない存在だったのだろう。



ブーッ、ブーッ、ブーッっとスマホが震えた、


俺はパブロフの犬のように反射的にスマホの画面を見て、、、呆れ果てしまった。

美咲さまがまた違う依頼を出していたのだ。


依頼は両方ともパンケーキだ。

本当に二個食べるつもりか?



その時俺の中で悪い考えが浮かんでしまう。



『これ、両方受けたら報酬は二回分貰えるんじゃないか?』

俺は欲に駆られた亡者のように依頼の受諾欄をタップし続けた。


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