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27.粛清のはじまり。

 魔族に与した裏切り者の、衆人環視下での処刑。

 それは城塞都市攻防戦が始まって以来、恒常的に実施されてきた悪趣味な催しものだが、きょうは一際盛大に執り行われ、市民達も普段の倍は集合した。

 なにせ、受刑者の格が違った。


「先に布告した通り。この卑劣な裏切り者、イズコカリ・ニュウシャリンは恒常的な利敵行為に手を染めていた。ユシキ国亡命政府外務大臣としての職を隠れ蓑に、正統王国軍情報部の目を欺きながら、城塞都市内・人類軍統合幕僚会議にあって、逐一情報を魔族側に渡していた!」


 憤懣やるせない市民達が見守る中、緑地帯に設けられた処刑場に連れて来られたのは、戦線から逃走した士官や、愚劣な作戦指導から大敗を喫した将官ではない。錠を掛けられ、鎖に繋がれて現れたのは、事実上人類陣営を指導する組織、人類軍統合幕僚会議にも参加している他国亡命政府の高官達である。

 彼らが犯した罪は事もあろうに、軍事機密等漏洩による利敵行為。

 正統王国軍情報部の調査によって、彼ら亡命政府高官らが命欲しさに魔族陣営に内通し、人類軍統合幕僚会議の決定や、正統王国軍の作戦内容を売り渡していたことが判明したのだ。道理で将兵の奮戦むなしく、正統王国軍が大敗を重ねたわけである。身内、しかも統合幕僚会議に内通者がいたのだから。


「ゴチッサ連合王国亡命政府シャロゼノ・ココ・キチガシ宰相は、人類軍統合幕僚会議における会合中、故意に作戦指導を混乱させる発言を行い、人類軍前線部隊の行動を妨害させるべく命令を遅滞させる等の利敵行為を実施した!」

「死ね、死んじまえ! 恥ずかしいとは思わないのかよ!」

「魔族と取引するなんて馬鹿じゃねえか? どうせ裏切られて殺されるに決まってんのによ……」


 無論、正統王国軍情報部とて何の証拠もなく、彼らを逮捕し処刑するのではない。正統王国軍情報部は陰湿な秘密警察では決してなく、公平な捜査、明解な証拠を以て人類軍統合幕僚会議に潜んでいた裏切り者を捕捉した。

 捕虜となっていた第2翼竜騎兵団所属の翼竜騎兵が、亡命政府高官と魔族陣営の間に交わされた密約の存在と、亡命政府高官が漏洩させた情報の存在を証言したのである。


 整列した銃殺隊の横列の前に、粗末な貫頭衣だけを纏った亡命政府高官たち数名が引き出された。

 恐怖、あるいは憤怒の表情を顔面に張り付けた彼らは、出身国と正統王国の言葉で「私は無罪だ」「これが謀略だと分からないのか! 愚民どもが!」と怒鳴っていたが、それを上回る怒号と罵声を発する群衆へは届かない。むしろ彼らの命乞いと反抗は、処刑に臨む兵士達を苛立たせただけだった。


(……出身国と運命を共にしていれば良かったものを、馬鹿な奴らだ)


 野次と罵声を浴びせる市民達の中にも、真相に気付いている者が居た。

 これは粛清だ。魔族攻囲軍を撃退し、人類勢力の指導者としての実力を示した正統王女にとって、もはや亡命政府高官など邪魔でしかない。防衛戦を勝利に導いた正統王女の支持は、他国出身の避難民の間でも磐石だ。もはや亡命政府高官に、政治的価値はなくなっていた。

 彼らを陥れる証拠をでっちあげることなど、正統王国軍情報部からすれば容易いことだろう。捕虜からの証言など、彼らの持つ汚い手管を以てすれば、幾らでも引き出せる。

 だが正統王国軍情報部の暗躍と、これが政治的敗者を処分するための粛清に過ぎない、ということに気付いている者も、声を大にして反対を唱えるつもりはなかった。


(他国のお偉方なんざ実際お荷物だ。奴等には何の権限もない。俺らや他国の避難民達が必死こいてる間、連中はただ漫然と毎日を過ごしている――)

(生かしておいても後で出身国の復興がどうこうと言い出して、話が抉れるだけだ)


 群衆の最中に、黒眼黒髪の男が紛れていた。

 鈍色の外套を被った彼は、ただ冷徹な眼差しを刑場の人々に向けている。彼は旧共産圏めいた茶番劇だ、と思わず呟いたが、その言葉はすぐ周囲の熱狂に紛れて、掻き消されてしまった。居並ぶ亡命政府高官達の中に、見知った顔――具体的にはソヤス共和国共和議官の顔がないことに安堵しつつも、ただただ彼は自身が何を為すべきなのかを自問し続けていた。




 一方。

 正統王女が粛清により人類陣営の最高権力者としての地位を固めていた折、魔族陣営は、空中分裂の危機を迎えつつあった。

 城塞都市攻防戦の戦死者数は、人外各勢力の許容する人数を遥かに超越しており、城塞都市郊外を埋め尽くした人魔の屍山血河に各勢力の指導者は衝撃を受けた。


「まだ継戦は可能だろう。このまま戦えば、人類殲滅の悲願も実現する。だが人類が滅び、魔族陣営が勝利を収めた時、我々が存在している保証はない……」


 このまま強攻すれば、確かに人類殲滅はなる。だがしかし歴史的勝利の瞬間、自勢力が全滅し、元々頭数の多い亜人から成る魔王軍だけが生き残っているのでは仕方がない。

 人類陣営には、再起不能なだけの損害を与えた、ならばもう魔族の連合軍は解散、撤兵しても構わないのではないか――至極まっとうな思考である。


「我々翼人族は、既に撤兵準備を開始している。これ以上の戦闘は無益、とまでは言わないが……休戦し、戦力充実を図る時間が必要だ」


 人外勢力の代表者達が集まる場で、まず翼人族が撤兵を唱えると、諸族はこぞってそれに賛同した。誰もが攻めきれない大戦争と、城塞都市郊外に積み重なる屍骸の山に辟易としていたのだ。


「我が一統もそうさせてもらおう」

「うむ。これ以上戦う必要はない」


 大いに噴出した厭戦感情を封じることは、もう出来ない。

 気付けば鬼族の悪鬼王、獅子王、猿族の白猿、蟻人族参謀代理、同胞を殺害されたことで面子が潰されたままの竜王軍関係者を除く、それ以外の諸族すべてが魔王軍指揮下の離脱と撤兵を表明していた。


「皆様の御意志は尊重致します。では皆様が、魔王軍指揮下からの離脱および撤兵を決断なされたことを……陛下にお伝えしても宜しいですか」

「ええ。参謀総長閣下、よろしくお伝え願います」


 離脱の意志を翻さない諸族の代表者を前にして、悪鬼王はつい、馬鹿野郎がと呟いていた。悪鬼王、獅子王、老いた白猿、蟻人族参謀代理はこの後、何が起きるか分かっている。内心では撤兵すべきだと理解していても、一旦表明すればそれ相応の制裁が下るに決まっているのだ。




◇◇◇




 食糧を求めて38度線へ押し寄せた北朝鮮の人民、南侵トンネルによる工作員と戦闘員の浸透、炭疽菌等BC兵器による在韓米軍第2歩兵師団の無力化、大口径火砲による容赦ない面制圧、雪崩れ込む機械化軍団――歴史は繰り返す。

 数十年前の南北戦争を髣髴とさせる電撃戦に、韓国陸軍と在韓米軍は抗しきれない。

 目に見えないBC兵器の恐怖、無秩序に避難を開始する市民の群れに、韓国陸軍は思うように反撃することが出来なかった。頼みの綱の韓国空軍は、不可解な例の事件により機能が低下しており、事態を打開する助けにはほとんどなりそうにない。38度線を越えて雪崩れ込んだ機械化部隊と、休みなく砲撃を続ける火砲を粉砕すべく戦闘攻撃機も飛んだ。だが朝鮮人民軍の物量に対しては如何せん数が少なすぎたし、北朝鮮国内に展開する火砲への越境攻撃を試みた際には、地対空誘導弾と濃密な弾幕による防空網に絡めとられてしまった。

 長距離砲の射程内にあったソウルは、無慈悲な鋼鉄の鉄槌により大廃墟と化した。

 韓国政府は既に政府機能を韓国中部の水原や、朝鮮半島南端の釜山へ移転させていたが、ソウル市民1000万の大半は脱出出来ないまま、朝鮮人民軍地上部隊の「解放」を待つ形になってしまった。


「見ろ。宗廟が――!」


 ソウル市内に存在する世界文化遺産の宗廟は、朝鮮人民軍の170mm砲が放った一弾の直撃を受けた。外大門の端整に葺かれた瓦屋根を貫いた鋼鉄の塊は、軒下で炸裂。朱塗りの柱と扉は一瞬で吹き飛ばされ、屋根の自重に耐え切れなくなった外大門は前のめりに崩壊した。王族を祀る正殿等は無事だったものの、深夜の闇の中で崩壊炎上する宗廟の顔、外大門の姿は人々に衝撃を与えた。


「我々はこれより、米帝傀儡政権に虐げられてきたソウル市民を解放する!」

「進路上に存在する車輌は、全て地主階級が放置していったものだ! 踏み潰して進撃せよ!」


 渋滞に巻き込まれた一般市民が放置していった乗用車を踏み潰しながら、大挙して押し寄せた旧ソ連製装甲車輌の大群は、韓国陸軍の阻止火網をもろともせず、得意の電撃戦で防衛線を踏み躙った。世界でも最強の部類に入るK2主力戦車や、性能の上では朝鮮人民軍の主力戦車と拮抗するK1主力戦車も、出会い頭に撃ち合う遭遇戦の連続となる市街戦の最中で急速に消耗し、また一輌、また一輌と撃破されていく。

 しかもソウル市域北方で防戦にあたる韓国陸軍将兵の士気は、上がらない。

 主体思想を軸とする教育の賜物か。あるいは略奪の対象と戦功の機会が転がっているからか――労働者階級から搾取を続ける地主階級の巣窟への攻撃に参加し、否応なく士気が上がる朝鮮人民軍将兵。

 それに対して、第一線で防戦にあたる韓国陸軍将兵は「上層部がソウル市域北部の放棄を決定すれば、ソウル市域を南北に分かつ漢河の橋梁が落とされ、自身らは孤立するかもしれない」という恐怖を抱きながら戦っていた。実際、先の南北戦争では、上層部は北朝鮮の進撃を遅滞させるべく、(未だに韓国陸軍数個師団が北方で防衛線を張っているにも関わらず)早々に漢河に掛かる橋梁を爆破し、結果的に北部で交戦中の諸師団の退却路を断っている。

 こうした過去の存在が無意識の内に作用してか、ソウル市域に布陣した韓国陸軍諸部隊は南へ南へ、じりじりと後退。そして結局、避難民の大群により混沌の坩堝と化した漢河北岸に追いやられ、身動きが取れなくなって粉砕された。


 ……結局のところソウル防衛戦の勝敗を分けたのは、ハイテク兵器の有無ではなかった。

 戦場に存在する勇気の総量と人間の頭数が優っている陣営が勝ち、そうでない方が負けた。


 朝鮮半島南北衝突の際には、朝鮮人民軍の脇や北朝鮮本国に強烈な一撃を加えることが期待されていた米空母打撃群は、黄海はおろか日本海にすら展開していない。

 中核の原子力空母や打撃群を構成する駆逐艦が異世界へ召喚された影響があり、米第7艦隊は現在再編中。しかも米大統領は、「陸海空ともに優秀な兵器を揃えている韓国軍ならば、旧ソ連製の型落ち兵器を主力とする朝鮮人民軍を独力で撃退出来る」と考え、再編を終えた小艦隊を随時、台湾方面へと回送するよう指示を下していた。

 実際、中華民国の軍事力は中華人民共和国のそれに比較するとお寒い限りであり、量的には勿論、(特に陸・空では)質的にも劣っている。中華人民解放軍が遠慮なしの攻勢に出れば、金門島を初めとする島嶼部はおろか、台湾本島までどうなるか分からない。朝鮮半島よりも台中衝突に備え、人民解放軍に対して抑止へ動くのを優先するのは、当然の判断であると言えた。


 だがしかし実際始まってみると、韓国軍は大敗。

 頼みの在韓米軍も押し寄せる朝鮮人民軍に対して、あまりにも少数過ぎた。自国男性の大半を予備戦力とする前時代的な戦略は、最新鋭兵器から成る優れた戦術によって粉砕される――そんな想定は、完全崩壊した。

 米軍は地球における最強の軍事組織であり、即応能力も高い。だがしかし朝鮮半島と中華民国の二方面作戦を同時に遂行するだけの体力があるか、と言われれば疑問符がつく。米国議会や米国民は、アジアの小国を守り、アジアの戦略拠点を守るために、朝鮮半島における泥沼の地上戦に米軍を投入し、同時に中華人民共和国と対峙することに頷くだろうか――?




次回は11月11日(水)までに次話を投稿します。

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