どうやら私の細胞は、人類の夢らしい 短編
「先生！！ 心臓が止まりました！」
「すぐに応急処置を！ AEDを持ってこい！！」
「はい！！」
あぁ、もう私死ぬんだね。
東京の大病院の一室。そこには患者は１人しかいなかった。患者はまだ12歳ほどの少女で、綺麗な顔立ちをしていた。だが、目を閉ざしたまま生気がない。少女の近くには、看護師や医者は複数人居た。皆慌てていた。理由は、単純明快。ベッドの横の「ベッドサイドモニター（心電図波形、脈の早さや血圧などを表示するモニター）」の数値が、「０」になっていたからだ。簡単に言うと、呼吸をしておらず、脈が動いていないという事だ。
あの日、子供を助けなかったら、こんな事にはならなかっただろう。
「ねぇ薫、今日はどんなマジックを見せてくれるの？」
「うーんとね、内緒♪」
小学校の帰り道だった。後もう少しで卒業式。一緒に歩いている大葉薫は、私のたった１人の友達であり親友だ。私達には共通点が多かった。
孤児であった事、女の子である事、自分で言うのも何だけどーーどっちとも成績がよく、異性にもそれなりにモテる事。いや、薫には敵わなかったな。同じ孤児院の透くんとも仲は良いんだけど、あの人とはあんまり喋れないな。だって、しきりに薫を誘うし、今日だって、無理矢理薫と一緒に帰る約束を取り付けたんだもの。
透くんは薫の事をいっつも独り占めにして、ズルいんだから。私のたった１人の親友を、こんな男に渡せない！！ーーっと、ちょっと話がズレちゃったね。
私は、薫と楽しくお喋りしながら帰っていた。その時、「青山通り」に差し掛かった。通常、この道は通学路ではないんだけど、透くんを振り切るためと、薫ともっとお喋りする為の遠回りだった。今思えば、そんな事しなければ...って感じ。
「ねぇ、薫って透くんの事好きなんでしょ？」
「エ、ナンノコトカナ？」
「カタコトだねぇ...でも、有名だよ？ 薫と透くんの事。良いなぁモテ女め」
「何言ってるの？ 私よりも、りっちゃんの方がモテるよ？」
私の名前は斉藤理沙だから、みんな「りっちゃん」って読んでる。みんなって言っても、薫と透くんだけだけど。あ、まぁ、先生も時々りっちゃんって呼ぶかな。もう中学上がるんだけどね。
「そんなわけ...ない、じゃん...」
「どうしたの？」
「あれ見てよ」
私は、「青山通り」の方を指差した。そこには、転がって行くボールを追いかける５歳児が居た。車がビュンビュン通る所を、もの凄い運ですり抜け、今は真ん中辺りに居る。
「危ない...親はいないの？！」
私は急いで辺りを見回した。私達と同じく、現状況を見ている人ならいるが、親らしき人は見えない。途端、何処からか悲鳴が上がった。
「と、トラック！！」
止まったボールを拾う５歳児の真後ろに、大型のトラックが差し掛かった。私は考える暇もなく、通りに突っ込んで行った。
猛スピードで走り、５歳児を抱きかかえる。その瞬間、
「りっちゃーーん！！！」
トラックのブレーキ音と共に、薫の叫び声が聞こえた。重い。何かに押しつぶされるような感覚。
私はゆっくりと目を開けた。５歳児が腕の中で驚いた様子を見せていた。
「良かった...無事、だったんだね...」
頭から流れて来た血が目に入り、視界が真っ赤になった。体中が痛い。声が聞こえる。薫の流す涙もむなしく、私は目を閉じた。
それから一週間。私は病院で過ごした。家族も親戚も居ない為、私の部屋に来るのは薫と透くんと先生と孤児院の子供達だけ。そして、あの５歳児は怪我は何処にもなかったらしい。母親の話によると、近くの公園で遊んでいて、目を離したら居なくなっていたと言う。薫はその母親を責める気はなかった。責めたってどうにもならないからーー。
そして今に至る。多量出血と重度の骨折。後、内蔵に傷が入っていたらしい。トラックにひかれたのだから、ただでは済まない事は分かっていた。だが、ずっと瀕死状態が続いていた。何時死ぬか分からない。
でも、それが今日だとは思っていなかった。明日になれば目が覚めると信じていたから。
「斉藤理沙さん！ 斉藤理沙さん！！ 聞こえますか？ 斉藤理沙さん！！」
あぁ、もう私死ぬんだね。
短かった人生。もう終わりなんだ。さよならみんな。今までありがとうーー。
「くっ！ 遅かった...」
「そんな...」
「23時53分、死亡確認」
看護師と医者が目を閉じる。沈黙が続く。
しばらくすると、私は死体安置所に運ばれた。そして、それから少し立つと、薫と透くんと先生らが駆けつけて来た。
「りっちゃん...りっちゃん...冗談って言ってよぉ...」
「りっちゃん！ 死ぬなんて僕信じたくないよ！ お願いだから...目を開けて...」
「理沙さん！ 貴女何してるんですか？！ 貴女、警察に入って日本を変えるんじゃなかったんですか？！ 此処で終わるなんて...そ、そんな事...させない...」
皆泣きじゃくりながら、私を見る。あぁ、そんな顔をしないで欲しい。みんなの悲しむ顔なんて見たくない。
それからちょっと遠く離れた病院の研究室。そこでは、私の担当をしていた医者が私の血を顕微鏡で見ていた。彼は、自分の担当して死んでしまった患者の血を取っておくそうだ。それで、キチンと自分で死因を確かめるのが彼の流儀だそう。
「ん？ これは何だ？」
熱心に顕微鏡で血を見ていると、不思議な細胞を見つけた。通常、人は死ぬと血液中に含まれる細胞も死ぬものなのだが、この細胞だけ生きている。それに、見た事のない奴だ。複数体ある。
念のため、私の顕微鏡で見ているの以外の血も見てみた。すると何という事だろう。その細胞はあった。それに、一度死んだはずの細胞がよみがえっている。ずっと見ていると、その細胞が新しく細胞を作り替えている事が分かる。
「これは凄い！！ 誰かちょっと来てくれ！！」
その頃、死体安置所では...。
「薫さん、透くん、もう帰りましょう。理沙さんも、貴女達の悲しむ顔は見たくないと思うわ」
「はい、先生。...りっちゃん、また来るね」
「...じゃあ、バイバイ」
みんな帰っちゃったよぐす。ん？ そういえば、何で私考え事出来るんだ？
「何処だよ此処」
目が開けられた。あれ？！ 私死んでなかったっけ？！ あ、これはあれだ。幽体離脱的なやつだね。きっと、魂だけ抜けでーーてなかった。
普通に立てた。というか、ベッドの後ろには、ロウソクと私の写真がーー。というか私、服着てない！！
結論から言おう。此処死体安置所だね。私死んだ事になるね。真っ裸だから体の上にかけてあった布巻くね。酷いねみんな。私生きてるのに。
「これはねぇ...酷い。酷すぎる」
人を勝手に殺さないでほしいなー。
生きてるって証拠？ だって、さっき抓ったけど痛かったし。裸足だから床が冷たいし。とりあえず、この部屋は出よう。
「あれ、開かない...」
ドアが開かない。
うん、しばらくすると看護師さんが来たよ。私が生きてるの見て懺悔してた。別に呪わないから。お化けじゃないから。
「やはり生きていた！！ 素晴らしい！！」
お医者さんもやって来た。どうやら死体安置所には監視カメラがあるらしく、私が起きたのを見た警備員さんがコーヒー吹き出して気絶していたらしい。
しばらくして色々検査されると、看護婦さんに着替えさせられて患者の部屋に戻った。
かなり部屋で待っていると、看護師さんや医者がやってきた。
「生きてる心地がしない...」
何だろう、私一回死んだんだよね？とでも言いた気な目で私は医者を見る。もう”さん”づけしないもんね！
「ほ、本当に申し訳なく思っています」
いやいや、看護師さん達は謝らなくて良いんだよ？ 問題はこの若年男悪医者だよこんにゃろう。私が生きているのを確認した医者は、私の体中を触りまくったあげく、鼻息荒かったんだぞ？！
「す、素晴らしい！！」
だってうわーん！ 後で訴えてやる！！
↑実際の所、
「（傷が全て完璧に治っている！！）す、素晴らしい！！（これは大発見だ！！ 興奮してきたぞ！！）」
別に医者にやましい気持ちはなかった。違う意味では興奮していたけども。
「実はですね理沙さん、貴女は一回死んだんですよ？」
「知ってます」
「何故生き返ったと思いますか？」
変態ロリコン医者がニヤニヤしている。止めろヤブ医者、こっちを見るな。
「さぁ？」
「実はですね、貴女の血液の細胞に含まれた『新種』の細胞が、死んでしまった貴女の血液中の細胞を蘇らせていたんですよ！ これは科学的発見です！ すぐにでも論文を...」
「どうして科学的発見なんですか？」
「先ほど、この病院の全精力を上げて実験をした所、どうやら、貴女の血は死んだ細胞を蘇らせられ、若返りの効果もあるようで！ そして、動物実験により、どんな怪我や病気も、たった一滴で治ってしまうという驚きの効果があったのです！ しかし、死んだものはもう無駄でした。貴女だからこそ、その点については効果があるようで...」
って事は、私は「不老不死」？！ そんな有り得ない...でも、一回死んでまた生き返ったわけだから、信じないのも...。
とりあえず、私の事は世間に公表されるなんて事はなかった。だってそりゃあ、大騒ぎになるからだ。「不老不死」の人間が存在するだなんて聞いたら、みんな大パニックになるだろう。
私が生きている事は、薫や透くん達にも知らされる事はなかった。ニュースでは、１人の幼女を守った勇敢な女の子としてしばらく祭り上げられた。
それから一週間ほどたっただろうか。私は未だに病院の中。もう怪我もスッカリ治って元気なのに、ずっと此処に居たら逆に病気になってしまうーー。そんなある日、
「失礼」
一言だけ述べ、３人の男が私の病室に勝手に入って来た。１人は目付きの悪い人で、後の２人はボディーガードのような厳つい男だった。
「ほぅ、なるほど...」
目付きの悪い男は、私を舐めるように見て来る。私は逆に、キッと睨みつけた。
「誰ですか？ ノックもなしに勝手に入らないでください」
「『失礼』と一言言っただろ。これだからガキは...」
「ガキって...貴方誰ですか？」
目付きの悪い男は嘲笑した。
「俺は、犬飼光彦。国際連合の者だ」
「...国際連合？」
国際連合ッテアレデスカ？ アメリカや中国を始め、世界のほぼの国々が所属する連合ですか？ 何でそんな人が此処に居るんですか？
「実はな、お前は現在、世界から重宝される存在だ」
「...重宝？ もしかして、血の所為ですか？」
「物わかりが良いな。お前が現れた所為で、世界は大騒ぎなんだよ。アメリカとかその他の国が、日本を『常任理事国』にする代わりにお前を売れと言って来た」
「売れ？！ 私は物じゃない！！」
「国だってそう言ったさ。でも、あっちは世界に貢献する為、売るではなく『貸し出す』のはどうだと言って来た」
「売る」や「貸し出す」だなんて、私は物じゃない！ もしかしたらこんな事になるんじゃないかとも思っていたけど、まさか私を物として...。
「日本は、戸惑いながらもお前を『貸し出した』。何、大丈夫だ。安全は保証されてる。生活だって今よりもずっと贅沢出来るさ。何たって、世界はお前を必要としてるからな。まぁ危険はあるだろうが、デメリットは少ない。要求されるのは、毎日朝夕のお前の血『50cc』だ」
うぅ...私注射苦手なんだけどな...。あれだよね、私の血を研究するんだよね？ というか、日本私の事「貸し出し」ちゃったんだね...ぐす。
「今からアメリカにお前を連れて行く」
「ちょーー展開が早すぎるんですけど...っていうか、アメリカ？」
「そうだ。ん？ 断るのか？ もし断ったりしたら、俺らはお前を強制的に連れて行かなくちゃならなくなるぜ？」
「...ついて行きます」
この日この瞬間から、私の人生はガラリと変わった。世界に幽閉され、毎日血を取られ、楽しい事も苦しい事もある毎日。
私の細胞は人類の夢。「不老不死」が手に入るかもしれないから。でも、私の血で世界の人々が苦しみから解放されるなら、
「行くぞ」
私は喜んで行こう。
