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「どれどれ? 私にも見せて!」


「そんな…人に見せるものじゃないですよ」


別に3合が、それほどの負担だったわけではない。「食べ盛りなんだから、好きなだけ食べていいのよ」と両親に言われるがまま、いつも自宅ではこのくらいの量を普通に平らげていたし、最近はそれでも物足りなくて、そのあと2リットルのペットボトルで水を飲んでいた。


とはいえ、それらは全て、自宅の夕方以降に限定された出来事で――ペットボトルの水を胃に流し込むのは、鍵をかけた自分の部屋でこっそりと行われる、自分だけの秘密だった。パンパンに膨らんだお腹をさすったりつねったり、鏡に写してみたりすることがないわけではない(いや、むしろこのところは、毎日のようにそうしていた)が、それは人に見せるようなものじゃない。それも、朝からこんな風に、先週会ったばかりの先輩の前で……なんて、私の辞書には絶対にない。


「わーん、怒んないでよ。そういうつもりじゃなかったんだからさ。でも、お腹いっぱい食べた姿ってさ、なんか恰好よくて、ドキドキしない? ……しないかー……」


沈黙が気まずかったのか、笑いでごまかすように先輩は喋る。窓の外をトラックが通り過ぎて行った音が聞こえる。


「そうなんですか? 私にはちょっと分かりかねますけど、もしそうなら、それは先輩が自分のお腹で試してみればいいんじゃないですか?」


同意したいのはやまやまだが、人間にはホンネとタテマエというものがあるのだ。私は大食いして、食べすぎてウンウン唸っている自分の状態に興奮するような女子だとは思われたくない。中から張りつめてくる皮膚の感覚が好きな女子だなんて、口が裂けても言えない。


「もちろん! だから自分では毎日試してるよー。Ohgui 競技やってるのも、もちろん記録を伸ばしたい、っていうのはあるけど、それより自分の身体が大食いした状態が好きだからだし」


言った! いま、この先輩は、私がずっと人に言えないで隠してきたことを、息をするような簡単さで喋った! 他人にどう見られるか、とか、何が「年頃の女の子らしい」かとか、この人は全然気にしないで、自分のしたいこと、自分が気持ちいいと思えることを、して生きていける人なんだ……


「でもさ、自分のお腹がパンパンになるのと、他人のお腹がパンパンになるまで食べてるのを見るのと、他人のお腹がパンパンになるまで食べさせるのとは、全部ちょっとずつ違うみたいなんだよねー。ま、じぶんのお腹をパンパンにするなら、自分でできんじゃん? 他人のお腹がパンパンになるまで食べてるのを見るのならーーまあ、毎日あるわけじゃないけどーー大会とかで、できんじゃん? でもさ、他人のお腹がパンパンになるまで食べさせるってのはなかなか難しくてさー。彼氏にデートのたび大食いさせてたんだけど『お前と付き合ってると身体がもたない』ってこの前ふられちまったぜ」


ん!? 今、さらにとんでもないカミングアウトがあった気がするが。 彼氏? を大食いさせてた? ら、振られた!? ……そりゃ、振られもするだろうが……。そのまま手をヒラヒラさせている先輩は、あながち後悔している、という風でもない。


「んで……私はーーすると、その彼氏さん、の代わり、ですか?」


「代わりになったらいいなー。って思ってるとこ! てか、代わりになってよ! 私、千春ちゃんがなってくれたら嬉しい!」


この子犬をペットにしたい、と小学校低学年の子が親にねだるような、そんなノリでこっちをキラキラと見つめられても困る。


「……そんなに、世の中甘くありません。私は、モノじゃないのです。それは、不平等というものなのです。」


Noと言える日本人を目指した結果、なんだか変な口調になってしまったけど……言いたいことは伝わったんじゃないかと思う。


「そうか! 確かに! 不平等かも! じゃあ……あ! こうしたらいいんじゃない? 私は、千春ちゃんに限界まで食べてもらう。それで、千春ちゃんも、私に限界まで食べさせる! これなら平等だよね!?」


なんだか話が違う。てか、全然伝わってない。日本人がNoというためには「不平等」と言えばいい、なんて、そんなの嘘っぱちだったことが今示されてしまった気がする。それとも先輩の脳内がお花畑すぎるのか……


「そしたら、これじゃ足りないかもねー。あとどのくらい炊こうかしら――」


駄目だこれは……この人、世界は自分を中心に動いていると、信じて疑わないタイプだ。


「ねえ千春ちゃん、このまえ一升チャレンジやったとき、体感では何パーセントくらいだった?」


立ち上がってお米を量ろうとし始めた先輩に、反論しなくては、と思いつつ、不思議と反論する気力が湧いてこない。


「あ、つまり、あとどのくらい食べれそうだと思った? って意味ね。」


答えてほしい、ということなのだろう。日本語の疑問形くらいは、自分にも分かる。そして今目の前にいるこの先輩には、たぶん私が「質問の意味は分かったけど、答えたくない」という意味で沈黙しているとは――ーたとえ1時間沈黙を試みたとしても―ー―きっと通じないのだろう。


「……たぶん、もうあれ以上はほとんど食べられなかったんじゃないかと思います。けっこう呼吸も辛くなってきてたんで……」


「え? そうなの? まだ全然いけるような気がしてたけど……でも、そしたらこっちの釜でも大丈夫かもね」


おそらくは家族で普通に使っているのだろう。業務用ではない、家庭用炊飯器を先輩が指差す。おそらく五合炊き。普通のサイズだ。なのに業務用の三升釜と比較してしまうからか、今はとても小さい、おもちゃみたいに感じてしまう。


「昨日の残りもあるから、あと五合でいいかなー」


先輩が釜の中身を丼に盛った。大きな丼に山盛り。二合くらいもあるだろうか。


「あー! 箸が止まってる! 大食いで大事なのはね、ペースを守ることなの! 途中で止まっちゃうと、途端に苦しくなるから。食べて食べて! 私、これかけたらすぐ追いつくからさ! あ、てか、これもうそっちに持ってっちゃおうか! そしたら二人で炊飯器抱えて食べられるし!」


女子中学生二人が炊飯器を抱えて競うようにご飯をかきこむ図……というのは、あまり美しいものでない気はするが、もはや逆らってもこちらが疲れるだけだ。二人で運んだ釜はしっかりと重く、まだ中にたくさんご飯が残っていることを感じさせた。千春はできるだけゆっくりとご飯をよそい、先輩がコメをとぐ後姿を眺めながら、怒られない程度のスピードでゆっくりと食事を再開した。

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