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17.しょうがない、というあきらめ。


「戦装班は狂ってます。非人道的に過ぎる。【異形変容】の実用試験に、彼らを供するとは――」


「わかってる、わかってるんだ。クロウエステル対術班長。でももう試験はすぐ始まるんだぞ。しかもこれは、王女殿下肝煎りの試験だ……」


 王立中央魔導院の施設間を結ぶ地下通路。

 まもなく正午から始まる試験に立ち会うべく、小走りで先を急いでいた魔導院院長は、試験場となる大部屋の目前、通路の真ん中で部下のひとりに呼び止められ、足止めを食っていた。

 彼の前に立ち塞がったのは、クロウエステル対術班長。

 冴えない中年の魔導院院長は、彼女が苦手だった。


「では院長。貴方の権限を以て、試験中止を上奏して頂けますか?」


「……冷静になってくれよ。確かに俺が駄目だ、と言えば、十中八九の試験は中止になる。でも今回は、残りの2、1だ。王女殿下が望まれた試験を、直前に中止するなんて不可能だ」


 頼むから折れてくれ――そう願いながら、言葉を続ける院長だが、実際彼女が納得して退いてくれるとは思っていない。


 黒縁に嵌った眼鏡を掛けて白衣を纏った、見るからに知性的な女性。

 肩まで伸ばした、珍しい臙脂えんじ色の髪。切れ長の灼眼。

 女性にしては、身長はかなり高い。3と1/2歩間(175cm)程度。既婚。


 以前まで院長は、彼女は勝気かつ頑固な性格のせいで、組織の中ではうまくいかないと考えていたが、研究外では案外周囲への気配りが出来るようだった。なので最近は、一般的な【技能】から禁術まで、敵の魔力運用術に対する防御法を確立する、対策術式班(通称、対術班)の班長につけてやっている。

 ……だがその人事が、いま裏目に出ているらしい。


「誠心誠意、試験の問題点を説明すれば、あるいは――!」


「な、なあ……ステル。“つまみ食いは一口も二口も同じ(=毒の食らわば皿まで)”、って悪童の言葉と同じだ。いやそんな簡単な言葉で解決したり、折り合いがつけていい問題じゃないとは分かってるけどな。非人道的、もうそれは今更だろ?」


 今更、という言葉に、また何かを言いかけたクロウエステル対術班長は、怯んだように見えた。

 一方で院長は、白衣の隠しから絹のきれを取り出すと、それで顔面の汗を拭く。

 そう、今更なのだ。そんな言葉で片付けていい問題ではないが。しかし事実として俺たちは、共犯者なのだ。もう立場を翻して、人道(=倫理)を外れた行為を指弾することは許されない。


「俺たちは、もう引き返せない。異世界人を拉致同然に連れてきて、定着が不完全な内に弄った日からな。召喚はだいたい上手くいったが、勇者に仕立てる際に、もう何人を殺した?」


「……23名、と伺っています。所持品は全て処理し、またその遺体は集団墓地に埋葬した、と――」


「そうだ。罪のない23個の生命を使い潰し、ひとりの青年の人生を狂わせた。そして俺たちは、これからもそうする。向こうの物資を奪い、千――もしかすると万を超える『奴隷』を召喚する。だが、仕方がないじゃないか」


 勝たねばならない。勝利の後に、人類文明の再興を成し遂げなくてはならない。

 でなければ、これまで費やした全てが無駄になる。全人類の努力が、積み上げてきた全てが、人外達に踏み躙られ、嘲笑されるままに消えてゆく。


「ステル。【異形変容】は、運用が容易かつ高威力の禁術だ。これが実戦投入されれば、人類軍は質的優位を確保出来る。形勢逆転だ」


 もうクロウエステル対術班長は、何も言えなかった。


「考えるのは、もう少し後にしよう。情けないけどな……俺には、倫理、道徳を語りながら滅びる覚悟はない。議論に時間を費やして、何も知らない赤子や、戦う兵士達を見殺しにするわけにもいかない。後世には俺たちも謗りを受けるかもだが――」


 俺たちが外道に手を染めなければ、その未来さえない。


 そう呟いた院長は、対術班長の脇を通り抜けて、彼女の背後の扉を開いた。




「【異形変容】は指向性を持った不可視、あるいは白色に発光してみえる破壊光線です。照射を受けた生体は、即座あるいは数唱(=数分)の間に、身体的な障害を引き起こし、戦闘不能となります。この光線は装甲板や、通常の【技能】による魔力障壁を透過するため、事実上の防御は不可能です。一方で城壁のような、分厚い壁を貫通することは難しいですが、出力を調整することで――」


 円形の地下実験施設。

 中央に立つ戦装班の担当者は、隅に座る高官達に対して力作の説明をする。

 その傍らには、歩兵大隊に配備されている2と1/2指間(=75mm)級火砲が――正確には、その改良型が設置されている。無骨な鋼鉄の砲身の先には、単眼鏡めいて硝子製の半球体レンズがあり、また本来ならば装填装置が存在する位置には、幾つかの金属板と宝石を組み合わせた不可思議な装置……。


「――の機構を採用することで、1唱間4発の連射性能を保証。この薙射・連射性能により、広範囲かつ長大な距離を制圧することが可能となります。今後の課題は、対空戦闘への転用――」


 滔々とその性能を語る担当者だが、話が長い。

 高官の幾名かは退屈そうな表情を浮かべていることに、来賓席の斜め後ろに立つ院長は気付いた。まずいことに王女殿下の表情さえも、冷めて見える。


「申し訳ないが班長! 先に、実演を頼む!」


「あッ、はい! それでは」


 先を促した院長の言葉に、担当者は素早く対応する。

 彼も自身の過ちに気付いたらしく、すぐさま試験の準備が始められた。

 装置の傍に暗灰色の長衣を纏った魔導兵2名が立ち、所定の手順に基づいた操作を行う。

 その間、装置の砲身の先に、哀れな「標的」が引き出されてきた。手錠を掛けられた全裸の男。


「魔導院院長、あれは?」


 高官の誰かが聞いた。

 人体を標的にした試験をやることは、事前に報せている。高官の語調が、人体実験を咎めるようなそれではないことに、安堵した院長は自然に説明を始める。


「はっ――食糧難解決を目的に実施した、異世界間の物資調達。その際に偶然、召喚してしまったものであります。彼は我々に同情的かつ献身的であり、今回は自ら標的役を志願してくれました」


「そうか」


 新たに完成した【技能】、【思性剥奪】により、自我を奪い取られた異世界人は、ただ係員らに促されるままに、射場――砲口から60歩間(=30m)先に立つ。抵抗することもなく、何か喋ることもない。黒い瞳はただ真っ直ぐ、砲口先の半球体を見つめる。


「撃ちます」


 特別な演出もなく、担当者が指示を出した。

 装置に手をやった2名の魔導兵が魔力を送り込む――と同時に、異世界人は前のめりに倒れた。魔力の発光現象や発砲音、そういった類のものは一切ない。不可視の光線が、異世界人に音もなく重傷を与えたのだ。


「成功です」


 あまりの呆気なさに、高官達は拍手さえ忘れている。


 一方、倒れ付した異世界人の肉体には、徐々に変容が起き始めていた。


 頭皮から黒髪が――否、全身の毛という毛が、床へ抜け落ちる。

 と、同時に皮膚には赤い斑点が生まれ……それは段々と水ぶくれにまでなり、全身を覆ってゆく。

 惨い有様だった。

 内臓が破壊されたのか、夥しい吐血。吐き出されるのは血だけではなく、抜け落ちた歯。歯茎は既に壊死が始まっていたらしい。壊死は、歯茎だけにとどまらない。除々にだが、全身の皮膚がまるで炭化したかのように、黒く変色してゆく。

 異世界人は無意識の内に立ち上がろうと、両腕を突っ張ろうとしたが、既にその末端の手指は体重を支えることも出来ず、ぼろぼろと崩れてしまい、ついに平衡感覚を失った関係からか、彼は横に転げたままもう動かなくなった。


「ご覧の通りです。人外諸族に対しても、この【異形変容】は同様の被害を与えます。例外はありません!」


「ひとつ、よろしいか。いまは皮膚を露出させている標的だったが、本当に甲冑で武装した人外や、装甲蟻兵のような装甲目標も無力化出来るのか?」


「ええ。では次に、甲冑を纏った『標的』を――」


 質問する高官と担当者との会話の最中に、係員達は箒や熊手のような道具を手に、まるで消し炭のように崩壊した、異世界人の遺骸を片付けてしまう。




◇◇◇




 最近の海野は、もっぱら寝ている。

 与えられた小部屋。食事と排泄を除いては、彼は昼夜を問わず、寝具に転がってまどろんでいる。

 原因は、明らかだ。本人も気付いている。薬だ。

 ……戦争神経症を恐れてか、それとも都合の良い操り人形とするために思考を鈍らせるためか、食事に混ぜられている。


「どうしろ、ってんだ」


 ともすれば吹き飛びそうになる意識の中、海野は睡魔に抗いながら思う。

 重い目蓋をなんとか抉じ開けて、鈍色の天井を見つめ続けるように努力する。

 現状が良いとは思えない。だが、どうしようもない。

 思い切って、逃走するか――と考えたことも、一度や二度ではない。


「海野様、どうかされましたか」


「……い、や」


 恐ろしく勘の良い奴だ、と思いながら、海野は部屋と廊下とを繋ぐ扉の前に立つ女性――情報幕僚アーネに対して返事をする。

 当然ながら、監視は厳しい。

 海野の食事にも、排泄にも、彼女が常に付きまとっている。

 メイドが付きっきりで面倒を見てくれる状況とは、海野も元の世界で夢想したこともあるシチュエーションだが……。


「何かありましたら、遠慮なくお申し付け下さい」


 その優しい微笑も、所詮は仮面に過ぎない。砲兵師団との戦闘の際や、幕僚会議にて見せたアーネの姿勢、動きを見る限り、彼女はその微笑と美貌の裏に、冷徹な計算を弾き出す脳味噌や、暗殺者めいた殺人術を隠している。

 願い出たところで、自由な行動など許してもらえるはずがない――では、彼女や警備兵を打ち倒して逃げられるか?


 強引な逃走について、海野は薬物が切れる直前と薬物投与の時間(つまり食事の時)の比較的思考が定まる時機に、幾度か考えたことがあるが、直感的に不可能だと思っている。


 翼竜騎兵との戦闘の経験から考えるに、この「勇者の身体」は大規模戦闘、会戦向きの【技能】は得意なように調整されているが、反面で対人戦は得手とは言えない。

 膨大な魔力を操りぶつけるだけで蹴散らせる敵部隊とは異なり、1対1の対人戦では経験の差、細かい魔力操作の技巧の差がもろに出る。

 ……はたして情報幕僚アーネや、人類軍統合幕僚会議を警備する兵士達を無力化することが出来るだろうか? アーネ・ニルソンは前線将兵ではないが、さりとて荒事に慣れていないということはない。むしろ対人戦を得意としていそうだ。

 そして、逃走するということは、この唯一の人類国家を敵に回す――当然、人類勇者が人外勢力に受け容れられるはずがないのだから、それは「世界を敵に回す」ことを意味する。

 正統王国を滅ぼし、魔族をも滅ぼし、生き残りの人類を奴隷のように操り、自身の王国を作る――それも立ち回り次第では、出来なくもないだろう。


 だが……そんな覚悟はない。


 つまり、このまま大人しくしていることが最適解、ということになる。


 海野は意識を失う寸前に、連続性のない思考をする。


 身体と思考の自由もない、まるで無機の兵器。こんな仕打ち、まだ戦うか――戦うしかない。正統王国を滅ぼして、自由になる覚悟もない。魔族を滅ぼす、ただ流されるままに……流されてもいいじゃないか。しょうがない……。

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