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18.魔王勇者論争! この闘争、魔王のゲーム?

 魔王軍参謀本部を収容する、旧ユーティリティ王城。


 国家の威信を懸けて飾り立てられた謁見の間の隣には、質素な小部屋が備えられている。剥き出しの石壁、鳶色の絨毯。不細工な作りの椅子。

 かつての城の主人、正統王が控え室にでも使用していたのか、余計な装飾が廃されたこの部屋で、人外陣営の命運を決める密談が始まろうとしていた。


 参加者は、魔王軍参謀総長。獅子王。白猿。蟻族参謀。悪鬼王。

 彼らは雑な作りの椅子に掛けて、互いの顔を見つめあう。獅子王と蟻人は身体の構造的に椅子に掛けるのが苦痛なので、部屋の隅で横になり、この密談に参加している。


 ここに集うのは、大昔のことを何も知らない人外諸族や、大昔のことを知らなくて良い亜人達、そして大昔のことを知っているが、部外者となる竜族や妖精族を除いた面子だ。

 ……勇者や魔王、亜人、戦争の根幹に触れて良い者だけがここにいる。


 彼らの目的はただひとつ。

 少数選抜の潜入部隊による勇者戦、その勝利公算の分析にある。



「単刀直入に聞く」


 まず口火を切ったのは、悪鬼王だ。


「奴はこの戦争に参加しないのか?」



 胸の前で腕を組み、上半身を乗り出すような前傾姿勢をとる悪鬼王は、急くように参謀総長に聞いた。

 その表情は、平静ではない。表情や姿勢からは、焦燥感や威圧感が滲み出ているが、恫喝を目的に意図しているわけではない。

 攻守共に勇者に匹敵する「奴」――魔王の参戦、その有無を明らかにしておくことは、悪鬼王にとっては特別重要だった。


 一方、参謀総長の表情も険しい。


「この戦役に、陛下は関わらないお積もりだ。陛下は“此度の大戦、人外勢力が自力で乗り越えるべき試練”と……」


 参謀総長の言葉が終わるのを待たず、「自力でやれってか?」と悪鬼王は声を上げた。


「馬鹿な――いいか? 奴等は、正真正銘の勇者を喚び寄せたんだ。いいかげんそれを認めろ……奴に認めさせろ」


 悪鬼王は微笑こそ浮かべているが、その目は笑っていない。



 最古参の亜人、悪鬼王は熟知している。

 異界から召喚された勇者の恐ろしさは、膨大な魔力を操作出来る能力だけではない。

 世界を支配する物理法則を知識として持っており、それをどう応用すれば、あるいは捻じ曲げれば大破壊を引き起こせるか、想像出来る頭脳が勇者にはある。

 木から物が落下する「力」――重力を操作する攻撃、生物を構成する微細な組織を破壊する攻撃。

 勇者はあらゆる科学知識を武器として応用し、破滅的な被害をもたらす。


 重力や空間を操作する不可視の攻撃を完全に防御し、反撃出来る戦士なぞ――現代においては、魔王の他に居るのだろうか?

 魔力量の絶対的な差もあるが、まず非異世界人は、勇者の攻撃に対応しきれない。


 気が遠くなるほどの大昔のことだが、悪鬼王もかつては世界を支配する法則をある程度知っていた。

 ……だがそれも、「あの日」から始まった度重なる艱難辛苦――挑戦と挫折、暴力の日々の果てに忘却してしまっている。


 悪鬼王は冷静さを少しでも取り戻すべく、深呼吸してから続けた。

 

「忌々しいがな、魔王じゃなきゃ勇者は倒せない」


 それから彼は、おどけて三竦みの遊び(※)の手――「星」「雲」「風」を出してみせる。


(※じゃんけん。「雲」は「星」に勝ち、「星」は「風」に勝ち、「風」は「雲」に勝つ)


「三竦みで言えば、勇者は『星』『雲』『風』、どの手にも勝つ反則の手だ。さっきの会議じゃ、手抜きなし精鋭で、勇者を潰すことに決まったけどよ――実際俺達が束で掛かって、勇者倒せるか分かんねえぞ。奴を出させろ、奴を」


「陛下が御出陣あそばされれば、勇者どころか、大陸の端にしがみつく人類を抹殺することは容易い」


「そうだろうよ。だから早くそうしてもらえ。俺は気に入らねえ。何を勿体ぶってやがるんだ? その、前みたいに……やればいいだけの話だろうが」


 もう悪鬼王の顔に、作り笑いは浮かんでいない。

 表情や口調から余裕が失われてゆくのを、周囲も彼自身も感じている。緊迫する雰囲気。

 そもそも悪鬼王は、以前から不満だったのだ。


 人外諸族を指揮下に収めた魔王軍、その頂点――いま亜人の庇護者として君臨し、魔王と自らを称している怪物が、緒戦から戦争に参加していれば、たった数日でこの人魔闘争は終わっていたであろう。


 奴は、勇者と同等の力を持っている。


 流れる魔族の血は、最小限で済んだはずだ。

 それなのになぜ魔王は直接、手を下さないのか。

 そう突き詰めて考えると、悪鬼王はどうしても疑心に襲われる。



 奴は戦争の早期終結など、望んでいないのではないか。

 むしろ多くの血が流れることを、期待している?



 人類と人外の闘争を眺め、密かにひとりで愉しんでいるのではないか?

 急に養女を貰い、仕立てた姫も、所詮はお遊びに過ぎないのでは?

 悪鬼王は、自身が疑心暗鬼に陥りつつあることは分かっていたが、魔王直属の部下となる参謀総長に聞かずにはいられなかった。


「それとも、だ。参謀総長、いや栄光ある大帝国の宰相殿! 奴の、魔王の復讐は、まだ続いているのか? 俺達に不死と異形の呪いを掛け、民を知性なき人外へと変貌させるに飽き足らず――!」


 いよいよ檄しそうになる悪鬼王の鼻先に、白猿がやめろ、と老いて枯れ果てた前腕をさし伸ばす。めいっぱいに広げられる皺だらけの、浅黒い彼の手のひら。それを前にして、悪鬼王は怯み、口をつぐんだ。

 落ち着け。そう白猿は、悪鬼王と、そして自身に言い聞かせるように力強く言う。


「落ち着け、落ち着け陸将。魔王は――そして我々は、ソヤス共和国を筆頭とする人類が、いよいよ破滅的禁忌を解き放たんとしたため起った。魔王は魔王軍を編成し、我々は呪われた帝国臣民の末裔達を率いて、彼に協力することに決めたはずだ」


 悪鬼王の血走った瞳と、白猿の半ば白濁した瞳。両者の視線が、空中で交わる。

 知性ある動物達を統率する非亜人の獅子王と、女王蟻に変貌した元姫君が産み落とした、子供に過ぎない蟻族参謀は、何も口を挟まない。

 参謀総長も、黙りこくっている。


 だが重苦しい沈黙は、すぐに破られた。


「わかったわかった。そういうことにしといてやるよ」


 肩を竦めて、苦笑いする悪鬼王。

 他の亜人達からは「暴虐の徒」「暴力の体現者」と恐れられている彼だが、実際のところは理知的だ。


 帝国臣民の末裔たる亜人と、彼の狂気から逃れ、再び繁栄した人類を殺し合わせるのが、魔王の目的なのではないか――?

 その疑念は消えることはないが、いまそれを問い質しても仕方がない。


「じゃ、参謀総長。魔王の参戦はないってことで。そうなると、確実に現勇者を仕留められる決戦の面子を選ぶのは、なかなか骨が折れそうだ」


「いや。既に選抜と、各方面とのかかる折衝は済んでいる」


 参謀総長は明らかに表情を和らげ、緊張を解いた。

 懐から細長い木板を連ねた代物を取り出し、それを小さな卓の上に広げてみせる。木板の表面には、何やら墨汁で書きつけられている。……どうやら対勇者戦参加者の名前らしい。

 悪鬼王をはじめとする皆が、一斉にそれを覗き込んだ。

 が、それを見て満足したように頷いたのは、白猿だけだ。蟻人も、獅子王も、あまり魔王が定めた魔族の文字には堪能ではない。特に悪鬼王は、かつて文字認識を歪む呪いを掛けられている。

 手のひらを打って、悪鬼王はとりあえず労いの言葉を、参謀総長に掛ける。


「折衝やってくれたのは、ほんとにありがたいぜ。だが俺は文字が読めん、読み上げてくれ」


「悪鬼王勢の悪鬼王。

 獅子王軍の獅子王。

 蟻族は参謀『大慈母が子らの頭脳』。

 竜族より代弁者カセル。

 妖精族の『花蜜の護り手』。

 水棲連合の『勇者により与えられし名、不定の者“スライム”』。

 ……支援には、魔王軍第1翼竜騎兵団及び第4翼竜騎兵団。」


「最強の面子に、俺と獅子王を加えるのは妥当な判断だが……知らん連中も多い。ええっと、蟻族参謀『大慈母が子らの頭脳』は、お前のことか?」


 悪鬼王の問いに、ジジジジと蟻人は短く翅を震わせる。おそらく肯定。

 続いて記憶力の良い白猿が、悪鬼王に解説をしてやる。


「竜族の代弁者カセルは、軍議で竜王の言葉を中継している彼よ」


「あのいけすかねえ奴か――だがまあ仕事に忠実だし、竜人っつうことで実力もあるんだろうな。ま、いいだろ。『花蜜の護り手』は妖精だし、水棲の“スライム”は、俺らと同じ古参組か?」


 うむ、と今度は参謀総長が頷く。


「『花蜜の護り手』は名の通りだ。【技能】に長ける妖精族の中でも、防御戦闘術の一番の使い手だ。特に重力操作や化学攻撃をはじめとする、不可視攻撃に対する防御を考えると、彼女は絶対に外せん。“スライム”は継戦能力が高い、相性次第では勇者を苦しめられる」


「うーん……」


 魔王と名乗る前の「奴」と戦った経験のある悪鬼王には、勇者戦に勝利を収める自身の姿を想像出来ない。

 城塞都市内外での戦闘になる以上、勇者はその圧倒的火力を振るったり、反則的な(例えば手頃な星を落とすだとか、大地を割るといった)攻撃を繰り出すことは不可能だが、勇者は防御面にも優れている。

 こちらが勇者に一撃でも食らわせることが出来るか? 甚だしく疑問だ。


――気弱だな。


 悪鬼王は自嘲しながらも、やはり思う。



 やはりかつての勇者でなければ、現代の勇者を倒せないのでは?

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