九十五話
そして、1週間後のある日。
俺は相変わらず美奈さまとVRルームにいた。
1週間も逢瀬を重ねたと表現すれば色気のある話にも聞こえるのだけど、実際は私語すら交わしてはいない。
123回、、いや、124回目だな。
ようやく誤差50m以内に着地。
これなら何とかなる。
「ほらね、、やっぱり先生がいいから1週間で何とかなったわね。」
とか美奈さまが言いながら笑っていたけど、目が笑ってなかったからなんとなく怖かった。
ほんとは3日くらいで終わらせたかったのだろう。
いやぁ、、長かった。
ふと、スカイダイビングについて調べてみた。
まずは、飛行機で空へ。そして高度3000〜4000m付近で大空へダイブ。
この時に基本姿勢をとるのがポイントらしい。
なんなら、、これってまずは姿勢がとりやすい地上で練習するらしいな。うん、そっちのほうが効率が良いもんな。
で、、今度は基本姿勢をとりながら、自由落下。
その時には景色を楽しみながらも着地したい点の確認。
そして、パラシュートを広げた後には今度は自分の居る位置を知る必要があるという事だ。
どうやって知るって。自分の足先を伸ばして目視でまるで銃の照準でターゲットを狙うような形で見るらしい。
そして、着地したい点と現在地の差をどうするかというと、パラシュートをコントロールするらしい。そして、目標は着地点の風上300m先だ。
そこからは飛行機の着陸と一緒だ。
ダウンウィンドレグから、90度旋回、ベースレグ、、 90度旋回。そして、着陸となる。
なるほど、、ちゃんと理論的に体系化されているんだな。なのに、、美奈さまとの特訓はひたすらにスパルタと根性論だった。
あれ、、見た目に騙されてたけど、、あの人ってただの脳筋なのでは、、、、
心当たりがありすぎて、、背中の汗が止まらなかった。
とっ、とにかく、明日はリベンジだ。
「まだ時間あるかしら?」
練習が終わった後で美奈さまに声をかけられた。
まさか、、いつから、、いつから俺は、、練習が終わりだなんて錯覚していたのか?
それからはさっきまでの練習が児戯に思えるほど激しい訓練が繰り広げられ‥たりはしなかった。
そう、、普通に近くのショッピングモールに寄るだけだった。
これって俺は必要??
もしかして、俺ってば荷物持ちなのだろうか?
まぁ、1週間も練習に付き合って貰ったんだからそれくらいはいいか?
それにしても人が多いな。
セール時期だからだろうか?
フハハハハッ、人がゴミのようだ。
「まさか、『フハハハッ、人がゴミのようだ。』なんて思ってないでしょうね。」
美奈さまは呆れたような声を出す。
頼むから人のこころを読まないでほしい。
「‥そんなこと思う訳ないですよ。」
図星を突かれて思わず敬語になってしまった。
「そう、、まぁ、坊主とは違うのかな。そう言えば知ってる?坊主、イメチェンしたのよ」
美奈さまはなぜだか少し早口でそんな話題を振ってくる。そう言えばなんだかさっきからキョロキョロして落ち着かない。
まさか、、、いや、、そんなことはないと信じたい。これって恋バナか?しかも意中の相手は坊主なのか?ちょっと男の子の意見を聞いてみたいんだけどってやつなのか?
「いや、、気のせいじゃないか?」
反射的に否定の言葉を口にしたけど、、今話しているのはまだ恋バナではなかった。
「気のせいな訳ないじゃない。あの坊主が髪を伸ばして、服装も普通なのよ。」
俺はあまりにも驚きすぎて、咥えていた食パンを床に落とした。いや、、登校中でもないのであくまでも比喩表現だからね。だから、3秒ルールとか気にしなくても大丈夫。
うーん、坊主が坊主でなくなっても個体としての坊主はなくならないのか?いや、箱を開けるまでは坊主か坊主じゃないかは確定しないということだろうか?
それにしても、『シュレディンガーの坊主。』って響き、なんだかカッコよくはないだろうか?
‥いや、段々と脱線しているな。
「それは本当に坊主なのか?」
なんとか現実に意識を戻す。
「私もビックリしたわ。好きな人に相応しい自分になりたいんだって。なんだか良いよね。」
あぁ、女の子って他人の恋バナ、、大好きだよな。
「好きよ。」
好きなのか。
‥って、何を?
どれくらい会話が途切れていたのだろうか?
俺の様子を見て美奈さまはポンと手を叩く。
「あれぇ?何か勘違いしてない?」
嗜虐的な笑みを受けて俺はようやく気づいてしまう。頬が燃え出しそうな位熱い事を。
「いや、、えと、、坊主が好きなのか?」
「好き?なんで?」
美奈さまは目が泳ぎ出す。
あれ?違うのか?
「いや、、仲が良さそうだし、」
「あ、勘違いしないでよ。坊主とは親戚なのよ。」
まるでツンデレみたいな発言だったが、俺がそこに食いつくことはなかった。だって、そんなものより大きな釣り針が目の前にあるんだから。
「えっ?親戚?美奈さまと坊主が?」
「そう、曽祖父の兄弟の次男のお嫁さんの弟の奥さんの姉妹の子供の従兄弟の子供さんよ」
なんて事ないように言う彼女の瞳はなぜか憂いを帯びていた。いや、その前にこの関係って親戚と呼んで良いのだろうか?
「いや、それなら気になる事があるんだけど」
「何よ、、え‥‥エッチなことなら答えないわよ
」
顔を紅潮させる、、どころか、耳や首元あたりまで真っ赤にさせている彼女は控えめに言っても可愛いさに溢れていた。
そう、彼女は少し派手な服装を好んでいる、、所謂ギャルっぽい女の子だが、見た目は可愛いとも綺麗ともいえるからこういう態度をされてしまうと可愛い方向に秤が触れてしまうんだよな。
「いや、、美奈さまの中のおれはどんなやつなんだよ。」
「ん?そうね?聞きたい?うーん、それはココロを病んで引き篭もりになりたいってことなのかしら?」
ちょっと待て、どう言う事?
なんだかんだ、最近話すようになったから、『仲良くなった』なんて勝手に考えていたのに。
「いや、さすがに聞く勇気はないな。ところで何を買いに来たんだんだ?」
話を逸らすように単純な質問を飛ばす。
「えっ?」
おかしいな。美奈様は何故だか真顔で首を傾げている。
「いやいやいや、ショッピングに来たんじゃないのか?」
「はぁ〜、そうよ」
「なら俺は何をすれば良いんだ?てっきり荷物持ちに使われるのかと思ったんだけど。」
「‥私、そんな性格に見えるのかしら」
首を傾げる姿は隙だらけで、いつもより幼く見えてなんだか可愛い。
「いや、、見えるだろ?」
「え〜っ、そうかしら、だったら君は不審者に見えるわ。」
言いながらニヤリと笑みを浮かべ、目の前にスマホを掲げる。
スマホを見ると電話アプリが起動されており、すでに110と入力済みのようだ。後は発信ボタンを、、、
「いやいやいや、、何やってんの?それより、女子のショッピングなんてリード出来ないぞ。俺のテリトリー外だしなぁ」
「えっ?何を惚けてるの?」
真顔で問いかけられ、俺は真剣に頭を巡らせた。
しかし、、心当たりがありまくりだった。
これってしらばっくれることは出来ないのだろうか?
「ふふふっ、、惚けても無駄よ。あんなに可愛いのに。ねぇ、君もそう思うでしょ?」
からかうような笑みを浮かべた美奈さまは控えめに言ってもヤバイくらい可愛いのだけど。
やっぱり女装のことを言ってるよな。
‥‥で、、10分後、俺が試着室のカーテンを開けると、美奈さまが、目を輝かせることとなる。
カーテンを開けるとそこは別世界。
‥という事もなかった。
目の前には少し派手目な髪色の美少女が居る。
まぁ、本人に言うと付け込まれそうで口にはしないけど。
「ほんと、可愛いわよね?これから女の子として生きていく気とかない?」
美奈さまは一見真顔を装っているが、それでいて瞳の輝きは全く隠せてはいない。これは確実に面白がっているな。
いや、そう言う意味での別世界はイヤだ。
「いや、なんで、イヤだって。」
俺は眉根を寄せる。
「ふふふっ、魔の2歳児ね」
もの凄く厨二心をくすぐられるワードだが、
要は幼児のいわゆるイヤイヤ期に例えられているのだろう。
なんだ、同年代の男扱いされていないじゃないか。
「あの?美奈様。」
目線を美奈さまに合わせて俺の本心を目力で彼女に届ける。
『イ、ヤ、ダ』と。
‥もちろん、通じなかった。




