九十五話
「ゆ、結衣ちゃん?えっ、、本物。」
俺の後ろから弥生が顔を出す。
普段からつぶらな瞳をさらに大きくしている様は驚き方のお手本のようだ。
そして、弥生はレイヤードのファンだから喜んでいたのだと思ったが。
「あ、兄に何か用ですか?」
警戒心を隠そうとしない刺々しい態度の弥生は兄バカの俺から見ても本当に大人気ない。
あれ?
弥生って子供嫌いだっけ?
まぁ、とにかく、結衣ちゃんの話を聞かないとな。少し腰を屈めて目線の高さを結衣ちゃんに合わせる。
すると、なぜだか結衣ちゃんは口を尖らせた。
「あなたよりは精神年齢は20歳は高いですから、子供扱いしないで下さい。」
あぁ、子供扱いされるのがイヤだったのか?
だからと言っていきなり『すまないね、こんな素敵で可憐なレディを子供扱いなんて、、私は本当に見る目がないな』なんてキザな事は言えない。
「そっか。ところで、今日はどうしたの?」
俺はそのまま中腰の姿勢で真っ直ぐに結衣ちゃんの目を見る。
「わかりませんか?」
結衣ちゃんの意志の強さを感じさせる瞳もやはり真っ直ぐ俺に向けられている。
何か本当に訴えたいことがあるのだろう。
しかし、心当たりが‥‥美咲さまか?
でも、ADの事でわざわざアイドルさまがファンの自宅に乗り込んでは来ないのでは?
もしかして、それは口実で実は俺のことが好きだとか?まいったなぁ、、一目惚れか?アイドルに好かれるなんて。いや、、、レイヤードなら葵さんかユッキーが良いんだが。
「分かりませんか?」
その視線にはひと匙の甘さも混じってはいなかった。しかし、彼女に恨まれる覚えもない。
「分からないよ。悪いけど、学校があるんだ。早く本題に入ってくれないか。」
「わかりました。はっきり言いますね。私には双子の姉が居ます。姉をこれ以上弄ばないでくれませんか?」
はぁ??
双子ってことは小学生だろ?
俺が小学生女子を弄んだ?
どういうことだ?
『おたくの息子さんが女児を孕ませた。示談金に三百万円必要だから用意してくれ。』って振り込み詐欺グループなのか?
ただ、やっているのはレイヤードの結衣ちゃんだぞ?結衣ちゃん色々まずくないか?
俺は訳知り顔で彼女の心配をしていたが。
実際には俺の命が危なかった。
「え〜っと、、、包丁はどこかなぁ?」
弥生は張り付いた笑みを浮かべて包丁を探している。
「ちょっと、、、ちょっと、、、弥生さん?どうしたの?今から料理でも始めちゃうの?学校におくれちゃうよ」
「ん?そうだね。でも遅刻の心配なんてしなくてもいいよ。お兄を殺して私も死ぬから」
弥生の目がギラリと輝く。
「ぎゃーっ、、ちょっと待て、待ってくれ。俺は小学生を弄んだりしてないし、、そもそも小学生と絡む機会もないから。」
俺は手足をバタつかせた。
もちろん、無意識的な行動だ。
それだけ生きるのに必死だからな。
「本当?」
弥生が首を傾げている。しかも、、首がもげるんじゃないかというほどあり得ない角度で。
俺は首を縦に振るだけの人形になったようにコクコクと首を縦に振り続けるが、それが良くなかったようだ、、
「昨日の夜は小学生に負けたって言って泣いてたよね?」
弥生の目がギラリと光った。。。気がした。
しまった。これだと隠してたみたいだ。
よくよく考えてみたら、知り合いの小学生って莉奈しかいないじゃないか。
「いや、、ぁぁっ、結衣ちゃんの姉さんだったんだ。いやぁ、、、」
俺の乾いた笑みは途中で苦痛に歪んだ。
なぜなら、俺の鳩尾に結衣ちゃんの拳がめり込んでいるから。
いや、冷静に説明しているけど、、本当は息ができないほど苦しくて悶絶してその場に蹲るハメになるのだった。
「‥と言う訳なんだよ。だから、弄んだというよりガッカリさせちゃったんだろうな。」
俺は今までの経緯を説明する。
たまたま彼女を助けてから少し慕われることになった事。しかし、配達の実力は俺が下なのかもしれないこと。
だって、莉奈は体力面では圧倒的に俺が有利なのだが、何かを操る技術には卓越しすぎているので、既に互角以上だもんな。
既に美少女だし、これで大人になって男心を操る術なんて手に入れた日には手に負えなくなるだろう。
「そうなんですか?それにしても男の人ってもう少し見得をはる生き物かと思っていたんですが。」
いやいや、小学生が言う発言ではない。
少なくとも年齢は10位はサバを読んでそうだ。
「結衣ちゃん、さすが芸能界で生きているだけのことはあるなぁ。俺が小学生の時なんて、食い物とゲームの事しか考えていなかったなぁ。」
俺は場を和ませるために自虐的な笑みを浮かべる。
「まぁ、あなたはそんな顔してますね。それにしても、困ったなぁ、、これってだれも悪くないんですよね。」
そう、、誰も悪くない。
強いて言えば小学生に負けた俺が悪いんだけど。
無力、無能は罪だ。なんて言い出したらキリがない。
「じゃあ、誤解も解けたところで、そろそろがっこ‥」
言いかけたところで、頬に柔らかな感触。
そう、結衣ちゃんが俺の頬にキスしたのだった。




