草原から町まで
「しっかし、どうすんだこれ」
俺がそう言ったのは、目の前のバギーについてだ。まだ状況はよく、というよりもまったく分からないけれども、とりあえずあの大穴から落ちてしまったらしいこのバキバキのバギーは、そこらじゅうからガソリンを吹き出して横向きになってしまっている。
「通信機も使えないみたいだし、置いていくしかないか……」
通信機。
「困ったときはとりあえず通信してみろ」という任務の掟に定まり、通信機を起動してみたものの、聞こえてきたのはノイズだけで、完全に壊れてしまっていた。
まあ、エリシアとの通信でもノイズは酷かったから、単に通信範囲外の可能性は無きにしも非ずだとしても、とりあえずこの通信機はもう使えないだろう。取り外し不可だし。
「仕方ない、歩こう」
俺は歩き出した。やはりいつもよりも綺麗で気持ちの良い風が、頬を撫でる。
周りを見ると、ただただ草原が広がっている。元の場所なのかはわからないけれども、少なくともあんな大きな穴は、上にも下にも見当たらない。
夢にしては、バギーはバキバキなので、どうなっているのか……
と、考え事をしながら歩いていると、俺の目の前を一匹の動物が通り過ぎた。
「ウサギだ」
ただのウサギだった。墜落(?)で右も左もわからなくなってしまったから、とりあえず追いかけてみよう。
「待てー!」
俺は追いかける。ウサギ逃げる。ウサギ逃げる。逃げる。逃げる。俺は追いかけ……あ、逃げられた。
「くっ、逃げられた……」
あっという間に逃げられてしまった。やけに速いな、あのウサ公め!
……?
…………なんというか、体がやけに重い気がする。さっきので体でもうったのか?
……早めに治療した方がよさそうだな。戦後とはいってもどこかに集落くらいはあるはずだ。そこで治療を受けよう…………
「おおお。これは……っ」
しばらく歩いていると、幸いにもどこかにつながっていそうな道が見つかった。
タイヤの跡ではないけれども、馬車や人力車のような跡が複数あった。いまどき馬車や人力車とはなんだか、な感じはするけれども、二年間の戦いで車が壊されたとかそんなんだろう。ご愁傷さま。
「しっかし、とりあえずこれを辿っていけばどこかに着くということだ。助かった」
なんだかいつもよりも疲れがたまっている気がする。早く治療と休養を受けたい。
それに、このままではお腹の方もあまり長くは持たないだろう。
「非常食とか持ってなかったからなあ……」
簡単な任務だと思って準備を怠ったのがいけなかった。最悪さっきのみたいなウサギでも捕まえて食べるしかないかもしれないのだ。
「それは嫌だな」
嫌だな。なにが嫌かって、生肉のまま食べなければいけないのが嫌だ。ウサギを食べること自体は、兵士時代にもっと酷いものを食わされたのでそれほど抵抗はない。
「あ~…… でもやっぱりサーロインステーキーは食べたいな」
うん。やっぱり少しは抵抗あるかもしれない。特に昨日の晩御飯に出されたサーロインステーキは旨かった。
あの味を知ってしまうと、もうウサギ肉は食べられないかもしれないな。でも生命の危険に陥ったら遠慮なく食べるけれども。
「ふぅむ。とにもかくにも、町にはたどり着かないとなあ」
治療も食事も、それからだ。
と、そんなことを考えていた俺の頭に、キュイーンと雷が落ちた。
別に本当の雷ではない。昔流行ったダンガムとかいう映像作品でいう“にゅーたいぷ”的なあれである。「ピキーン! そこっ!」みたいな?
あと、ちなみに今の俺の感覚は超能力ではない。戦場を経験していると、戦場の気配が察知できるような、あれだ。経験に裏付けされたうんたらかんたら。
ともかく俺は戦場の気配を感じたので、とにかくその方向に走ってみた。足ががくがくするけれども、こればっかりはしょうがない。もしかしたら味方の軍がいるかもしれないからだ。
と、思っていたのだが。
「あいれ? 思ったよりも戦闘の規模が大きくないぞこれは」
そう、戦闘の規模は思ったほど大きくなかった。……と、いうよりも。
「なんだか逃げてるみたいだな、これは」
そう、一方が一方を追いかけ、もう一方はそれから逃げているみたいだった。
「ついでに言うと、人の気配は片方だけだな」
ということは、一方は獣かもしれない。
「軍でないけれども、仕方ない。助けるか」
俺自身が助かるのは先になりそうだけれども、とりあえず人助けと、人に会えるというのは良いものだ。俺は尚もガクガクする足を抑え込みながら、走った。
と、しばらくすると、俺の目に獲物を仕留めようとする二匹のオオカミと、それに追われて立ち往生する一両の馬車が入り込んできた。咄嗟に耳をすます。
「これ以……はっ! すみませ……イラン、応戦し…………!」
そんな声が馬車の中から聞こえてきた。そしてすぐに、馬車の中から一人の少女が顔を出す。
するとそれを待っていたかのように、取り囲んでいたオオカミ達が、その少女が飛び降りればすぐに襲い掛かれる位置に移動する。あのまま降りたら危険だ――!
「ちょっとぉ――っ!」
俺はそれを視認した途端、右にも左にも目をくれず飛び出していた。絶対にあの少女が食べられるのを見ているだけなわけにはいかない――!
「まったああああああ――――――っ!」
そして俺はそのオオカミ共とかの少女の間に体を滑り込ませ――
「ガウウウウウウウッ!」
俺の肢体はオオカミの一匹によって噛み取られ――
「『イクスボンバー』ッッ!」
そしてその後すぐに俺の足元で起きた謎の爆発によって、俺の体は宙空にはじけ飛び――
「……えっ?」
どこからか聞こえた幼げな女性の困惑に溢れた声を聞きながら、俺は、意識を失った。
「……アイルッ、アイル!?」
――どこからか、誰かの名を呼ぶ少女の声が聞こえる……
――なんだか揺れているようだ。馬車なのか? ここは……
ドゴォン!
遠くで何かが爆発する音が響いた。
――その音を聞き届けた俺は、意識を再び眠りへと引きずられていった……