プリンスと悪魔 -1-
[そんなこと言ってないだろう!?誤解なんだ!!]
[嘘よ!私、知っているんだから!!…あなたが…。]
[まさか…君が知ってしまったなんて――――…。]
夜十時を回り、つけっぱなしのテレビではサスペンスドラマが流れている。ちょうど先週の続きで二人の男女が口論になっているところだ。
『バイトしたい?』
と、電話口からテレビで流れている声とそっくりな声が聞こえてきた。
「うん…ダメかな?」
愛姫は恐る恐る聞いてみる。
『うーん…ダメとは言わないけど、どうしたんだ急に?』
電話向こうの相手は不思議そうに尋ねた。
「や、ちょっと、欲しいものがあるんだけど…高くてさ。ね、いい?」
『…まあ愛姫がそこまで言うならいいよ。ただし、中途半端に辞めないこと、バイト先の人に迷惑をかけないこと。わかった?』
愛姫は苦笑いしながら答えた。
「う、うん。ありがとう、お父さん。」
『じゃ、父さんこれから収録あるから。帰るの明後日だから必要な書類あったらリビングに置いといて。おやすみ愛姫。』
「うん、仕事頑張って。おやすみなさい。」
ピッとボタンを押して愛姫はため息をついた。
[あなたがあんな嘘つくから…私は、私は―――――!!]
[待って、結城――――――!!]
テレビに映る父の姿を見ながら、愛姫は今日あった出来事を思い出していた。
可愛くなりたいと願っていた矢先、美少女が声をかけてきて、ちょっと怪しいお店に連れていかれ、そこでわけもわからず男装させられ…。美少女が悪魔になった。
「遠野藍…アイ…先輩…一コ上―――――…。」
キラキラしたあの笑顔は、ギラギラした黒いオーラを纏った笑顔だったことを思い出して身震いがした。
「…………あの可愛さで、男、なんて…!!」
愛姫は頭を抱えて小さく丸まりゴロゴロ転がった。その際ガンッとテーブルの足に当たってしまって、反動で涙が出る。
(ぅう゛―――…これからあの悪魔が働く場所に通わなきゃいけないのか…。なんでこんなことに…いや、あいつ以外はいい人そうだし!うん、前向きに考えなきゃ。…ちゃんと弁償しなきゃだし…。)
横に転がったまま動かずに愛姫はぐるぐる考えていたが、勢いよく起き上がった。
「―――――っとにかく、やってやるしかない!!よね!!お風呂入ろ。」
そしてテレビを消そうとリモコンに手をかけたときだった。
[…アハハハ、いいこと!?アナタは私の言うことを聞いていればいいの!!働きなさい、馬車馬のように!!]
「―――――――――――――っ!!」
悪魔に言われたことと似たような台詞に、愛姫はしばらく固まってしまった。
ー次の日ー
「……………。」
愛姫は放課後あの店の前に立っていた。
この日の彼女の学校生活は散々だった。昨日告白されたことは学校中に広まっているし、眠れなかったせいで居眠りはするし、体育の時間転けてしまうし、アルバイトするための提出用紙を取りにいけば長々理由を聞かれ待たされ、学校から出てすぐに…があるし。
「…………はあ…来ちゃったし。」
用紙に書く必要事項を聞きに来ただけだが、あの悪魔がいたらどうしようと思い、扉を開けるのを戸惑っていた。
「…仕方ない仕方ない、今日は聞きにきただけだし、いつまでもここにいたら終わらないし、それに―――――――。」
「あれ?アキちゃん?」
「――――っ!?」
ビクッと跳び跳ねて愛姫は持っていた用紙をグシャグシャッと思い切り握ってしまった。恐る恐る振り返ってみると、そこにいたのは買い物帰りのフジだった。
「こんにちは。今日も来てくれたんだ?どうしたの、入らないの?」
「こっ…こんにちは。」
愛姫はフジだったことにホッとするも、昨日の大泣きしたことを思い出して急に恥ずかしくなる。
「ぅえっと…あの――――…。」
愛姫がもじもじしていると、フジは買い物袋を持っていない手で愛姫の手を指差した。
「グシャグシャだけど、いいの?ソレ。」
「へっ!?…あ、ああ――――――!?」
ようやく握っていた用紙に気がついて、愛姫は慌てて折れた箇所を伸ばそうとした。その様子を見てフジはクスクス笑ったので、愛姫は顔をさらに赤くさせる。
「あ、ごめんごめん。大丈夫だよそのくらい、何とでもなるって。ほら中入って?俺も入りたいし。」
「うあっ!そうですよね!?すみません!!」
「…それに、アイは今日お休みだからいないよ。昨日夜中メールきたから。」
ニッコリ笑ったフジに言われて、愛姫は見透かされていることに恥ずかしく思ったものの、アイがいないことを知らされて安堵したことの方が上回った。
「…あはは、すみません今入ります。」
そして扉の取っ手に手を伸ばそうとした、そのときだ。カラランッと音を立てては扉が開いた。
中から人が出てきたので急いで道をよけて通れるようにすると、その人がペコッと頭を下げて歩いて行った。
「ありがとう。」
その姿を見て愛姫は息を飲んだ。
さらさらな金髪の長い髪をなびかせて、スリットのはいった長いブルーのドレス、白いストールを羽織ったその女の人は、長い睫毛にベージュのアイシャドウ、艶やかな唇が美しさを際立たせていた。
「あ、お疲れさまでした。いってらっしゃい、ユリさん。」
そう言ってフジは女性に挨拶した。歩き去る女性に愛姫がポーッと見とれていると、フジは彼女を見送りながら言った。
「あの人はうちの常連さんだよ。多分これからデートだね。」
「常連さん…あんなに綺麗な人が…。」
愛姫は胸が弾んでいるのを感じた。あんな綺麗な人が通うこの店は一体どんな店なのか、この店で自分が少しでも変われるだろうか。そんな期待が溢れて、愛姫は閉じかけた扉を開いた。するとフジは笑顔で言った。
「ようこそ、"ステラ"へ。」
「いらっしゃいませ―――――って、あら、アキヒちゃんじゃない!」
後片付けをしながらテルはにっこり笑顔を見せた。
「こ、こんにちは。」
「ふふ、こんにちは♪あら、フジも一緒だったの?」
愛姫の後ろで扉を閉めて、フジは買い物袋を上に上げて見せた。
「うん、店の前でね。マスター、買ってきたよ。」
するとカウンターの奥からマスターがひょっこり顔を出した。
「ありがとうございます。こっちに持ってきてもらっていいですか?」
「はいはーい。」
フジはとことこカウンター裏に歩いていった。愛姫はどうしようか戸惑って突っ立っていると、椅子をポンポン叩いてテルが手招きをする。
「ほら、こっちに座りなさい。今テーブルも片付けるから、ちょっと待っててね。」
愛姫はうなずいて椅子に腰かけて、改めて店内を見回した。やはり外見からは想像がつかない内装で、可愛らしい雑貨や小物がたくさんあり、シックなカウンターの喫茶もとても雰囲気がいい。
そして愛姫が気になることがもう一つ。テルが片付ける道具の数々が、なんとも興味深い。色とりどりの化粧品や、ヘアアクセ。ブローチにペンダント、ピアスに指輪、ブレスレット。それは愛姫が着けたくてもつけれないものばかりだった。
「…興味ある?」
ポーッと見とれていると、後ろからテルがニコニコしながら愛姫を見ていた。
「へっ!?は、あ…あはは。か、可愛いですよね。私こういうのまじまじ見る機会がなくて。女の子っぽくないんですよね…。」
「あら、そうなの?女の子…なんだから、色々見といた方がいいわよ?」
…ちょっとだけ空いた間が愛姫は気になった。