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 ゴールデンウィーク直前に、人生初の『好きな人』ができた。

 俺は頬を押さえる。

 ――― 顔がにやける。


 どうして、女の子はあんなに細いのだろう。こう、抱き締めたらバキッとやってしまいそうだ。


 そして、どうして女性はべったりと顔に化粧を塗りたくるのだろう。


 それがマナーだと言われてしまえばそれまでだが、自分の精神面は高校生のまま成長していないのだと実感する。

 確かに二十六歳の成人男性のはずなのに、社内の女性には興味が湧かない。それを病気かと思ったこともあるが、すっぴんの『好 き な 人!』(ここはスタッカートで読んで欲しい)を見て認識が変わった。




 よくよく狭いアパートを見渡せば、おかずにしていた物も少女っぽい物が多い。

 昔は本屋でドキドキしながら購入したものなのに、今は通信販売でさらっと購入できるのでありがたい世の中になったものだ。

 彼女がいないと言うと、淡泊だとか、違う性癖なのかとか、ロリコンなのかとか、うだうだ言われるが、俺はどうやらちょっと潔癖なところもあるらしい。


 実物の女子高生は、動物園のパンダと同じ感覚だ。可愛く見えても、あれは熊だ。

 特に化粧の濃い高校生はヤンバルクイナとかマレー熊にしか見えない。怖い。

 違う種族としか認識できない。

 男性経験が豊富だという社内の噂の美女とやらを、先輩に引っ張られて別の部署まで見に行ったことがあるが、なんだか手垢にまみれているようで綺麗だとは思わなかった。

 薄汚れた孔雀‥‥‥あ、羽があるのはオスだから、メスだとなにになるだろう。

 豹とか虎とか。

 うん、肉食系。




 同僚で先輩の山上が、酔った挙句に女性と一夜を過ごしたと聞いて呆れ返った。

 そんな危機管理能力の乏しい女性を彼女にして、もしもなにかあった時に、その女性はAVドラマのような状態になるのではないだろうかと心配になる。


 ――― この写真を晒されたくなかったら、俺たちの言う事を聞け。

 ――― 彼氏さんにこの写真送っちゃおうかな~。嫌だったら、さあ、これを舐めて。

 とか、いうようなヤツだ。


 うん、高校生男子の発想だな。


 もしも、そんなことが起きたとしたら、いくら女性相手とはいえ平常心でいられるかわからない。‥‥‥情けないけど、自分は相手を白い目で見てしまうだろう。

 詰め寄られても仕方がない。申し訳なくも思う。

 けれど、思ってしまうのだ。

 どうして、そんな知らない人がいる場所で自分を見失うくらい飲むのだと。

 もっと自分を大事にしろと。

 酒量ぐらい弁えろと。

 やんごとなき事情があるなら、外飲みで金を使うのではなく、酒の量販店で大量に買って家で飲め、と。



 俺はほとんど酒を飲まないので、そんなことを思うのだろう。




 ちなみに山上は、その女性と上手く行っているらしいが、相手も酒豪のようで日に日に横に嵩が増えている。来年の健康診断が他人事ながら心配だ。

 顎、たぷたぷしたい。




 高橋課長のおりという理由をこじつけて、俺はほとんど酒は飲まない。

 スポーツマンと酒が自分の中で繋がらないせいだ。

 飲酒行為はカロリーが高い。

 酒自体のカロリーが高くなかったとしても、合わせる食事は高カロリーが多い。揚げ物、中華料理、イタリアン。どれも美味しいけれど、それにビールやワインを合わせれば、一日分の摂取カロリーはあっという間に超えてしまう。

 何キロ走れば取り戻せるのかと計算してしまう。

 あと、苦いのが苦手だ。





 二十六歳になっているのに、顧みれば、俺は子供のままなのだ。

 バスケを辞めざるを得なかった高校生のまま、時が止まっている。

 それが、今、急に動き出した。






**



 好きな人をいつか『彼女』にしたくて、せっせと声を掛ける。

 スポーツジム帰りだと、あまりカロリーの高い店に行くのは気が引けて、カロリーがわかりやすい和食のファミリーレストランとか、しゃぶしゃぶのファミリーレストランとかそんなところばかりだ。

 夜景の綺麗なレストランとか、ナイフやフォークを大量に使うお店に行った方がいいのだろうか?

 疑問符が浮かぶ。

 きっと、兄ならそういうのもスマートにこなせるだろうが、兄に聞いたところでそれを俺が出来るとは全く思えないし、電話したところで邪険にされるのは目に見えている。

 ネットがある世界で好きな人ができてよかった。

 けれど、正直に言って、何をすればいいのかがわからない。

 精神面高校生メンタルこうこうせい、どうすればいいのやら。






***


 ゴールデンウィークに久し振りに帰省した。

 家に着くと、父と母が揃って出迎えてくれる。

 兄のじゅんは結婚して別のところに住んでいるが、明日の夕方には奥さんとその一家と共に来るという。

 明日は、俺と兄の嫁さん一家との顔合わせなのだ。

 結婚した本人たちだけでなく、相手方の家族とも顔合わせをするのが一般的なのかどうかは知らないが、結婚式の相談も兼ねているという。

 とはいえ、明日は、母はその兄の奥さんたちとハイキング、父は兄の奥さんのお父さんと釣りだというので、単に相性が良かっただけなのだろう。

 俺は、久々に帰省したというのに放置確定なので地元の友達と久々に昼飯を食べに行く予定だ。




「よっ!」

 久々に会った友達はバスケ関係者ではない。

 バスケ部の連中とも未だに年賀状のやり取りはあるが、俺は心が狭いのでバスケができる体を持っている人が妬ましい。

 なので、同じ高校ですらない。

「あ、タケちゃん!」

 ちゃん付で呼んでいるが、実は一歳年上だ。

 大学を決める際に、ゴリラジャージ先生の紹介で知り合った。

 ゴリラジャージ先生が学生の頃に家庭教師をしていた家の子だという。いろいろとお世話になり、そのまま仲良くなった。

 タケちゃん先輩と最初は呼んでいたが、彼のが背が低く容姿も可愛いことから「いろいろ周囲に説明するのが面倒だからちゃん付で呼べ」と厳命された。

 彼は写真が好きで、そして鉄道も好きだ。

 そのため、関東地方にもよく写真を撮りに来るため、都合が合えば一緒に飯を食べたり出掛けたり、俺のアパートに泊めたりしていた。けっこう長い付き合いだ。

 彼と一緒に、辺鄙な鉄道や風景、飛行機、船、廃線の駅、などなど意味不明な写真を撮りに行くのに出掛けた。変な旅だった。


「いやー、航が関東に住んでるから宿代が助かるわ!」と、酷いことも言われたが、裏表があるよりいいし、返って清々しい。

 どぞどぞ、利用してください。


 久しぶりの挨拶から、近況報告などいろいろとしていると、タケちゃんが爆弾発言をした。まったりと長居のできる喫茶店で軽食を大量に食べながらお喋りを続ける。

「そういえば、俺の後輩が、お前の義理の妹? 親戚? になるって」

「へ?」

「お前の兄ちゃんの嫁さんの妹なんだよ」

「ほうほう」

 俺の好きな人は偶然同じ高校の先輩だった。それくらいの偶然は許容範囲だ。

「めちゃくちゃ美少女だぞ」

「へー」

 あまり興味がない。

 そう思っていると、タケちゃんはデジカメを操作して写真を見せてくれた。

 背後に新幹線がある館内、タケちゃんと美少女は仲良く並んでいた。

 ‥‥‥俺でもわかる。この美少女はタケちゃんが好きなのだと。煌めく笑顔が眩しい。こんな笑顔、好きな男と一緒にいるとき以外にできたら、その女性は相当な女優だ。

「んー、お前となら美男美女でお似合いだな」

 つい、顔を顰めてしまう。

 その美少女の前では言わないであげて欲しい。きっと泣くだろう。

 デジカメの中の二人も充分お似合いだ。


「タケちゃん、俺、好きな人ができた!」


 つい宣言をしてしまう。

 それに、タケちゃんは目を丸めて動きを止めた。

「へ? 航にも恋っていうプログラムがちゃんとインプットされていたんだな~」

「ひでえ‥‥‥」

「まあ、初恋が忘れられないってよく言うけど、それって人間じゃなくてもあるからな」

 さらりと言われた言葉に喉が鳴る。

「航の初恋はバスケ。しかも強烈な爪痕を残していった。だから、他のことに興味が移るまで時間がかかっても仕方ないと俺は思うよ」

 タケちゃんは、はっきり言えばいじめられっ子のような風貌なのに、吐く意見は鋭く硬い。

 初恋がバスケ。

 本当にそうだ。

 生きているか、生きていないかなんて関係ない。

 自分が一生を捧げても悔いはしないというものを失くせば、喪失感は膨大だ。

 そっか。

 そうだよな。

「タケちゃん、俺さ、その美少女見ても、客観的には可愛いんだろうって思うけど、俺の心は可愛いって思わないんだ」

「お前、失礼だな」

 タケちゃんが表情を顰めたのを見て、苦笑する。

 タケちゃん、その美少女のこと大好きじゃん。

 ――― 好きじゃなきゃ、そののこと貶されて怒るわけがない。

「俺さ、ずっと自分のこと欠陥品なのかって怖かったんだけど、好きな人が出来て、ほっとしてる」

 タケちゃんは俺のことをじっと見つめてから「航、頭」って短く言う。

 疑問符が頭の周囲をひらひらしている。

 訳が分からず瞬いていると、おでこを撫でられた。

「こんないい子が好きになったんだ。相当変な女なんだろう? よしよし」

 と、呟かれる。

 酷い。

「お前は黙っていれば好青年でスパダリなのに、喋ると途端に高校生メンタルだもんな。そこが俺は好ましい」

 タケちゃんは変な人だ。

 タケちゃんがもし女だったら、俺は惚れていたかもしれない。

 と、いうことは

「タケちゃんに、似てる、かも?」

 首を傾げたら額をべしっと叩かれた。

 叩かれてもいない右頬を押さえて「酷いっ」と言ってみたらさらにぺしっとおでこを叩かれた。

 酷い。

「‥‥‥はは。俺とか樋口とか、お前のターゲットになっちゃった女性ひととか、きっと似てるんだろうな」

 ちょっと疲れた口調に首を傾げる。

「今日の夕方、その、樋口さん? に会いますよ」

「へー、そっか。じゃあ、仲良くしてやってくれ。お前の兄貴を裏切るような器用な真似は絶対できないボンクラだから」

「‥‥‥タケちゃんって、気に入ってる人ほど悪く言うよね」

「わかりやすくて、いいだろ?」

 にかっと笑われる。

 そして俺は首を傾げる。

「さっきの、すぱだり? ってなに?」

「それは、お前の標的に聞け。そして、聞いたら結果を教えろ」

「うぃ、むっしゅ」

 とりあえず、わからず首肯しておいた。

 林さんだったら、きっと教えてくれるだろうと妙な確信を俺は持っていた。






****


 タケちゃんとは昼飯食ってだらだらと喋って、本屋に寄って別れた。

 久々に会った感はまったくない。

 そして、家でだらだらとDVDを見る。

 黄金週間万歳。

 父が撮り溜めたビジネス番組とか日本紹介番組は暇つぶしにはちょうどいい。

 柴犬飼いたいなとか思いながらだらだら見ていたら、玄関が騒がしくなる。

 出迎えると、大量のビニール袋と人人人。

 母と兄とたぶん兄の嫁さんと、その嫁さんのたぶんお母さん。

 ちんまり、ふんわりとした女性がぽけーと俺を見上げてくる。

 彼女の顔には『背が高いな』しか浮かんでいない。好ましい。確かにタケちゃんに似ているタイプだ。顔とか性格とじゃなくて、性質が似ている。

「初めまして。遥香と申します。よろしくお願いします」

「初めまして。弟の航です。兄のこと、よろしく」

 遥香と名乗った女性がぺこりと勢いよく頭を下げるので、俺も下げ返す。

 そのまま二人ともニコニコ笑ったまま話さない。

 見兼ねた兄が間を取り持ってくれる。

 相変わらず面倒見がいい。

 ありがとう、あんちゃん。

 ――― 言ったら、殴られるだろうけど。




 夕食はハゼやセイゴ、スズキを煮たのや天ぷら、宅配の寿司、スーパーで買ってきた惣菜と母が昨日せっせと作り置きしていた煮物などだ。

 母たちの帰宅のすぐ後に父たちが帰宅し、さらに兄の奥さんのお兄さんとお祖母さんが来て人がいっぱいだ。

 父と、遥香さんの父親は趣味が同じ釣りということで気が合ったらしい。

 それはよかった。

 釣りは、無口なら合うだろうと父に何回か連れていかれたことがあるが、考える時間が膨大にある分、後ろ向きになってしまった。

 心を無にするというのは難しい。俺には向いてない。

 なので途中で釣りはやめて堤防をブラブラと散策していた。父は呆れていた。

 そして、暇潰しに大量のわかめを収穫して持って帰ったら母に怒られた。

 歯ごたえがあり過ぎて、食べるには向かなかったのだ。




 わいわいと、賑やかな食卓をのんびりと眺めながら食事をする。

 長い間帰宅しなかったのに、俺がいるのは当たり前で、そっと好物が目の前に寄せられる。それが不思議だ。 

 夕食後にはそれぞれが好みのお茶を煎れるのだが、それも母はきちんと高校生の頃に俺が好きなお茶を煎れてくれた。親って凄い。

 そして、みんなでデジカメ閲覧会。

 後はわいわいと結婚式の衣装の話をしていた。

 タケちゃんが美少女だと絶賛していた女性は、姉のことが大好きなようでいろいろと説明を頑張っている。

 そっか、俺の年齢って、結婚しても当たり前なんだなと今更ながら思う。

 俺も、林さんと結婚してもおかしくない年齢なんだ。

 そんなことを考えていたら、母が熱弁していた。


「遥香ちゃん、悩むならみんなでいろいろ見に行きましょう? 準備を全部二人でする必要はないのよ? それに、男なんてこういう時にはだいたい役に立たないんだから」


 つい、苦笑を浮かべてしまう。

 そして、タケちゃん似の遥香さんについつい口を挟む。

「アドバイザーは、そういう人にアドバイスするのが仕事ですよ。悩むなら相談してみたら、どうですか?」

 ぽけっと見返されるので、首を傾げて「とりあえず、化粧とか美容関係なら母さんに聞いたら?」と言えば、兄が「ああ!」と叫ぶ。

 忘れてたな。

 母の仕事は『美容アドバイザー』という。あの咽かえる化粧品売り場で女性に化粧をしてあげる女性のことだ。

 まあ、男からしたら女性の化粧への努力って意外と‥‥‥

 言わないでおこう。

 母を素直に頼る義理の姉の姿を見て、この人だったら林さんと仲良くやってくれるだろうなって思う。





 ‥‥‥ちょっと待て。

 気が早過ぎないか?




 いや、早くないか。




 俺は所謂『幸せの真っただ中』という状況を嬉しく眺めながら、俺も結婚を考えるような人が出来たんだと気が早くも思っている。

 ‥‥‥うん、気が早いな。

 帰ったら、ガンガン追い詰めて、彼女になってもらおう。

 そう心に決めて、ぬるくなったお茶を飲み干した。





*****






 ゴールデンウィークは半ばから、ガンガンと林さん‥‥‥弓加さんに声を掛ける。女性を口説いたことなんてないし、兄と遥香さんの関係を見ていると真っ直ぐにぶつかった方がいい気がしたので、猪突猛進だ。

 なんだかよくわからないけれど、裏切らなければいいと言われたので満面の笑顔で答える。

「大丈夫。ホウレンソウは上手だって高橋課長に褒められたことがある! あと、裏切り方を知らないから安心して!!」

 うん、本当に分からん。

 こういう時には高校生メンタルでよかったと思う。

 くすくすと笑い出した林さん‥‥‥弓加さんを抱き締める。

 細くてやわらかい体がすっぽりと腕の中に収まる。




 カンドーだ。

 漢字にならない。

 感動する。漢字になった。

 やわらかい。あたたかい。むにむにする。

 すげー。

 もともと少ない語彙が更に減る。

 すげー。やべー。



 もっと、いろんなところ触りたい。

 おっぱいとか、お尻とか、やわらかいんだろうな~。

 あ、駄目だ。

 頭の中がやばいことになりそうだ。




 腕の中の弓加さんのつむじを眺める。

 可愛い。

「弓加さん、結婚しよう」

 速攻でダンクする。

「俺、異動してもいい。そろそろ高橋課長からも別の部署を見てくるかって提案されてるし、今の部署に拘ってないから」

 えっと、後はどんな風に攻めればいいかな?

 弓加さんはバスケみたいに逃がしたくない。

 がっしり捕まえて、離したくない。

「は?」

 もっと触れたい。抱きしめたい。やらしいこともしたい。

 でも、高校生メンタルの俺はそういうことするなら結婚前提だろうと思う。相性が悪いから別れるとか、聞いたことはあるけれど、俺には理解できない。

「結婚したいです」

 兄の結婚に影響されました。

 あの、幸福の色に俺も染まりたい。

「‥‥‥それは、ちょっと」

 でも、腕の中の人の返事はやるせない。





「一度、きちんと膝の治療法を探してからなら、いいよ」





 その返事に、俺は彼女を抱き上げて、そしてぺしんと頭を叩かれた。









おしまい





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