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19.窮境と前哨戦。

 現実か夢か、過去の回想か単なる妄想か――区別がつかない。


 そこでは俺は――海野陸は、酷く攻撃的な人間だった。




 気付けば俺は鈍色の大地、瓦礫と焦土から成る荒野に立ち、足下を這いつくばる屑に蹴りを加えている。潰れた昆虫を執拗に踏み躙る小児のように、転がる小人の顔面を踏み続ける。ただの運動靴ならともかく、いま履いているのは鉄片入りの軍靴だ。気付けば既に、足下の亜人は絶命していた。


「人間を舐めすぎたよなあ? 火事場泥棒めいて働くことしか出来ねえ非力な小人がよ」


 蟻の巣を水没させるのと同等の気安さで、地上を埋め尽くす人外どもを大雑把に吹き飛ばした後は、こうして一匹一匹嬲り殺すのが、前線での俺だった。

 蟻族の装甲兵団や鬼族らの単独攻勢こそ、後方からの魔力操作で阻止したが、それでは少々取りこぼしが多い。やはり直接出向いた方が、攻撃の効果確認や生き残った屑を掃除するのに都合が良かった。丁寧な仕事が出来る。


「死んだか」


 埃塗れの汚い横顔を爪先で突いて、反応がないことを確認した俺は、視線を滑らせて、死の順番待ちをしていた耳長族を見た。

 当然、無傷ではない。頭頂部から爪先まで酷い火傷を負った彼は、もはや虫の息だ。

 端整を誇っていた顔面は崩れ、おそらく美しい金髪があったであろう場所には、もう何もない。毛根さえ焼き潰されている。長耳さえも、焼き爛れて縮んでしまっている。

 両目は、開かない。目蓋が溶けて、癒着しているからだ。


「俺達は後方支援の隊だ、直接人間は殺していない。せいぜい村々から、食料を徴発しただけだ――ってお前ら言ってたけどな。てめえらの無計画な戦時徴発が、大陸数千万の人間を餓死させたんじゃねえのか? いろいろ考えたけどな、万単位の連中を直接殺してくのは、結構骨が折れることだからな」


 俺の言葉に、耳長族は反応しない。

 ただ繰り返しうわ言を口にする。


「あ、あ……た、頼む――みのがすみのが……。イルフィー、イルフィーユ……」


 命乞い。そして開かない目蓋の裏側に、恋人か何かの姿を夢想する。

 それが、癇に障った。

 命乞いも家族の名前も、人間を容赦なく虐殺し、日本国から遥々この異界へ召喚される遠因を作った亜人が、口にする言葉ではない。

 俺は彼の直上に魔力で編んだ大鎚を振り下ろし、丹念にその身体を叩き潰した。不可視の魔力塊による殺しは楽だ。直接手を下すと、嫌な感覚を手が覚えてしまう。


 弾けた血肉で、靴先が汚れた。




 ……。




「自国1億2000万の市民が必要とする食料、燃料、原材料や製品の多くを、外国から購入している島国――その島国の総兵力は30万程度、海水軍の艦艇が100隻前後とは、どうも私には信じられませんね」


「……そんなもの、そんなものだ」


 気付けば俺は、寝台に寝そべっていた。

 さしずめ、ここは天国といったところか。

 敷き詰められたクッションと、掛け布団が、休息を求める身体を優しく包みこんでくれている。


 だが、そのまま無用心に意識を手放すことは出来ない。重い目蓋を持ち上げ、眠気を振り払うように首を僅かに動かし、懸命に抵抗する。

 ここで寝落ちはまずい。まずすぎる。


「もしも近隣諸国によって交易路の封鎖が実施されることがあれば、包囲環を破るだけの力を持たない海野様の国は枯死するでしょう……よくまあこれまで、そうならなかったものですね」


 なにせ目の前には、翠眼、銀髪――王女の微笑があったからだ。


 なぜ俺は寝ている? なぜ王女と向き合って寝ている? なぜこんなことに――と、寝起きの頭を無理矢理働かせて考える。

 だがしかし、駄目だ。ここに至るまでの記憶は、すっぱり抜け落ちていた。

 互いの息もかかりそうな彼我の距離を意識して、少しでも王女から離れるべく、胴体を動かそうとする。

 だがそこで、俺はもう目前の女性から逃れられないことに気付いた。

 一回り小さい王女の指が俺の指を、そして毛布の下では、彼女の脚が俺の脚に絡んでしまっている。


 ……ああ、逃れられない。


「もし私が最高権力者でしたら、主要な航路を抑えるだけの戦力を拡充するでしょうね。そしてもっと、より“確実な”物資供給の確立を目指します」


 しかも何故、こんな――俺が元居た世界の話をしている?

 これまで王女やアーネと一緒に食事を摂ったり、行動を共にする機会はあった。だが元居た世界の話は、出来得る限り避け、あるいはするにしても、具体的な数字といった情報は口にしないように心がけてきた。

 この状況には、混乱させられる。

 無意識の内に、話をしていたのか? 薬を盛られて、朦朧としている状況で、俺が口走ったか?


「ま、まず包囲環の内側で、立ち枯れるなんてことは……考えたこともない。お金さえあれば、も、物は買える。売る側も余っている物は独り占めしないで、欲しいところに売った方が儲かるって。基本的には、どこの国もそう考えてるはず……」


 咄嗟に、話を合わせた。


 無抵抗に意識を手放すよりは、適当に喋って眠気に対抗した方がいいだろう。

 それに正直に喋ったところで、自分に大した知識はないのだ。

 経済学や社会学の研究者であるならともかく、俺はどこにでもいる市井の人間。

 この世界を混ぜっ返すような影響力は持ち得ない。


 ブリタニカ大百科事典や、ウィキペディアみたいなものだ。

 幾ら異世界の情報を引き出したところで、王女がそれを活用して、正統王国を一気に躍進させることは出来やしない。


「仮に海路を塞ぐ、資源を独り占めする、そんな国が現れたら……。その時は周辺の国々が、国際社会が黙っていません。それは……実力の伴わない口先だけの抗議とは違って。たとえば大洋沿岸諸国は、そういうのを考えて、合同演習をやったりしてて……」


「以前説明して頂いた太平洋戦争のように、権益を巡る外交的解決が困難となり、経済制裁、そして総力戦へ――そしてNBC兵器が飛び交う絶滅戦争に発展する、そういった想定はされていないのですか?」


 いま、こいつは、なんと言った?

 太平洋戦争、経済制裁、NBC(核・生物・化学)兵器。


 ……この世界に来てから、少なくとも俺は、こんな言葉を使った覚えはない。


 すわ夢か、と思って目蓋を強く閉じ、開く。

 何度も繰り返したが、覚めない。現実だ。

 目の前の女は、消えてなくなったりしない。


「そんな総りゃ、力戦はもうありえない……。前みたいに、海外の権益で、他国と衝突することもあんまり。かりに、私の出身国が新たな戦争を戦うとすれば、離島や一部海域が戦場に……」


 手口のあたりはつけた。

 彼女はこれまで、何が目的かは分からないが、食事中に薬物を盛り、朦朧とさせたところに質問を畳みかけ、俺から元居た世界の情報を聞き出してきたのではないか?

 ……聞いたところで、何の役にも立たないだろうに。

 だが目の前の女は、満足したように笑う。嫌な予感がした。


「いえ、わかりました。もう無理しなくても大丈夫――とにかく日本国なる国が、我が正統王国よりも、物的にも人的資源にも優越していることが確認出来ました。私としては、是非とも『世界を超えた人類の“友誼”』に期待したいところですね」


 何を言ってる、と聞き返そうとするが……かなわない。

 急に意識が、遠のいてゆく。


「まあ悠長に交渉している時間もない――食い潰させてもらいましょうか」




◇◇◇




 鈍色の荒野を異形達が、駆ける。

 四足の獣、赤鬼、竜人、六脚の黒鉄。

 身体強化系の【技能】で最大限まで脚力を強化した彼らは、何の芸もなく廃墟の合間を疾駆し、白昼堂々、人類側の戦線に迫る。


「中隊本部へ【遠隔伝言】――“こちら1244、急進する敵少数を視認。まもなく射程内”」


 当然、最前線に展開する人類側の監視兵達は、すぐさま彼らの存在に気付いた。

 瓦礫から成る丘陵の斜面に寝そべり、あるいは蛸壺(ひとり用の塹壕)に首から下を隠した監視兵らは、単眼鏡で彼らの姿を確認しながら、魔力波を飛ばす。

 その後方では小銃を携えた狙撃兵達が、大方の方向と距離を見定めて、敵が射程内に入るのを待っている。

 この時、誰もが思ったであろう。

 優れた射撃能力と、魔力により弾道を補正する【技能】を有し、3000歩間(=1500m)先の標的さえも撃ち抜く正統王国狙撃兵の面前に走り出るなど、愚かな行いだ、と。


 正統王国狙撃兵の優れた技量は、異形の王達も知るところではある。


 だが射撃を恐れ、隠蔽系の【技能】を用いた隠密行ではいけない。

 堂々と連中の弾幕を掻い潜り、こちらの存在を誇示しなければならない。目的はあくまで勇者を誘い出し、これを撃破することなのだから。

 一迅の疾風を化した彼らは、間もなく殺戮地帯に足を踏み入れる――。


「撃ちますッ――!」


 銃兵達は引き金に掛けた指を、静かにゆっくりと引く。

 点火、燃焼――魔力を纏いながら、弾き出される銃弾。

 魔力の支持により安定した弾道を描く十数の凶弾は、音速で彼我の距離を詰め――その半ばで突如として失速し、重力に捕われるままに緩やかな曲線を描いて、地面に落着する。

 続く第二射も、同様だった。

 放たれた銃弾は、異形らに到達する前に失速。


「お嬢やるじゃねえか!」


 優れた動体視力で、その銃弾の軌道を見極めていた悪鬼王は、歩速を緩めることなく笑い、自身の額、双角にしがみつく妖精族を誉めた。


「魔力いじりならまかせい!」


 小枝と樹皮で出来た戦装束を纏う妖精は、ふふん、と微笑する。

 高速飛翔する複数の銃弾、そのひとつひとつが纏う魔力を霧散させて失速させる――魔力操作に長ける妖精族の中でも、他族との闘争を引き受ける戦士階級の護り手の実力は、並大抵のものではない。


 一方で警戒にあたる兵士や、前線将兵もすぐさま狙撃の失敗を認めた。


「中隊本部・小隊指揮班へ【遠隔伝言】――敵少数は警戒線を突破し、前線に到達する!」

「駄目だッ、弾道補正が消失する! 近接戦闘だ、着剣しろ! 着剣!」

「敵兵種は混交だ! 連中は隣の部隊を抜くつもりだ、お前ら【技能】無しで狙撃しろ」


 彼ら異形の疾走する先。前面に展開する銃兵達は、素早く銃先横、あるいは下に設けられた固定具に銃剣を差込み、驀進する異形達を睨みつけた。

 人間は魔族に比較すれば、腕力の面で大きく劣る。

 だが一瞬でも足止めし、他の銃兵が狙撃する時間を稼ぐことくらいは出来る。


 ……悲壮な覚悟を固め、着剣を終えた銃兵や刀槍の類を持った近接兵達は、塹壕や廃墟に潜み、敵を待ち構える。


 だがしかし怪物達は、それに取り合うことはなかった。

 急加速――そして彼らの鼻先で、大跳躍。

 そして得物を構えた彼らの、遥か後背へ着地する。


「抜かれたッ――抜かれました!」

「後方部隊に連絡しろ、市街に入り込まれるぞ!」


 一瞬だけ呆気にとられた銃兵だが、すぐに敵の背に銃弾を浴びせるべく振り返る――だがもう既に、少数の異形達は廃墟の合間に消えていた。

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