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B 抗う理由は

後編その2

「何なんだ……あんたはいったい何を知っているんだ……」

　オメガは激しく狼狽した。

　しかし、彼女の目の前にいる少女は語るのをやめない。

「いいか、まずお前は奴らに騙されている。

　本当は外宇宙生命体オーバーエイリアンなんて存在しないんだよ」

「なんだと……？」

「あれは奴らの嘘だ。

　あれの正体は、魔法少女の成れの果てさ」

　オメガはそれを聞いて吐き気を催した。

「う、嘘だ！

　だったら……俺は……俺は……！」

「人を殺していたのか……か？」

　少女はオメガの言葉を遮った。

「いやいや、ありゃあもうヒトじゃない……ただのバケモノさ。

　殺してくれてそいつらも感謝してるだろうよ……。

　まあ、俺の場合は殺されなくて本当によかったが」

「感謝って……でも、元は魔法少女だったなら……そいつらも使命を抱いて……希望を持って……」

　オメガは泣きそうなのを我慢しながら反論しようとする。

　だが、少女はそれを否定した。

「いや、そうでもねぇさ。

　……俺ァ元々どうしようもないやけっぱちでさ……明日を迎えることを放棄したような生き方をしてたよ。

　そんな俺だったから、安定した収入が入ると聞いて飛びついたよ。

　しばらくはよかった、元同胞どもの成れの果てをそうとも知らずに倒せばそれで暮らしていけた」

　少女の話にオメガは聞き入っていた。

　自身のこれからに繋がる重要な話になると思ったからだ。

「だがな、いつだったか……気づいたら奴らと同じ姿になっていた。

　ドロドロした情けねえバケモンにな。

　そしてケモナの野郎が現れて言うのさ。

『ああ、失敗か……』ってな」

　オメガはつばを飲んだ。

　すべての違和感のミッシングリンクが繋がっていく感覚があった。

「奴らの目的はこの宇宙を守ることなんかじゃねぇ。

　もっとおぞましいものだったのさ……」

「そ、それはいったい……」

「やれやれ、感心しないな失敗作……マジカルエネルギーを無駄遣いしないでよ」

　森の奥から、海の底から、空の果てから、それは突然に現れた。

「……ケモナ！！」

　十匹、二十匹どころではない、大量のケモナだった。

　彼らは、オメガの前の少女を睨んだ。

「まさかあの姿からマジカルエネルギーを供給することで元に戻るとはね……驚いたよシータ。

　流石に強大な素質を備えた君だ……だがその姿、長くは維持できないのだろう？」

　シータと呼ばれた少女は、怒りを顕にした。

「黙れ！貴様らは人類の敵だぁ！！」

「もうマジカルエネルギーを満足に扱うことも出来ないだろう？

　そんな出来損ないのニンゲン、僕らでも殺せるよ」

　数百匹のケモナがシータにのしかかっていく。

　シータはかわすことができず押しつぶされていく。

　肉が潰れる音、骨がきしみ折れる音、おぞましい悲鳴が響き渡る。

　しかし、最後の力をふりしぼりシータは叫んだ。

「お前！！よく聞け！！

　こいつらの目的は人類を滅ぼすことだぁーーー！！！」

　十秒もしないうちに唸り声すらしなくなった。

　そして、一匹のケモナがオメガに語りかける。

「ねぇオメガ、君は信じるかい？

　彼女の言ったことを……」

「俺は……俺は……」

「悪いが俺は……お前達を信用できない……」

「……へぇ、そうかい」

　ケモナはあらゆる方向からオメガに冷たい目を向ける。

　血液が凍るような感覚に耐えながらオメガは言い放った。

「さっきの奴……シータといったな、アイツはあのドロドロの中から(・・・)現れた！

　お前はそれをマジカルエネルギーの供給により元に戻ったと言った！

　それじゃあ……魔法少女はあのドロドロになるってことじゃないか！」

「……もう、隠し立てはできないってことだね」

　オメガはこぼれ落ちる涙を気にもとめずにケモナを問いただす。

「答えろケモナ！

　お前の、お前らの目的を！洗いざらい話せ！」

　ケモナは観念したようにため息をついた。

「わかったよ……君には教えるよ、『適合者』」

　ケモナは一個体を残して引き上げた。

「この地球は美しい……君たち人間にはもったいないほどに……。

　誰かが考えたのさ、この地球の支配者にふさわしいのは誰か……とね」

　ケモナの目はやはり澄んでいるが、その価値観は人間のものとかけ離れていた。

「人間は地球を滅びに向かわせている。

　そんな生物は星の支配者としては……落第点さ。

　だから、僕らが代わってあげようってこと……君たち人間をみんな、動物に変えてね」

「なんだと……！？」

「あのドロドロとした怪物は失敗作……今までマジカルエネルギーを注入されてああならなかった人間はいなかった。

　そしてその失敗作はこの地球を襲いにきたのさ、自我をすっかりなくしてね」

　ケモナは淡々と語っていく。

　まるで何でもないようなことを話すように。

「だから魔法少女を作った。

　それまでマジカルエネルギーを多量に投与していたけど、それを分割するようにしたらジワジワと変化するようになったんだ。

　でもね、それでもまだ失敗作ばかりだった……。

　あのシータは上手くいきかけたけどね、まだ彼に眠る素質では足りなかったよ」

「人類に殺し合いをさせていたのか……！」

「そう受け取るかい？

　まあ、人類を滅ぼそうとしているのは間違っていないね」

　ケモナはやはり何でもないように言う。

「でもね、さっきシータが言ったように、あれはただのバケモノなんだ。

　いくら元が人間とはいえそこは割り切っていいと思うんだけど……」

「お前には人間の価値観なんて通用しないんだな……！！」

　オメガは奥歯を噛み締めた。

　彼女の周囲に強風が吹き荒れた。

「怖いなぁ……マジカルエネルギーが暴風のようだよ」

「……話せ！続きを！」

「ん、わかったよ。

　……僕達は待った、君という存在が現れるのを。

　君なら最高のパンデミックを引き起こすことが出来る。

　君がこの地球を救う鍵となるんだ」

　ケモナの語調がはずむ。

「君はあと三ヶ月ほどで獣化ウイルスを撒き散らす猫へと変わる。

　そうなればあとは勝手に地球人は滅亡し、地球は動物の楽園となる。

　素晴らしいことだろう？

　君は楽園を創る……そうだな、天使とでも言っておこうか」

「……断る！」

「君だってわかるだろう？

　変身する(・・・・)度に君の身体は変化していく。

　それを止めることなんて誰にもできはしない」

　それを聞いてオメガはニヤリと笑った。

「だったら……もう変身はしない！」

「……へぇ」

　ケモナの冷たい目が異質に歪んだ。

　さっきシータを睨みつけた時の目よりももっと憎悪がこもっている。

「変身しなければ身体にマジカルエネルギーが取り入れられることはない……。

　それなら人類は滅ばない！」

　オメガは叫んだ。

　亡き同胞たちへ届かせるくらいに大きな声で。

「……いいよ、君はもう見限った。

　これから君への援助は一切行わない」

「……」

　オメガは後ろを向いて去ろうとする。

「……君の代わりはまだいるのさ。

　世の中で変化を望む人類がどれだけいると思う？

　君一人いなくなったところで、また長い時間をかければいいだけだ」

「……それなら俺はお前らも、お前が作る魔法少女も皆殺しにしてやる」

「変身しないでそれができるとでも？」

　オメガは変身を解除する。

　そして彼は、そのまま空へ浮かび上がった。

「な……！」

「わかったか？

　俺は変身してマジカルエネルギーを取り込まなくても、それを扱うことができる。

　もっとも気づいたのはつい最近だがな」

　ケモナは驚愕したが、すぐに落ち着き払って彼に言い放つ。

「……いいよ、君が殺し続けるならそれでもさ。

　でも、僕達に敗北はない……。

　君は僕らの住む場所すら知らないんだから」

「……いつか絶対に見つける」

　元魔法少女の彼は、その日以降姿を消した。

　三ヶ月後、アメリカのとある都市。

「……それは本当か？」

「もちろん！君なら『最高の』魔法少女になれるよ」

「よ、よし！私を魔法少女に変えてくれ……！」

　そこに一人の旅行者風の男が現れた。

「な、なんだ！人の家に勝手に入り込んで……」

「すまんが、英語はわからねえや」

　男は装飾でゴテゴテの剣で、そこに居た黒猫のような小動物と太った男を切り裂いた。

　まるで、何でもないような(・・・・・・・・)目つきで太った男が死亡したのを確認して、旅行者風の男は出ていった。

　彼の持つ剣が震える。

　それは、遠い地球の裏側からのメッセージだ。

「……今日は多いじゃねえか」

　男の身体が浮き上がり、高速で空を滑っていく。

　それは地上で『UMA フライングヒューマノイド』なる名称で呼ばれたりするが、彼には関係ない。

「……お前の好きにはさせねえ……絶対に！」

　男の目には、決意の火が燃えていた。

「彼は、魔法少女が生まれたところで殺しているんだね……。

　まさか共振をこんなふうに利用するとは思わなかったよ」

　それは、宇宙のどこかから、遠くにある青く美しい星を眺めている。

「しかし、気づかないのかな……。

　彼は人類を守るために、逆に人類を減らしていると……。

　僕らは減らない、魔法少女は増え続ける……しかし、その元となる人間はどうなる？

　人間は無限じゃない……こんなペースで殺し続けていたら……」

　それは、ふぅとため息をついた。

「まあ、僕らとしてはとても助かるんだけどね。

　人類が減れば、その分目的には近づいていくわけで……」

　今、地球では一日に五千もの人間が、一人の男の手によって殺されている。

　それは、人類全体から微々たるものかもしれない。

　しかし、そのペースはどんどん高くなっている。

　魔法少女は増やされ続ける……人間が存在する(・・・・)限り、永久に。

　では、立ち止まることを無くした彼の戦いはいつ終わるのだろうか？

　彼はいつになったら人間を殺すことをやめられるのだろうか？

　彼の肉体はマジカルエネルギーの効果によって、もはや朽ちることも無い。

　彼の目的は、もはや果たされることはない。

　目的も手段も見失い暴走し続ける彼は、戦い続ける理由を、抗い続ける理由を探す。

　きっと、救いはない。

　抗い続ける先にあるのは、確実な滅亡だけだ。

　魔法少女は愛を見ない。

　彼は夢を見ない。

　彼が見るのは、永遠に続く戦いと絶望だけなのだ。

　後編第二部完

またバッドエンド