十五話
「もぅっ、橋本君、おそい。」
ここは美咲さまの部屋。
今日はアボガドのパンケーキをお届けに来たのだ。
しかし、美咲さまの第一声がまるで俺が、遅れて待ち合わせ場所に登場した彼氏みたいだ。
「いえ、まだ3分は時間があるのですが。」
そう、俺は彼氏ではないし、遅れてもいないんだが。
「あっ、そうだね。ここ何日か橋本くんを指名できなかったからズッと待ってたんだよ。握手会の時‥‥なぜあんまり話してくれなかったの?」
ん、握手会の時もどこかにいたの?
もしかして、美咲さま。ライブだけでなくレイヤード専属のスタッフなのだろうか?
「いや、仕事中でしたよね?真面目に仕事しているのに邪魔したら悪いです。」
というか仕事外でお客様に話しかけるほど俺は空気の読めないヤツじゃないのだ。
「へっ、あっ。ふぅん。そう。でも、私あの時は喋るのが仕事だったんだからね。」
そう言われても見かけた覚えなんて全然ない。
司会のような人も存在はしなかった。
人が多かったし、誘導員でもしていたのだろうか?
そういえば、しきりに『ちゃんと二列にお並びください』なんていう声が聞こえていたっけ?
あまり思い出せないが、あれが美咲さまの声だったのだろうか?
「いや、悪い。(どこにいるのか)気付かなかったな。」
「もうっ、ほんとズレてるんだから。」
やれやれといった雰囲気を出す美咲さまが腹立たしい。たぶん、この人のほうが世間ズレしている。
「いえいえ、美咲さまほどではありませんよ」
だから、俺はちゃんとブーメランを投げ返してあげた。
「女の子には優しくって習わなかった?」
「私の通っている風呂出時高校では習ってませんね。」
俺は白々しく言ってやったが、気にした様子がない。
「あっ、橋本くん。ライブに彼女2人も連れてきたらダメだよ。」
その挙句、話も変えられてしまう。
「いや、妹と幼馴染ですから。まぁ、悲しい話ですが彼女いない歴は年齢と同じです。」
俺は無理矢理営業スマイルを浮かべた。
もちろん、心の中では涙が止まらなかった。
「そう?私とお揃いだね。」
しかし、なぜだかとてもいい笑顔で返されてしまう。
「ちょっと、なんで近づいてくるんですか?」
しかも、美咲さまが近づいてきた。
正直意味わからないし、怖いんだが。
「はい、あ〜〜ん。」
思わず口を開けると、甘ったるいメープルシロップの香りが口の中いっぱいに広がった。
これがスイーツ男子ならご褒美に成り得ただろうが、俺は甘いものが苦手なんだよな。
これ以上甘いものを口にするのは耐えられない。
「美咲さま。私が気が付かず申し訳ございません。あーーん‥‥お願いします。」
だから主導権を握って、今度は俺が美咲さまにあーんを強要する。
「あ〜〜〜、はむっ。ムグムグッ‥‥‥‥美味しい」
パンケーキを頬張る美咲さまはなんだか小動物みたいで妙に可愛かった。それを見て何だか楽しくなった俺は、ひたすらエサ(パンケーキ)を与え続けるのだった。
お陰で美咲様はいつもより早く完食した。
「ご満足頂けて何よりです。それにしても、なんだか慣れませんね」
あーんなんて生まれて初めてだったが、あーんの作法とか知らないけどあれで合ってただろうか?
「そうだね。私もこんなの初めてだったよ」
美咲さまはまだパンケーキの余韻が残っているのか、幸せオーラがキラキラしていた。
「そうですか?私はまるで」
「恋人同士みたいだった?」
美咲さまが見当違いなことを言い出した。
そういうの、俺みたいな男子はその気になってしまうから本当にやめてほしい。
「いえ、、飼育係みたいだと思いましたよ。」
仕事中である俺は無難な返答をする。
「えっ‥‥?あっ、そう?は、恥ずかしい」
何故そこで照れるんだ?
本当に意味がわからない。
「そういう思わせぶりな態度が似合うところをみるととても彼氏いない歴イコール年齢には見えませんね。」
俺は心中を悟られないように戯けたポーズで彼女を茶化すのが精一杯だ。
「どうせ人見知りですよ。」
対して、美咲さまはあっかんべーのポーズをとるが、グルグル眼鏡のせいで、目元は見えず、ただ舌を出しているだけに見えるのだが気にした様子はない。
「何はともあれ、今日はもう一件配達があるのでそろそろお暇させていただきます。本日はご注文を頂きありがとうございました。お手数ですが評価は五つ星【ファイブスター】でお願いします。またのご注文心よりお待ちしております。」
俺はいつものキメ台詞を一切噛むことなく言い切る。その後、完璧な一礼を決めると静かに部屋から立ち去った。
ちなみにもう一件配達があるのは本当だ。
もちろん、次の配達先も四天王の1人だが、俺は思わずスキップなんてしてしまう。
だって配達先は朱鷺田さまのところだからだ。
今日もあの可憐な姿が見れるかと思うとテンションはストップ高だが、、、
正直に言うとそんなに浮かれていられる難易度ではない。事前情報によると今日は主人が自分の部屋に居るらしい。
ということは主人の部屋にある抜け道は使用できないってことだ。
俺は配達で培ったあらゆる手を張り巡らせて配達に挑むことになる。




