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2.城塞都市とメイドと敗北主義者と。

 人類と人外の闘争は、長きに渡る。人類がまだ石器を手に野原を駆けずり回っていた時代、魔族がまだ動物に近しい存在であった時代から、彼らは血みどろの闘争を繰り広げてきた。


 彼らは、海野の世界の人々とは違う。


 この異世界の人々は、「敵を如何に効率よく殺せるか」を研究する中で、社会や技術を進歩させた。

 狩猟採集経済を営んでいた人々は、強大な竜や獣と時折遭遇し、人間ひとりひとりの弱さを知り、数人という狩猟組織よりも更に巨大な組織――「村」、後には「国」という単位に纏まることを選択した(その後に多くの人口を養うための農耕がはじまる)。


 人外も然り。彼らは魔族の長、竜族をも殺す人類の組織力に恐れをなして、同族同士で殺し合うことを止めた。

 竜族の後に現れた亜人達は、人類の技術や組織を模倣して、人類や他族との抗争に備えて、人類国家と遜色のない組織を作り始める。


 人類と人外の「絶滅戦争」は、海野召喚直前に始まったのではない。

 海野の世界の単位で言えば、千年・万年前から彼らは生存を賭けた、また敵を根絶するための絶滅戦争を続けてきた。


 敵を、この地上から消滅させる。

 そうしなければ、この破壊と殺戮の歴史は終わらない。


 無限の可能性を秘める魔術――【技能】が存在する以上、人間一人、人外一体でも生き残れば、それは将来に禍根を残すことになる。

 生き残った一人、一匹が「生命体を人工的に製造する術」を、「大陸を崩壊せしめる術」を、「過去に干渉し、現在を変える術」を完成させるかもしれない。


 相手を絶滅させる。

 それが、人類と人外が共通してもっている認識だった。


 そしていま。

 殺戮を伴わない創造と平和の時代が、この世界に初めて訪れる。




――はずだった。




◇◇◇




 空襲をやり過ごした後、海野陸と王女達は、日が落ちるまで森(正確には城塞都市内の大規模緑地帯)に居た。


 海野が聞いた話では、昼間に移動するのはまずいという。

 連中の翼竜騎兵は常時上空に待機しており、昼間に不用意に姿を見せれば、すかさず攻撃を仕掛けてくるのだ、と彼は説明を受けた。

 航空優勢(制空権)は、敵側にある――アジア太平洋戦争末期の日本に似ているかもしれない。


 昼間、市内の非戦闘員は地下施設に隠れ、市街戦を繰り広げる戦闘員達は、悪目立ちする大通りは避け、地下壕や建造物を活かして戦っている。

 ふと海野は、勇者の力を振るえば、翼竜騎兵を撃退することも出来るんじゃないか、と思ったが、ここで軽率に動けば、傍に居る王女や騎士を戦闘に巻き込むことになる。


 彼はそのまま、日没を待った。




◇◇◇




「この城塞都市アナクロニムズは、その名に相応しく防衛に特化した都市です」


 日没後。


 破綻しつつある防衛線を引き締めるべく、最前線へ向かった王女や女性騎士達と別れ、海野は別行動で市街を歩くことになった。人類最後の拠点となる城塞都市アナクロニムズを歩き、街の構造や特性、雰囲気を勉強することが目的だ。


 海野がまず驚いたのは、街を案内してくれる解説役が、紺を基調とする制服に身を包むメイドだったことだ。

 彼は筋骨隆々、叩き上げの下士官にでも案内されるのだろうと思っていたから、これは意外でしょうがなかった。


 それどころか、彼女の可愛さに海野は少しどぎまぎするくらいだった。


 ショートカットの黒髪、健康的な姿勢、就いている仕事が仕事だけにか、言葉遣いも丁寧だ。営業のそれだろうが、顔面には優しい微笑みさえ湛えている。


 だが彼女、ただ外面が良いだけではなさそうだった。

 その証拠に、まったく光源のない森の闇を、つまずくことも迷うこともなく、方角を見定めて歩いてゆく。


 ……普通の婦女子が出来る芸当ではない。




「……市域は街壁が囲み、市内にも幾重にも防壁が張り巡らされています。また空襲や市街戦も意識して、地下施設や地下通路も多く設けられており、この設計のおかげで粘り強い抗戦が可能となっています。天然の要害にも恵まれておりまして、西から南にかけては大河が流れているために、この方面から攻撃を仕掛けられることはありません」




 流暢に喋るメイドの言葉を、一字一句洩らさず聞く海野だが、内心では「なるほど、城塞都市アナクロニムズは最強、ということだな」と結論づけたまま、それ以上深く考えたりはしていない。


 勇者に期待されている役割とは、戦略を考える参謀ではなく、「滅茶苦茶強い前線の駒」でしかない。それに海野は気づいていたし、ただの一兵卒である以上は、城塞都市の長所や短所を詳しく知っていても仕方がないと考えていた。


 数十分歩くと、緑地帯を抜ける。

 そこは石畳の敷かれた大公園――の跡地だ。


 かつては白色だったはずの敷石は、煤けてあるいは灰を被った状態でめくれ上がり、元あった場所から飛び出して瓦礫の山を為している。災禍に巻き込まれずに済んだ純白の敷石が幾つか残っており、それが月光を反射するお陰で、この惨憺たる有様が見て取れた。

 中央、噴水とみえる施設は、折れて炭化した木々の下敷きとなっている。

 おそらくこの被害は、先程のような爆撃によってもたらされたものだろう、と海野は想像し、人並みだが正直な感想を呟いた。


「酷いものですね」


 だが意外にも、メイドは首を振ってみせた。

 いつの間にか彼女の顔は、真剣な表情になっている。


「いえ、そうでもありません」


「え、どういうことですか」


「少なくともこの公園では、誰ひとり死にませんでした。物は、後からでも直せます」


 なるほど、と海野は頷いた。一理ある。

 それに誰も死ななかったことは良いことに違いないし、魔族は空振りをしたのだと思うとちょっと小気味良かった。

 差し出がましいことを申し上げました、と謝ったメイドに、海野はかぶりを振った。


「いや、気にしていません。むしろ正直に話して頂いて嬉しいです。城塞都市アナクロニムズ、ここが私の拠点になるのですから」


「拠点、というより。ただ前線でないだけで、ここはもう戦場です」


 メイドの言葉を聞いた海野は、戦場、と鸚鵡返しに呟いた。


 自身が戦場に立っている、という実感は皆無だった。


 実を言えば、殺し合いに参加する覚悟もまだない。王女や女性騎士達からお墨付きを貰った、勇者としての能力も自覚出来ていない。昨日まで居た平和な世界と、この異世界とでは隔絶が有り過ぎた。自分が生物を殺す光景さえ、想像出来ない。


 思わず足を止め、ぼうっと立ち尽くした海野をメイドは不思議そうに見た。

 メイドの顔面には、困惑がみえる。

 メイドからすれば、海野が何を考えているのかまったく想像出来ない。彼女は殺戮がすぐ隣で行われている世界で育っているために、海野が「戦場」という単語に衝撃を受けていることなど、察することは出来ない。


「どうかされましたか? 勇者様にはこの後、被服と武具をお渡ししようと考えているので、物資集積所の方に……」


「ああ、いえ」


 海野とメイドは、歩き出す。

 瓦礫が散乱する公園を横切る。召喚直前の服装から着替えていない海野は、寝巻きに靴下という格好だったから、何かを踏みつけて怪我しないようにだけ気をつけた。


 公園は、ただただ静かだ。

 響くのは、メイドの履くハイヒールが立てる靴音だけ。


 海野はふと、疑問に思う。ここは魔族の包囲下にある戦場。

 ……それにしては、静かすぎないか?


「この都市は敵の包囲下にあり、市街戦が継続中と伺ったので、昼夜の別なく戦闘は続いているのだと思っていましたが……案外静かなのですね」


 雲霞の如く押し寄せる攻め手が常時殺到し、それを防御側が必死になって食い止める。それが現時点で海野の持っている、城塞都市を巡る戦争の漠然としたイメージだった。

 だが実情は、違うらしい。

 メイドは懇切丁寧に、この夜がどういう時間なのかを海野に解説した。


「連中は夜の闇を恐れていますから。夜間は空襲も効果が薄いですし、市街構造を知り尽くしている我々の方が有利です。彼らも無駄な犠牲を出したくないのでしょう、基本的に連中の攻勢は昼間のみに限られます」


「そうですか。合点がいきました。ありがとうございます」


「いえ。では、市街に向かいましょうか」




 通りは嘔吐物か排泄物か何かと汗臭さが入り混じった酸い臭いを充満させて、海野を熱烈に歓迎した。

 呻く負傷兵を載せた担架と、物資を満載した荷車が頻繁に往来する。海野とメイドの傍を通り過ぎた担架には、五体満足の人間にしては小さすぎる「包帯を巻きつけた肉塊」が載せられていたものもあり、海野は衝撃を受けた。


 道端には垢じみた衣服を纏う人々が、長蛇の列を成している。

 戦闘に参加しない彼らは、昼の間は地下室にじっと身を隠し、夜間になると配給される食糧を求めて這い出して列をつくる生活を、もう2週間近く続けていた。

 親子連れ、老人、欠損を抱えた男。

 彼らはみな海野にちらりと視線をやるが、その隣にメイドがいることに気づくと、すぐに視線を逸らした。


「戦闘のない夜間は、負傷者の後送、物資の運搬、非戦闘員への配給、戦闘員の休息に充てられる貴重な時間です」


 列が前進するのを待つ人々を、メイドは一瞥もしない。

 彼女はもう慣れきっているのだろう、通りを埋め尽くす悪臭にも無反応で、海野に市街の状況を語って聞かせる。


 一方の海野はメイドの言葉を、半分以上聞き流していた。


 元の世界――日本国の一般的な市街地しか知らない海野にとって、ここは地獄だった。往来する兵士、居並ぶ人々はみな疲労した様子で表情に動きがほとんどない。酷い体臭とともに濃厚な絶望感が彼らの全身から溢れ出て、市街中を埋めていた。



 海野がはじめて見た死体は、木から吊り下げられている男のものだった。


 街路樹のほとんどは、防御施設の補強の為に伐り出されて失われていたが、幾本だけ残っている街路樹には、「私は逃走を試みた敗北主義者です」「私は魔族の為、戦争に参加しました」などと書かれた札を額に張り付けられた死体が、鈴なりに吊り下げられている。


 惨いものだった。


 思わず、彼は街路樹を指して聞いた。


「これは……」


「敵の攻勢に直面し、防衛線から離脱した者です。彼らの勝手な振る舞いにより、他の戦士達は苦戦を強いられ、我々は後退を余儀なくされました。人類に対する裏切り。……利敵行為に対する相応の報いです」


 その言葉に、悔恨や苦悩はない。相応の報い。

 さも当然のように言い切ったメイドに対し、海野は初めて反発を覚えた。

 この末期戦。厳しい軍法で人々を最前線に縛り付ける方法でしか、戦線は維持できないのかもしれない。


 ……だが、人間は死んだら終わりだ。


 先程のように、壊された広場は戦争が終われば、数年もせずに直すことが出来る。

 だが人間は、そうはいかない。


 戦略的に考えても、そうではないのか。

 陣地は奪われても機会があれば奪り返せる、防衛施設は破壊されてもまた修復できよう。だが人間という兵器の調達には、十数年という長い歳月が掛かる。おいそれと殺して、いいわけがない。


「――くそったれですね」


「ええ。だから勇者様が一刻も早く、この戦争を終わらせてください」


 先程と同じく、彼女はさも当然のように、言った。


「俺が――」


 言いかけた時。

 遠雷を思わせる轟音が、市中に響き渡る。




 先程メイドが説明したとおり、夜闇を恐れる魔族陣営は前進することを忌避する。

 だがさりとて、一切の戦闘行為を停止するわけではない。


 特に彼らが好んで実施するのは、特に目標を定めることなく、夜の帳が降りた市街へ砲撃を実施する夜間の騒擾そうじょう攻撃である。

 これは陣地破壊等、物理的な戦果を期待するのではなく、人類将兵の神経を昂らせ、市民の不安感を煽るための嫌がらせだ。

 海野が元々住んでいた国でも、かつて難攻不落の堅牢な要塞「大阪城」に対して、攻め手は射程外から盛んに火砲を撃ち放ち、「大阪城」の指導者層に揺さぶりを掛けた、という言い伝えがある。


 この晩に騒擾攻撃を実施したのは、城塞都市中心部から東へ6万歩間(=30km)の距離に展開する、魔王軍参謀本部直轄砲兵師団であった。

 5指間(=150mm)級重砲を216門有し、名実共に地上最強の火力を誇る彼らにとって、夜間騒擾攻撃など、酷く簡単な任務だ。

 何せ市内を目標にしさえすればいい――前線の友軍を支援する際に求められる、精密な計算は不要なのだから。

 砲撃の間隔も酷く緩慢で、砲弾を装填する巨人族も涼しい顔であった。


 人類陣営の砲兵は魔族の反撃を恐れ、いっさい砲撃をしない。

 更に魔王軍参謀本部直轄砲兵師団は、魔族攻囲軍100万の最中、最前線から遥か後方にいる。

 ……人類軍の手は、完全に届かない。

 彼らはこの戦場で、もっとも戦死から遠い存在だった。




 だが不運が重なる。




 彼らの騒擾砲撃の順番が、ちょうど勇者海野が召喚された晩にあたったこと、また彼は人並みに正義感をもっていたこと。


 そして魔王軍参謀本部直轄砲兵師団が放った一弾が、勇者海野の目の前で炸裂し、多くの人々を殺傷してしまったことが、彼らの運命を決定付けた。

【翼竜騎兵】


 耳長族や巨人族、小人族ら亜人を率いる魔王の軍勢、魔王軍の花形兵科。

 高空・低空を高速飛翔する関係から――空・低空間の気温差、魔力量の差といった環境の変化に堪えられる、【技能】の強化なしに高視力を持つといった――適性をもつ亜人しか翼竜騎兵は務まらないため、選抜・養成の課程は厳しい。自然、20万の将兵を擁する魔王軍でも、大規模な戦力化は実現しておらず、4個翼竜騎兵団(約170騎程度)が実戦配備されているに過ぎない。

 翼竜騎兵科の任務は、偵察、制空戦闘、空対地支援等、多岐に渡る。


 翼竜騎兵の最小戦闘単位は、4騎から成る「小隊」(2騎、3騎で行動することはない)。

 この小隊が3個集まり、騎兵「中隊」を、3個騎兵中隊を以て1個騎兵団を構成(つまり1個翼竜騎兵団は36騎前後から成る)。これを地上に設置されている指揮本部が、適切に指揮・運用する。


 騎兵が駆る標準的な翼竜の大きさは、右翼端から左翼端まで全幅20歩間(=約10m)、鼻先から尾先まで全長8歩間。重量1.5人分(=90kg程度)。最高飛翔速度は1宴130万歩間飛翔(時速650km)と、海野が元居た世界で言うところのレシプロ戦闘機程度である。

 この翼竜は古くに「貧弱である」という理由で、竜王により追放された竜族の末裔であり、魔王の庇護下に入るまで、魔族達からは動物のように扱われていた。だが実際には知能があり、口周りの構造から言語を操ることは出来ないものの、騎兵と意思疎通が可能である。また彼らは【能動技能・魔力噴射】――体内に蓄えておいた魔力を後方、あるいは下方へ噴射することにより、推進力や揚力を獲得、飛翔する。


 数の少ない翼竜騎兵ではあるが、彼らは人類側の航空戦力となる魔導兵を圧倒し、一時期は彼我の比率――いわゆるキルレシオは33:1(翼竜騎兵が魔導兵を33名撃墜する間に、魔導兵は翼竜騎兵を1騎しか撃墜出来ていない)に達する程であった。

 この結果は、【魔力噴射】による飛翔、各種【技能】による索敵と攻撃をひとりで行う魔導兵に対し、翼竜騎兵側は翼竜が【魔力噴射】による戦闘機動を、騎乗する騎兵が攻撃を、といった具合に分業が可能であり、これが高速戦闘の最中では、かなり有利に働いたためだと考えられている。

 この翼竜騎兵の出現により、人類軍は空を失った。

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