さよなら超能力
1/11、一話をまるごとこちらに移植しました。
二千二十二年。
二年間続いた戦乱も終わりを迎え、世界には平和が戻り、人々はそのようやく訪れた平穏な日常を噛み締めていた。
本作の主人公、アギル・シュピーゲルもそのうちの一人である。
平和になった世界。軍の役目などほぼ無くなった世界で、コードネーム、“アギル・シュピーゲル”を持つ少年は、車を走らせていた。
ただの哨戒任務なので、それほど気負っていない。超能力を使って飛んでも良いのだけれども、超能力の使用が制限されている戦後世界では、この程度の任務で使うほどじゃない。それに、車というのはなかなか楽しいものだった。
一応万一の為に、超能力――正確にはニューワー・ヒューマンズパワーというらしい――を補助するユニット、“デステロイド”は後部座席に積んではいるものの、まあ使う機会はないと思いたい。
少年は自分の本当の名前を知らない。ただ“シュピーゲル”の名を与えられただけで、記憶のある限りでは常にそう呼ばれ続けている。
超能力者の証である、紅い地毛の髪を揺らしながら、そしてお気楽に歌いながら、少年は運転を続けた。ぶるるーんという自分の乗るバギーの音と、タイヤが巻き上げる土埃。そして吹き抜ける風の音だけが耳に響く。
「本当に何も無いな…… エリシアにでも連絡してみるか」
少年はそう呟くと、普通の車ならラジオなどが付いている場所を弄る。
そしてしばらくすると、ピピピ、という音ともに、中から声が漏れだした。のだが。
「ガガ…… 連絡くれるのガガガガ…… 私は今Vガガガで忙ガいガガガ……」
「駄目だなこりゃ」
中から聞こえてくるのは、少年の仲間である少女の、ノイズで荒れまくった声だけであった。少年は通信を切った。
と、そんな風に少年が注意散漫になっていた時に、それは起きた。
唐突に、タイヤの接地感が薄れた。
いや、無くなったのだ。 それも、突然に。
何事かと少年が前を見ると、そこには空の青と、ただ真っ黒な穴。
そして、少年が“デステロイド”で飛翔する暇もなく。
――少年とバギーは、その穴に吸い込まれていった。
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「……は?」
それが俺の第一声だった。
目の前に広がるのは、ただ青い空と、どこまでも深く続いていそうな真っ黒な、穴。
ただなんともない、ドライブのような哨戒任務をしていたはずの俺は、今、浮いていた。
まあ、浮くくらいならよくある。なぜなら俺は、超能力者だからだ。
だが、俺は今超能力など使っていない。当然“デステロイド”は着けていないし、飛ぼうとは微塵も思っていない。
それが、なぜか、浮いている。
なぜ?
まあ、その理由はすでに分かっている。
地面がないからだ。
地面がないからだ!
え? なぜ? そう思っても、もう遅かった。
ただの平野、平地だったはずのこの草原に、いつのまにか大きな穴が開いていた。
こんな大きな穴が、なぜ?
……ここで俺が、冷静になって超能力を使って飛翔していれば、この先の恐怖を体験することもなかったのかもしれない。
――だが、俺は冷静でなかった。 冷静でなかったのだ。
だから、そのせいで。
そのおかげで。
「のわあああああああああああああっ!」
そんな台詞を最後に、俺は。
超能力を永遠に失った。
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