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11.城塞都市決戦! (前)

 その予兆を人類軍統合幕僚会議はおろか、魔王軍参謀本部さえ察知することが出来なかった。


 好戦的な参謀達の蠢動――【動屍製造】により突破口を見出さんとする策謀に、現状維持を是とする総参謀長ら主流の作戦参謀達が気づくには、魔族攻囲軍100万を指導する魔王軍参謀本部の組織は、あまりにも巨大過ぎたし、また魔王軍参謀本部が入る王城は広大だったのだ。


 もし後世、この時代に考察を加える研究者がいれば、彼はこの策謀を、「ただ人類・魔族間の闘争を、より過激化させただけの無益な暴発」と評するであろう。

 ……もっともそうした学問が隆盛する平和な時代の到来前に、知的生命体はこの大地から姿を消しているかもしれないが。


 ここから始まるのは、禁忌破りの応酬。


 一方では万単位の生命を惨たらしく殺戮する毒物が、躊躇なく広範囲に散布されたかと思えば、他方では生物の細胞を破壊する不可視物質が撃ち出され、また「勝利の為」という口実の下で、技術者達が生命を好き勝手に弄繰り回す。


 そうした時代が、訪れようとしている。




 降雨を心待ちにしていた市民の頭上に降り注いだ雨は、第1翼竜騎兵団が雲中で撒き散らした薬物(魔力を浸透させた死血と赤色顔料を混交した代物)によって汚染されており、城塞都市の屋根を濡らし、石畳を濡らし、土を濡らした。

 前述の通り、正統王国は火葬の風習をもたない。

 土中にまで浸透した汚染水は、腐敗しきって土に還ろうとしていた戦士達の骸を浸食し、猛烈な反応を引き起こした。


 こうして【動屍製造】は成り、城塞都市は生者と死者の闘争の場と化す。


 集団墓所より溢れ出した死者の群れは、応戦した埋葬作業班を蹴散らしつつ、市街地へ侵入する。

 この際多くの市民が、事態をろくに把握出来ないまま、殺された。眠りから目覚めた屍達は、逃げ惑う人々に組み付いて、その血を啜り、肉を喰らった。

 一番悲惨だったのは、集団墓所に最も近い地下避難所に居合わせた人々だった。

 突如雪崩れ込んだ死者に対して、彼らは何の抵抗も出来ないままに殺された。逃げることすら、かなわない。地下避難所の出入り口は、たったひとつ(つまり屍の侵入口)しか設けられていなかったからだ。


「やめてッやめで! なんでえええええ゛え゛えっ!」


 死者に押し倒され、右の肩口を噛み付かれた少女が絶叫する。

 走る激痛。頭の中を渦巻く疑問。

 彼女はただただ、何故自分が王国軍の制服を着た男に危害を加えられているのだろう、と思いながら、「なんで、なんで」と叫んだ。だがその疑問に答える者は、いない。生者の絶叫と死者の呻き声だけが、地下室に響き渡る。


「痛い――い゛だいいたいいたいい゛たい゛!」


 新手の屍に捉えられる、彼女の左腕。

 次の瞬間には、その先端に付いている5本の指が、根こそぎ噛み千切られた。

 少女の血が、かつては王国軍将兵だった怪物の顔面を濡らしたが、そいつはまったく頓着せずにその細い指をゆっくりと咀嚼する。骨が砕かれる音が、半狂乱となった少女の耳にも届いた。

 こうした光景は、もはや城塞都市内では、珍しいものではなくなりつつある。

 屍達が、生者の世界を蹂躙した。引きちぎった四肢に喰らいつき、また首の断面よりほとばしる血飛沫を求めて寄り集まり、虫の息となった生者の内臓を貪り食う。彼らによって地面に組み伏せられた市民は、即死することも許されず、ただ怪物が自身の身体を奪ってゆく激痛に堪えることしか出来なかった。




「おいお前らッ、出動だ!」


「はぁ、火事か何かか?」


「武器になりそうな物は全部持てッ――死人が動いてる!」


 動く屍達とまず最初に対峙したのは、勇者でも軍隊でもなく、非戦闘員の有志から成る自警団であった。

 混乱に乗じて配給所から盗みを働く火事場泥棒や、自暴自棄になり犯罪に手を染める連中を、本来相手にするはずの彼らにとって、動き回る屍は想定外の敵であったに違いない。だがしかし、責任感や正義感の強い彼らは、目前で繰り広げられる惨劇を見過ごすことなど出来なかった。


「来るぞッ――盾で受け止めろ! そんでもって殴れ!」


 形状も大きさもまちまちの盾と棍棒を持った自警団員は、通りを塞ぐように横一列に並び、殺到した死者と壮絶な格闘戦を演じる。

 植えつけられた本能のままに驀進して来た怪物を、大型の盾をもつ団員が受け止め、あるいは丸型の盾をもつ団員は殴りつけてこれを阻止。

 後は死者の腕力と、団員の棍棒、どちらが優っているかが勝敗を分けた。


「掴まれたあ!」


「すぐ放せ! 棒を放せ、身体を持っていかれるぞ!」


 既に死んでいる怪物との格闘は、容易なものではない。

 顔を殴りつければ、あるいは胸や腹を突いてやれば、怯むに違いない――その考えは甘いということを、すぐに自警団員は思い知った。多少の打撃では、何ら痛痒を感じないらしい。それどころか、生半可な打撃を繰り出すことは、危険なことであった。下手をすると、棍棒や手を引っ掴まれ、そのまま死者の群れの最中へ引き摺りこまれる。


「助けて……あああああああ! 放してッ、はーなーせ!」


 いま相手の肩口にめり込んだ棍棒を捉えられ、周囲の死者に腕や肩を掴まれた不運な女性も、瞬く間に彼らの戦列の内側へ引っ張り込まれてしまった。


「待っていろ!」


「爺さんッ、もう無理だ!」


 彼女の隣に居合わせた初老の男性は、手数を増やして正面の敵を突破しようとしたが、すぐに他の団員に諌められる。

 反射的に初老の男は「見殺しにするつもりか」と抗議したが、彼自身棍棒一本で、敵中突破が出来るとは思ってもいなかった。目前の屍が振るう腕の動きに注意しながら、その隙を突いて殴打を繰り返す……相手が倒れる気配は、いっさいない。


「棍棒じゃ駄目だ! 誰か槍持って来い、槍!」


「竿でもいいッ! 遠くから小突けるようなもんが必要だ!」


 痛覚をもたず、埒外の腕力を誇る死者と、徴兵を免除された銃後の人々とでは、やはり力の差がある。またその差を埋めるべき武器、例えば槍や戦斧、小銃といった代物も、銃後社会にはほとんどない。長さも質量も不足している棍棒と、申し訳程度の盾とでは、敵勢を防ぎ止めることは難しかった。


 時間が経つにつれて、ひとり、またひとりと団員が消えてゆく。

 また敵が現れるのは、正面からだけではない。脇の路地や別方向からも、少数ではあるが動く屍が合流し、その度に団員は対応に追われることになる。

 いったん後退し、適当な場所に防衛線を張り直すべきか。自警団の何人かが思い始めたとき、絶望を吹き飛ばす叫び声があがった。


「いま屋上に、正狩組が上がった! もう少しの辛抱だ」


 その叫び声を自警団員達が聞いた頃には、もう幾筋かの矢が放たれていたし、頭部を射抜かれ、あるいは頚部を破壊された死人が現れ始めている。

 矢を放った男達はその戦果を誇ることなく、ただ無言で次の矢をつがえた。

 彼らの服装はまちまちだが、共通してみな、樹木の分泌物で黒く染められた短弓を携えている。年齢は総じて50絡み。若者達はみな徴兵され、正統王国軍諸部隊に狙撃手として配置されており、この場にはいない。


「次弾で前衛の死者を射れ」


 正統王国狩猟組合。

 戦争勃発前は名うての射手がこぞって参加、また弓矢・銃器の優れた射撃手を養成する目的もあって、正統王国もあらゆる援助を惜しまなかった名団体――その古参組合員の腕前は、凄まじいの一言に尽きた。

 命中率は言うに及ばず、驚異的なのは放たれる矢の破壊力だ。顎や頸部を一撃で破壊し、死者を一瞬で無力化せしめる。一方で死人達は、これに対抗する手段をもたない。対抗射撃もしなければ、回避運動さえ試みないのだから、射手にとってこれほど組し易い敵はいないだろう。




 ◇◇◇




「集団墓地より湧き出した死人の群れは、隣接する市街地に流入。現在は当該区の自警団と、正統王国狩猟組合が、これに応戦しております」


「旗色はどうなのかね! とっとと予備戦力でも投入して、片付けてくれなきゃ困るよ君ィ、ただでさえ――」


「正統王国狩猟組合が展開した地区では、反撃に成功しつつありますが、他地区では現在も被害が拡大しております。……ご存知の通り、正統王国軍及び亡命諸国軍から成る人類軍の正規予備戦力は、城塞都市外縁部に展開しており、これを転用することは不可能です。潜在的予備戦力も払底しております。現在自由に運用出来るのは、我々を――城塞都市中心部を警護中の王立軍官学校女子生徒のみです」


 人類軍統合幕僚会議の議場は、おおいに盛り上がっていた。

 正統王国の高官や正統王国軍将官に、ケチをつけることが存在意義となっている、他国亡命政府の高官が中心となって、であるが。

 彼らは一言で断じるなら、無能の権化。

 実際、作戦幕僚アーネ・ニルソンの報告を聞いた壮年の男の反応は、酷く乏しかった。


「ふうむ。そいつは困ったものだな」


 彼ら無能組が饒舌、かつ思考を半ば放棄しているのは、偏に危機感覚が欠如しているからであった。

 死人が起き上がり、自分達の係わりのないところで人を襲っている――その程度の危機感しか、彼らにはない。


(偉いんだろうけど、別に新案や代案を出すわけでもないし……大したことないのか?)


 人類軍統合幕僚会議の末席(本当に部屋の隅の席だ)ではあるが、初めて参加を許された海野陸でさえ、この幕僚会議に参加する人種が、「3種類」に分かれることに気づいていた。

 会議が始まってぐだぐだと話し始めたのは、明らかに実力のなさそうな連中だ。

 海野は退屈を覚えるよりも先に、焦燥感を募らせた。策を講じずにこうしている間にも、時間だけが過ぎてゆくだけではないか……。




「勇者殿には申し訳ありませんが、このくだりはすぐ終わります。そうなれば肝心要の、戦略的・戦術的な話し合いが始まりますから……いまはニルソンの報告だけを注意深く聞いておいて頂ければ幸いです」


 その隣に座る中年の男が、海野に小声で謝罪する。

 彼の容貌は、生真面目そのものであり、身に纏った純白の制服もいっさい着崩されていない。どうやら外見も内面も、実直な人間らしい。


「あっ、ありがとうございます。……その制服は、たしか王立軍官学校の」


「はい。勇者殿。私は王立軍官学校の関係者です。なぜ軍官学校の人間がここに、と疑問に思われるかもしれませんが、実は人類危急の秋だけに、教え子も諸任務についておりまして。彼らの指揮を執っている関係上、席を借りているのです」


「なるほど……」


「と言っても、上級生は既に前線部隊の指揮下に入っています。私の下に残っているのは、下級生の女子生徒のみですが」




 ……この幕僚会議に参加している人種は、「3種類」だ。


 最初に口火を切って話し始める、亡命政府高官のような「無能組」。

 海野の隣に座る学校関係者や、戦況のこと第一に考える将兵のような「正直組」。


 そして、最後が――。




(国土を失った亡命政府の首班など無能を据えるのが、いちばん都合が良い、と考えていたけれど……さすがにうんざりさせられる。流入してきた諸国の避難民の不満を抑えるのに必要とはいえ)


 この戦争の最中でも政治と謀略を考える、ヴィルガイナ王女のような存在だ。


 議場の中心にいる彼女は、慈愛に満ちた微笑こそ浮かべているが、その表情の内では冷徹な思考だけが巡っている。如何ともし難い「無能組」が、生きてこの議場に居られるのも、「外国亡命政府の高官を幕僚会議に置いておかなければ、外国から流入した避難民達が、不満を募らせるかもしれない」と考えた、彼女の政治のお陰であるし、そもそもこの戦争が急激に人類劣勢へ追い込まれたのも、彼女の謀略のためであった。


 にしても。


(魔族陣営も大したことがない。禁忌【動屍製造】の性質は、私や王立中央魔導院も知悉しているが、禁術の中ではかなり程度が低い。これを先制攻撃に持って来るとは……「我々は先に禁忌を犯しました、どうぞそちらも禁術で反撃してください」、と言っているようなものだ)




「再編成中の歩兵連隊なんてないもんな……廃兵院から引っ張ってくるか?」


「廃兵院の将兵を掻き集めたところで、まともに戦えるのは数人でしょうよ。やはり前線から2、3個小隊(一個小隊の兵員数は30~50名)を引き抜いて――」


 一方、人類軍の将官達は小声で話し合って、事態打開の糸口を探り始めていた。

 彼らは直感的に危機が、近づいてきていることを悟っている。

 死者を蘇らせて生者を攻撃させるこの術は、相当大掛かりな準備が必要だっただろうし、それを考えるとこの後方撹乱が、単発の妨害工作で終わるとは思えない。


 ……つまり、まだ動きがあるのではないか、そう考えてしまう。




 得てして、それは的中していた。


 間もなく現れた伝令が、破局を告げる。




「宛、人類軍統合幕僚会議。発、第1歩兵連隊連隊本部。魔族攻囲軍に動きあり。鬼族を主力とする部隊が、全線に渡って活動開始。規模は不明なれども、おそらく複数個の連隊が前線に集結中。攻勢の見込みあり、と断ず。以上」




 禁忌【動屍製造】による後方撹乱と、時機を合わせての前線での大攻勢。


 先程まで威勢よく喋っていた「無能組」は、ようやく事の重大性を認識し、黙り込む。

 一方で軍関係者たちは、苦渋の決断をしなければならない、と覚悟を決めた。前線が壊乱する可能性を念頭においた上で、部隊を後方に回すか。それとも屍の対処は自警団に任せたままに、大攻勢を凌ぐことを考えるか。


 沈黙が、訪れた。




「では、勇者海野の出番ですね」




 そして、議場でひとりだけ余裕の表情を保っていた女は、ようやく出番が来たとばかりに喋り始める。

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