九話
「んっ、あっ、あれ?」
ぼんやりと意識が覚醒し始めた気がするけど、自分がどこにいて、どんな体勢でいるか全然わからなかった。
あっ、、、毛布?
弥生がかけてくれたのだろうか?
しかし、そこでもっと重大なことに気づいてしまった。
何故だか身動きがとれない。
少しパニックになりかけたが俺は意図的にゆっくり息を吸い込み、心を鎮めることにする。
少し落ち着いてくると、少しずつだが状況が分かってくる。
俺の腹回りに誰かの腕が巻きついている。
背中側から俺に抱きついているようだ。
俺は抱き枕じゃないんだけどな。
そう言えば背中にすごく柔らかいものが当たっている気がする。。。
お陰で、弥生と凛花の内どちらが俺に抱きついているかすぐに分かってしまった。簡単な推理だよ、ワトソン君。
しかし、意識するといけないところが元気になってしまうので、とにかく素数を数えて邪念を祓ってしまうことにした。
それにしても、凛花もどういうつもりなんだ?
いくら仲が悪くないと言っても、普段こんなにベタベタしてくることはまずない。
俺は振り返って凛花の顔をみようとして失敗した。
意外とガッチリと腕が固められていて、動きがとれないのだ。なんとか無理矢理手をこじ開けて凛花の方に向き直ることに成功した時は俺はハァハァ言っていてちょっと変態みたいになっていた。
しかし、今度は正面に向かい合った状態で凛花に抱きつかれてしまう。先に起き上がれば良かった。
うわ、顔が近いし、柔らかいし。
どうやら眠っているようで、スースーと寝息をたてているようだが、、、
可愛いし、色んなところが体に触れていて理性が持ちそうもない。
すぐに彼女から離れようとして、予想外の方向から声をかけられた。
「お兄‥‥凛花ちゃんになにしてるの?」
ゾワワワッと全身の毛穴という毛穴から、冷や汗が滝のようにいっせいに噴き出した。
マズイ、、これ、俺が凛花を襲っているようにしか見えないんじゃ?
「違うんだ。誤解だ。俺はやましいことなんて」
「いくら、両想いだからって、、ヒドイよ。」
「勘違いしているようだけど、両想いでもないしエロいこともしていない。凛花が寝ぼけて俺に抱きついてきただけだ。ほら、凛花、起きろ。起きて兄の栄誉を回復してくれ。」
弥生の誤解は俺には解けそうにない。
頼みの綱は凛花だけだ。
「んっ、ふぁっ。‥シンシン?どうしたの?あっ、弥生ちゃん。ごめん、寝ちゃってた。」
寝ぼけ眼の凛花はいつもより少し無防備に見えて、なんだか愛らしい。
「あっ、私こそごめん。凛花ちゃん、寝ぼけてるし、お兄はそんな度胸はないもんね。」
あっさり、誤解は解けたが、それでもディスられるのは俺の普段の行いが悪いからなのか?
なんだか納得がいかない。
「いや、弥生、俺にはその言動を謝ってくれ。大体、度胸の問題じゃなく凛花に何かするつもりはないよ。するわけないだろうが」
そうだ。凛花はなんだかんだ言って大切な幼馴染だ。そんな凛花に俺がヒドイことするわけないだろ?
そう、端的に言うと余計なことをして凛花に嫌われたくはない。
「お兄、ヒドイよ。」
しかし、我が妹のリアクションがかなりおかしい。
???
コイツ、何言ってるんだ?
「弥生、、お前、、俺が凛花に何かしても何もしなくても怒るんだな。意味がわからない」
恋愛シュミレーションゲームなら必ずどちらかの選択肢は正解なんだろう。
しかし、どうやら現実はどちらの選択肢を選んでも不正解になる場合があるらしい。
ほんと糞ゲーだな、現実ってのは。
「あっ、のっ、、どうしたの?」
やっと正気に戻ったた凛花も戸惑ってオロオロしている。
『兄弟げんかに巻き込んですまない。』
なんて思ったが、そもそもの元凶が凛花だった事をすっかり忘れていた。
「もしかして、お兄って他に好きな人いるの?」
弥生にそう言われて思い浮かんだのが、箱入り娘の楓さまだった。
まぁ、好きとまではいかないが、、、どちらかといえば俺が今1番可愛いと思っている娘だ。
妙に初々しくてとにかくカワイイ生き物だ。
ちなみに1番ムカつく女の子は四天王の1人。
名門女子高の聖リオン女学院2年、九条美奈である。
彼女は毎回昼休み時にデリバリーを頼んでくる小憎たらしい悪魔だからな。
「まぁ、可愛いと思うタイプの娘は居るけどな、、生憎と俺は公私の区別はつけるタイプなんだよ。」
「‥‥お兄‥‥まさか、それって‥ほっぺにチューの‥‥?」
弥生に図星を突かれて俺は目が泳ぐ。
「そ、そんな訳ないだろ?あれだ、昼休みによく呼び出してくるギャルの女の子がちょっとタイプなんだよ。」
誤魔化しで思わず1番ムカつく彼女を引き合いにだしてしまった。
あの女、自分が可愛いのを自覚しながら男を手玉に取るタイプで、毎回俺はオモチャにされてしまっている。もうお婿にいけない‥‥なんてほどじゃないけどな。
「昼休み、、、そんな人居たっけ?」
凛花が首を傾げる。
よく見ると畳の跡がホッペについているが、ここで笑ったら不味いんだろうな?
「お兄、、ウソはいけないよ。」
2人に言われて俺は言葉足らずだった事に気付いた。
これだと俺は同じ学校のギャルの娘とよくお昼を一緒にとってるみたいに思われている。
俺みたいにモテない奴が言うと、完全にミエとか妄想と思われても仕方がないだろう。
俺ってば完全にイタイ奴って思われちゃった?
「あっ、違う。仕事で女‥‥違う学校に配達に行くんだけど、絶対、昼休み中なんだよな。正直、毎回時間ギリギリで大変なんだからな。」
あっ、、、、ぶねぇ〜。
もう少しで正直に話すところだった。
流石に女子高に潜入している件は身内にだって話せない。だって、弥生に嫌われるのはイヤだからな。
「そのギャルの娘が好きなの?」
「いや、あくまでもタイプってだけだ」
まぁ、九条さまも見た目はカワイイ。
見た目はな。
しかし名門女子高なのに金髪だし、スカート短くして、パンツが見えそうで見えないし。
制服のボタンは上から2つ分外してるから、谷間が気になるし。
「そうなんだ。どんな人なの?違う学校って?」
凛花が更に質問してくる。
普段なら新聞を丸めた感じの棒状のもので叩かれてる感じの軽い感じのノリなのだ。
なのに、今日は何故だか真剣で斬りつけられているかのような鋭い口調で、俺も油断していると斬り殺されてしまいかねない緊迫の場面が続いていく。
「聖リオン女学院2年の娘だよ。」
「そっかぁ。お嬢様なんだ。私‥‥私達とは違うもんね。」
確かに、あそこはいわゆるお嬢様学校だ。
しかし、たぶんあの娘は普通の娘だろう。
だって、ギャルだし。
「いや、全然だって。全然お嬢様っぽくないし、俺をからかって楽しむような性格だしな。」
そう、ここはこの選択肢で問題ない‥‥はずだ。
リセット出来ない無理ゲーを俺は胃痛に苛まれながら続けていく。
「そうなんだ?あっ、弥生ちゃん、ごめん。勉強が途中だったよね?続けよっか?」
しかし、ここでゲームは意外なことに終わりを告げた。
弥生が手持ち無沙汰なのに気づいた凛花は、弥生を連れて隣の部屋に入ってまた勉強を見てくれたのだ。
た、、助かったぁ〜〜っ。
俺は自分がまだ生きている奇跡と凛花様の空気読みスキルに感謝した。
「シンシン。はい。」
翌朝家を出ようとしたところで制服姿に身を包んだ凛花に声をかけられた。
「おいっ、これって」
俺は渡されたものを見てウンザリする。
「あと、こっちは弥生ちゃんの分」
更にもう一つ包みを渡された。
「いや、そうじゃなくて俺たちもちゃんと弁当はもってるんだけど」
弁当は毎朝俺と弥生の交代で作っている。
「育ち盛りでしょ?いつも言ってるけどそれだけの量じゃ足りないんじゃない?」
俺の顔を覗き込む凛花の瞳には憐れむような色は少しもなかった。純粋に心配してくれているんだろう。
「いや、でもこんなん貰ったら凛花の家にも申し訳ないだろ?」
俺は遠回しに断ったのだが、
「心配しなくても、ちゃんと私のバイト代を使って作ったものだから家にも負担をかけてないし大丈夫だよ」
凛花は拳を握って力説する。
しかし、全然大丈夫じゃない。
「ばっか、、バイト代は自分の為に使えよ。」
俺がそう声を荒げたのにも訳がある。
凛花は事あるごとに俺たちの世話を焼いてくれるのだ。
それだけでならまだいいが、凛花は自分の小遣いも自分の為に使わずに俺たちの為に使おうとしてしまうのだ。
「フフフッ、、シンシンってば面白い事言うよね。シンシンだって、バイト代全部家に入れてるでしょ?」
「俺はいいんだって、大切な家族のためにバイト代出せるなんて嬉しいくらいだ。」
「私だって大切な幼馴染2人の役に立てるなら嬉しいよ。」
そこで凛花は心底幸せそうに微笑んだ。
「いや、気持ちは本当に嬉しいんだけど、こういうのは困る。」
俺は人として大切な何かを失ってしまいそうで、凛花の申し出をちゃんと断ったのだけど、
「なんで?」
なぜかそこで凛花は不思議そうな表情を浮かべた。
「だって、、、、だって、俺が女に貢がせてるみたいじゃないか。」
「プッ、、、あははっ、シンシンってそんなにイケメンだったかなぁ?」
ジッと俺を間近に見つめて顔を近づける。
正直、キス出来そうな距離だ。
相変わらず、警戒心のないやつで困るな。
「どうせっ、カワイイ凛花と違って俺はチンチクリンだけどな。」
俺の顔はたぶんフツメンだと思っているのだが、誰かに確かめる勇気は俺にはない。
「かわっ、、、何言ってるのよぉ」
言われ慣れてるクセに、凛花は耳まで真っ赤になってしまった。意外と不意打には弱いのかもしれない。
「まぁ、とにかく、お弁当みたいなのは勘違いされて困るし、凛花に恩ばかり受けても返す物がないんだ。タダでさえ勉強見てもらってる恩すら返せないのに。」
「そんなのいいって。水臭いよ。」
凛花はそう言うが良くない。
凛花の親切心を無条件に受け取っていたら、きっとダメ男が出来上がってしまうだろう。
そう、尽くす女に慣らされた男が、知らぬ間にヒモ男になってしまうようなイメージだ。
俺は心の中でこっそり凛花に
『ダメ男メーカー』の称号を与えた。
「そうだ。いつもの恩返しって訳じゃないけど、何かあったらいつでも力になるから言ってくれ。」
力仕事でも庭掃除でもドンと来いだ。
というかそれ位しか恩の返し方がわからない。
「ありがとね。考えとく」
凛花はそう言って先に歩き出した。
一緒に行くわけにもいかないので、俺は一旦部屋に戻り十を数えてからまた部屋をでてそのまま家を出るのだった。




