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4.魔王軍参謀本部と人類軍統合幕僚会議。

 魔族陣営は、様々な種族出身の権力者が抱える私兵の連合軍である。


 最有力は小人族や耳長族といった亜人を庇護する権力者、魔王を戴く魔王軍だが、その数は精々が20万程度で、数の上では攻囲軍全体の1/5程度に過ぎない。

 他に魔族攻囲軍には大鬼、小鬼の総大将悪鬼王や、翼竜や竜人といった竜族を従える竜王、知性ある獣の統率者獅子王、知的な水棲生物を纏める大王等が参加しており、それでやっと軍勢100万の威容を保っている。


 名実ともに、一枚岩ではない。


 たとえば竜族と翼人族は、空の支配権を巡って長年の対立関係にあるし、領域が決定づけられるまで、鬼族と猿族は山中で殺し合ってきた仲だ。

 だが現在だけは、指揮権を魔王に(厳密には作戦指揮を執る魔王軍参謀本部に)委ね、人類を皆殺しにすべく結集していた。

 紛争を解決するにしても、人類を根絶やしにしてからだ。


 全ては人類を滅ぼしてから始まる。

 荒廃した生活も、戦争が終われば立ち直る。

 魔族陣営の将兵は、建前ではその一念で戦っている。


 ただ彼らは誰もが、人類を滅ぼした後に始まるであろう「潰し合い」の予感に怯えてもいた。

 対人類戦の過程で各勢力の軍事力は整備され、拡大され過ぎた。

 昔なら戦争と言っても、勢力間の小競り合いがせいぜいだったのに、だがしかし現在では、種族が根絶やしにするだけの大戦争が起こりえる。



 人類を滅ぼした勝利の瞬間、もし自陣営が疲弊していれば、よってたかって魔族他陣営に殲滅されてしまうのではないか――?



 少し頭の回る魔族の誰もが、そうした危惧をもってこの対人類戦に参加している。




 魔王軍参謀本部直轄砲兵師団の壊滅を、魔王軍参謀本部は公にはしなかった。


 魔族陣営全体の士気にも関わるし、魔王軍が大打撃を被ったという事実は、強大な軍事力を背景とした、魔王の権威にも係わる。


 幸いにも詳細不明の魔弾を目撃したのは、直轄砲兵師団の生き残りと、直轄砲兵師団の前面に展開していた魔王軍歩兵第8師団の将兵のみであり、他族の部隊は魔弾の攻撃に気づかなかったらしい。


 無論、隠蔽工作が行われた。


 魔王軍参謀本部は「休養のために魔王軍参謀本部直轄砲兵師団は、攻囲軍より離脱した」と他族に説明をしておいて、一方で魔弾やその射手についての情報収集を開始。

 またとりあえずの対策として、翼竜騎兵の上空哨戒を密にし、次回以降の攻撃があればすぐさま察知し、射手の所在を特定出来るように手配する。


 勇者の存在を、彼らはまだ認識出来ていなかった。




◇◇◇




 あばら家に偽装した物資集積所。


 勇者海野は魔王軍参謀本部直轄砲兵師団を沈黙せしめた後、そこで新品の衣服に着替えた。

 元居た世界のそれとも遜色のない綿製の上下に、おそらく市街戦における迷彩効果を狙ったのであろう、ねずみ色に染められた長衣ローブ


 着ていた寝巻きは、何の躊躇いもなく捨てた。

 どうせ血塗れになった寝巻きを着て、元の世界には帰ることは出来ない。


 着替え終わったあたりで、メイドが彼に声をかけた。


「先程の戦い、流石でした」


「いえ」


 当たり前のことをしたまでだ、と海野は思う。

 勇者の力となる規格外の【技能】も魔力の存在さえ自覚してしまえば、まるで呼吸するように使うことが出来た。

 この調子ならば、もう人死を最小限に抑えられるだろう。


 だが勝った、という実感はないし、むしろ遅すぎた。


「もう少し誇っていいと思います」


 だがメイドは、彼を褒めた。


 先程までの無表情な消え、彼女の顔には微笑みさえ浮かんでいる。


 それを見た海野は、恐れた。

 普通の神経ではない。目の前で数多の人死を見た直後で、なぜ笑うことが出来る?

 これから人類の反撃が始まる予感に奮え喜んでいるのか、それとも召喚に成功した勇者が期待通りの働きをしたことを喜んでいるのか。


 そら怖ろしいものを感じながら、彼は自然と話題を変えようと考えていた。

 いつまでもは許されないだろうが、せめていまくらいは、先程までの殺戮のことや戦争のことを少しでも忘れていたかった。




 そこで海野は、そういえば、と思い当たる。


「……自己紹介がまだだった。俺の名前は、海野陸。元の世界でこの名前は、大海と草原、大地を意味してる」


 勇者召喚から向こう、彼はまだ誰一人に対しても自己紹介をしていなかった。

 召喚された直後は、王女や騎士達に凄まじい勢いで情勢の説明をされたし、その後は空爆や砲撃等があって何かを喋る余裕もなかったからだ。

 彼の自己紹介を聞いたメイドは、今度はくすりと笑った。


「丁寧に喋るのはやめたのですね」


「……正直、もう限界です。暫くはここで戦うんだから、気楽にやらせてもらいます。……名前、教えてもらっていいですか」


「アーネ・ニルソン、と申します。この正統ユーティリティ王国出身で、人類軍統合幕僚会議の一情報幕僚を務めさせて頂いております」


「人類軍統合幕僚会議――情報幕僚?」


「人類軍統合幕僚会議は、人類軍の意思決定機関です。王国と亡命政府の高官と将官が参加し、戦略を考案し、戦争指導を実施します。情報幕僚は情報の収集とその精査、会議への提供を任務としています」


 彼女ただ者ではない、と海野は出会ってからずっと感じていたが、まさか彼女が軍の人間だとは思わなかった。


 服装も軍人のそれではなく、使用人の――と思ったところで、「メイド服」は元いた世界でこそ使用人の服飾だが、この世界ではまた別の制服なのかもしれないということに思い当たる。

 元いた世界の常識がある程度通じるこの世界も、歴とした異世界。

 海野は見た目や思い込みで判断しちゃ駄目だ、と考えを改めた。


 情報幕僚アーネは考えにふける海野を、数秒まじまじと見つめてから言葉を続けた。


「では、参りましょうか」


「え、どこへ?」


「人類軍統合幕僚会議です」




 街中を駆け抜けたのち、魔族攻囲軍の方角へ殺到した正体不明の魔弾と、それきりぴたりと止んだ魔族攻囲軍の夜間騒擾砲撃。

 そして自身が召喚した勇者が、件の魔弾を放ち、敵砲兵師団を潰滅させたのだ、と主張する王女の乱入もあり、人類軍統合幕僚会議は混乱した(王女は勇者召喚に関して、他国亡命政府の高官には全く話をしていなかった)。


 正統王女が召喚した勇者が、敵砲撃を阻止した。王女を信奉する正統ユーティリティ王国軍関係者は、喜びに沸き、勇者を筆頭に攻勢へ転じることを主張。

 一方で魔族に国家を滅ぼされた亡命政府の関係者は、その魔弾や、伝説的勇者の存在自体に疑問を呈し、また勇者召喚が事実だとするならば、それは大罪である、と正統ユーティリティ王国王女を非難した。




「王女殿下は『勇者伝説』をご存知ないのですか! 大帝国による身勝手な召喚に怒り狂った勇者は、そこに暮らす民草を殺し尽し、大帝国の王族をあらゆる【技能】の実験に供した! 彼らの成れの果てが、現在の――」


「くだらない老人の警句で、人類救済が成るのならばともかく。私達はもうおとぎ話の存在に縋るほかないのです。『勇者伝説』など馬鹿馬鹿しい伝承ですが、それが過去の事実だったとしても、感謝すべきことに此度召喚に応じてくれた勇者は、私に協力的です。――まあ『勇者伝説』と同じ結末を迎えるにしても、おおいに結構ではないですか。その時は、魔族も全滅したでしょうから」




 他国亡命政府関係者と王女の舌戦は、後者に軍配が上がりそうだった。


 なにせ亡命政府には、勇者による救済を拒否した場合の代替案がない。

 確かに勇者召喚は禁忌であるし、一言の相談もなく王女が勇者召喚を行った以上、彼らの非難は正当である。

 しかし、では『勇者伝説』にみえる圧倒的殲滅力をもつ勇者に頼らずして、この戦況をどう挽回するというのか。


 それでももはや、正統ユーティリティ王国関係者に異を唱えるほか存在意義がなくなっている亡命政府関係者は、「魔弾と勇者を安直に結びつけるのは如何なものか」、と口を開き続ける。


 戦略的にも戦術的にもほとんど価値のないやりとりが、大音声で行われている人類軍統合幕僚会議場では、端の方で軍関係者同士が打ち合わせを行っていた。

 表情や口調には焦燥感が混じるが、彼らはまだ冷静に勝ち目を探している。




「勇者召喚、勇者の攻撃、魔王軍参謀本部直轄砲兵師団壊滅は事実だ。アーネ情報幕僚が、【遠隔伝言】で教えてくれた」


「では明日以降、攻勢の準備でもするか?」


「まだ勇者の能力、価値がどうもな。『勇者伝説』と同等の働きが出来るなら、単身勇者に斬り込んでもらえばそれで終わる。必要なら我々が、一緒に打って出てもいい。能力的に半端なら――」


「和平交渉にでも使うつもりか。魔王軍参謀本部直轄砲兵師団を潰した『戦略兵器』勇者を引き渡すことをちらつかせて、相手を交渉の場に引きずり出す」


「ああ。だが講和なんざ、人類と魔族の歴史上に今までなかったことだ。夢物語の域を出ないな」


「勇者召喚自体、本来ならその夢物語のはずだったんだが……」




 三者三様の思惑が渦巻く、この人類軍統合幕僚会議。


 空襲も砲撃の危険性もない、この地下会議場に勇者海野が姿を現すのは、もう少し後のことになる。


【『勇者伝説』】


 『勇者伝説』とは、人類・魔族問わず、広く人々に認知されている伝承である。


 伝説の細部こそ人類・魔族間、また魔族内の種族間でも異なるものの、大筋は概ね一致しており、“かつてこの大地を、ひとつの大帝国が支配していた時代。彼らは遊び半分に、異世界から勇者を喚び寄せた。当然、元居た世界から、拉致同然に連れて来られた勇者は激怒し、その類希なる【技能】を以て、帝国軍を異形の姿へ変えて無力化。勇者は貴族階級の者達を捕らえると、彼らに苛烈な拷問を加え続けた”というところである。


 無論、勇者「伝説」であり、大陸の人々みながこれを信じているわけではない。

 だがしかし魔族の中には、この『勇者伝説』に登場する、「異形へ変えられた帝国軍将兵」や、「拷問の対象となった貴族階級」が、自身らの祖だと考えている種族もいる。

 事実、『勇者伝説』の時代から存在していた竜族は、『勇者伝説』を事実のように語り、蟻族や鬼族といった亜人達を「呪われた血族」などと呼んでおり、『勇者伝説』の原型となった事件が、実際にあったことは間違いないようだ。


 対する人類国家では、さして『勇者伝説』が注目されることはなかったが、正統ユーティリティ王国王女と王立中央魔導院だけは、この『勇者伝説』に着想を得て、密かに【勇者召喚】法の確立に向けて研究を進めていた。





【正統ユーティリティ王国軍】


 正統ユーティリティ王国が有する常備軍である。

 魔族勢力圏から最も離れた位置にあり、人類国家に囲まれる正統ユーティリティ王国の軍事組織。彼らの任務は単純明快、「常に精強を誇り、他国の侵略意思を事前に挫折させ、他国軍との交戦時には常に勝利し、正統ユーティリティ王国を存続せしめる」ことである。


 開戦以前は6万の将兵(東西2個師団+中央予備戦力)を抱えていたが、城塞都市防衛戦の段階で残されている戦力は近衛連隊と、再編制された第1歩兵連隊のみ。

 現状、航空戦力は皆無(かつて他国軍から、その空戦能力を高く評価された魔導兵団は、魔王軍の翼竜騎兵団や竜王軍との激しい制空戦の中で、壊滅的打撃を被った)。


 正統ユーティリティ王国軍は前述の通り、仮想敵を周辺人類国家の軍事組織としてきたために、対魔族戦には不慣れとするところであった。

 それでも彼らは奮戦に奮戦を重ね、城塞都市アナクロニムズ防衛戦においては、市民達を指揮下に加えつつ、絶望的戦闘を繰り広げ、【勇者召喚】までの時間を稼ぎ出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読んでから戻ってくると、マヌケなコメントを書いたものだなと思うけど、記念?に残しておく
[一言] 人類側の差し出せるカードは勇者くらいしか無いけど、差し出したら戦力も無くなっちゃうから、共同管理?とか提案した末に、兵力引き離し地帯を作ってお互い砲兵や勇者を入れないとか、人類領域の奥の方の…
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