目標
「もう・・・ほんとに、無理です・・・」
「うーん、まっ、千春ちゃん握られるの初めてだし、こんなもんかもね」
そう言って伊東先輩がパシッと千春のお腹を叩く。響くのは2時間前と全然違う重低音だ。千春の体操着がめくられ、キメの細かな肌が露わになっているのも一因だが、重低音の原因は中にみっちりと詰まった食べ物にある。限界に挑戦した腹は、決して凹まないほどに固く張り詰めていた。
「うっ・・・先輩、もう・・・やめて・・・ください・・・」
千春は床に座ったまま、上体を反らし、細い両腕で身体を支えて浅い息をしている。めくられた白い体操着から覗く肌は、白く、固く、肋骨の下から前方に飛び出していた。
「よし、じゃあ、今のうちに計量しましょ!」
伊東先輩はハイテンションで、いつになく嬉しそうだ。千春は、何十秒もかけて、どうにかこうにか起き上がる。今まで経験したことがないほどお腹が張っていて、少し身体をねじるのも辛いのだ。
体重計の数値は38.24を指した。食前は34.49だったから、実に3.75 kgの増加である。
「なるほど! 3.75ね! じゃあまずは一緒に4キロを目指そうか!」
「え? 先輩も4キロは無理なんですか?」
「何言ってんのよ! 私、今の千春ちゃんの倍くらいなら食べれるよ。甘く見ないでよね」
そりゃそうだ。お腹がいっぱいになった(なりすぎた)せいで、頭の方が少し回らなくなっていたらしい。
「千春ちゃんのお腹を私が千春ちゃんと一緒に育てる目標が4キロ、ってことよ。あー、でも40キロの方が先に来るかなー。いずれにせよ、楽しみだなー」
伊東先輩が嬉しそうに微笑む。40 kgというのは、おそらく体重 40 kg のことだ。体重計に毎日何度も乗る女子中学生はきっとこの国にもたくさんいるはずだが、体重の増加を喜ぶ女子中学生は大食い部員くらいのものだろう。太ってる方が美しいという価値観が残ってるアフリカの地域(モーリタニアだっけ?)とかには、未だにそういう子がいるかもしれないけれど。
「じゃ、私、残り食べちゃうよー」
申し訳程度にしか釜に残っていないご飯を見て、先輩が千春に言う。今朝あれほどあったはずの釜の中身があらかた納まったのだから、それはお腹も重いはずだ。
「お願い・・・します・・・」
千春はそう言って、パタリと床へ横になった。




