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顔を真っ赤にして、レッグプレスをしている少女の姿が見える。


黒いスパッツを履いた白い脚にパンプアップされた筋肉がはっきりとと浮き上がって、ここまで相当追い込んでいるのがよく分かる。


茶色のゴムで飾り気なく束ねた金髪と、どきっとするような緑色の目。先だってオリンピック中継で見たイリーナに間違いはない。


競技後は破裂しそうに突き出していた膨らみはすでに跡形もなく、簡素な黒Tシャツは、汗でぴったりと平坦な胸の下に張り付いている。


オリンピックのときより、さらに痩せたようだ――と思ったが、すぐに千春は間違いに気づいた。


確か一昨日のロシア大会にて、イリーナは52 kg級で優勝だったはずだ―――いま画面に映っている少女の体重はどう見ても45 kg程度、これなら48 kg級にも余裕でエントリーできるはずなのに。


だからこれは、オリンピック直前、イリーナの減量期末期を撮った記録なのだ。


所定の回数が終わったのだろう。派手な音を立てて重りの動きが止まった。少女はそのまま、放心したように動かない。動かそうにも動かせないのだろう。エネルギーを使い果たして、太ももの筋肉がはっきりと痙攣しているのが見える。


何やら怒号のような、女性の太い声が飛んで、ビデオが切り替わった。さきほどと同じ服。汗が乾いていないところを見ると、それほど時間は経っていないのだろう。


少女の前には、大きなスプーンの突っ込まれた丼が置かれている。玄米の三部粥。Ohgui選手が調整期の胃起こしに使う定番メニューである。久しく詰め込んでいない胃に優しいのはもちろん、100 g で 32 キロカロリーと低エネルギーなのも嬉しい。湯気は立っていないから、火傷しないように冷まされているのだろう。画質が悪くてよく分からないが、おそらく丼は 1 L の標準器だ。三部粥なら1杯弱でおおよそ1 kgになる。


テーブルの上、赤と白のギンガムチェックなテーブルクロスに紛れ、置かれていたメモがアップで映し出された。ロシア語の筆記体だろうか、メモの大半はさっぱり判読できないが「45.12」と走り書きされた鉛筆の文字と「19!」と赤字で書かれた文字だけは千春にも意味が分かる。おそらく前者がさきほど量った体重で、後者が今日の目標値なのだろう。調整期初日には無謀とも言える量だが、それ以外に解釈が思いつかない。何とか他の文字も読めないかと目を凝らすが、撮影者の手振れが激しく、画面を凝視しようとすると酔ってしまいそうだ。千春はこれ以上の文字解読を諦めた。


今度は画面が引いていき、テーブルの対側を映し出す。ファリハ!? と一瞬見まがったが、どうやらファリハではないようだ。


ファリハに似た(しかしファリハより若い)女性が一人、同じ容器とスプーンを前にスタンバイしている。先ほどの手紙の日本語が正しければ、彼女がペースメーカーのルジャインだろう。


その隣に、ルジャインにそっくりな少女が一人、こちらは代えの皿と寸胴鍋を持って待機している。ルジャインが18程度に見える一方、彼女の方は15くらいに見える。おそらくルジャインの妹が、給仕係として借り出されているのだろう。どちらもアラブ美人、といった感じの、彫りの深い顔立ちだ。


どちらも何となく、ファリハに似ているような気がする――のは、たぶん自分がアラブ美人を見慣れていないからだ。それともファリハを想定して練習ができるよう、わざわざ似ている彼女らが雇われたということか。きっと、私にとって、ファリハと彼女らの区別がうまくつかないのと同様に、イリーナにとっては、私も小山真理子も似て見えるのだろう。なるほど、これでようやくわけが分かった。イリーナの次の目標が小山となった今、私のところに対小山戦を想定して依頼が来たということか。つまり私は(もし契約を結ぶなら)このルジャインと同じ働きをすればいいということなのだろ...


「スタート!!」


というような言葉が大音響で響き、千春は思わずイヤホンを耳から離す。ビデオを手に持ったまま叫ぶから、録画者の声だけがやたら大きく入るのだ。勘弁してくれ。音量を大きく下げて、千春は再び画面に目を戻す。競争はすでに始まっていて、スプーンが規則正しく、二人の口と皿とを往復している。


ルジャインは千春同様、かなりのスピードイーターのようで、イリーナより先に2皿目に入った。再び大音響で、ソフィア氏の怒声が入る。おそらくルジャインのスピードについていけないイリーナを叱責しているのだろう。それにしてもうるさい。さっき音量を大きく下げておいて本当によかった。


少し遅れて、イリーナも2皿目に入る。

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