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求めたものは

思いつきです

 一人の冴えない男がいた。

 彼は子供の頃から虚構に憧れ、自身が物語の登場人物であることを願い続けていた。

 しかし、現実は容赦なく彼を襲い続けた。

 夢を追い続けるうちに、気づけばどうしようもないほど落ちぶれていた。

 親に頼りきり、その日その日をただ生き続けるような暮らしをするようになっていた。


 そんな彼の心の拠り所はアニメや漫画、小説などの物語であった。

 彼が唯一、神にも悪魔にも英雄にもなれるのは、空想の中だけである。

 空想の中ならば、彼は無敵であり、彼を脅かすものは何も無いのだ。


 そんなふうに、空想の中で生きていた彼にある時転機が訪れる。


 「君には才能があるよ!

 魔法少女になってみないかい?」


 今まで見たこともない小動物、強いて言えば黒猫に近いだろうか。

 それは突然に現れ、彼に話しかけた。

 そしてその言葉に彼はどうしようもなく興味を惹かれた。


 「魔法少女……だって?この俺が?」


 魔法少女、数々の物語作品の中に登場する、魔法を使い悪と戦う少女。

 彼も当然憧れを抱いたことがある。

 自分も魔法の力を使えれば……と、彼が何度そう考えたことだろうか。

 そして今、彼の目の前にいる小動物が、その力をくれてやると言うではないか。


 「そうだよ、君は途方もない魔力を備えている。

 今までで最高の魔法少女になれるだろうね」


 しかも、最高の魔法少女になれる、とまで言うのだ。

 現実というものに飽き飽きし、いつか空想の中のような華々しい世界で生きてみたいと考えていた彼にはちょうどいい。

 彼は、憧れの存在になるチャンスを掴んだのだ。


 「俺は男だけど……その点は平気なのか?」


 これは重要である。

 もし性別なんて関係なく、いわゆる魔法少女らしい格好をさせられたなら目も当てられない。

 一言で言って、気色悪いだろう。


 「その点は安心してくれていいよ。

 変身すれば、君の身体は間違いなく十代程度の少女のものとなる」


 どうやらその心配は杞憂だったようだ。

 それなら安心して魔法少女になれるというものだ。

 キラキラでフリフリなんてのは、若い少女の特権だろう。


 「それと……君は仕事をしていないね?

 魔法少女は月給制で、毎月二十四万円支給させてもらってるよ」


 いいことずくめである。

 彼にとっては金を払ってでも受けたいサービスなのだが、その逆に金をもらえてしまうのだ。

 もう断る理由はないかのように思えた。


 しかし、いくつもの物語を見てきた彼には、この話に裏があるのではないか、という考えが浮かんできてしまった。

 ある世界では、魔法少女は怪物たちとの永遠の戦いの運命に放り込まれ、またある世界では、魔法少女同士の泥沼の殺し合いが行われた。

 もしそんな危険な存在にされるくらいなら、彼は間違いなく今の停滞を選ぶだろう。


 「その……魔法少女になれるってのはわかったけど……何かデメリットはあるのか?」


 黒猫らしき小動物は、一瞬目を細め、話しづらそうな雰囲気を漂わせた。

 しかし、すぐに話し始めた。


 「魔法少女には、この宇宙を脅かす存在……『外宇宙生命体(オーバーエイリアン)』と戦ってもらうことになっているよ。

 彼らとの戦いにはもちろん命の危険を伴うことになる」


 「それは……どういう敵なんだ?」


 「この宇宙に侵略に来た他の宇宙の生命体さ。

 この宇宙には他の宇宙にない特殊なエネルギー、『マジカルエネルギー』が存在するんだ。

 それを狙って彼らはやってくる。

 そして、彼らは浮遊マジカルエネルギーの多いこの地球に目をつけたんだ」


 よく見ればマジカルな雰囲気を持つ小動物は、奥歯を噛んだ。


 「そして、奴らと戦うために僕らはこの地球にやって来た。

 この宇宙で唯一マジカルエネルギーを利用できる種族としてね。

 僕ら自身は非力でマジカルエネルギーを使っても外宇宙生命体を倒せない。

 だから、君たち地球人の力を借りるしかない……」


 マジカル小動物は、涙を流し始めた。


 「地球人には、戦いに巻き込んでしまったことをすまないと思う……。

 でも、どうかこの宇宙のために力を貸してほしい。

 全てはこの宇宙を守るためなんだ」


 マジカル小動物が話し終えた時、ただの冴えない男でしかなかった彼の目には決意の光が宿っていた。

 魔法少女は宇宙を守るために戦う崇高な戦士であることを知り、そして自分に最高の魔法少女になる資質があるということを知った彼に、そうなることを拒む理由はなかった。

 だが、最後にもう一つだけ知りたいことがあった。

 それは、戦い以外の場所でデメリットが存在していないかどうかだった。


 「わかった……俺も力になりたい……。

 だけど、その他にデメリットはないか?

 敵と戦う以外で……」


 「……特に、君たち地球人がデメリットと感じるのはそれくらいだと思うよ」


 その言葉で彼の心は完全に決まった。


 「……俺は、どうしようない奴で……正直宇宙のためってのも本心ではよくわかってない。

 だけど、もし俺が役に立てるなら、君たちのために戦いたい!」


 「……ありがとう!

 それじゃここにサインをして」


 彼が差し出された紙にサインをすると、その文字が浮かび上がり別の文字に変換された。

 そこに記されたのは『オメガ』というカタカナだった。


 「もしかしてこれは……」


 マジカル小動物は淡々と答える。


 「それは、君の魔法少女としての名前さ。

 これから僕が君を呼ぶ時は、オメガ、と呼ばせてもらうよ」


 「そっか、オメガか……なんかカッコイイな」


 「うん、よろしくね!オメガ!」


 オメガと名付けられた彼は、その名をとても気に入った。

 そして、彼には一つ疑問が浮かんだ。


 「ところで、君の名前を教えてくれないか?」


 マジカル小動物の名前である。

 隠す理由がないマジカル小動物は、当然簡単に答える。


 「そういえば、名乗っていなかったね。

 僕は地球の言葉で名乗れば、『ケモナ』だよ」


 「ケモナ……ケモナか、いいね。かわいい」


 「これから僕を呼ぶ時は、心の中でケモナと呼んで。

 そうすれば、すぐに君のもとへ行くから」


 ケモナの丸い目がこちらをじっと見た。


 「ところで君は、変身してみないのかい?」


 そう言われて彼は思い出した。

 そう、彼は魔法少女になったのだ。

 変身してみたい、と思うのは当然のことなのだ。


 「そうだな、変身してみるよ。

 どうすればいいんだ?」


 「変身する意思で、心を満たすんだ。

 そうすれば君だけの『マジックアイテム』が現れるはずさ」


 彼は、今までの自分を脳内で巡らせた。

 現実を見ずに、虚構にだけ憧れを抱き続けた哀れな男。

 でも今、彼は魔法少女になった。

 変われるのだ、どうしようもなかった自分から。


 「変身!!」


 彼の目の前が、カラフルな光に包まれた。


 「虹色の光……これは、すごい力だ……!」


 ケモナは驚き、目を見張った。

 凄まじい量のマジカルエネルギーが彼の身から放たれていき、ついにその光が止んだ。

 そして、そこには一人の煌びやかな少女が立っていた。

 綺麗、というよりは可憐な少女が立っていた。


 「これが……俺……」


 「剣……それが君のマジックアイテムだね」


 彼女の手には、眩い光を放つ両手振りの剣が握られていた。

 彼女の衣装は、まさにアニメに出てくるような正統派な魔法少女である。

 だが……少しだけ彼のよく見知ったものとは異なる部分があった。


 ピコピコとよく動く、猫の耳。

 ユラユラ揺れる、猫のしっぽ。

 そこだけ、世界が変わったかのような異質さを放っていた。


 「……なあケモナ、耳と……しっぽが付いてるんだが」


 「……何か問題があったかい?」


 ケモナは、悪意の欠片もなく答えた。


 「……なんで猫耳!?なんで猫しっぽ!?

 魔法少女って……こういう系なのか!?」


 彼女の中の彼は一つだけ後悔した。

 変身した魔法少女はどういう系の姿になるのかを聞いておくのを忘れたことを。



 「……何か不満があったかい?」


 ケモナの目は澄んでいて、彼を騙すとかそういう気持ちはなかったということが見て取れた。

 オメガには不満こそなかったが、納得はしていなかった。

 明らかに不必要、もっと言えば場違いという感じすら受ける猫耳としっぽがどうして付いているのか理解ができなかった。


 「ケモナ……この猫耳としっぽには何か意味があるのか?」


 「かわいいだろう?」


 その器官に何か意味があるのなら納得しきれたはずだ。

 だが、ケモナは『かわいい』としか言わなかった。

 つまり、この耳としっぽはただの飾りということになる。

 どこぞの技術者は宇宙で戦うロボットに『足など飾り』と言ったが、これはそれと同様にどうしようもない飾りだ。


 「……かわいいけどさぁ……」


 それは、傍から見ればという話であり、それが付いている本人からすればあまりにもアホっぽい。

 こんなものをピコピコ動かしながら戦っていたら、あまりにもマヌケではないか。

 戦闘者というものは、もっとキリッとしていて、魔法少女といえど可愛さの中に凛としたかっこよさがあるべきなのだ。

 しかし、それはオメガの持つ個人的イメージで、ケモナにとっては違うのだろう。


 「なんで言わなかったんだよ」


 「言う必要はないと思ったからね」


 ケモナは悪びれる様子もなく答えた。

 オメガは、この不思議生命体との意識の差にただ呆れることしかできなかった。


 「……そうだ、なんで『魔法少女』なんだ?

 別に戦うなら、そのままの姿でもいいと思うんだが……」


 オメガはふと疑問に思い、聞いた。

 彼女の言う通り、戦うだけならケモナがマジカルエネルギーを使い地球人をそのまま強化するなりすればいいのだ。

 なぜ魔法少女に変身させるなどとまどろっこしい手段をとっているのだろうか。


 「マジカルエネルギーが地球人に一番馴染むのは、少女の姿の時なんだ。

 だから僕達はマジカルエネルギーを用いて君たちを少女に変えるのさ」


 「ケモナたち自身が少女の姿に変われば強くなれるんじゃないのか?」


 「……僕達はマジカルエネルギーを扱うことは出来るけど、それを取り込み自身を強化することは出来ないんだ」


 「へえ……そういうもんなのか」


 その時オメガの持つ剣が震え始めた。


 「こ、これは……!?」


 「『共振』だ……!

 外宇宙生命体がやって来たんだよ!」


 それを聞いてオメガはにぃと笑った。

 しがないニートでしかなかった彼が初めて人のために役に立てるのだ。

 それも、ずっと彼が憧れていた形で——。


 「どこに現れたんだ?倒しに行く」


 「……反応をキャッチしたよ。

 地球に一番近い『ワームホール』から出てきたところらしい……こんな距離で共振を起こすなんて、やっぱり君の素質は素晴らしいよ」


 言い終わってからケモナが小さく何かを呟いたが、オメガの耳には届かなかった。


 「ワームホールって……宇宙にいるのか!?

 どうやって倒しに行けばいいんだ!?」


 「魔法少女は宇宙空間でもある程度は行動できる。

 身体をマジカルエネルギーが保護してくれるからね。

 そして君ほどの魔法少女なら、空を飛ぶことなんて容易いんじゃないかな?」


 「え?マジで?」


 「強く信じてごらん。

 絶対に空を飛べる、とね」


 「よし……わかった」


 オメガはイメージした。

 スーパーマンが空を飛ぶようにビルより高く飛ぶ自分を。

 遥か彼方、大気圏を突き抜ける自分の姿を。

 そして彼女の身体は浮かび上がった。


 「おお……!マジで飛べた……!!」


 「すごいよ……何から何まで規格外だ」


 窓を開け、オメガは夜闇の中を飛ぶ。

 上昇気流が彼女の身体を押し上げる。

 耳がピコピコと動き、尻尾がゆらゆら揺らめく。

 彼は今、魔法少女となった自分を実感として味わっていた。


 「剣が震えている……敵のいる場所がわかる……!」


 速度を上げ、グングンと上昇していく。

 雲を突き抜け、星々が輝く世界へやってきた。

 そしてそこには、おぞましい怪物がいた。

 今まで見たどんな生物にも似ても似つかぬ形……いや、形などあってないようなものだ。

 ドロドロとした身体をもたついた水が流れるように動かし地球に近づくそれを見て、オメガはそのドロドロこそが外宇宙生命体だと確信した。


 「これが外宇宙生命体……!」


 怪物はオメガに気付くと彼女の方へドロドロとした触腕を伸ばした。

 オメガはそれに反応し剣で触腕を切り飛ばす。


 「ォォオオォォオ……」


 怪物は悲鳴のような声を上げた。

 オメガは妙に悲しげなその声にたじろいだが、目の前の生命体がこの宇宙を狙う悪しき敵であることを思い、自分を奮い立たせた。


 「うあああああ!!」


 剣を握る手に力を込めて、ドロドロとしたその生物を切りつけていく。

 その一振り一振りの感触がなんとも言えない嫌な感じだったが、オメガは何度も何度も切りつける。

 すると、傷を負ったドロドロとした怪物は、宇宙空間に突然開いた穴に吸い込まれ消えてしまったのだ。


 「……やったのか?」


 オメガはとても疲弊していた。

 切りつける度に悲鳴を上げる外宇宙生命体が、とても憐れに見えて……なぜだか、敵のように思えなかった。


 「お手柄だよ」


 背中からスルリと顔を覗かせたのは、マジカル不思議生命体、ケモナだった。


 「うわっ!?

 へ、変なとこから現れるなよ……」


 「まさか初めての戦闘で傷一つ負わずに倒すとは、大したものだね。

 もう外宇宙生命体の反応もないし、帰ろうか」


 ケモナの物言いに、オメガは少し違和感を覚えた。

 と言うよりは、先ほどの戦いそのものに。


 「なあケモナ……さっきのが外宇宙生命体なんだよな?」


 「そうだよ」


 「アイツらはマジカルエネルギーを求めてこの宇宙に来ているんだよな」


 「そうだね」


 なぜ?

 その言葉がオメガの頭の中で何度も反芻される。


 「だったら……」


 そこで、彼は何を聞きたいのかを考え込んだ。

 なぜこの宇宙にしかマジカルエネルギーがないのか?

 なぜあれ(・・)はマジカルエネルギーを狙うのか?

 なぜあれ(・・)の悲鳴はあんなにも悲しげなのか?

 なぜ——。


 「なぜ外宇宙生命体は……泣いていたんだ?」


 二人は地上に降り立つ。

 ケモナはこちらに目を向けずに答えた。


 「勘違いじゃない?

 あれのどこが泣いているように見えたんだい?」


 そう言われてオメガはハッとした。

 彼は外宇宙生命体を見て、『ドロドロとした何か』という印象を受けた。

 それに顔があるのかどうかすら分からなかったのだ。

 だが、彼にはなぜか、それが泣いていたように思えて仕方がなかった。


 「……わからない、けど……なんとなくそんな感じがしたんだ」


 「……やっぱり勘違いだよ。

 初めての戦いで緊張したんじゃない?」


 「……そうかもな」


 家に帰りつき、彼女は変身を解除する。

 元の姿に戻った彼は、高揚感と後味の悪さの両方に挟まれ微妙な気分だった。

 そんな彼に、ケモナは厚みのある封筒を差し出す。


 「……なにこれ?」


 「初任給だよ」


 封筒には二十四枚の一万円札が入っていた。


 「ま、マジでくれるのか」


 「騙してると思ったかい?」


 「いやいや、そんなことはないんだ!

 ただ、こうして金を見ると……責任感が生まれるな……って」


 「そうかい。

 それじゃ……これからも頑張ってね」


 そう言うと、ケモナは闇の中へ消えていった。

 部屋に一人になった冴えない男は自分の手のひらを見つめた。

 どうしてもあの、生物を切りつける感覚が、腕から無くならなくて——。



 朝になり、彼は仕事を始めたことを両親に報告した。

 最初は信じていなかった父親も、彼の持っていた大金を見て信じざるを得なかった。

 母親は泣いて息子が成長したことを喜んだ。

 二人は、あえて彼の職業を問うことをしなかった。

 彼が語ろうとしなかったからだ。


 部屋に戻り、彼は自身のマジックアイテムである剣を取り出す。

 おもちゃのように装飾がたくさん付いているが、切れ味は恐ろしくなるほどいい。

 オメガは自身の剣に集中する。

 すると、微かだが剣が震えた。


 感覚で場所が理解出来た。

 そこへ向かって一直線に飛び出す。

 鳥の高度を超え、飛行機の高度を超え、人工衛星の高度を超える。


 たどりついた場所は、月の近くだった。

 そこにいたのは、昨日見たものよりもひと回りもふた回りも大きい外宇宙生命体だった。

 オメガは剣を構え、少しずつ近づき様子をうかがった。


 「ォオォオォオオ……」


 低く唸るその声は、オメガには怒りの感情が込められているように聞こえた。

 彼女に気がついたらしい外宇宙生命体は、触腕を周囲に大量に展開する。


 「これは……!」


 ドロドロと溶け落ちながらオメガを狙う触腕は、やりようのない怒りのぶつけ場所を探っているようだった。


 「なんだ……なぜお前は……」


 頭に近づく触腕をかわし、胴を打ち抜かんとする触腕を切り裂き、オメガは少しずつ距離を詰める。

 そして、ついにドロドロとした胴体に刃が届いた。


 「オオォォォオオオ……!!」


 「何に怒っているんだ……!!」


 ひたすら切り続ける。

 べたつく体液を浴びても怯むことなく切り続ける。

 やがて力尽きたのか、触腕の攻撃は薄くなり、ついにはなくなった。


 「なんなんだ……お前らは……なんなんだ……」


 またそれは、突然空間に開いた穴に落ちていくように消えていった。

 彼の心には、高揚よりももやもやとした晴れない心だけが残った。


 家に帰りつき、彼は布団に身体を落とし込んだ。


 「……なんか、思ってたのと違うな」


 彼にとって、ヒーローは常にキラキラして、敵を倒せば笑顔を見せるものだった。

 しかし、彼の心にはなんとも言いようのないもやもやが広がっている。

 物語のヒーローなんかもこうして葛藤と戦うのだろう、と彼は思うが、それに納得はしていない。


 「外宇宙生命体か……」


 そのうちに、彼は夢の中へ落ちていった。


 夢の中のオメガは、人々に危害を加える悪しき怪物たちを剣で次々に切り伏せていく。

 そして、人々は救世主の登場に歓喜しそれぞれに感謝の気持ちを表す。

 そして、救世主は名も言わず去っていく。

 人々の心にその勇姿を残して——。


 彼は空腹で目を覚ました。

 ちょうど夕食時で、料理の匂いがしていた。

 さっきまで見ていた夢を忘れて、彼は自分の部屋を出た。



 次の日は、外宇宙生命体はやって来なかった。

 それどころか、ケモナも。

 どうやらケモナは、本当に呼ばねば来ないようだ。


 彼はケモナの名を心の中で呼んだ。


 「呼んだかい?」


 予想に反して、ケモナはすぐにやってきた。

 オメガは窓を開けていなかったのにどこから入ってきたのかと、一瞬思ったが、こういうマスコットとはこういうものなのだという認識もどこかにあったのでその疑問は消え去った。


 「……すぐに来るんだな」


 「何か用があったんじゃないのかい?」


 そう言われてみて、彼は自分が目の前の黒猫らしきなにかを特に理由もなく呼び出したことを思い出した。


 「あ……そういえば、用ってほどのことは……。

 か、顔が見たくなってさ」


 「……僕の顔なんて見てもそんなに楽しくはないと思うけど……」


 ケモナはそう言って鼻をこしこしとこする。

 ケモナの見た目は可愛らしい黒猫のそれなので、見ていて楽しくないというものでもない。


 「……外宇宙生命体ってさぁ……なんでマジカルエネルギーを狙うんだ?」


 彼がふと思ったことが口をついて出ていた。


 「そんなことが聞きたいのかい?」


 「いやまあ、なんとなく」


 その疑問の奥には、もう一つの疑問があった。

 奴らの狙いはマジカルエネルギーだけなのだろうか、という。

 今まで二体しか相手にしてない彼が言うのは変かもしれないが、どうにも外宇宙生命体たちには言いようのない必死さがあったと感じていたのだ。


 「彼らの宇宙では、エネルギー不足が死活問題となっているんだ。

 宇宙の寿命が尽きかけているんだよ。

 だから代替エネルギーとして、凄まじいエネルギー効率をもつマジカルエネルギーに目をつけたんだ」


 「へぇ……なるほど、宇宙のために、か」


 外宇宙生命体も自身の宇宙を守るために戦っていたのだろう。

 すると、この魔法少女と外宇宙生命体との戦いは、互いの宇宙の生き残りをかけた戦争ということになる。


 「……それであんなに……」


 必死だったのか、と彼は呟いた。

 ケモナにはその呟きは聞こえなかったようだ。


 「まだ、何か聞きたいことがあるかい?」


 「……いや、特にないよ」


 彼は、敵も宇宙の生き残りを賭けているから必死なのだと、結論づけ納得しておくことにした。

 それが、あっているか間違っているかなんてことは考えたくもなかった。



 それは、一月におよそ六、七体現れる。

 ある時は遠い宇宙の果て、ある時は地球から高度一万二千メートル。

 ある時は小惑星ほどに大きく、ある時は自分の身の丈ほどに小さい。

 ある時は泣き、ある時は怒り、ある時は感情を複雑に絡ませている。


 オメガは、圧倒的な力でそれをねじ伏せていく。

 マジカルエネルギーの利用の仕方を理解し、ただ切りつけるだけだって剣は、空間そのものを切り裂けるほどに成長した。

 彼に敗走という概念はなかった。


 しかし、さらなる違和感が彼を蝕み始める。

 彼は、戦い続けるうちに、自分の身体がさらに変化していることに気づいた。

 変身後に猫耳としっぽの生えた少女の姿になる、それが今までの魔法少女としての彼だった。


 段々と、身体に生える毛が増えている。

 牙が大きくなっている。

 耳としっぽが、感情に応じて動く。

 まるで、本物の獣になっていくような——。


 ケモナは何も語らない。

 ただ彼に戦いを褒め、その報酬を渡し、また闇に消えていく。

 いくつもの物語を見てきた彼は思う。

 この魔法少女の戦いの裏には、嘘と裏切りがあるのではないだろうか、と。


 ケモナをじっと見つめる。

 「どうしたんだい?」

 そう彼に問いかけるその目は、どこまでも澄んでいた。

 彼が、自分が濁っているのではないか、全て勘違いなのではないか、と思うほどに。


 剣が震える。

 すかさず変身し空を駆ける。

 その反応が示したのは、いつの間に空からやってきたのか、地上。

 日本に数多くある無人島の一つ、どうせだったらバカンスに来たいような南の島。

 そこにそれはいた。


 地上に来たそれからは、今までと違う感情が見て取れた。

『希望』、『喜び』、そして『不安』。

 剣を握りながら、オメガは思う。

 何に希望を抱き、何を不安がっているのか、それが知りたい。


 「ォォォ……」


 地上を這いずり蠢くそれを前に、オメガは考えた。

 こいつの行動を見てみよう、と。

 それが何をするかによって、その目的が理解できるのではないか、と。


 「ォォオォ……」


 怪物は、オメガに気づく素振りを見せない。

 何かを探すように周囲を動き回っている。

 ただひたすら体をズルズルと引きずって這い回っている。


 ここでオメガは一つ、異様な状況に気がついた。

 彼女以外の魔法少女がいないのだ。

 敵がいるのになぜ誰もここにやってこないのか、オメガは嫌な予感がしていた。


 風が吹き始めた。

 カラッと晴れた空には似つかわしくない強風が、ゴオゴオと音を立てて。

 怪物は、風を体に吹き込ませ膨張していく。


 「何が起こっているんだ?

 あいつ、何をしている?」


 乾いた破裂音がした。

 怪物の体が限界を超えて膨れ上がったために、ついに爆発したのだ。


 「うわっ!」


 ドロドロとした怪物の肉片が周囲に降り注いだ。

 そして、さっきまで怪物がいた場所には、有り得ないものがいた。


 少女である。

 変身後のオメガと同じくらいの年頃の少女。


 「あれは……女の子?」


 オメガは、魔法少女が来て怪物をやっつけたのかと一瞬思ったが、どうにも様子がおかしいのだ。

 少女は衣服を纏っておらず、代わりにベタベタとした怪物の肉片をこびり付かせている。


 「そこの魔法少女……」


 少女はオメガの方を向かないまま語りかけた。

 しかしオメガは、自分に語りかけられていることを確信した。


 「……なんだ?」


 姿を見せ、対峙する。

 少女はオメガを見て悲しそうな目をした。


 「ああ……お前も、手遅れ(・・・)なのか……」


 「……手遅れ?」


 少女は涙を流さなかったが、その声は震えていた。


 「あの見た目だけは可愛らしい小動物に騙され、魔法少女にされてしまった……。

 だけどお前は適合したらしいな……羨ましい……」


 「……待ってくれ、お前は何を言っているんだ?

 お前は魔法少女なのか?」


 「俺は……元魔法少女だ。

 ……奴らの言うところの失敗作だがな」


 少女の口調が男っぽいところが、実に魔法少女らしく感じられる。

 魔法少女に性別は関係ないのだから。


 「元……?」


 思えば彼は、自分以外の魔法少女を見たことがなかった。

 それも今からすれば感じていた違和感の一つなのだろう。


 「お前はまだ知らないだろう……だが、奇妙な不安はあるはずだ……!

 例えようのない不安が!」


 彼はこの言葉を聞いて、胸を貫かれたような気がした。

 少女は、オメガが狼狽えた様子を見て言葉を続ける。


 「全て教えよう」


 「な、何を……教えてくれるんだ……?」


 「俺の知っている、魔法少女についてのことを全てだ」


 オメガの猫耳が、ペタンと頭に引っ付いた。

前編的な話です

次の後編で終了予定

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