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32.世界再興前夜――人魔闘争の終焉。

 単身進撃を開始した勇者と魔族攻囲軍の間で、戦闘が生起することはなかった。

 城塞都市近郊における人智を超えた攻防戦を目撃した魔族将兵は、勇者を攻撃することが自殺行為でしかないことを理解していた。

 一方の勇者も撤退を続ける魔族将兵を無視し、ただただ北東の方角へ歩みを進めた。魔王軍の収奪により廃墟と化した町を、人類軍が撤退時に火を放った村を抜け、疲労困憊した座り込んだ魔族を追い抜いていく。一睡もせず、食事もせず、ただ魔力によって構成された不可視の網を慎重に張り巡らしながら歩き続ける。


「勇者よ」


 荒廃した農村を歩いていたとき、勇者に声が掛かった。

 ふと前方を見ると、崩れかけた畦道の中央に耳長族の老いた男が跪いていた。その後ろには従者と思しき小人族の女が立ち尽くしている。彼らに敵意はない。

 かといって何事か言葉を交わす必要もないだろう、と勇者は男女を無視して先を往こうとする――が、老いた男が滔々と喋り出すので、彼は足を止めざるを得なかった。


「私は魔王軍参謀本部参謀総長として、城塞都市攻略戦のいっさいを指揮していた。人類数千万の死と、【勇者召喚】発動の遠因を生み出した責任の一端は私と、100万の魔族攻囲軍将兵にある!」


 だがしかし、と魔王軍参謀総長は必死で言葉を続ける。


「身勝手な話だが、私の後背に控える魔族9000万は、此度の人魔大戦に直接的には関与していない! 彼らは非戦闘員であり、いっさいの罪はない! 私以下の魔族攻囲軍関係者を皆殺しにするのは構わない、だがしかしどうか無実の人々を殺戮するのだけは止めてくれ!」


 魔王軍参謀総長はこのとき、勇者が全魔族を殲滅すべく、北東へ――魔族領へ向かっているのだと考えていた。人外勢力の「駆除」――人類勢力との均衡状態を取り戻すために、あるいは単なる復讐戦のために、勇者はそれをやるだろうと半ば確信していたのである。

 だがしかし魔族領に住む9000万の魔族は、武器製造によって戦争に協力したものの、戦場で人類軍将兵を殺害したり、町や村における略奪行為に加担したわけではない。魔族攻囲軍全将兵が虐殺されるのは止むなしとしても、暢気に自分の仕事をこなし日々の糧を得ている人々や、何も知らないまま眠る赤子が殺害される事態だけは避けなければならない。

 故に参謀総長は魔王に断りなく、この直談判を敢行した。


「……」


 一方の勇者はただ黙って話を聞いていたが、参謀総長の主張を聞き終えると苦笑してみせた。


「参謀総長」


 勇者が口を開いた瞬間、周囲の光景が一変した。


 網膜を焼く白光、あらゆる有機物を焼却する熱線、地表に存在する全てを薙ぎ倒して押し潰す爆風。死の灰が発生した上昇気流に巻き上げられて、巨大なきのこ雲を作る。その塵灰の最中、幾万もの光弾が降り注ぎ、焦土と化した地表は寸分の間隙もなく抉られた。


「別に俺は魔族を殺そうと思ってるわけじゃない」


 だがしかしその大暴虐の中心に居合わせた勇者と参謀総長と、作戦参謀エイリスは、まったくの無傷でいた。かすり傷ひとつない。目を白黒させながら、周囲を見渡すエイリスを無視して、いまいち事態を理解しきれていない参謀総長は「これはお前がやったのか、脅迫か」と勇者に聞いた。

 それに対して、勇者は頭を振る。


「時間がないから一度に話す。まずこれをやったのは俺じゃない、魔王だ。この話し合いが気に入らなかったんだろう。それと俺は別に無関係の魔族を殺そうとまでは思ってない。ただ次なる戦争の禍根は絶つ」

「禍根?」

「魔王と戦う。……それと約束してもらいたいことがある。魔族は今回の戦争で獲得した旧人類領より立ち退き、旧来の魔族領を人外勢力の生存領域として欲しい。それが承服出来ない、また約束が反故にされた場合、俺は次こそ魔族を殲滅する」

「……わかった」

「向こうにも魔族領へは進出しないように言い含めてある」


 勇者はまた再び歩き出した。

 跪いたまま頷く参謀総長の脇を、無言のまま通り抜けていく。

 だが今度は先程まで呆然と立ち尽くしていた小人族の作戦参謀が、勇者の前に立ちはだかった。


「ちょっ、ちょっと待てって! あんたは勇者ですげー強いのは認める! だけど魔王陛下も相当というか、あんたと互角だ! 勝負なんてつくはずがない!」


 エイリス作戦参謀は、城塞都市攻防戦における人智を超えた決戦がどういう形で終結したか覚えていた。一昼夜に渡る拮抗。どちらか一方が手を引くまでは、延々と続く死闘。作戦参謀は勇者が魔王を倒すことも、魔王が勇者を倒すことも不可能、という確信があった。

 だが勇者は、一笑した。


「それが狙いだ」

「は?」

「俺が延々と戦いを挑めば、奴は俺にかかりきりになる。再び魔族に干渉して軍勢を興し、侵略戦争を始めることなど出来なくなる。あとはみんなで勝手にやってくれ。人類は復興に躍起になるだろう。そっちは魔王が遊び半分でたてた姫を利用して、適当に取り纏めるんだな」

「あほか! だ、大体そんなに陛下を拘束出来るかよ!」


 怒鳴った作戦参謀に対しても、勇者は平然としていた。

「200、300年くらいはやってやるよ。だからその間に備えとけ」と返事をして、その横を通り抜けていく。既に覚悟はしているが、これがこの世界に対する責任だろう。そして魔王との戦いの最中で、地球に存在する核兵器を全て処理してしまう――それが、地球に対する責任だ。


 呆然と立ち尽くす作戦参謀を背に、一歩、二歩と勇者は離れていく。

 この瞬間にも、音もなく死闘は繰り広げられている。空間歪曲――空間修復、召喚、送還、歪曲、修復、魔力加速、魔力減速、召喚、送還――攻撃と防御の応酬。勇者は息をするような気楽さで魔力を操作し、魔王の攻撃を封殺する。


「そうだ!」


 勇者はだいぶ歩いてから、思い出したように振り返り、魔族の参謀総長と作戦参謀へ叫んだ。


「魔族をひとり捕虜にした、翼竜騎兵団所属の耳長族だ! 彼女はもう第1翼竜騎兵団地上本部に送ってある! 彼女の面倒を頼む!」


 わかった、と参謀総長が答えた一瞬後には、もうそこに勇者の姿はない。


「消えた?」

「あれだけの質量の物体を召喚出来るのだ、自身を転移させることなど造作もないことだろうよ。……我々も忙しくなるぞ。魔王軍を再編し、魔族全体を掌握して、勇者との約定を守るように体制を整えなければ」


 魔王のくびきから解放され、魔族は初めての自由を得た。

 が、ここからは人外文明の発展も衰退も、魔族ひとりひとりの努力如何にかかっている。

 ……参謀総長は覚悟を新たに、魔王軍の統率と再編成に乗り出した。





◇◆◇





 勇者が消えてからしばらくの間、人類と魔族に復興と繁栄の時代が訪れた。








『人類滅亡前夜に、勇者おれを喚ぶな!』、完。

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