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1.敗北寸前、勇者を喚ぶ王女。

 城塞都市が抱える緑地帯の片隅に、前傾姿勢で崩壊の日を待つ三角屋根の木造神殿がある。かつて不可視かつ神秘的な力を持つ存在――所謂「神」の実在を信じる者達の信仰を集めた厳かな社も、時代の流れには逆らえない。

 現代は、熾烈を極める人魔闘争の時代。

 政府高官から市井の人々まで誰ひとり、都合の良い救いの神の存在など信じていない。

 自然、神を祀る神殿は蔑ろにされている。石材や煉瓦、土、魔力が建材の主流を為す正統王国において、木造建築物は非常に珍しく、本来ならば建築学的、あるいは歴史的な価値もあろうが、やはり戦乱の時代だ。この木造神殿は特に顧みられることなく、近い将来消滅することは間違いなかった。

 だがしかしこの木造神殿は、(少なくとも人類文明が継続する限り)永久に語り継がれる歴史的役割をきょう果たした。


 一部が腐敗し、虫が湧く苔むした板敷きの床の上。寝巻き姿の青年――何の予兆もなく召喚された海野陸が座る。

 その哀れな異世界人を、腰から長剣を吊るした女性騎士が取り囲み、また武装者達の垣根の向こうには白絹の婦人服を纏った王女が立つ。


(やばい、やばいすぎる――)


 海野陸はいま彼らから、状況説明(というより懇願)を聞いているところであった。


 魔族や竜族の攻撃、度重なる人類の敗北。


 暗黙の内に定められた人魔境界線を突如蹂躙し、東方世界から西侵する魔族連合の熾烈な攻勢に、数多くあった人類国家は、正統ユーティリティ王国を除き全て滅亡。

 正統ユーティリティ王国の正規軍、正統王国軍は、魔族の追撃を逃れた他国軍残存戦力と合流して抗戦するも、全人類は追い詰められて、この城塞都市への篭城を余儀なくされた。


 魔族陣営による包囲環の完成、攻城戦の開始、壮絶な市街戦――。


 まさに人類滅亡前夜。人類王族唯一の生き残りである王女は、藁にもすがる思いで、正統王国に伝わる御伽話『勇者伝説』を研究し、異世界から救世主を喚び寄せる【勇者召喚】を完成させたという。

 その結果、誰が召喚されたかは言うまでもないだろう。


「現在、魔族攻囲軍は――」

「……」


 彼らの説明を聞く海野陸は、軽率な発言を避けてただただ考えている。


 ぬわあんつかれたもう……と呟いて布団に入った彼は、この黴臭い神殿で目覚めた時、すわこれが異世界召喚か、と内心小躍りしたが、それも情勢を説明されるまでの話だ。

 人類の敗色が濃厚である旨を説明された現在では、「どーすんだよこれおまえ……」と心中呻いている。

 中世舞台のRPGのテンプレ――召喚場所が立派な王城で、説明役が王様――の下、人類と怪物の勢力が拮抗している情勢なら、喜び勇んで勇者の役を引き受けたであろう。


 ところがどうだ、この状況は。


 召喚された場所は朽ち果てた神殿。召喚主は王女。情勢は人類滅亡前夜。


 まず海野陸が考えを巡らせたのは「現実的思考」、ある意味での現実逃避であった。


(これドッキリ、だよな? いまにも撮影用機材が、神殿(笑)の薄っぺらい壁をぶち破って出てくるんじゃないか?)


 ……だが不幸にも、海野は周囲から「不自然さ」を感じ取れていない。

 素人目に見て、女性騎士達が纏う甲冑や帯剣は実物にしか見えなかったし、助けを請う彼らが全身から発する焦燥感は、到底演技とは思えなかった。


 一方、王女を名乗る女性や取り巻き連中の話が本当だとすると、人類救済を懇願する彼らに、むしろ海野の方が「これはドッキリだと言ってくれ。じゃなきゃ家に帰してくれ」と懇願したくなる。


 彼はこの世界について無知だが、勇者を迎える場所と言えば、本来は王城か大神殿といったところが相場だろう、と考えている。

 ところが現実は、このざま。つつけば崩れそうな神殿で勇者召喚の儀式は執り行われた――つまり既に王城や大神殿のような大規模施設が失われるほど、人類は追い詰められたということではないか。


 しかも人類王族唯一の生き残りが、「王女」ときている。

 これは王位継承の儀式も執り行う暇もないほどに、魔族の攻撃が執拗だということに違いない。


 つまり情勢は、正真正銘の人類滅亡前夜!

 いくらなんでも召喚の時機悪すぎだろ! と、海野は心中絶叫せざるを得ない。


「……拉致同然にお連れしましたこと、我々一同悔いております! ですがどうか、我々にご助力を! 貴方様がうんと仰って下さらなければ、我々も民草も惨たらしく殺されるのみ」


 勿論、騎士らに海野の心境など分からない。

 ただ彼らは自身が無力であり、無力であるが故に海野を呼び込んだ理不尽さを自覚している。顔を伏せて、海野に頼み込む。形振り構っていられず、恥を重ねて助けを求めた。

 それを見て、海野は考え込んだ。彼は良くも悪くも善良な日本人、目の前で窮余に陥る人間を見捨てることなど出来ない。


(このまま「いいえ」、という返事はあり得ない。みんな俺のことを、勇者と呼んで有り難がるくらいなんだから、たぶん俺には人々を救う力があるってことなんだろう。話くらいはもう少し……)


 更に数分。

 海野は沈黙を守り、そして口を開いた。


「もう隠し事はなし、でいきます。私は出来得ることならば、みなさんの力になりたいです。しかし正直な話――恥ずかしながら、私は元の世界ではただの一市民でした。徴兵制度もない国で暮らしていましたので、戦術は知りません。本当に敵に対抗出来る勇者としての力を持っているのか、自分でも分かりません」


 大抵RPGの主人公はレベル1、最弱の状況から始まり、敵を倒すごとに強くなっていく。

 その例に漏れなく、召喚直後の俺の力も実際レベル1程度なのではないか、と海野は危惧していた。通常のRPGならば、練成に充てられる時間の猶予はたっぷりある。だが聞いた限りではこの状況、外に一歩出たが最後、最強クラスの怪物がわんさか居るに違いない。


 海野陸は、普通の青年だ。

 身に着けている戦闘技術と言い張れるのは、せいぜい趣味や部活で楽しんでいた剣道の技術しかなく――その剣道も、所詮はスポーツだ。真剣を手にしたことはない。武器や防具を渡されて戦え、と言われても戦闘開始2秒で殺される、と彼は思っている。


 だが女性騎士達は、自信満々に「それについては大丈夫です」と言い張った。


(大丈夫っていいかげんなこと言うなや)


 海野陸は、内心苛立った。

 こちらは勇者としての力を実感出来る訳でもなく、チートくさいステータス画面を見られる訳でもない。説明が欲しかった。


「【勇者召喚】はこちらの世界に喚び出した貴方の身体を、戦闘に最適化します」


 海野陸の焦燥を感じ取ったか、情勢を説明した後は沈黙を守ってきた王女が口を開く。

 銀の長髪を左右に分けた縦ロールと澄んだ翠眼、絹で織られた純白のドレス。

 末期戦の最中にも関わらず、絶望的な雰囲気を感じさせない華やかな女性……だが海野陸は、彼女の言葉を看過することが出来なかった。


「最適化?」

「ええ。身体強化、魔力の知覚――端的に最適化後の強さを表せば、魔族の長たる魔王にも匹敵するでしょう」


 それマジ? 海野は王女から視線を滑らせ、ちらと横目で居並ぶ女性騎士を見たが、彼女たちは真剣そのものの表情だ。

 戦闘向けに最適化、身体強化――これ改造人間か何かか、と一瞬彼は嫌悪感を抱いたが、気分も少し楽になった。


(魔王。つまり敵の親玉と拮抗する戦闘力なら、魔族の攻囲軍なんか雑魚同然、パパッとやって、はい終わりじゃないか)


「そ、そうですか。まだその、勇者の力を得たという実感がなくて」

「いまこうして話をしているということが、まず第一の証拠です」

「は?」

「最適化の際に、貴方にはこの世界の言語――いまや人類唯一の言語となった正統王国語を習得して頂きました」


 なるほど最適化万能だな、と一瞬感心した海野は、だがしかしすぐに恐るべき可能性に思い至る。召喚時に正統王国語を覚えさせられたということは、脳味噌に何らかの工作が施されたということではないか。

 つまり王女はやろうと思えば、都合のいいように記憶を改竄することが可能だった、ということだ。


(……)


 海野はすぐさま記憶を思い返し、いちおう大丈夫だ、と結論付けた。

 前の世界のことは思い出せるし、家族や友達の顔も思い出せる。いまも日本語で思考している……思考しているはずだ。

 前の世界の記憶がそっくり王女に創られた偽物、という可能性もない。彼ら中近世レベルの人間が知らない、電化製品の記憶だってある。

 もしも王女に何か洗脳めいたことをやられたなら、少なからず違和感を覚えるはずだ。

 自身には一応の戦闘力がある、脳味噌も必要以上に弄られていない、ということに海野は安堵した。


 残る疑問は、元の世界に帰る方法があるのか、人類に残された軍事力と魔族の戦力はどの程度のものなのか、というふたつ。

 海野はまず、帰還の方法があるのか聞こう、と決心した。


「時間がないことは承知していますが、あと幾つか伺ってもよろしいですか?」

「勿論、構いません。勇者召喚が成った以上、もはや我々の勝利は間違いないのですから。いま時間を多少使ったところで……たった数分、魔族の死が先送りになるだけなので」


 口の端を吊り上げ、酷冷な薄ら笑いを浮かべ、海野の願いを快諾する王女。

 一方。人外染みた表情を張り付けた彼女の顔面を見た海野は、ここで帰還の話を切り出すのはまずい、と思った。

 人類を好き放題に殺戮して回った魔族に対し、憎悪を燃やす王女。

 いよいよ人類反撃の鍵となる勇者を手に入れ、逆襲を開始せんと考える王女に、「自分帰り方教えて貰っていいっすか」とは、普通の神経をしていたら絶対に聞けない。


「げ、現在。この王国に残されている通常戦力について、お聞かせ頂いてもよろしいでしょうか」


 海野は咄嗟に帰還の方法ではなく、人類に残された軍事力について質問することに決めた。

 もし職業軍人や傭兵、国民から成る正規軍が存在するならば、彼らの支援を受けることも出来るだろう、と海野は期待している。彼は戦術も戦法も素人なのだから、軍隊の存在は大きいし心強い。


 この質問に対して王女は不快感を示さず、ただ真実を話した。


「近衛連隊と第一歩兵連隊が核となり、国民と協力して市街戦を展開しています」


 海野は軍事について特別詳しいわけではないが、近現代軍で云うところの連隊は、だいたい2000名の兵員から成る、とどこかで聞いたことがあった。

 その例に当てはめるならば、近衛連隊と第一歩兵連隊で、二個連隊4000名。そこに戦える市民が加われば、まあ約1万ないし2万は戦闘員がいるのだろう、と海野はあたりをつける。

 剣と魔法の世界の篭城戦に、万単位の戦闘員は戦力的に小さくはないのでは――勇者がいないと全滅するやばい、という話だったけど、案外余裕あるじゃん、とこの時彼は思った。

 そしてすぐさま、その考えが甘いことを思い知る。


「ありがとうございます。ではこちらを包囲する魔族の頭数は、どれくらいなのでしょうか」


「軍集団規模です」


「軍集団」


「軍集団は、概ね100万の魔族から成ります」


「100万」


 魔族攻囲軍100万――衝撃的な数字に、海野はまるでオウム返しに喋ることしか出来なかった。「お前100万ってソ連軍か人民解放軍か何かか」と突っ込むのを我慢して、あーもう滅茶苦茶だよ、と彼は心中呟き、しばらく思考放棄した。


 王女め召喚する対象を間違えたな、とも彼は思う。


 王女様は勇者ではなく、陸上自衛隊か在日米軍を召喚すべきだった。


 正直、王女の正気を疑った。幾ら勇者が強いと言っても、限度があるだろォ……。軍隊組織は兵員の3割を失うとその機能を十全に発揮出来なくなる、と聞いたことがあるが、そうなると魔族の軍勢を撃退するためには、30万以上殺さなくてはならない計算になる。

 やってられない……帰り方があるのか先に聞いておこう、と海野が思った時、彼は空を切るような甲高い音を聞いた。



「なんですか、この音は」


「まずい! 勇者召喚の折に漏れた魔力が探知されたのか――空襲です、すぐに避難を!」



 王女も騎士も神殿の壁を蹴破り、外へ出る。

 それを見ていた海野も、訳が分からないままに後に続いた。頭の中で探知、空襲、避難という言葉がぐるぐる回る。理解出来たのは、ここに居たらまずい、ということだけだった。


 外は、森だった。少し薄暗いが、木漏れ日が射す。晴れ。微風。

 海野が草葉と土の匂いを嗅いだ瞬間、背後で耳をつんざく轟音。


 慌てて伏せたその頭上を、木片が弾丸の如く通過し、身体全体を熱風が包む。

 何が起きた? 反射的に背後を見ると、もはやそこに朽ちかけた神殿はなかった。天井部と薄い壁は完全に吹き飛び、柱の幾本だけは立ったまま巨大な火柱となっている。火事。違う、爆撃だ、と彼は発生した出来事を結論づけた。

 伏せていた騎士達は、一斉に立ち上がり海野や王女の無事をたしかめ、その後はじっとしていた。


「静かにしてください」


 空を切る音は、いつの間にか聞こえなくなっている。


 この時、大規模な魔術儀式が執り行われたことを察知し、神殿への爆撃を成功させた魔族の翼竜騎兵は、儀式の妨害ないし術者殺害に成功したと勘違いし、これ以上の攻撃をしなかった。

 どうせ生存者が居たとしても、上空から森の中を索敵することは出来ない。翼竜騎兵は神殿破壊の戦果を確認すると、さっさと飛び去った。


「連中、もう行きました」


 騎士のひとりが、地を這う海野にそっと耳打ちする。

 彼はほっと一安心すると同時に、とんでもないところに来ちまったと思った。

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