プリンスと悪魔 -3-
「ちょっとアキヒちゃん!?」
へこんだ愛姫にテルが声をかけようとすると、アイが無言で彼女の元に歩いてきた。
「――――…何?バカだって思ってるんでしょ…昨日みたいに笑えば?」
アイに気づいてふて腐れたように言った愛姫。しかしアイは床に座っていた愛姫の腕を掴み、グイッと引き上げた。そして膝で立っている愛姫の頬を反対の手でつねり始めた。
「―――――っ!?いっひゃ…!」
「煩いんだよ床の上でギャンギャンわめきやがって。んなお前を誰が女だと思うよ?大体お前可愛くなりたいっていうわりには口だけだよな?神様のせいにしてんじゃねえよ、てめえの責任だ。お望み通り言ってやるよ、バァカ!」
アイは顔を近づけると、イライラ込めた大きな声で怒鳴った。愛姫はポカーンと口を開けて呆けていたが、次第に目頭が熱くなって唇を噛みしめ、悔しそうに顔を歪める。
「な、アイ!!言い過ぎよ!!」
テルが慌ててアイから愛姫を引き離して、フジが間に入りアイを止める形になった。愛姫は目に涙を溜めて唇を噛む力を強める。
(――――――っ…悔しい悔しい悔しい…!またバカって言われた!だけど…言い返せない自分がもっと悔しい――――!!)
フンッと鼻を鳴らしながらアイはフジの手を振り払って、近くの椅子に座った。
「…アイ君。」
様子を窺っていたマスターが声を低くして呼ぶと、アイは顔を背ける。
「はあ…。愛姫さん、アイ君の態度は本当に申し訳なく思っています。…もし愛姫さんが辛いなら、無理して働こうとしなくていいんですよ?責任を感じる必要はないんですから―――――…。」
「………。」
テルが支える形で愛姫はマスターの言葉を聞いていた。
(―――アイのことは嫌いだ。働くことになったのも、弁償することになったのも、元をたどれば…。でも、私に責任はないなんて…言い切れるのかな…?)
『中途半端に辞めないこと、仕事先の人に迷惑をかけないこと――――いいね?』
「あ…。」
愛姫は昨日の電話で父親に言われたことを思い出した。
自分はどうしたいのか、もう一度心の中で考える。何のために今日ここに来たのかを――――…。
「…マスターさん…。」
テルにお礼を言って手を離してもらい、正座をするように姿勢を直したあと愛姫はマスターに視線を向けた。
「私…――――やっぱりちゃんと働いて弁償します。…そこの人は大っ嫌いですけど!」
愛姫はアイに睨みを効かせるが、すぐにマスターに視線を戻す。
「…私、今まで人に流されるように、ううん…人の目を気にして、女の子になる努力を確かにしていませんでした。あいつの言ってることは正しいです…でも、だからこそ悔しいんです!――――お願いします、私にあいつを見返すチャンスをください!私、変わりたいんです!!」
愛姫はマスターにバッと頭を下げた。
「アキヒちゃん…。」
テルとフジは心配そうに愛姫を見たあと、マスターを見て判断を待った。アイはそっぽを向いたまま動こうとしない。
「…。」
しばらく沈黙が続いたが、マスターが重い口を開く。
「愛姫さんがそう仰るなら…これからよろしくお願いします。」
マスターは愛姫に顔を上げるよう肩に手を置き、優しい笑顔を向けた。愛姫の顔はパアッと明るくなり、フジとテルもにっこり微笑み喜んでくれている。
「よく言ったわアキヒちゃん!!応援するわよ、アタシ!!」
「俺も!よろしくね、アキちゃん!!」
「テルさん…フジさん…!ありがとうございます!!よろしくお願いします!!」
皆の温かさに触れ、愛姫の心はホカホカしていた。
(うう…皆いい人ばっかり!私、頑張ろう!!)
決意を新たにする愛姫。そしてアイに向かって強い視線を送った。
「…ということだから!絶対見返してやるんだからね!!見てなよ!!」
やる気に燃える愛姫はここぞとばかりにガツンと言ってやった。…と思ったが、アイはそっぽを向いたまま、ニヤリと口元を動かす。同時に愛姫にゾワッと悪寒が走り、振り払うように首を左右に振った。
そして口を閉ざしていたアイがゆっくり喋りだす。
「はあん?…やってみろよ。もし俺を認めさせたら、女になる手伝いをしてやってもいいぜ?」
「…な、何を言ってんの?別にあんたに手伝ってもらおうなんて思ってないし!それにあんたに何ができるって――――!?」
アイの発言に戸惑っていると、フジが口元に手をつけてコソッと耳打ちする。
「あ、アキちゃん、言い忘れたけど…アイはメイク担当なんだ。昨日の女装も、さっきのお客さんのメイクも、みんなアイがやってるんだよ!」
「…………………は?」
キョトーンとしていると、アイは椅子の手すりに腕を置いて頬杖をついた。
「まあ、どこまで女に近づけるかは知らねえけど…頑張れば?無理だろうけど。」
悪魔のような微笑みで見下すアイの姿が、愛姫のヤル気を簡単に折ろうとした。
「はっ…はあああ―――――――――――!?!!」
そしてその日も、店内には愛姫の叫びが木霊したのだった。
第2話*終わり




