電子音
ピッピッ――ごはんが、炊けました。
冷蔵庫に手をかけたところで、炊飯器の電子音が鳴った。そういえばさっき、急速炊飯をかけたんだっけ。
蓋を開けると、炊きたてご飯の良い香りが漂ってきて、一瞬視界が湯気で真っ白になる。もう二十年近く、白米で練習してきたからだろうか。やっぱり、白米は特別だ。この匂いをかぐと条件反射的に、胃袋がこれらの粒たちを受け入れたいと脳へ信号を送ってくる。
千春は大きめのスプーンを手に取ると、コンセントを抜いて炊飯器を床に置いた。壁に背をもたれかけてフローリングの床に座り、三合釜を抱え込む。抱え込むと言っても膨らんだ腹が邪魔して、釜をそれほど近くには置けないから、両足の裏で炊飯器の側面を軽く抑えるような格好になる。
少し前屈みになると、膨らんだ下腹部の皮膚が冷たい床に当たって、こそばゆい。もう少しお腹が膨らんでくると、同じ角度に屈んでも、床に当たる面積が大きくなる。懐かしいこの感じ。このところ、茶碗に盛られた飯が出てくる大食い道場でしか練習していなかったから、釜を抱えることさえも久しぶりだ。
今日の増量は、まだ 8.24 kg。家庭用炊飯器で炊く 1合のごはんは約 330 g なので、三合釜全部食べても 1 kg すらない。素人ならこれでも十分驚く量だが、私だって腐っても大食いプロ。普段から 10 kg のペースメークに慣れているので、8.24 kg が 9.23 kgになったところで何ら問題はないはずだ。
「続けて、いただきまーす」
誰に言うともなく挨拶をし、軽快なペースで釜の中身を減らしていく。スプーンは釜に届くたび、大きめの白い、湯気をたてた塊を引き連れてきて、その塊は瞬く間に、千春の唇の先へと吸い込まれていく。
単なる大食いの練習なはずなのだけど、夜が更けているせいか、なんだかいけないことをしているようで、それにも少し興奮してしまう。そういえば、昔もよくこうやって、夜中に胃を膨らませていたな、と思い出す。
千春が ohgui 競技に出会ったのは中学生の頃だが、実は小学生の頃から、夕食後によく水を飲んでは、幼い胃を軽くいじめていた。家族に隠れてこっそりペットボトルに水を汲み、部屋に鍵をかけて、体内に少しずつ注ぎ込むのだ。膨らんだ腹を弄びながら、勉強したり携帯をいじったりして、数回トイレに行ってから眠りにつく。
いつ頃始めたのか定かではないし、家族も気付いていて知らないふりをしていたのか、本当に気付いていなかったのか定かではないが、次第に頻度も量も増えていき、小6の時にはほぼ毎日、2 リットルのペットボトルをカラにしていた。
それまでは個人的な「趣味」だった膨腹が、堂々と部活やスポーツとしてあることを知ったのが中学の部活説明会。折しも ohgui が日本発のスポーツとして脚光を浴び始めた時期で、一般向けのテレビ番組やニュースで頻繁に大食いが取り上げられるようになった頃でもある。
「すごいね! 本当に ohgui 未経験者!?」
「……はい……給食を残しちゃう人が多かったとき、頑張って沢山食べたことならありますけど……」
「いやいや……普通はたったそれだけの経験で、一升飯なんて食べられないよ! すごいよ君! めちゃくちゃセンスあるよ! 絶対大食い部入ってね!!」
体験入部期間に「とりあえず、自分の胃の大きさを測ってみよう!」という企画があり、そこで大食い部員が用意した一升飯を全て平らげてしまった千春は、先輩方からスター扱いされ、質問攻めにあった。それほど強豪校でもない普通の公立校だったから、2年生でも一升飯を残してしまうことすら珍しくなかったのである。
大食い用の一升飯は、およそ 3.2 kg。水より米の方が重いから、夕食後に 2 リットルを飲んでいた千春が平らげられたのは決して奇跡でも偶然でもない。しかし千春は結局この小学生時代の夜の習慣について、先輩にも同期にも言わなかった。秘密の習慣が少し恥ずかしかったというのもあるが、「センスあるよ!」と言われてまんざら悪い気もしなかった、ということの方が、本心に近い。
結局「『ohguiのセンスがある』新入生の千春」は、もともと道場に通っていた「伊東先輩」という先輩に見込まれ連れ出される形で、その地区の大食い道場に通い始めることとなった。月水金が大食い部の公式練習で、火木土が道場、日曜日がオフ(とは名ばかりの、伊東先輩と2人で行われる、伊東先輩宅での強制詰め込み練習)という生活。
「すごいね千春! なんか私たちと違って、胃袋より胴体が膨らんでる、って感じ!」
「わあ妊婦! てか、宇宙人みたーい!」
「なにこれ、カッチカチじゃん? どんだけ詰め込めんの? やっぱ、センスある人は違うね!」
大食いで競う気がない脳天気な同期は、大会や記録会のたびに千春の腹を触りに来ては感嘆の声をあげたが、道場に通っていない他の同期(そして、伊東先輩の日曜特訓も経験したことがない同期)と千春との差が開くのは当然というものだ。
千春は 3月 の新人戦公式記録会で 6.04 kg (公式記録: 144.2 cm 38.5 kg + 6.04 kg )を食べ、注目されるようになる。生活は ohgui 一色だったが、それまであまり何かで才能を指摘されたこともなかった千春にとって、周囲からの賞賛や期待など全ては新鮮で幸福だった。
4月に入ってきた後輩も全員が ohgui 未経験者で、部内は伊東先輩と千春の二強状態になる。団体戦では破れこそしたものの、2人とも県大会にはコマを進め、その過程で千春は二升釜を「卒業」した。毎日の練習で二升(炊飯後重量 6.4 kg)の白米を消費できるようになったのである。伊東先輩が小遣いで四升釜を買い、お下がりの三升釜を千春にプレゼントしてくれた。先輩宅での日曜特訓の帰り、路線バスに乗ると、臨月の妊婦と勘違いした乗客が席を譲ってくれるようにもなった。
小学校時代から道場に通っていた伊東先輩は 6月の県大会で 9.12 kg (公式記録: 160.2 cm 50.29 kg + 9.12 kg )を平らげて全国大会へコマを進め、9月まで部に残ることになった。千春は 6.63 kg (公式記録: 144.9 cm 39.4 kg + 6.63 kg )で県3位となり、全国大会出場は叶わなかったが、先輩がもうしばらく部活に居てくれることは嬉しかった。
全国大会で三升超え(公式記録: 160.5 cm 51.31 kg + 9.53 kg )を達成し、入賞した伊東先輩は、その後も卒業まで部活を見に来てくれ(≒千春の詰め込みを手伝ってくれ)当時始まったばかりの「ohgui 推薦」で県外の強豪校へと進学していった。
千春は先輩の特訓のおかげか、年度末に 8.85 kg (公式記録:147.5 cm 42.10 kg + 8.85 kg)を達成し、伊東先輩の記録に迫るところまで来たものの、3年生になってからは伸び悩んでしまう。
全国大会には辛うじて進んだものの、結局9.31 kg (公式記録: 149.2 cm 46.26 kg + 9.31 kg )というのが千春の中学時代の記録になった。伊東先輩のように近くで叱咤激励してくれる人がいないと、どうしてもあと一歩自分を追い込むことができない自分の弱さは自覚していた。
千春は伊東先輩を追いかけて同じ高校に進もうとするが、結局 ohgui 推薦に落ち、地元で高・大と進学することになった。何となく ohgui 以外に取り柄を見いだせぬまま――そんな ohgui も中途半端で――小金を稼ぎつつペースメーカーとして生活しているのが現実である。
高一記録会 151.3 cm 47.16 kg + 10.03 kg
高二記録会 151.8 cm 47.59 kg + 10.95 kg
高三記録会 152.0 cm 47.94 kg + 11.83 kg
大一記録会 151.9 cm 48.00 kg + 12.56 kg
大二記録会 152.2 cm 48.00 kg + 13.07 kg
大三記録会 152.1 cm 48.00 kg + 13.95 kg
大四記録会 151.9 cm 48.00 kg + 14.13 kg
22歳記録会 152.1 cm 47.98 kg + 14.25 kg
23歳記録会 152.1 cm 48.00 kg + 14.85 kg
24歳記録会 152.2 cm 48.00 kg + 14.92 kg
25歳記録会 152.0 cm 48.00 kg + 14.98 kg
26歳記録会 151.8 cm 47.99 kg + 14.68 kg
27歳記録会 152.1 cm 48.00 kg + 14.01 kg
28歳記録会 151.9 cm 48.00 kg + 13.86 kg
29歳記録会 152.2 cm 46.26 kg + 13.24 kg
30歳記録会 152.1 cm 46.26 kg + 13.02 kg
忘れようにも忘れられない、過去の記録を反芻してみる。数字は正直で、かつ残酷だ。毎年この県で開催される記録会だけは、ペースメーカーとしてではなく、競技者として本気で限界まで食べることにしているのだが、すでに前年の記録維持すらおぼつかなくなっている。
48 kg 級から国内限定の 46.26 kg 級に階級を下げたが、これより低い階級はないので、もう同じ手は使えない。Ohgui 選手として、未来がないことくらいは自覚しているつもりだ。
伊東先輩は26歳で引退し、今は二児の母をやっているらしい。往時五升釜をカラにしていたという腹は、翌年の年賀状で別の形(赤ちゃんの形)に小さく膨らんでいた。
「私も、もうすぐ引退かな……」
引退を宣言すれば練習米援助もなくなる。大食いから解放された元選手が共通して語るところによれば、練習しないと胃の大きさはすぐに小さくなってしまうらしい。大きく広げるのは非常に困難なのに、小さくなるのは半年で半分。一年で四分の一。二年も休めば、ほぼ一般人と変わらなくなるとも言われていた。引退を宣言すれば、すぐに 10 kg すら収めきれなくなるのだ。
「一度でいいから感じてみたかったな…… 15 kg 超えたときの感覚……」
床に座ったまま、スリップ越しに形を顕わしている胃袋に触れる。はじめはゆっくり、次第にはやく……気持ち悪くならない程度に、手のひらで外から撫でてやる。立ち膝になってゆっくり腰を振ると、大きくなりすぎた胃袋が、一瞬遅れて身体の中を動く感覚がある。タポン、ドシン、ピチャン……消化管内はトポロジー的に身体の外だが、感覚的には身体の中だ。内側から刺激されるゾクゾクとした感覚は、大食い経験者しか感じることのできないものだと思う。
あのバイトの子に、こんな話をしたら、どうだっただろう? やはり目を輝かせて、感心してくれたのかしら? 今日、ほんの少し会話をしただけなのに――なぜかあれから何度も、あのバイトの子の表情を思い出す。バイトの子のことを考えながらお腹をさすると、なんだか別の感慨があふれ出す。
何だろう? まさか――高校生を意識してしまう31のオバハンなんて、痛い危険物以外の何物でもないと思いつつ……それでもスリップ越しに腹を撫でていた手が熱を帯びる。
千春が大食い全盛期の頃の Max ウエスト(102.3 cm)に合わせて作られているスリップの縫製にはまだまだ余裕があるが、そっとスリップをまくって、みぞおちから飛び出している胃の膨らみに引っかける。心地よくストレッチされはじめた、か細い腹直筋(大食い選手は胃の拡張を妨げる腹筋を鍛えてはならないため、腹筋だけは一般人より細い)の形が現れ始めていて、その中央に引き延ばされた臍がある。トントン、と叩くと、中にぎっしり食べ物が詰まっている音がした。あー、気持ちいい……やっぱり、なんだかんだ言いながら、20年前から私は大食いが好きなのだ。
そういえば大食い部に入ってから、夜2リットルのペットボトルに挑む習慣はなくなっていた(伊東先輩の詰め込みのせいで、とても2リットルの水を帰宅後注ぎ込める余裕はなかった)。
「あとは久しぶりに、水でもいいか」
さっき窒息防止にキャップを開けていた2リットルのペットボトルを抱え上げ、小学生の頃のように直接口をつけてみる。普段は一種のマナーとして置き、競技終了後は流しに捨ててしまう水だが、別に飲んで悪いということはない。
こくっ、こくっ……20年ほど前、小学校6年生だった頃の千春がそうしていたように、部屋でこっそり、胃の中に水分を注いでいく。喉が鳴るたび、皮膚が伸び、胴が押しひろげられ、そのたび少し胃の上にできた隙間へ、再び喉から水分が送り込まれる。
懐かしい音、懐かしい感覚。20年前からの相違といえば、千春が歳をとってしまったことと、飲みはじめる前の胃のサイズだろうか。かつては一般人と同じ普通サイズの夕食後に2リットルのペットボトルへ挑むだけで満足していた千春の胃は、いつの間にか一般人が驚愕するようなテラ牛丼2つと白米のおかわりという夜食に追加して、パックのいなり寿司にコンビニの小ぶりな丼2つと普通サイズの弁当3つ、特大のスタミナ弁当2つにばくだんおにぎり2つを含むおにぎり19個を受け入れ、家庭用三合釜を空にして、なお2リットルに挑む余裕が十分あるのだ。強化選手制度が確立し、このところ記録のインフレが著しいオリンピック選手たちと比較さえしなければ、とんでもない量と、とんでもない成長である。
何ならペットボトル二本だって、いけるかもしれない。今は増量が 9.2 kgくらいのはずだから、一本で 11.2 kg 、二本で 13.2 kg …… 調整していない腹には、やっぱり二本はちょっと厳しいかな。水の方が米より、同じ重さでも体積があるし。
ペットボトルの半分ほどを空にしたところで千春は一度口を離し、そっと腹を押してハリを確かめてみる。
「まだいける」
そういえば小学生の頃は、「まだいける」なんて言わなかったな。「大丈夫だよ千春! ほら、まだおなか柔らかいし、まだまだ全然いける! まだいける!」これは思えば、伊東先輩の口癖だった。伊東先輩と濃密な2年を過ごすうち、先輩の仕草や言葉がうつってしまったのだ。
伊東秋菜先輩――大食いにはとても厳しく、でも千春には優しい先輩だった。日曜日の午前11時30分、伊東先輩の家のインターホンを押すのが、千春は楽しみだった。もしも、あの頃に戻れたら……あのままずっと、あの頃のように、ひたむきに ohgui と向き合えていたら……自分はいまごろどうなっていて、どこで何をしていたのだろう?
なんでもない日常。苦しくも楽しかった日曜日。あの頃の出来事が、昨日のことのように思い出される。
ピンポーン
「ようこそ千春! 今日も一緒に頑張ろうね!」
「伊東」と書かれた表札脇の呼び鈴を押すと電子音がして、待ってましたとばかりに、先輩の弾んだ声が聞こえてくるのだ。