女の子には優しくするものだと教わりました -3-
「「え゛っ!?」」
事情を知らないフジとテルは愛姫の告白に固まってしまった。
「"え゛っ"ってなんですか!?ダメですか!?こんな私が可愛くなんてなれないってわかってますよ!!だけど…――――――――っやっぱり傷つく―――――!!うわあぁあんっ…!」
完全に我を失って、愛姫は溜まっていたものが爆発したように泣き続ける。
「うわわわわっ…ごめんっ、ごめんね!テル、どうしよう!?」
「わ、わからないわ!?いやぁお願い泣かないで!?あ、アイ!?どうにかしなさいよ、あんたが悪いんでしょ!?」
二人はおどおどハラハラしながら愛姫の周りでうろたえる。すると、アイはハアッと大きなため息を吐いて下を向いた。
「…―――――――チッ。」
どこからか大きな舌打ちが聞こえた。
「!?」
その重々しい舌打ちに、愛姫は泣いていた身体をビクッと震わせる。どこから聞こえたのかキョロキョロして辺りを見回す、と。
「うるせぇ…変わりたいって言ったのはお前だろ?俺は別に"可愛く"なれるなんて一言も言ってねぇよ。変わりたいんだろって聞いただけなんだからな。」
吐き捨てるように苛立ちを隠さないその言葉を聞いて愛姫は固まった。と同時に目を疑った。
その言葉は、目の前にいる美少女の口から聞こえてきたからだ。しかも、さっきまでしゃべっていた声よりも低い音で、表情も眉間にシワを寄せてすごくイライラしていた。
「――――――っ…アイ…ちゃん…?」
「あ゛ぁ!?気安く名前読んでんじゃねぇよ。ったく、あー気分悪りぃ!」
アイはボリボリと頭を掻いて面倒臭そうにしゃべる。その姿は今までのアイからは想像もつかない、というか想像したくなかった。
「ちょっとアイ!?」
「うっせ、お前が一番ウルサイ。」
アイがテルに喧嘩を吹っ掛けたときだった。大口を開けて放心状態だった愛姫が、恐る恐るアイに訊ねた。
「…だ、騙し…てたの?最初から―――――!?」
アイはクルッと愛姫の方に向き直り、へたりこんでいる愛姫の目線までしゃがんで顔を近づけた。愛姫は身構えることもできず、顔がさらに真っ赤になった。
(うっわ…やっぱり可愛い――――っていうか綺麗…。)
アイの顔に見とれていると、アイは薄笑いをしてゆっくり口を開いた。
「騙してねぇだろ。勝手に勘違いしたのはそっちだ馬ぁ鹿!」
「―――――――――――っっ!!」
愛姫を怒鳴りつけたあと、アイは立ち上がって満足そうに微笑んだ。愛姫を見下ろす形で。愛姫は絶句し顔が青ざめ、そして理解した。
(こっ、この子――――――――天使でも、可愛い美少女でもない…!悪魔だ!!)
そして今までのアイの行動が演技だったと考えると、そのどす黒さに身体の震えが止まらない。恐怖で動けない愛姫を、アイは薄目で見て鼻で笑った。
その様子を見かねてついにテルとフジが止めに入る。
「っ、アイ―――――――――!!あんたって子は!!」
「ホントにごめんね!!とにかく椅子、椅子に座って!」
フジに引っ張られるまま近くの椅子に座らされた愛姫は、泣き止んだものの今度はガタガタ震えていた。
「や、やばいよ。完全に怯えちゃってる。」
心配そうにフジが言うと、マスターが紅茶の入ったティーカップを持ってきた。
「ハーブティーです、温まりますよ。」
そう言って愛姫の前に差し出した。愛姫は言われるがまま震えた手で受けとると、口元に近づけ匂いを嗅いだ。
「―――――…は…あ、…いい匂い…。」
「どうぞ飲んでください。」
マスターが優しく言うと、愛姫は一口、ゆっくりと口に含んで飲み込んだ。
「っ…おいしい…。」
さっきまでの震えは止まり、愛姫の顔には自然と笑みがこぼれた。その様子を見てフジもテルもホッとした表情をしている。
「さて、アイ君。説明してくれますか?」
マスターはにっこりしてアイを見た。アイはバツが悪そうに近くのソファーに腰かけた。
「…――――こいつがヒラヒラドレス着たアイドルのポスター見ながら"一度でいいから着てみたい"って言ったんだよ。」
ボソッと呟くように言うと、テルがくわっと反論した。
「何よそれ、聞いてないわよ!?あんたがこの子は"今よりもっとカッコ良くなりたい"って…騙したわね!!」
キーッと怒るテルをアイは無視してそっぽを向く。
「あー、なるほど。要するにテルもいいように利用されたってことだね。」
「そうみたいですね。」
フジとマスターは納得してやれやれとため息をついた。
ハーブティーを飲んで頭がすっきりしてきた愛姫は、今までの会話を自分なりにまとめようとしていた。つまり、愛姫がここに連れてこられたのも、男装させられたのも、すべてアイが仕組んだことだったらしい。
「…あの、ここは何のお店…なんですか?」
愛姫が質問すると、フジが笑顔で答えてくれた。
「あ、そっか。説明してなかったんだもんね?ここはね、喫茶とスタイリングのお店なんだー。」
「喫茶…スタイリング?」
意外な回答に愛姫はきょとんとしている。
するとフジの横から、アイを怒っていたはずのテルがヌッと現れた。
「スタイリングっていうのはね、ここにある衣装を着てもらって、それに合うメイクもするの!もちろん衣装は持ち込みもオッケーで、その格好で写真を撮ったりデートに行ったり、素敵な思い出を作ってもらえるようにするのよ♪」
愛姫を着替えさせたときのようなキラキラした目でテルは説明した。
「ふ、わぁ…そんなことが出来るんですか?あ、これもか。」
そう言って愛姫は自分の格好をジッと見た。確かに、テルが"カッコ良く"という願いから(騙された嘘の願いだが)、いつもより男らしい、大人なイメージにスタイリングされている。それにテルのイキイキする姿を見ることで、この格好にされるまでの行動に納得がいく。
「…すごいですね。」
愛姫は素直にそう思った。
「でしょ!」
嬉しそうに微笑むテルにつられて、愛姫も自然に微笑んだ。
(…なんか、皆さんいい人そう…。―――――――ということは、こうなった原因はやっぱり…。)
「アイのせいで嫌な思いさせちゃったわね。本当にごめんなさい。」
テルが謝ると、同じようなことを考えていた愛姫はビクッとしたあとふるふる首を振った。
「いえっ、そんな―――…というか、私も大声で泣いちゃって…恥ずかしいです。すみませんでした!」
思い出して顔を赤らめた愛姫はペコッと頭を下げた。
「んもう!いいのよ謝らなくて!――――アイ!なんでこんないい子を騙したりしたの!?」
テルはまたアイの方に視線を移し、キッと睨みをきかせた。
「…。」
アイは黙ったままツーンとした態度で座っている。すると見かねたマスターもアイを見つめた。
「アイ君。」
「…―――――っもう、うるさいな。使えそうだったからだよ。」
鬱陶しそうに答えるアイを見て、皆は困った顔をした。
「――――…使えそう?って…。」
テルが訊ねるとアイはしれっとして話を続けた。
「言ってたろ、接客に使えそうなバイトが欲しいって。こいつの容姿なら文句ないだろ?」
そしてその場にしばしの沈黙が流れた。
「…あ、アホか―――――――――!?」
一番に沈黙を破ったのはテルだった。
「そんな理由!?そんなの張り紙でもしてれば人は来るし、面接すればいいだけでしょうが!!なんっでこんな面倒で誤解を招くようなやり方してんのよ!?泣かせちゃったのよ!?アタシのポリシーズタズタよ!!」
「お前のポリシーなんか知るか。だいたい誰がこんな怪しい店に雇われたいって思うんだよ?連れてきた方が手っ取り早いだろうが!」
テルには悪いが確かに、と愛姫は心で呟いた。店の外見だけでも入りにくく、怪しい雰囲気がプンプンしていたからだ。アイに連れてこられなければ、なかなか入ろうとは思わなかっただろう。
「―――…それに。」
アイはさらに言葉を続けた。
「他人の嫌がる顔見るのって楽しいだろ?」
そしてその場に吹雪が吹き荒れた。